第百十八章 マリ悪天候時に離着陸する
マリが努める会社の営業に、小さな飛行場の桜田部長から連絡があった。
桜田部長は、「天気予報で週末空港が雨天になる為に、その日に悪天候時の確認飛行をお願いしたい。その結果がいつ出るのか連絡頂きたい。」と依頼した。
その事がマリに伝えられ、営業が確認結果はいつ解るのかを確認した。
マリは、「確認飛行直後に解ります。」と返答した。
営業は、関係者である営業とマリを含むシステム開発メンバーのその日の予定を確認した。
ある社員が、週末は友達と遊びに行く予定だと主張した。
仕事優先だと説得されて、渋々納得した為に営業は顧客に、「結果は直ぐに解りますので確認飛行後悪天候時の打ち合せをお願いできませんか?」と確認した。
顧客からは、「それでお願いします。」と返答があった。
確認飛行当日、今回の商談関係者である、営業、システム開発チームのメンバーがマリの自家用機に乗り込み、顧客の空港に向かった。
上空に到着すると、顧客に連絡の上、管制塔と連絡を取り、関係者を乗せた状態で離着陸やタッチアンドゴーを繰り返した。
それを見ていた事情を知らない飛行場の若い社員は、「あんな大型機で離着陸するとは自殺行為だ!それを何度も繰り返すだなんて無茶だ!パイロットは何を考えているのだ。桜田部長、何故止めないのですか!」と桜田部長に進言した。
桜田部長は、「君のいうように、この空港はセスナ機などの小型機専用で、大型機の離着陸は困難なのですが、あの大型機で、しかもこの悪天候の中、離着陸を何度も繰り返すとはさすが伝説の名パイロットだけの事はありますね。君もそうは思わないかね?」と返答した。
若い社員は、「えっ、伝説の名パイロット?それは、先日アメリカ空軍アクロバット飛行チームが歯の立たなかった怪獣を数分で撃墜したアクロバット飛行チームの鬼教官の事ですか?」と驚きを隠せない様子でした。
桜田部長は、「そうだ。その鬼教官だ。」と返答した。
若い社員は、「それが何故この空港で離着陸しているのですか?」とその理由が理解できない様子でした。
桜田部長は、「先日、君に、今日のソフト会社との打ち合わせの資料を作成して貰いましたが、ソフト会社から、悪天候時のデーターがないので実際に飛行して確認したいと依頼されたので許可しました。」と返答した。
若い社員は、「悪天候時の資料を捜したのですがなかった為に、悪天候時は離着陸の許可を出さない方向で考えていました。しかし、それはどういう事ですか?今日の打ち合わせのメンバーに、まさか???」と世界一のパイロットが今日の会議に出席するとは信じられませんでした。
桜田部長は、「そのまさかだよ。先程君が言った鬼教官のマリ芹沢パイロットは、今日打ち合わせするソフト会社に在籍しています。緊急着陸の要請があれば悪天候でも着陸を許可する必要があるだろう。資料は機械的に集めても役に立たないぞ。悪天候時の資料がなければパイロットに飛行を依頼して作成すればいいだろうが。」と指摘した。
やがてマリの確認も終了して、最後に着陸した時にマリが、「この空港の癖を掴めました。顧客と打合せをしましょうか?」と顧客との打合せに臨んだ。
システム開発社員が一通り説明して、その後マリが悪天候時の問題点を指摘し、システムの変更を提案した。
その理由を聞いて桜田部長は、「なるほど、その点については私も気付きませんでした。離着陸やタッチアンドゴーを繰り返しただけでその点を見抜くとはさすがですね。芹沢さんにメンバーに加わって頂き正解でした。」と感心していた。
マリは、「ただ離着陸やタッチアンドゴーを繰り返しただけで気付いたのではないですよ。このシステムは、どこの空港とは言いませんが、アメリカのある空港のシステムを参考にしていませんか?」と確認した。
桜田部長は、「その通りです。私はその空港の関係者に知合いがいて、システムについての説明を聞いてそれを参考にしましたが、何故解ったのですか?」と不思議そうに確認した。
マリは、「その空港のシステム検討時にパイロット代表として私がメンバーに加わっていた為に、このシステムの長所と短所は把握していました。それで先日、航空機同士正面衝突する可能性がある事も解りました。」と返答した。
桜田部長は、「そういう事ですか。私もホワイトボードに書いているシステムの概要を少し見ただけで、その点を見抜いた事に驚いて、きっと名のある方だと思いましたが、あなたの名前を思い出せませんでした。私達にとって心強い味方ですね。しかし、芹沢さんほどのパイロットが航空機を降りて陸上勤務する事もあるのですか?」と不思議そうでした。
マリは、「いいえ、普通はしませんが、一時期怪我をして松葉杖だった事があり、その時に陸上勤務していました。」と返答した。
桜田部長は、「あ~、あれですか、インタビューで答えていた怪我ですね。確かラジコン飛行機が墜落した一件ですね。しかしバランスを崩しても緊急降下する余裕があったとはさすがですね。」と感心していた。
マリは、「お恥ずかしい限りです。あの時は上官から大目玉食らって、部下に、“芹沢君はプロペラ機で墜落事故を起こし負傷したのでしばらく陸上勤務になります。“と説明されて、空軍基地で、“鬼が墜落した!“と噂が流れて皆から、からかわれて散々でした。それがラジコン飛行機だと解ると、部下に大笑いされて、”教官もまだ子供ですね。普通はラジコン飛行機に乗るという発想はしないですよ。“と笑われて参りました。」と苦笑いしていた。
桜田部長は、「プロペラ機ですか。確かにそうかもしれませんね。しかし、大目玉を食らったのは、それだけ芹沢さんに対する期待が大きいからですね。どうでも良いパイロットでしたら怪我をしても声も掛けて貰えないのではないですかね。鬼教官も形無しですね。」とマリに対する空軍の期待の大きさを感じた。
マリは、「ええ、穴があったら入りたい気持ちでした。むしゃくしゃして、仲の良い友達と車椅子を借りてキャンプに行こうとすれば両親から、”その足でどうやってキャンプに行くのだ!この上また何かあれば上官に顔向けできないだろうが!今度は車椅子なので、“車で事故を起こした。”と説明されるぞ!辞めとけ!“と怒られ、仕方なく怪我が治るまで大人しくしていました。」と苦笑いしていた。
桜田部長は、「それは大変でしたね。あの怪我にそんな裏話があったとは知りませんでした。この空港では芹沢さんを尊敬する社員はいても、からかう社員はいませんので、この空港の事は、今後とも宜しくお願いします。」と航空管制システムにも詳しい一流パイロットを頼りにしていた。
マリは、「はい、解りました。」とこの空港の事を引き受けた。
営業が、「すみません。基本的な質問をしても良いですか?セスナ機などの小型機の事しか考慮されていないようですが、大型機の場合はどのようにされるのですか?」と質問した。
桜田部長が、「この空港はセスナ機などの小型機でないと離着陸不可能ですので考慮していません。」と返答した。
営業は、「えっ?今、芹沢さんが大型機で何度も離着陸していたではないですか?」と不思議そうでした。
桜田部長は、「あれは芹沢さんだからできたのですよ。普通のパイロットには無理です。まぐれで着陸できるかもしれませんが、九十%は事故を起こすでしょうね。」と返答した。
営業が、「解りました。詰まらない事を聞いてお手間をとらせました。」と納得していた。
桜田部長は、「私達も見落としている事があるかも知れませんので、疑問があれば遠慮なく質問して下さい。」と営業に謝る必要がない事を伝えた。
マリは、“操縦技術では離着陸の距離は短縮できないわ。私の軍用機は離着陸の距離が普通の大型機より短いのでできただけだけれども黙っていよう。”と思っていた。
桜田部長は、「今、芹沢さんが指摘した点を変更して頂き、再度システム提案を提出して下さい。所で松田君、難しい顔をしていますが、芹沢さんの指摘した内容は理解しましたか?相手が専門家なので、芹沢さんも高度な説明をされたようですが、まさか理解できなかったのかね?」と確認した。
松田主任は、「申し訳ございません。そのまさかです。」と返答した。
桜田部長は、「芹沢さん、情けない社員で申し訳ございません。彼らには私から説明しておきますので、システム開発メンバーへの説明はお願いします。」と依頼して打ち合わせは終了した。
マリは、正式な就職先は、取り敢えずこの商談が終了してからにした。
しばらく、顧客との打合せと、システム開発メンバーへの説明と、夏休み等の長期休暇は、アメリカ空軍での指導と、最近勃発した中近東の戦争に出撃していた。
戦争は、ジェット戦闘機以外に、大型の爆撃機や輸送機の機長としても出撃して、自動小銃片手に、陸軍兵士と作戦行動を共にする事もあった。
戦地から帰還したマリに上官が、「ご苦労様、疲れただろう、ジュースでも準備させるので、ゆっくりと休みなさい。ジュースは、あどけない子供に持って来させるので、気が向いたら話でもしてみれば良いよ。男性の場合は、若い女性が良いでしょうが、マリは若い女性より、子供の方が気も休まるだろう。その子供の将来の夢はパイロットになる事で君のファンらしいよ。」と上官はマリと子供を引き合わせようとしていた。
その子供は、上官夫婦が育てているマリの子供だとは夢にも思っていませんでした。
マリは、その子供があまりにも可愛い男の子でしたので、毎年会う事にした。
日本に帰るのがギリギリで、慌てて銃を所持した状態で、日本へ帰る事もしばしばあった。
次回投稿予定日は、7月18日です。




