第百十一章 マリ自家用機で慰安旅行に行く
マリが勤める会社では、旅行会社の次に、ある小さな飛行場から航空管制システムの商談があった。
例によってSEは、休日返上でシステムの研究をして、SEが顧客と打合せを繰り返して大体のシステムがまとまった頃に、顧客の技術者が別件でマリが勤める会社の近くに来るので、本日の打合せはマリが勤める会社で行う事になった。
ホワイトボードを使用して、システムのまとめを行っていると、事務員のマリがお茶を持って来て、ホワイトボードを見ながら、「このシステムは、航空機同士、正面衝突する可能性があります。」と指摘した。
顧客の中堅クラス社員の松田主任は、マリの説明が理解できなかった為に、「何?それ!」と確認した。
SEは慌てて、「申し訳ございません。何も知らない女子事務員ですので恐らくマンガか何かで覚えたのでしょう。」とその場を取り繕った。
その瞬間、顧客の経験豊富な年配社員の桜田部長が、難しい顔をしていましたが、突然膝を叩いて、「そうか!そういう事か!確かに正面衝突するな。」と断言した。
全員、「えっ」と思った。
その後、マリと桜田部長とで話が弾み、次第に高度な内容になってきた為に、松田主任は、「アー話の内容が見えない!」と頭を抱えていた。
三十分程度打合せして、桜田部長は、「それではそういう事で」と満足したのでマリは会議室から退室した。
桜田部長は、「あなた方も人が悪いですね。あれだけ航空管制システムに詳しい社員がいるのを隠しているとは。パイロットの気持ちを良く理解されていますね。結構、名のある方ではないですか?芹沢マリという名前は、どこかで聞き覚えがありますが、思い出せません。私も、もう年ですね。しかし、松田君、今の話が解らなかったのかね?もう少し確りして貰わないと困るね。航空会社の担当社員より、商社の女子事務員の方が詳しいのは問題ですよ。彼女の指摘がなければ大変な事になっていました。彼女ではなく、君が指摘する立場ですよ。このシステムは、今、私が彼女と打ち合せした方向で進めましょう。松田君には私から説明しておくので、あなた方は、先程の女子社員に確認して下さい。」と説明した。
その後、しばらく雑談して、顧客の技術者は帰った。
SEも今の打合せ内容が見えなかった為に、マリに確認しようとすると、明日からの社員慰安旅行の航空機の手配を、幹事の近藤からマリが頼まれていて、その件で空港に行く為に本日は退社したとの事でした。
SEは近藤に、何故航空機の手配を、アルバイトの若い女性に依頼したのかを確認した。
近藤は、「芹沢さんはパイロットのライセンスを持っていて、大型の自家用機も持っている為に頼みました。慰安旅行は、芹沢さんの自家用機で移動します。自家用機なのでスッチーはいませんが、女子社員の中でスッチーの体験をしたい人はできますよ。内容は機内アナウンスと弁当配布です。展示会の女性説明員の制服を着用すれば。スッチーに見えませんかね。」と返答した。
SEは、何故マリが航空管制システムに詳しく、パイロットの気持ちが良く解っているのか理解した。
打合せ内容は、止むを得ず慰安旅行の時に、マリに確認する事にした。
慰安旅行当日、航空機に乗った社員達は民間機との違いに驚いてある社員が、「これって座席がチャッチいけれども、なんか戦争映画に出て来る爆撃機みたい。ほら、そこの床に覗き窓のような物が出ていますが、それって爆弾を落とす時に、そこから覗いて落とすんじゃないの?間違ったんじゃないの?目的地が戦争中の国って事ないよね。社員ではなく、アルバイトの芹沢さんに頼んだのは間違いだったんじゃないの?本当に大丈夫なの?」と心配して確認した。
幹事の近藤は、「大丈夫ですよ。この航空機は、確かにアメリカ空軍の戦略爆撃機です。しかし武器は全て取り外しています。弁当は離陸後、スッチーになりきった女子社員が、ペットボトルのお茶と一緒に配ります。機内アナウンスもありますよ。」と説明した。
離陸前に、女子社員がマリの準備した機内アナウンスの原稿を読んだ。
飛行ルートや飛行速度・高度や到着予定時刻を、原稿に書かれているように読んで最後に、「お気付きかと思いますが、当機はアメリカ空軍で使われていました戦略爆撃機で、去年の東南アジアでの戦争時は現役で、そこの覗き窓から覗きながら、爆弾を落としていました。武器等は全て取り外していますので、ご安心下さい。民間機に比べて飛行時間が長いのは、パラシュート部隊が降下する高度と速度で飛行する為です。当機にはエアコンがありませんが、飛行中ドアを開ける事は可能です。但し揺れる事もある為に、落ちないように充分注意して下さい。落下事故については、当方では一切責任を持ちませんので、ドアの開閉も含めて個人の責任でお願いします。当機の機長は芹沢マリさんです。」と説明した。
その説明をコックピットで聞いた近藤は、離陸準備をしているマリに、「同型爆撃機の数は多いのでしょう?何故この爆撃機が去年の戦争で使用されたのか解るのですか?」とマリに質問した。
マリは、「自動車の車体番号と同じように、爆撃機にも番号があります。この番号の爆撃機の機長として去年、私が出撃しました。」と返答して、更に補足説明した。
「近藤さん、ここを見て下さい。座席や各種計器類は、機長側より副機長側の方が新しいでしょう?それは、私が機長として出撃した時に、敵戦闘機に銃撃されて、副機長が即死しました。それが、この爆撃機が現役から引退した原因です。」と各種計器類のアンバランスの理由を説明した。
更にマリは、「ほら、自動車の事故でも、ドライバーは無意識に、自分が安全になるようにハンドルを切るでしょう?それと同じで、私は無意識に、自分が安全になるように避けたかもしれません。それで副機長が即死しました。」と補足説明した。
近藤は、「それでは、この爆撃機は壊れて現役を引退したのですか?壊れた航空機で大丈夫ですか?墜落しませんか?」と念の為に確認した。
マリは、「大丈夫よ、修理後、現役に復帰しなかったのは、先程説明したように、機長側と副機長側とは、異なる計器が装備されている為に、飛行中の打ち合せ時に不便だからです。今は、いつも副機長は飾りで、私一人で操縦している為に問題ありません。ちなみに、管制塔へ提出した副機長は近藤さんですよ。」と説明した。
近藤は驚いて、「えっ!?私はパイロットのライセンスは持ってないどころか、航空機に乗るのは始めてですよ。」とマリの予想外の説明に驚いた。
マリは、「以前、戦地で戦闘機に乗せてあげたでしょう?それに海外出張はどうされたのですか?航空機ではないのですか?まさか船?冗談ですよね。」と確認した。
近藤は、「いや、そう言われてみれば、他にもあったような・・・、それは、芹沢さんが私の事を副機長だなんて驚かすから、気が動転したのですよ。ったく。あっ!そうだ部屋割りは、どうなっていたかな?芹沢さんの隣の部屋は辞めよう。」と書類を確認していた。
マリは、「何故、私の部屋の隣を避けるの?」とその理由が理解できませんでした。
近藤は、「その副機長は、芹沢さんの事を怨みながら死んで行ったのでしょうね?化けて出てくるかもしれませんので・・・」とその理由を説明した。
マリは、「変な事を言わないでよ、怖くて今晩眠れなくなるじゃないの!」と予想外の言葉が近藤の口から出たのでうろたえていた。
近藤は、「えっ!嘘、戦場で何人もの人間を殺して来た芹沢さんの口から、そんな言葉が出てくるとは思わなかったよ。」とマリの別の一面を覗いたようでした。
マリは、「ドラマなどと異なり、実際に銃で頭部を撃ち抜かれると、凄い勢いで血が噴出すのよ。その死体がずっと私の横にあったので、気持ち悪くなりました。」と説明した。
その後、管制塔から離陸についての指示があり、マリは近藤に、「離陸直前のアナウンスをするようにスッチーに連絡して。それとSEの方で、航空管制システム担当の社員がいましたよね。コックピットに呼んで下さい。」と指示した。
近藤から連絡を受けた、スッチーになりきった女子社員は、「当機は元々民間機ではないので安全ベルトはありません。適当にどこかに捕まっていて下さい。間もなく離陸します。」とアナウンスした。
マリはコックピットに呼んだSEに、「先日は打合せに割り込み、すみませんでした。先日の桜田部長との打合せ内容を、実際の飛行で説明します。」と伝えた。
マリは自家用機を発進させて、滑走路をゆっくりと動き始めた。
SEには管制塔との通信内容の説明と、先日の打合せ内容を説明してエンジンをマックスパワーにして、離陸した後も色々と説明して、水平飛行に移ってからは、SEの質問に答えた。
着陸時も色々と説明した。SEも話だけではなく、実際の飛行での説明でしたので、良く理解できたようでした。
着陸前には、マリが近藤に着陸する空港の天候・気温を伝えて、女子社員に着陸時のアナウンスをするように連絡した。
女子社員は、「当機は着陸体制に入っています。座席に座りどこかに捕まって下さい。現地の天候は晴れ、気温は二十五度です。」とアナウンスして、その後着陸した。
SEは、「参考のために聞きたいのですが、着陸時は、“ドン”ときつき滑走路に降りましたが、もっと静かにフワッと着陸できないのですか?」と確認した。
マリは、「自動車教習所で、雨の日にスピードを出せば、路面からタイヤが浮かぶハイドロプレイニング現象について教わりませんでしたか?フワッと着陸すれば、そのハイドロプレイニング現象が起こり、機体が滑ります。そうならないように、しっかりと着地させる為に、“ドン”と強く降りているのよ。」と説明した。
次回投稿予定日は、6月21日です。