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叛逆のヴァンパイア  作者: 圭沢
第二部 Vampire & Throngs
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38 呪いのラビリンス

 翌朝の早朝。

 霧に包まれた霊峰チェカルの山中、通称<呪いの迷宮>のラビリンス入口付近で、ヤーヒム達四人は物陰から周囲の様子を窺っていた。


「よし、まだ誰もいねえようだな。念のためもうちょい様子見するぞ」


 四人が息を潜めて見詰めるこの<呪いの迷宮>の入口は、ブシェクのブルザーク大迷宮の入口とは全く様子が異なる。

 ブルザーク大迷宮の入口には兵士が常駐し、聖堂のような大空間の奥に最初の転移スフィアが青光を放ちつつ厳粛に佇んでいた。だがこの<呪いの迷宮>の入口付近に人の痕跡はなく、物置小屋ほどの洞窟の中に転移スフィアがぽつんと浮かんでいるだけだ。

 同じなのは、その最初の転移スフィアの周辺の床に、スフィアから零れ落ちたように幾つもの帰還の宝珠が埋もれているぐらいのもの。


「き、緊張する…………」


 初めてのラビリンスを前に、初めて革鎧を装備したダーシャが肩を震わせている。

 ヤーヒム達は四人きり、馬も連れてきていない。これから若いとはいえラビリンスに突入しようとしているのだ。内部地形や情勢によっては足手まといになる馬を同行させることはできない。


 馬たちはラビリンスに潜っている間に魔獣に襲われる危険を考え、宿営でリーディアが立てた石壁の囲みの中に置いてきている。

 二頭の馬も含めた四人が寛げ、焚き火や料理も出来るような大きさで贅沢に囲みを作ってあるのだ。餌と水を充分に用意し、魔獣除けの香も焚いてきた。他の人間にさえ見つからなければ問題はない。


 と、慎重に周囲を窺っていたフーゴがヤーヒムを振り返り、視線で尋ねてきた。

 ヤーヒムは無言で頷き返す。ヴァンパイアの五感にも【ゾーン】の空間把握にも人の気配は一切ない。


「よし、行くか。走るぞ!」


 フーゴに続き、一斉に駆け出すヤーヒムとリーディア、そしてダーシャ。

 無人の入口洞窟に風のように突入し、ヤーヒムが手早く帰還の宝珠を掘り出しつつ最後尾のダーシャを待つ。そして四人が揃い、静かに佇む転移スフィアに同時に手を伸ばした。




  ◆  ◆  ◆




「――早朝にして正解だったな」


 青く眩い転移の光が収まり、薄暗く広がる周囲にひとつも人影がないことを確認してフーゴが笑った。

 そう、この<呪いの迷宮>は駆け出しのディガー――迷宮採掘者がよく最初の練習に使うラビリンスだ。ここまで早い時間ならばまだ誰も来ていないと予想され、その予想どおりに人知れずに潜り込むことができたのだ。


 更に言えば、ここではブシェクのラビリンスのように入口で出入りをチェックされ、高額な入場税を徴収されるようなことはない。フーゴやリーディアによればそれはブシェクだけのことであり、他の一般的なラビリンスではまずそういうことはあり得ないそうだ。


 何よりここ霊峰チェカルに散在するのはは古代迷宮群だ。ブルザーク大迷宮のような特大ラビリンスはないが、その代わりにとにかく数が多い。その全ての入口に兵士を派遣し管理するなど現実的ではない。

 手に入れた資源や素材をきちんとユニオンで売り、その際に一定の迷宮税さえ納めれば文句は言われないのだ。


「これで追いかけてきてる人たちは確実に私たちを見失ったわね。街にはいない、どのラビリンスに向かったとかの目撃情報もない」

「だな。さらに目撃の危険をなくすために、人が来る前にどんどん奥に進んどくとするか」

「賛成」


 短杖を持ち直したリーディアがダーシャを守るように寄り添い、一行は一ヶ所に固まって薄暗い周囲を探るように見回していく。


 転移スフィアの前後左右に広がるのは、仄かに腐臭が漂う湿地帯だ。かつてヤーヒムと<ザヴジェルの刺剣>が共闘した、ブシェクの地下墳墓の階層を彷彿とさせる雰囲気を持っている。肌寒く、全身の産毛が逆立つような不穏な空気。

 ひと言で言うなら夜の沼地、地元ディガーの間ではこの階層はその手の名前で呼ばれていることだろう。


「嬢ちゃんはまずは見学な。何が出てくるか分からねえし、姫さんの側を離れるなよ」


 フーゴの言葉にしっかりと頷くダーシャ。

 ザヴジェルの騎士達から譲り受けた護身用の短剣を両手で握り締め、そのアイスブルーの瞳には怯えと興奮がごちゃ混ぜになっている。


 今回先頭を進むのはヤーヒムだ。

 その後ろにリーディアとダーシャが続き、最後尾からフーゴがその高い視点で全体を俯瞰しつつ、長いリーチのハルバードで臨機応変にフォローを行う。そんな陣形だ。


 ヤーヒムが先頭を行くことには意味がある。その反則ともいえる索敵能力に期待されているのは勿論のこと、何より【ゾーン】の空間認識を応用することによって目指すべき転移スフィアがある方角が分かるからだ。


「大丈夫よダーシャ。みんな凄いんだから」


 緊張を隠せないダーシャの息づかいを背後に感じつつ、ヤーヒムは転移スフィアの強い反応を目指してゆっくりと薄暗い沼地を進んでいく。

 大きくぬかるんだ場所があれば迂回し、隠れた魔獣がいないか警戒を怠らない。そして――


「……魔獣だ。あのぬかるみの縁――スライム、か?」


 ヤーヒムが指し示す先、足首ほどの高さの草が途切れたその向こう。ぬめるような鈍い輝きの塊が地面に蠢いていた。


「あの色はアシッドスライムだな。飛び散る酸液に注意して一撃で核を壊すか、あとは――」

「任せて」


 すっと前に出たリーディアが素早く短杖を振るい、炎弾の魔法を撃ち出した。命中するなり音を立てて燃え上がるスライム。


「――ま、こうして弱点の魔法で仕留めるか、だな。核以外への物理攻撃は暖簾に腕押しだけど、魔法なら当たりゃどの属性でも呆気なく倒せるぞ」

「後はそうね、動きは見てのとおり遅いから、見つけさえしておけば無理に相手をすることもないわね」

「そ、とにかく遅いんだ。剣とかで攻撃する場合もよくよく狙ってズバッと核に一撃すればいい。俺のハルバード貸してやるから、練習がてら次のは嬢ちゃんが倒してみるか?」

「う、うん。……やって、みる」


 あっという間に燃え尽きていく魔獣に最後の一瞥をくれたダーシャが、そのアイスブルーの視線にまっすぐな決心を乗せて解説してくれた二人に大きく頷いた。フーゴとリーディアも本気でダーシャに教え込む気でいるらしい。


 ……これは、よい流れだ。


 ヤーヒムは一歩引いた立ち位置でそんな三人を静かに見守っている。

 これまでヴァンパイアネイルと身体能力任せの戦い方をしてきた彼にとっても、熟練のフーゴとリーディアが語る内容は傾聴に値するものだろう。抜かりなく周囲の警戒を続けながら、ヤーヒムは聞き漏らすことのないよう厳粛な面持ちで耳を傾けていく。




 それからダーシャの上達は早かった。

 数匹のアシッドスライムを倒し、緊張が解れたのか全体としての踏破速度も上がっていく。若いラビリンス、駆け出し迷宮採掘者の練習向け、といった評判は嘘ではないようで、ヤーヒム達四人は呆気なく第二層へと進むことができた。


 そして<呪いの迷宮>第二層。

 転移してきてみれば全く同じ夜の沼地の階層で、出てくる魔獣もアシッドスライムしかいない。呆れるほどの手応えのなさだったが、ダーシャの足取りを見るに良い自信付けにはなっているようだ。


 一度だけ子犬ほどの大きさのインプ――翼のある悪魔もどき――が中空から襲ってきたが、自信をつけたダーシャが護身の短剣で見事に返り討ちにした。リーディアとフーゴは大喜びで、ダーシャも嬉しそうにそのアイスブルーの瞳を細めて照れ笑いを浮かべていた。


「ねえ、魔法って難しいの?」

「え、魔法?」


 その後も順調に進んでいたダーシャが、ふと足を止めてリーディアを振り返った。斜め前方、沼地の奥で蠢くアシッドスライムを目ざとく見つけたようだ。

 アシッドスライムとの間に横たわるのは深さの分からぬ水辺、魔法で遠距離から攻撃できればと頭に浮かんだのだろう。虚を突かれたように一瞬答えに詰まったリーディアの隣で、フーゴがうーんと苦笑いを浮かべた。


「嬢ちゃん、姫さんは簡単に魔法を乱発してるけどよ、本当は使える奴の方が珍しいんだ。少なくとも年単位での修練が必要で、それだけ時間をかけても適正なしで終わる可能性も高いんだよな。種族的な相性とか個人的な適性とかってやつだ。モノになれば凄えけど武器の練習した方が手っ取り早い、って感じだな」


 ちなみにケンタウロスだと魔法は端から無理だ、とあっけらかんと笑うフーゴ。


「そうねえ、純粋な人族だと練習すれば無属性魔法ぐらいは出来るようになる可能性もあるけれど、結果が見えてくるのにだいたい一年ぐらいかかるの。その上でさっき使った炎弾とか、攻撃系の簡単な初級属性魔法が使えるようになるのは百人に一人ぐらいかしら」

「……わ、そんなに」

「そうなの。更にその先、魔法使いとして一人前と認められる、古の存在の力を借用できる中級以上の魔法を使いこなすとなると……ちょっとなんとも言えないかな」


 リーディアが語る魔法使いのあまりの門戸の狭さに、軽い気持ちで尋ねたダーシャが目を丸くしている。


「ま、ここを出た後、寝る前とかに駄目元で姫さんに教えてもらってもいいかもな。無属性魔法が使えるようになりゃ魔法障壁が作れるし。普通は魔法を撃たれたら避けるしかないけど、障壁が作れりゃそれで対抗できる。魔法使いの特権てやつだな、なあヤーヒム?」

「……」


 ヤーヒムが深々とため息を吐いた。

 確かに魔法障壁が作れるようになればそれに越したことはない。魔法攻撃に対して躱す以外の選択肢が取れることは非常に有益なのだが――



「……あまり期待はしない方が良い。ヴァンパイアはケンタウロス同様、種族的に無属性魔法は使えぬ。ダーシャは通常の方法でヴァンパイアになった訳ではない故、ひょっとしたらということの否定は出来ぬが」

「うおう、ヴァンパイアも魔法は駄目なのか。知らなかったぜ。じゃあ厳しいかもなあ。嬢ちゃん、期待させるようなこと言って悪かったな」

「ううん、大丈夫。えと、元々期待してなかったし……それにその、少しでも早く戦えるようになりたい、から」

「がはは、良く言った! そうそう、剣で戦うにしても覚えることたくさんあるからな。嬢ちゃんは筋もいいし、よおし、張り切って教えちまうぞ!」


 頑張るぞーと盛り上がるフーゴと一緒に、ダーシャも笑顔で手を突き上げている。ヤーヒムはそれを見てくすくすと笑うリーディアと目を見合わせて、ほっと小さなため息を吐いた。




 一行が意気軒昂なダーシャに引っ張られるように第三層に入ったのは、まだ朝と呼べる時間だった。

 やはり同じ夜の沼地の階層だが、ここで出てくる魔獣はインプが主となり、稀に地面に落とし穴を仕掛けて待ち伏せをしているイヴィルノームに遭遇するぐらいだ。


 イヴィルノームは魔に堕ちた土の妖精だと言われており、昏く光る紅い目をした小人の姿をしている。戦闘能力はほとんどなく、落とし穴や落石の罠を仕掛けるのが厄介なだけだ。特に他の魔獣の相手をしている時にそれが重なると要注意――とはフーゴとリーディアの解説。


「いかなる時も周囲への警戒を忘れない……本当にここは良い練習になるわね。ダーシャがみるみる成長していくもの」


 誇らしげなリーディアの言葉のとおり、ダーシャは乾いた地面が水を吸い込むように次々と知識を吸収し、ヤーヒムが驚くような速度で成長している。

 今や複数のインプにたかられても慌てずに迎え撃ち、イヴィルノームの陰湿な落とし穴を自分でも見つけることが出来るようになっている。


 リーディアとフーゴの教導がひと段落した時にヤーヒムがそれとなく褒めると、ダーシャは本当に嬉しそうに笑って――


「ううん、このぐらい……私もその、ヴァンパイア、だから」


 ――などという答えが返ってきたりした。


 戦い方としてはバランスの取れたフーゴ達の薫陶を受けていくべきだが、ヴァンパイアとしてのあれこれもどこかで教えてやるべきか……。

 ヤーヒムは新たな悩みを抱きつつ、心にまた不思議な温かさがじんわりと広がるのを感じるのだった。




 そんなことがありつつ遂に辿り着いた次層への転移スフィア。

 フーゴが事前に聞いていた噂では階層は三つだけで、その次はコアのある最深層だという。時間はまだまだ昼にも遠い。


 ……いくら若いラビリンスとはいえ、ここまで無防備なものなのか。


 ヤーヒムは心に若干の疑問を残しつつ、他の三人と簡単な打ち合わせを始めた。


 一般的なラビリンスと同じであるならば、ここの転移スフィアから飛ぶ先はブシェクのブルザーク大迷宮の最深層とほぼ同じ。深淵にそそり立つ半径十メートルほどの大地、そこから最奥の間への扉へと繋がる一本の長い橋――扉を抜けなければそこに魔獣はいない筈。


 ヤーヒムはフーゴとリーディアの話に耳を傾けつつも、ざわめく心を抑えきれずにいた。

 遂に来た。ここのコアがもしブシェクのコアと同じように会話が可能ならば、そしてもしフーゴが聞いた噂話が真実ならば、それはつい三十年前まで生き残っていたヴァンパイアと会話ができるということなのだ。


 何を聞くのか。

 他のヴァンパイアの動向も欠かせないけれども、それともうひとつ、絶対に聞いておきたいことがある。


 自分達の、ヴラヌスという種族。

 ヴァンパイアとは種族の幼生ヴァンチュラの俗称であり、成体となれば結晶化してヴルタとなり、特有の空間属性を駆使してラビリンスを形成していくという。


 ここのコアはもうその結晶化まで進んでしまっているので聞き辛くはあるのだが。

 三十年前まで生き延びたヴァンパイアなら、それなりに高位で経験を積んだ存在であった筈だ。そんな存在にぜひ聞きたい。


 ――冷たく無機質な結晶ヴルタにならなくとも、ヴァンチュラのまま色鮮やかに生きられる道に心当たりはないだろうか、と。


 それはヤーヒムの切なる願いだ。

 左手の甲にいつも感じているラドミーラの紅玉。同行しているフーゴとリーディア、そして自らの子となったダーシャ。残るザヴジェルの面々もそうだ。

 その皆がヤーヒムの冷え切った心に温もりを与えてくれている。彩りに満ちた感情を教えてくれている。


 出来得ることなら、全てを抱えて精一杯生きてみたいのだ。

 それが今のヤーヒムの願い。それが――


「――扉まではダーシャと一緒に行くわ。この階層に二人で残ってダーシャの練習を続けるのもいいけど、最奥の間で何かあったことを考えると、少しでも近くに仲間がいた方がいいでしょう? ……こんなに簡単にここまで来れるのに、未だコアは討伐されていないなんて。最奥の間が尋常なわけがないじゃない」

「ま、ヤバそうだったら即撤退するさ。なあヤーヒム?」

「…………」

「ちょ、ちょっと何ヤーヒム、今の間は? ちゃんとすぐに撤退しないと駄目なんだからね?」

「……あ、ああ」

「本当? ダーシャも何か言ってやって? 少しでも危なかったら――」


「ほらほら、じゃあ全員でとにかく扉まで行ってみようぜ!」


 未知なる最奥の間に挑戦したくてたまらないフーゴのひと声に押され、一行は静かに浮かぶ転移スフィアに同時に手を伸ばし、そして触れた。




  ◆  ◆  ◆




「――なんだよあれ!」


 通称<呪いの迷宮>の最深層。

 最奥の間への扉を背後で叩き閉め、とんぼ返りで戻ってきたフーゴが叫んだ。


「インチキにも程があるだろ! あんなの無理に決まってるわ!」

「な、何? どうなってたの?」


 逞しい馬脚で地団駄を踏むフーゴが目を丸くするリーディアとダーシャに、憤懣やる方ないといった形相で説明を始めた。


「守護魔獣はデカいアイランドスライムだった。それはいい。けどな、ぼたぼた大量に降ってくる召喚魔獣がカーズスライムだったんだよっ!」

「……カーズ、スライム?」


 ぽかんと首を傾げるダーシャに、リーディアが信じられないという顔で補足を入れた。


「カーズスライムはね、とっても珍しいスライムなの。大きさは普通の水たまりぐらい、そう、見た目は真っ黒な水たまりね」


 手振りを交えて説明するリーディア。


「それで、さっきのアシッドスライムは核への攻撃を外すと酸液が飛び散ったでしょう? カーズスライムの場合はね、それが強力な呪いなの」

「普通の人間なら三十秒で命が消えるヤバい呪いだぞ? しかもちょっとした衝撃を受けただけで無差別に撒き散らしてきやがる。普段なら万が一遭遇しちまった時は回避一択なんだが――」


「――それが中空に召喚されて、ぼたぼた落ちてきたわけね」


 溜め息と共に結末を引き取るリーディア。

 地面に落ちた衝撃で撒き散らされる邪悪な呪い。それが至る所で繰り返され、空間が瞬く間に禍々しい瘴気で染まっていく光景が容易に想像できていた。


「ったく、なんつう悪質な最奥の間だよ。確かにカーズスライム自体に強さはないけどよ、あの出現方法と数はさすがにムチャクチャだ」

「――まさに<呪いの迷宮>ってわけね」


 納得したと言わんばかりに呟くリーディア。未だ納得のいかない顔をしているフーゴをよそに、ダーシャはなるほど、と素直に頷いている。


 が、そこにそれまで沈黙を保っていたヤーヒムが口を開いた。



「……もう一度、我ひとりで行く」



「ちょ、ちょっと何言ってるのヤーヒム! どう考えても無理でしょ!」

「……いや、出来ないことはない」

「えええっ!?」


 ヤーヒムの頭にあるのはヴァンパイアの伝家の宝刀、短距離転移だ。幸いヴァンパイアには呪いに対する耐性もある。最奥の間に呪いが充満する前、足を踏み入れるなり奥に見えたコアまで転移してしまえばいいのだ。


 ただ、ヤーヒムにとって転移は最後の手段。ブシェクでコアの力を啜ってからは半日ほどで再使用できるようになっているとはいえ、何が起こるか分からないこの情勢、切り札として常に確保しておきたいものだった。


 ……だが。


 ここで眼前のコアと対話しないで帰るということなどあり得ない。何が何でもあのコアには辿り着かねばならない。

 転移して対面を果たした後、ここまでの帰り道に不安はあるが――


「……三分だ。三分で戻ってくる」


 ヤーヒムはきっぱりと断言した。

 会話が成功し、召喚を停止してもらえるのが最上。ブシェクのあのコアのように確かな知性が宿っておらずに会話が出来なければ、下策にはなるがコアを破壊して召喚を止めるという手もある。


「……頼む、行かせてくれ」


 ヤーヒムは真剣な眼差しで同行者達に頭を下げた。


次話『狂った同朋』

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