第百二十一章 博、女社長に目をつけられる
陽子が知子の手術を無事に終わらせた数日後、高校時代の同級生が数人お見舞いに来た。
「知ちゃん、もっと早くお見舞いに来たかったのだけれども、皆バラバラで連日病院に来ると知ちゃんも疲れるだろうし、あまり大勢で来ても病院も迷惑だろうと思い、一度に何人程が良いのか解らずに、陽子に連絡して相談し、一度に五人と決めて日程を調整していた為に遅くなりました。でも陽子から、“連日は知ちゃんも疲れるので避けて下さい。“と警告されたので、金曜日の夜、東北の田舎を出て、毎週土曜日の昼ごろに来ます。」と説明した。
次の土曜日に同級生がお見舞いに来て、いつ頃退院するのか確認した。
知子は、「私には難しい事は良く解らないけれども、陽子の説明によると、癌などと異なり、エスベック病は再発が早いらしいのよ。しばらく様子を見て手術で切開した傷が治り食欲など体調が元に戻れば一度検査して、その結果が良ければ退院になるらしいわよ。退院後、癌のように再発しているかどうかの為の通院は不要ですって。」と説明した。
同級生達は、「解ったわ。退院の日が決まったら連絡頂戴ね。皆で迎えに来るので。」と予告して帰った。
一方、博が勤めている派遣会社へ、大富豪の女社長から問い合わせがあった。
「人材を一人派遣して頂きたい。弊社で調査した結果、御社に所属している梅沢博という社員が適役ですので、是非彼を派遣して頂きたい。」と依頼を受けた。
電話を受けた担当営業マンは、「申し訳ございませんが、梅沢は只今、別の企業に派遣中です。別の人材を用意しますので、準備が整い次第・・・」と説明していると大富豪の女社長は、「彼でないと駄目です。チャージでしたら相場の三倍でも四倍でもお支払いします。派遣期間は長期でお願いします。今日中に返事を頂けませんか?」と強引でした。
担当営業マンは、「それはルール違反です。お客様に迷惑を掛けられませんので、その件はお断り致します。」と無茶苦茶だなと断った。
大富豪の女社長は、「私はあなた方のルールを守るつもりはありません。引き継ぎなどを考慮して、再来月の一日から弊社へ出勤させて下さい。今日中に返事がなければ、お客様の事が気になっているようですので、こちらから梅沢さんの派遣先へ連絡して直接交渉します。」と強引に決めようとしていた。
担当営業マンは、そんな事をされると困るので焦り、「解りました。上司とも相談の上、本日の夕方にでも、その結果をご連絡致します。」と返答して、電話を切った。
困った担当営業マンは上司に相談した。最後に担当営業マンは上司に、「我侭な女社長で、お金の力で何でも解決しようとしているイメージを受けました。しかし、どこで梅沢の事を調べたのだろう?梅沢も、とんだ人物に目を付けられたな。梅沢でないと駄目な理由って何だろう?梅沢には何か人にできないような特技か特別な才能か資格があったのかな?聞いてないな。」と相談していた。
上司は女社長の事を、「彼女は財界でも力があり、噂ではやくざとも関係があるらしい。逆らうと何をされるか解りません。彼女がその気になれば、我社は簡単に倒産します。問題なく派遣を終了させる為に、病気だと派遣先企業に連絡しろ。梅沢には理由を説明して、体調不良で派遣先企業を早退させて、打合せの為にここに来させろ。」と指示した。
電話で説明を聞いた博は、何故そんな話が自分にされたのか心当たりはなく、事情を把握できない状態で取り敢えず会社の指示により、派遣先企業の所属長に体調不良だと説明して早退し、派遣会社に戻った。
梅沢と担当営業マンと上司が相談して、派遣先企業の所属長に、今から病院に行き、結果は後ほど連絡する事を電話させた。
方針が決まったので、担当営業マンは大富豪の女社長が派遣先企業へ連絡しないようにその方針を伝えた。
大富豪の女社長は、「それでしたら、私の知り合いの医師に診断書を書いて頂くように依頼します。結果は後ほどご連絡申し上げます。」と返答した。
担当営業マンと上司は、偽診断書を書いて頂けるような知り合いの医師がいるとは、さすが大富豪だな。と驚いていた。
数時間後大富豪の女社長から連絡があり、「明日、梅沢さんに、日本一の名医と噂されている大日本医療大学の東城助教授を訪ねるように伝えて下さい。東城助教授に就業は無理だと診断書を書いて頂けます。」と連絡があった。
担当営業マンと上司は、偽診断書を書くのは、三流の開業医だと思っていて、日本一の名医が偽診断書を書くとは信じられずに自分の耳を疑い、日本一の名医を動かせるほど大富豪には力がある事に驚いていた。
陽子は梅沢博の父親を殺してしまった罪滅ぼしに引き受けたのでした。
翌日、梅沢博は担当営業マンと大日本医療大学を訪問すると受付嬢から、陽子の研究室に行くように指示された。
研究室で陽子は大富豪の女社長の事を、「あの方に頼まれると断れませんね。入院加療が必要だと記述すれば、見舞いや外で目撃された場合に都合が悪いので、通院加療が必要で就労は無理だと記述しています。引き継ぎは後任の人材と自宅で打合せを行った事にして下さい。派遣先企業が不信に感じれば、いつでも私が説明するとお伝え下さい。」と説明して診断書を渡した。
陽子は、“実際に問い合わせがあれば、何て説明しようかしら。重症の胃下垂で食後二~三時間ほど横になる必要があると説明しようかしら。”と悩んでいた。
翌日担当営業マンは、派遣先企業の人事を訪問して、陽子の書いた診断書を手渡し、「ご迷惑をお掛けして誠に申し訳ございません。後任の人材と今週彼の自宅で引き継ぎを行い、来週から御社に出社させます。」と説明した。
派遣先企業の人事は診断書を確認しながら、「入院ではなく通院だという事は、外出しても問題ないのですよね?本当に仕事ができないのですか?」と疑問に感じている様子でした。
担当営業マンは、「私には難しい事は解りません。医師には守秘義務がありますが、梅沢君が東城助教授に、派遣先企業から問い合わせがあれば説明して頂けるようにお願いしています。必要であれば、文章や電話ではなくアポをとり直接東城助教授を訪ねて頂き身分証明書を提示して下さい。派遣先企業の人事または所属部署の社員である事が確認できれば、東城助教授がいつでも説明するとの事です。病気の事は直接東城助教授にご確認下さい。」と説明して病名も告げませんでした。
派遣先企業の人事は、相手は日本一の名医なので間違いないだろうと判断して、無理に就業させて万が一の事があれば、医師、それも日本一の名医の診断書もある為に責任問題になる事は間違いないと判断して了承した。
担当営業マンは大富豪の女社長に連絡して結果報告し、本日午後からでも出社可能だと伝えた。
大富豪の女社長は、「解りました。私は午後から外出しますので、明日十時に総務部長を訪ねて下さい。作業着など、必要な物品は準備させておきます。」と返答した。
翌日担当営業マンが博を連れて訪問し、総務部長と打合せた。
総務部長は、勤務時間や昼食の事など社内のルールを説明後、「今回の派遣は社長の独断で、私達も詳しい事は知らされていません。直接社長と打合せして下さい。」と指示されて、社長室に案内された。
担当営業マンが、「梅沢君の配属先部署と、その業務内容についてご説明お願いします。」と博に何をさせようとしているのか確認した。
女社長は、「当分、私の下で働いて下さい。業務内容は事務処理だとご理解下さい。」と説明した。
担当営業マンが梅沢の待遇について打合せしようとすれば女社長は、「私は多忙で細かい事を決める時間がありません。残業してもしなくても、毎月一律でお支払いします。実際残業は毎日あると思って下さい。チャージは以前も説明したように、相場の三倍でも四倍でもお支払します。」と担当営業マンとの打合せを短時間で終わらせて、博に、「最初は簡単なパソコンの操作からお願いします。但し残業は今日からあります。」と説明して直ぐに仕事に入った。
担当営業マンは帰社して上司に今迄の経過報告を行い、最後に担当営業マンは、「高額チャージの上、残業が必ずあるとの事です。業務内容は事務処理だと説明していましたが、その業務に高額チャージは不自然です。単なる事務処理ではなく、高額チャージを支払う価値がある別業務の可能性が高いです。業務内容をはっきりさせないのは、極秘業務か犯罪がらみの可能性も否定できません。どのように対処すれば宜しいでしょうか?」と相談した。
上司は、「君、証拠もないのにめったな事を口にするな。考え過ぎだ。確かに普通の仕事ではないようですが、東城助教授は大富豪の目にとまるとは運がいいと仰っていたのでしょう?わが社にとって、不都合な業務ではないと思いますよ。例えば二人共、何かの同好会に所属していて、その同好会で女社長が梅沢君の才能に感心したなど、プライベートで知り合ったのではないでしょうかね。」と色々と想像していた。
担当営業マンは上司への報告の必要もある為に、たまに会社を訪問して博の様子を伺っていた。
担当営業マンは上司に、「たまに博を訪問して様子を伺っていましたが、どの部署にも配属されずに社長の下で働くというだけあって、全ての部署に関係して社長の助手のような仕事をしています。」と報告した。
上司は、「それだと、以前からその会社に勤めている社員は、博に会社を乗っ取られると思い、社内に敵も多いのではないですか?」と心配していた。
担当営業マンは、「確かに社内に敵は多いようですが、社長が抑えています。それでも抑えられなかったら、社長の方針に従わずチームワークを乱すとの理由で解雇するなど強硬手段をとっています。」と説明した。
上司は、「博は社長に、そこまで気に入られているのか。博を全面的にバックアップしろ。将来、博がその会社の社長か重役になる可能性がある。そうなれば、わが社と太いパイプラインで繋がるぞ。」と指示した。
次回投稿予定日は、8月2日です。




