第百十九章 修、陽子と連絡取れずに困る
ある日、佳子と修の帰りが同じになり、二人共、陽子の噂話をしながら帰宅していた。
佳子は、「修、テレビや新聞のニュースで見たわよ。陽子さん凄いじゃないの。あのエスベック病患者を助けるだなんて。今迄助かった人は一人もいない死亡率百%の難病なのでしょう?」と修なら陽子から聞いていて、その裏話を知っているかもしれないので、その話が聞きたくて話を切り出した。
修は、「そうだよ。陽子だからこそ手術に成功したんだよ。」と自慢そうに返答した。
佳子は、「でも解らない事があるのよ。報道によると、陽子さんが手術で助けた患者は、以前からエスベック病だと解っていたらしいのですが、何故、今迄手術しなかったのかしら?癌などの場合には、早期発見して早く手術すれば助かるらしいじゃないの?エスベック病は癌など他の病気とどこか違うようだけれども、どんな病気なのかしら。最後は心停止だったり、呼吸困難で窒息死だったり、多臓器不全だったりして良く解らないのよね。修、陽子さんから何か聞いてないの?」と不思議そうに聞いた。
修は、「確かに、その事は僕も不思議に感じて先日陽子に確認したんだよ。陽子の説明によると、エスベック病は全ての内臓に膜ができる病気で、何故か手術で少しでも取り残しがあると、直ぐに元の厚さで膜ができるらしいです。その膜の締め付けが、膜の厚さに比例して強くなって行く病気らしいです。だから、手術後十日ほどして再検査し、エスベック病の兆候がなければ手術は成功だと判断できるらしいです。残念ながら、そのメカニズムはまだ解明されてないらしいです。解明できれば、手術を数回に分けて行うと、そんなに怖い病気ではなくなるらしいです。その膜が段々と厚くなる事により、全ての内臓を圧迫して、最後は多臓器不全や心停止や呼吸困難などで亡くなるらしいです。その膜を取り除く手術らしいです。内臓は体中にある為に、切開は背骨の左右と胸から腹にかけての少なくとも三回必要で、大きく切開すると患者の負担も大きくなるけれども、メカニズムが解明されてない為に、今回は肝臓だけというように臓器毎に分ける事ができず、現段階では、一回で体中にある全ての臓器の膜を残らず取り除く必要があり、深い所にある臓器や、臓器の裏側など目で見えない場所の膜も全て取り除かなければならない為に、手術は困難らしいです。今迄、色んな外科医が、人体模型で鏡を使ったり、小型カメラを入れたりして手術する実験など、色々試したらしいのですが、他の臓器や血管などの陰に隠れていたり癒着していたりして、どれも上手くいかなかったらしいよ。」と説明した。
佳子は、「今迄、助かった人がいないという事は手術で全ての膜を取り除いた事がないのでしょう?それが何故、全ての膜を同時に取り除けば手術は成功だと解るの?全ての膜を取り除いても膜ができるかもしれないじゃないの?」と確認した。
修は、「ねずみ等で実験したらしいよ。エスベック病の膜を移植して、エスベック病になった事を確認後、膜を取り残したねずみと全ての膜を取り除いたねずみで実験したらしいよ。」と返答した。
佳子は、「ねずみの膜は全て取り除けても、何故人間の膜は取り除けないの?」と不思議そうでした。
修は、「手術時、ねずみの内臓を無理に引っ張ったりねじ曲げたりしたらしいよ。ねずみだったから死ななかったけれども、人間の場合は手術中に亡くなるか、術後容体が悪化して亡くなる可能性が高く、そんな事はできないらしいよ。現に、その鼠も十日後に死んだらしいよ。」と返答した。
佳子は、「背中とお腹を切開するという事は、体を横向けないとできないわね。体を押さえながら、そんな手術が本当に可能なの?」と不思議そうでした。
修は、「普通の外科医にはできないから陽子は世界一の名医じゃないか。」と返答した。
佳子は、「あっ、そうか、そうだよね。他の外科医でもできる手術しかできなかったら、世界一の名医になれないわね。」と納得していた。
修は、「膜は薄くても厚くても手術には関係ないらしいので、手術の成功率は早くても遅くても同じらしいです。深呼吸ができないなどの自覚症状が出てから、他の臓器も段々と弱ってくるので、遅くなると手術の成功率が低くなるらしいですが、最初は膜も薄い為に締め付けも殆どなく、普通に生活できるので、自覚症状が出て来た頃が、手術するには最適らしいです。締め付けが弱くても、締め付けられている事に違いないので、自覚症状が出てない場合には、臓器が弱らないような薬を飲むらしいです。」と説明した。
佳子は、「そうか、そういう事か。だから今迄手術しなかったのか。納得していた。」と深呼吸して、「これから毎日深呼吸しよう。深呼吸できなくなったら陽子さんに頼んでね。」とまさかの時の為に手を打っておいた。
修は、「看護師に聞いたけれども、そのような手術なので、そんな手術はまぐれだ、できる訳がない、と姉ちゃんみたいな事を言っていた外科医もいたらしいですが、その手術には神の手を持つと噂されている陽子の母親も立ち会っていて、手術室の看護師に聞くと、ちゃんと手順を決めていたらしく、二人共何も喋らずに手術していたらしいよ。その事をテレビのインタビューでその看護師が証言したものだから、その外科医も大人しくなったらしいです。」と補足説明した。
佳子は、「当たり前じゃないの、手順も決めずに死亡率百%の難病の手術に成功する訳がないじゃないの。その外科医も馬鹿な事を言って、今頃、引っ込みがつかずに後悔しているんじゃないの?」と笑っていた。
修は、「姉ちゃんも今、同じような事を言っていたが、引っ込みはついたの?」と笑っていた。
佳子は、「私は外科医じゃなく医学は素人よ。それに、まぐれだなんて一言も言ってないわよ。そんな手術が本当に可能なの?と聞いただけよ。」と不満そうでした。
佳子は、まさか陽子と菊枝が手順も決めずに、透視力で確認して、意思波で相談しながら手術していたとは夢にも思っていませんでした。意思波を使用したのは手術中に、ああでもないこうでもないと相談している様子を他の手術スタッフに聞かれると不安にさせると思ったからでした。手術に成功したのも、透視力で臓器の裏側などにある膜も見落とさなかったからでした。
佳子は、「修、陽子さんのもう一つの顔なんてどうでも良いじゃないの!うっかりしていると陽子さん、他の人に取られるわよ。」と急かした。
修は、「僕は正式にプロポーズしたよ。陽子がもう一つの顔があるから、それからだって返事してくれないんだ。それに今、陽子は全世界のエスベック病患者からの問い合わせや診察で大変で、それどころじゃないみたいだ。」と陽子の現状を説明した。
佳子は、「そりゃ、そうでしょうね。患者も生きるか死ぬかの瀬戸際だから必死よね。ところで、そのもう一つの顔って、まさか他の人と付き合っている顔じゃないの?修とではなく、その人と修の前に現れるという事は不利じゃないの。もう一度アタックしてみなさいよ。陽子さんのような凄い外科医でしたら先日も言ったように私は大賛成よ。看護師達の信頼が厚いという事は、人格的に問題ないという事よ。頑張って!」と陽子に再度アタックするように勧めた。
修は、「頑張るも頑張らないもないよ。今言ったように、電話も通じなくて、なかなか連絡できないんだよ。」と説明した。
佳子は、「何、化石人間みたいな事を言っているのよ。メールよ、電子メールを送信しておけば、時間のある時に読んで返事くれるわよ。ラブレターを出しなさいよ。」と積極的に修を後押しした。
修は、「僕は姉ちゃんより、若いんだよ。パソコンのメールや携帯のメルアドにも送信したよ。でも問い合わせのメールも多いみたい。看護師から聞いたけれども、姉ちゃんも言っていたように患者も必死だから病院のアドレス以外に個人のパソコンや携帯のメルアドもどこかで調べてメールが来るらしいよ。それでも連絡できなければ、看護師の自宅にまで、東城助教授にお伝え下さいと電話やメールがあるらしいよ。」とエスベック病患者も必死になっている事を伝えた。
佳子は、「普通の人と同じ方法では駄目よ。高校や中学校の同級生なら、何か連絡方法を知っているのではないの?必ず穴場はあるから。」と助言した。
修は、「そう言えば、陽子が助けた患者は高校時代の同級生だと言っていたよ。陽子がその同級生に僕の事を問い詰められて喋ってしまったと言っていたよ。」とその同級生に確認する事を考えていた。
佳子は、先程から不信に感じ、「何か、修の話は先程から矛盾してない?」と聞いた。
修は、「どこが矛盾しているの。僕何か変な事を言った?」と矛盾点が解りませんでした。
佳子は、「陽子さんと連絡取れないのに、どうして陽子さんから病気の事など色んな事を聞けるのよ!」と矛盾点を指摘した。
修は、「陽子が道を歩いている時とか、時間の取れる時に一方的に電話があるんだよ。でもゆっくりと愛の告白などしていられないよ。」と説明した。
佳子は、「そんなに忙しい時でも、何とか時間を見付けて陽子さんから連絡があるのは脈があるわよ。今が踏ん張り所よ。」と励ました。
修は、「僕も色々と考えているよ。患者の同級生に僕の事を喋ったと言ったので、その患者にお見舞いに行っても良いか?と聞くと、本人に確認して連絡すると言っていたけれども忙しいらしく、まだ返事は来ないよ。陽子の親友らしいから、陽子の事も色々知っているようなので、そこから攻める方法を今考えている所だよ。陽子の説明によると、陽子のもう一つの顔を知っているらしいよ。」と今アタックしている事を説明した。
佳子は、「修も色々考えているのね。それは良い方法かもしれないわね。陽子さんも患者の診察には行くと思うから、非番の日に行けば良いじゃない。警察官は平日に休みでも不思議じゃないからね。」等と話に夢中になっていた為に、うっかりと人とぶつかってしまいました。
佳子は反射的に、「御免なさい。」と謝りましたが、その時に、その人の上着に拳銃らしきものがあった事を凄腕刑事の佳子は見逃しませんでした。
次回投稿予定日は、7月23日です。