25 死線
「どういうことだ! こちらが何者か知った上での狼藉だろうな、責任者を出せ!」
兵士で埋め尽くされたブルザーク大迷宮の入口広間に、ザヴジェル辺境伯家の長女、高名な<姫将軍>アマーリエの怒声が鋭く響き渡った。
「……おい、不味くないか? あれ、姫将軍だぞ」
「……そういえばそんな噂もあったな。まだ出てきてなかったのか」
「……いやでも太守の厳命だぞ? ラビリンス内に魔獣の不穏な動きあり、出てくる者は例え人間であろうと――」
剣を構え取り囲む兵士達がどよめき始めた。
その隙にマクシムと二人の騎士が素早く前面に盾の壁を構築する。その後ろにはリーディアが短杖を手に油断なく身構え、地元ブシェクの守備兵の予想外の動きに呆気にとられているフーゴをその背に庇っている。
ヤーヒムはその後ろ、壁際に残された僅かなスペースで必死に【霧化】を保っている。実体を隣接する界に僅かに滑らせるだけでなく、残る霧が出来るだけ薄くなるようにギリギリまで隣接する界に潜り込もうと努めているのだが――
くっ……持っていかれるっ!
ヤーヒムが少しでも気を緩めると隣接する界に引きずり込まれ、戻って来れなくなりそうなのだ。
界を移った距離に反比例してその吸引力が激増していくのはこれまでの検証で分かっていたことなのだが、この状況、残る霧が怪しまれないところまで隣界側に潜る必要があった。これまで時間を見つけては様々な検証を続けてきたヤーヒムだったが、さすがにここまでは試していない。今や強烈な吸引力がヤーヒムの存在を引きちぎらんばかりに引っ張り、その先には光すらない奈落のような空虚が待ち構えているのがうっすらと感じられる。
行く末の知れない隣界の暴力的なまでの吸引力に全力で抗いながら、ギリギリのラインを見極めてバランスを取っている状況なのだ。
これは、かなり際どい勝負だ――ヤーヒムの胸に、久しく感じたことのない恐怖がじわじわと広がっていく。
「――おいお前ら、これがラビリンス攻略者に対するブシェクの対応か! 恥を知れ!」
前方ではようやく状況を把握したケンタウロスのフーゴが、地元ブシェクの守備兵達に怒りの雄叫びを上げている。マクシム達が構える盾の前に躍り出て後ろ脚で荒々しく立ち上がり、代名詞とも言える巨大なハルバードを頭上で振り回しながら憤怒の眼差しで周囲を睥睨している。見知ったケンタウロスが怒り狂っているそんな姿に、入口の間を埋め尽くす兵士達は急速に静まり返っていく。
あれはフーゴだぞ? ラビリンスを攻略したと言ったか?
難攻不落だったこのブルザーク大迷宮を?
そんな問いを目に宿し、剣を構えたまま隣り合った者同士で互いに視線を交わし合う兵士達。
と、そこに広間の奥で何やらざわめきが起きた。兵士の人垣が割れ、異様な雰囲気をまとった一人の男が歩み出てくる。
背は二メートル半を軽く越え、その全身を分厚い筋肉が覆っている――巨人族だ。身にまとっているのは漆黒の鎖帷子と黒革の部分鎧。もしかしたら鬼人族の血も混じっているのかもしれない。
「おや、これはザヴジェル家の姫君ではありませんか」
男が悠然と歩きながら口を開いた。
その声はひどく掠れ、石畳を砂でこすっている様を連想させる。戦場で雄叫びを上げすぎた戦闘狂が稀にこうなるが、それを納得させるだけの威圧感を周囲に撒き散らしている。
「お前……まさか、ザハリアーシュか? 何故ゼフトがここにいる!?」
背筋を凛と伸ばし兵士達を睨みつけていたアマーリエがその琥珀色の瞳を鋭く細め、僅かに片足を引いて腰の魔剣に手を添えた。
ゼフトとは、このハルバーチュ大陸に蔓延る裏社会の一大組織の名前だ。そのゼフトのひと言にマクシムが大盾を構えたまま主家の姫君の脇ににじり寄り、今にも暴れ出しそうだったフーゴは弾かれたように男に対して身構え、息を詰めて臨戦態勢に入っている。
「くくく、天下の姫将軍に名前を知られているとは光栄至極。が、今はこの迷宮都市ブシェクの特別臨時監督官という立場でしてな。お間違いなきよう」
「ハッ! 監督官が聞いて呆れる。其方に出来るのは殺人と拷問ぐらいであろう」
ザハリアーシュと呼ばれた男の掠れた声に、牽制するかのようにアマーリエが冷たい声を返す。
周囲の兵士達はそんな二人の周りから剣を構えたままじわじわと後退している。一様に怯えた眼差しになっているのは眼前の一触即発の状況が故か、それともザハリアーシュの存在故か。
「いえいえ、ここの可愛い兵士達の上官として、しっかりこのブルザーク大迷宮の封鎖を監督しておりますよ? なにせ、魔獣暴走の兆候がありますものでね」
「……ラビリンスを封鎖? 何を滅茶苦茶な」
「これが信頼できる筋の情報でしてね。しかもそれが人為的なものだと、太守のエリアス=ナクラーダル殿から直々に布告が出ていますな。ご存じでない?」
「知る訳ないだろう。今の今までラビリンスに潜っておったのだ。記録を見るがいい。我々<ザヴジェルの刺剣>と案内人としてそこのフーゴ、合わせて六名はもう十日以上もラビリンスに入りっぱなしだ」
ザハリアーシュは今や三メートルの距離にまで近付いている。
アマーリエは【霧化】を続けるヤーヒムを振り返りもせず、僅かな機会を捉えて堂々と六人しかいないと宣言してのけた。【霧化】したヤーヒムの意図を即座に理解し、この場にいないものとして貫くつもりらしい。他の面々も顔色一つ変えずにやりとりを見守っている。
……すまない。
ギリギリのラインで隣界の吸引力と戦いつつ、ヤーヒムは彼らに対して心の中で頭を下げた。
このままヤーヒムが人知れず移動してここから出てしまえれば良いのだが、【霧化】をしても宙を漂える訳ではない。見えなくなるほど希薄になっても実体は残っており、移動するとしても普段と違うことは出来ない。その上に実際に霧が流れる程度、つまり人が早歩きをする速さぐらいでしか移動することは出来ないのだ。
そして様々な検証に付き合ってもらったリーディアによると、自分の身体がヤーヒムの【霧化】と重なった瞬間に何ともいえない違和感が走るという。今はこれだけ隙間なく兵士に取り囲まれているのだ。無理に兵士達の間をすり抜けようとするとどんな騒ぎになるか分からない。
なので最善はこの場を解放された<ザヴジェルの刺剣>にぴったりと貼り付き、一緒に外に出ることなのだが――ほんの数メートル先では、アマーリエとザハリアーシュのやり取りが徐々に熱を帯び始めている。
「ほう! では魔獣暴走とタイミングが不思議とぴったりですな。まさか天下の姫将軍閣下が魔獣を扇動していたとは思いませんが……」
「何が言いたい! 魔の森からこのスタニーク王国を守っている辺境ザヴジェル家の人間に、そのような当てこすり――」
「まあまあ、さすがの私もそこまで愚かではありませんよ。ラビリンス内での様子を幾つか質問したいだけです。封鎖を出来るだけ早く解除したいですからな、宜しいか?」
「ではさっさと質問をしろ! 我々は疲れているのだ!」
アマーリエの強気の要請に、薄ら笑いを続けていたザハリアーシュの笑みが一段と深くなった。
「……ではまず、ラビリンス内で黒衣の剣士と呼ばれる男を見かけたりは?」
「我々は<常昼の無限砂漠>を突破して最深層まで行っていたのだぞ? 逆に聞く、そんな未踏破層で人を見かけるとお思いか?」
「そうでしたな、先ほどお連れの方がラビリンスを攻略してきたとかなんとか言っていたのをすっかり忘れておりました。因みにそれは真実で?」
冷え冷えとしたザハリアーシュの言葉とは裏腹に、周囲の兵士達の間に抑えようのないざわめきが広がった。
もし本当なら、攻略不可能と言われていた<常昼の無限砂漠>が突破され、このブルザーク大迷宮が遂に攻略されたとの爆弾情報である。先程フーゴもちらりと匂わせていたのだが、あの姫将軍もそれを認めれば――。迷宮都市ブシェクに住む者として、これほどの朗報はあり得ないのだ。
「ふふふ、良いのか? ……マクシム、コアを出せ」
兵士達の興奮は続くアマーリエの言葉に燃え上がり、見たこともない透明で巨大なコアが護衛騎士の頭上に掲げられることにより一気に爆発した。
抱き合って快哉を叫び、姫将軍の名を歓呼し、既に剣を構えている者など一人もいない。
――ただ一人、苦虫を噛み潰したような顔をしたザハリアーシュを除いては。
兵士達が歓喜に沸く一種の混乱状態の中、ザハリアーシュは唐突に行動を開始した。
二メートル半を超える巨体で信じられないほど俊敏にアマーリエ達の脇へと回り込み、何もない壁際に向かって腰の巨剣を鋭く振り抜いた。
「な――っ!」
反応できたのはアマーリエとマクシム、そして一番壁際にいたリーディアのみ。
だが自分と離れた場所へ振るわれる剣閃にどれだけのことが出来ようか。咄嗟に身構え、声を漏らすことしか出来なかった――そこに【霧化】したヤーヒムがいる筈だったとしても。
「……ふむ、何やら怪しい気配があったのですけれどね」
何の手応えもなく振り抜かれた自分の剣をまじまじと見詰め、ザハリアーシュは小さく肩をすくめた。
「仕方ありません。どうぞお通りください。ただし、しばらくは連絡のつく場所に滞在してくださいますよう」
恐ろしい臨時上官の突然の振舞いに愕然と固まっていた兵士達だったが、その後に頭を下げたのを見て再び歓呼の声を上げ始めた。そしてアマーリエを先頭とした<ザヴジェルの刺剣>一行は、ラビリンス攻略の英雄として入口の間を後にした。
――――ラビリンスの外は、見事な夕焼け空が広がっていた。
◆ ◆ ◆
ブルザーク大迷宮から離れ、<ザヴジェルの刺剣>一行が夕陽を浴びて歩くことしばし。
ラビリンス攻略の報は瞬く間にブシェクを駆け巡り、とりあえず宿を目指す一行の周りには早くも群衆が集まり始めていた。人も獣人も問わず、様々な身分と人種の人々が次々と夕暮れの通りに繰り出しては騒ぎ始め、顔を知るフーゴの後ろについて練り歩き始める者もいる。
そう、ラビリンスが攻略されるということは、途方もない好景気の前触れなのである。
狩っても狩っても数が減らなかった凶悪な魔獣は野生のそれと同様に殲滅が可能となり、危険と隣り合わせだった魔鉱石などのラビリンス資源の採掘が安全かつ大規模に行われるようになる。莫大な富が動き、都市の隅々まで潤うのだ。それに、浅い階層ならば一般の庶民でも小遣い稼ぎに潜れたりもし、経済的には最高の朗報と言えるのである。
「す、すごい人だね、マーレ。これじゃ宿までまだしばらくかかりそう……ね、ヤーヒムは隠れてついてきているんだよね? 大丈夫だよね?」
投げかけられる歓喜の声にぎこちない笑みを浮かべたリーディアが、そっと隣のアマーリエに囁いた。何はともあれ無事にラビリンスを抜け出せはしたのだが、いつまで経っても姿を現さないヤーヒムを気にしているのか、視線が気遣わしげに周囲を窺っている。
「リーナ、あまり周りを見るな。気持ちの悪い視線が混じっている。恐らく監視をつけられたな」
「え?」
「ああ、かなりの手練れも混じっているぞ。刺激しない方がいい」
アマーリエがまっすぐ前を見詰めたまま呟いた。
そう、純粋な魔法使いのリーディアは気付く由もなかったが、ラビリンスを出てすぐから複数の人間が気配を殺して追尾してきていた。ヤーヒムが危険な【霧化】を解かず、ずっと隠れたままでいるのもそれが為だ。ただでさえこんな人目のある場所では姿を現しにくいのに、あの最後に剣で【霧化】したヤーヒムを一閃してみせたザハリアーシュの手の者の前で姿を現せる訳がない。
……あの一閃は危なかった。
リーディアのすぐ後ろで、困難な【霧化】を維持し続けているヤーヒムはその一瞬をそう振り返る。
この深さでの【霧化】に慣れることはないが、周囲のラビリンス攻略騒ぎのどさくさに紛れて少しだけ【霧化】を弱め、かろうじて一緒に移動できているのだ。
あの男の一閃は【霧化】の身体を素通りし、ダメージこそなかったものの驚きのあまり集中が乱れ、危うくバランスを崩すところだった。姿が現れるか、それともそのまま隣接する界に引きずり込まれるか――いずれにせよ、非常に際どい場面であった。
「……ね、マーレ。私、先にこの街を離れちゃダメかな?」
「……何を言い出すかと思えば」
住民総出の歓呼の声の中、リーディアとアマーリエが小声でやり取りを始めた。
「……ラビリンスを出るなりここまで狙われるなんて。いくら後で合流するにしても、一人じゃ心配だよ」
「……それはそうなのだが。だが、我らもマークされている。単独で自由に動く方が良い場合もある。ヤーヒムの判断に委ねるべきだろう」
「……マーレは心配じゃないの? フーゴに頼めば絶対一緒に来てくれると思うけど」
「……心配がない訳がないだろう! あのザハリアーシュだぞ! ……ほら前を向け、注目されている」
確かにあのザハリアーシュという男は侮れない――ヤーヒムは二人の会話を上の空で聞き流しながら、緊張を緩めることなく複数の尾行者を観察し続けている。
ザハリアーシュが入口の間で視界に入ってきた瞬間からただならぬ気配を放っているのは分かっていたのだが、まさか界を深く跨いでいた自分に気付くとは思わなかった。おそらく尾行者は彼の手の者だ。剣閃こそ空振りしたものの、何かしらの感触を掴まれたに違いない。
となると――
ヤーヒムは心を決めた。
ここでこのまま皆と別れよう。この心温まる一行と同行するのは居心地が良いが、今の状況ではあまりに迷惑をかけ過ぎる。実際、ここまで尾行もされている。この先の周囲との対応はもちろんのこと、いつまたザハリアーシュが絡んでくるか分からない。
それに、元々この先は別行動をする予定だった。
ラビリンスが攻略されるとしばらくお祭り騒ぎが続くという。それを著名なザヴジェル辺境伯家の姫君率いるパーティーがやってのけたのだ。ラビリンス内の帰路においてアマーリエは早くコアを領地に持ち帰りたいという本音を隠そうともしていなかったが、貴族間の政治的儀礼的あれこれから<ザヴジェルの刺剣>メンバーが解放されるのはどうしても一週間はかかるだろうとのことだった。
当初の計画では、ヤーヒムもこっそり彼らの宿に同行し、待機しているという留守役の騎士や侍女に紛れて一日程度は共に骨休みを取ることになっていた。その後は寄りたい場所もあるヤーヒムが皆に別れを告げて先にブシェクを離れるという流れだったが、どうやら一時の同行すら止めた方がよさそうな状況である。
笑顔を取り戻したというダーシャを見れないのは残念だが、いくら服装を変えたとはいえ、監視されているこの状況で安易に姿を現す訳にはいかない。そして、隣接する界との綱渡りはそろそろ限界に近い。【霧化】を解くために一行から離れるのならば、そのまま余計な危険の芽を蒔かずに本来の行動に移るべきだろう。
…………予定が早まるだけで、そもそも、一人きりには慣れているのだ。
ヤーヒムは、一行が通りの角を曲がった直後に霧化を少しだけ緩めて別れを告げることにした。
フーゴは街の知り合いに囲まれているせいで一人遅れているが、それが逆にちょうど良い目くらましになっている。彼には後で皆に伝えてもらうとして、今なら曲がり角の後ろで尾行者の目を引きつけておいてもらえるだろう。
それでも時間は限られている。
さすがにこれだけ世話になっておいて無言で消えるような真似は躊躇われた。事情を察してはくれるだろうが、できればひと言なりとも別れを告げ、監視の目に触れないうちに離れてしまいたい。
狙う角が近づき、ヤーヒムは【霧化】したままじわじわと一行の中心へと移動していく。
ヤーヒムはこちらの所在を知らぬ騎士二人を念のために大きく避け、俯いて何事かを考え込んでいるリーディアの隣に滑り込んだ。
そして待ち構えた曲がり角を曲がったその瞬間、ヤーヒムは声が出せるギリギリまで【霧化】を緩めた。
「……皆、そのままで聞いてくれ」
ヤーヒムの囁きと同時に一行の中心に真っ白な霧が忽然と現れ、かなりはっきりとしたヤーヒムの輪郭となって一緒に歩き始めた。
「…………良かった、ちゃんと一緒に来れてたんだね。あの人が剣なんて振るうから」
リーディアが紫水晶の瞳を大きく見開き、安堵したようにその美しい瞳に涙を滲ませていった。
それを見たヤーヒムの心の裡に驚きと不思議な切なさと罪悪感が混ぜこぜになって込み上げてくる。が、今は時間がなかった。ヤーヒムはそれら名前の付けようのない感情に蓋をし、用意しておいた言葉を口早に連ねた。
「皆、すまない。【霧化】の維持もそろそろ限界だ。この先は面倒が多くなりそうなのでここで別れる。これまでのこと、感謝している。話していた用事が済めばザヴジェル領にも寄ろう。迷惑にならぬ範囲で手伝えることがあれば手伝いたい。また会えることを願っている」
早口でそこまで告げて再び深々と【霧化】していくヤーヒム。
「ま、待って! やっぱり私も一緒に行かせてっ! 足手まといにならないようフーゴにも付き合ってもらうから――」
「リーナッ!」
掻き消えた霧に手を伸ばし取り乱すリーディアをアマーリエが抱き押さえた瞬間、後ろの角から取り巻きを引き連れたフーゴが姿を現した。
「……リーナ、監視の目を忘れるな」
アマーリエはそう囁き、何食わぬ顔をしてリーディアの手を強引に引いて歩き出した。そして、独り言のように小声でつぶやき始める。
「……ヤーヒム、まだいるか分からないが、出来たらこれだけは聞いていってくれ。さっきのザハリアーシュは危険な男だ。このスタニーク王国の裏社会の半分を牛耳っているゼフトという組織の大幹部で……其方を襲撃した火炙りゾルターンと義兄弟の契りを結んでいるという噂だ。この街の貴族達は街の外に出てしまえば大した力を持たないが、今の状況から見て、この先ゼフトとザハリアーシュが其方を執拗に追っていく可能性が非常に高い。くれぐれも気をつけてくれ。それと、用が済んだら絶対に我がザヴジェル領に来るのだぞ。そこならゼフトもザハリアーシュも怖くない。皆で待っているからな……リーナも…………私も」
アマーリエの長いつぶやきが終わる頃には、夕陽はもう沈み始めていた。
同行することが叶わなかったリーディアは唇を噛み締め、紫水晶の瞳に涙を一杯に湛えて俯いている。一緒に行く筈だった彼らの宿は、角をあとひとつ曲がれば見えてくるだろう。
彼らは知らない。
道を違えたかに見える運命がすぐにまた交差することを。
遠くザヴジェルの地の動乱を告げる凶報がすぐそこまで迫っていることを。
ラビリンス攻略で浮かれる大都市ブシェクに宵闇が忍び寄っている。
夜、それは暗きを耐え、その先の光に向けて歩む時間だ。
次話『罠』




