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Sランク宮廷魔術師、理不尽な理由でクビになったので田舎でスローライフ(農家)始めました  作者: 仁科異邦


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第40話 黒龍の記録

エリアからの返信が届いたのは、手紙を出して四日後のことだった。

届けられた封筒には、三重の封が施されていた。

その事実だけで、中に綴られた情報の「劇物」ぶりが伝わってきた。

俺は作業場で一人、その封を切った。


【エリアの調査報告:黒龍に関する三つの記録】

1. 二百年前:目撃記録 北の山岳地帯「禁忌の峰」にて、推定百メートルを超える黒龍が目撃された。

接触した冒険者たちは、一人の死者も出なかったにも関わらず再起不能となった。

記録には「目が合った瞬間、自分がこの世に存在していないような感覚に陥った」とある。


2. 百二十年前:討伐記録 王国がSランク魔術師を筆頭に、精鋭42名の討伐隊を編成。

だが、作戦開始からわずか七時間後、生還したのは見習い騎士たった一人だった。

騎士の証言:「黒龍は我々を見なかった。ただ一度、鼻先で息を吹いた。それだけで、隊長を含む全員が消し飛んだ」


3. 五十年前:目撃記録 ゴードンさんの話と一致。ギルドには「理由もなく涙が止まらなくなった」等の証言が多数寄せられ、一時的に一帯が立入禁止となった。


追伸: ガイウスさん、私は記録を整理している間、ずっと手が震えていました。

どうか、無茶だけはしないでください。


俺は手紙を畳み、作業場の壁に並んだ薬草を眺めた。 乾燥した薬草の、いつもの落ち着く匂いがする。

理解を拒絶するような「絶望」を、日常の匂いで強引に咀嚼した。


夕方、セルジオからも手紙が届いた。

几帳面な彼の字は、今回だけは少し乱れていた。


【セルジオの手紙:生存者の手記より】

ガイウス殿、公的な文書庫にはない「生還した騎士」の晩年の手記を見つけました。 そこには、こう記されています。

「黒龍は我々を敵と認識しなかった。あれが向けたのは殺意ではなく、ただの無関心だ。踏まれた虫が、自分がなぜ踏まれたか理解できないのと同じ。それが一番、怖かった」


ガイウス殿、関わらないでください。これは交渉や討伐でどうにかなる存在ではありません。


「……無関心、ですか」

精鋭の魔術師達を消し飛ばした後、黒龍は追撃もせず山に戻ったという。

それは邪魔な埃を払ったに過ぎない。

そんな存在が今、動いている。

放置すれば、いつか誰かが「埃」として払われるだろう。

それは、農家として非常に寝覚めが悪い。


「……返事、来てたんだ」 いつの間にか作業場に入っていたリナが、並べられた二通の手紙を見つめていた。

彼女は内容を読み進めるうちに、一度だけ息を呑み、討伐記録の箇所で指を震わせた。


「……セルジオさんも、エリアさんも、行くなって言ってるよ」

「そうですね」

「でもガイウスさんは? どうするの?」


「面倒なので、放置します」

俺が即座に答えると、リナは真顔で俺を睨み据えた。

「嘘つき。さっきから北の山ばっかり見てるじゃない」

「……様子を見に行くだけです」

「それを『放置』とは言わないの。何かあれば、関わるんでしょ?」

「様子次第です。何もなければ、何もしません」

リナは呆れたように、あるいは諦めたように、細い溜息を吐いた。

「ガイウスさんって、本当に嘘が下手。……ねえ、一つだけ聞いていい?」

リナが俺の目を真っ直ぐに見る。

「勝てるの?」

俺は少し間を置いた。

「……やってみないとわかりませんが」

「それだけ?」

「勝つために、行きます」

リナはしばらく沈黙し、最後には短く頷いた。 「わかった。……それだけ聞ければ十分」


扉が閉まり、リナが出ていく。 俺はもう一度、手紙の「無関心」という言葉を指でなぞった。

相手が自分をどう思っていようが関係ない。

俺の平穏を乱す可能性があるなら、それを確認し、対処する。

面倒な雑草ほど、根が深くなる前に抜く。それが農家の鉄則だ。


その夜、ゴードンとエールを酌み交わした。 手紙を読み終えた老村長は、いつになく深く椅子に背を預けた。

「五十年前のあの男も言っていた。目が合っただけで、自分が消えそうになったと。……ガイウス、なぜ行く」


「放置して、後悔するのが嫌なだけです。あとは——あいつが動いている理由が知りたい」

「理由を知って、どうする」

「わかってから考えます」

ゴードンはエールを飲み干し、グラントが注ぐ二杯目をじっと見つめた。


「お前が来てから、この村は変わった。……黒龍も、お前に会って変わればいいがな」

外には冷たい夜風が吹いていた。


北の空は重い雲に覆われ、山の形さえ見えない。

息一つで軍隊を葬る黒龍と対峙したらどうなるか気になるところではあった。


とはいえ龍が来ようと魔王が来ようと明日もまた、いつも通り水やりをするだろう。

だがその足は少しずつ、北へと向かいつつあった。


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