第百七章 マリ、遭難者を救助する
次郎の会社では、旅行会社は今回始めての業界ですので、初回顧客を訪問時には、社長の次郎も営業マンと同行して受注すべく、全力で営業活動を行っていた。
ある日、営業マンが顧客と打合せ中に、顧客の業務にトラブルが発生した。海外ツアーの一行が日本へ帰国途中に、エンジントラブルで無人島に不時着した。
滑走路はありませんでしたが、何故か昔、航空機が離着陸した痕跡が残っていた。
マリがアクロバット飛行の腕を磨く為に、何度も離着陸を繰り返していた事は、誰も知りませんでした。
救助を依頼した。
その返答は、「その付近は強風で風向きも不定期に変わり予想不可能な為に航空機の着陸は不可能です。水上飛行機も、付近は強風の影響で波が荒く、着水不可能です。ヘリを搭載した船舶で向かい、風が弱まった時にヘリで着陸し、無人島と船舶との間をヘリでピストン輸送します。従って、救助隊が現地に到着するのは数日後になります。」という内容でした。
問題は食糧や水が少なく、体力の少ない老人や子供達が心配でした。
次郎は、その頃、戦地で近藤がマリに助けられた事について話を聞く為に、マリと近藤を社長室に呼び、二人の話を聞いている時に担当営業マンからこの事故の報告をうけた。
次郎はマリに、航空機で救助可能かどうか確認した。
近藤が、「アメリカ空軍が離着陸不可能だと判断したのですよね?何故芹沢さんが航空機で救助できるのですか?」と不思議そうに質問した。
次郎は、「あっそうか、近藤君は知らないのか。マリはアメリカ空軍きっての名パイロットで、アメリカ空軍ではアクロバット飛行チームの指導教官を務めていました。マリの自家用機の経費全てをアメリカ空軍が支払っているのは、緊急事態が発生した時の為です。アメリカ空軍で、マリ以上のパイロットはいない。あっ、そうだ、先日週刊誌を見ながら、氏名は未発表ですが、アメリカ空軍に、鬼教官の異名を持つ伝説の名パイロットがいると、君達が噂していましたが、マリが、その伝説の名パイロットですよ。」と説明した。
マリが、「鬼だけ余計よ。それに伝説だなんて、私はよぼよぼの婆さんみたいじゃないですか。誰よ!伝説だなんて言い出した人は。」と怒っていた。
次郎は、「マリがアメリカ空軍を退役したから伝説になったのではないですか?それだけ、マリの操縦技術が優れているという事なので、伝説という呼び名についは、自慢できると思いますよ。」と説明した。
近藤は、「えっ!芹沢さんって、そんなに凄いパイロットなのですか?先日レストランで話を聞き、優秀なパイロットだと解っていましたが、本当に救助可能なのですか?」とマリの事を心配して聞いた。
マリは、自家用機である大型爆撃機で、その無人島で離着陸した事が何度もあったので、「私の自家用の大型機でツアー客を乗せて離着陸可能です。救助可能です。」と返答した。
次郎は顧客に恩を売るには、最適のチャンスだと判断して、顧客の社長に電話して、「私の知合いに、腕の良いパイロットがいて、今、確認しますと、その無人島でしたら、離着陸可能だそうです。救助を私に任せて頂けませんか?」と連絡した。
顧客は、無人島への救助は、日本政府は元より、アメリカ政府にも依頼していて、世界一のアメリカ空軍が、離着陸不可能だと判断した為に信じ難く、離陸に失敗して、全員死亡する可能性があると判断して断った。
次郎は、「私の知合いのパイロットは、以前、アメリカ空軍アクロバット飛行チームの指導教官を務めていた軍人です。その軍人の話によれば、その無人島に昔、航空機が離着陸した痕跡がまだ残っていると思いますが、それは訓練の為に、その軍人が離着陸した跡だそうです。」と説明した。
それを聞いて顧客は、遭難したパイロットからその話を聞いていた為に、アメリカ空軍に確認した。
アメリカ空軍の返事は、「確かに、以前、アメリカ空軍アクロバット飛行チームの指導教官で、鬼教官として恐れられていた凄腕パイロットが在籍していました。そのパイロットの操縦技術は神業です。離着陸できる可能性はありますが、残念ながら、今は軍を退役しています。退役後は伝説になる程、その操縦技術は優れていました。そのパイロットは日系人でしたので、今は確か日本に住んでいる叔父さんで芹沢次郎という人と暮らしていると聞いています。」という返事でした。
芹沢次郎という名前を聞いて、顧客は慌てて次郎の名刺を確認して、驚いて次郎に電話した。
顧客は、「先程の話ですが、ヒョットして、その腕の良いパイロットというのは、社長の姪御さんの事ですか?」と確認した。
次郎が、「そうです。私の姪のマリです。マリは小型機でなくても大型機で、ツアー客を乗せて充分離着陸可能だと言っています。」と返答した。
顧客は、「是非救助を御願いします。」と次郎に依頼し、その旨、関係者に伝えた。
次郎は早速マリの上司に、「緊急でマリにしかできない業務が入って来た為に、しばらくマリを社長付きとして扱います。」と連絡して、マリは直ちに現地へ飛んだ。
マリが自家用機で現地上空に到着すると、マリが大型機で離着陸するという情報を入手したアメリカ空軍アクロバット飛行チームのメンバーが、マリの操縦技術を研究しようとして、ジェット戦闘機で様子を伺っていた。
マリは、「邪魔だから、そこを退きなさい。まさかアクロバット飛行チームのメンバーがこんな所の離着陸もできないの?情けないわね。今この大型機で離着陸するので、良く見てなさい!」と伝えて着陸した。
マリの部下だったパイロットが、「芹沢教官!その付近は強風で、風向きも不定期に変わり、地形を考慮しても予想不可能です。どうやって着陸したのですか?」と質問した。
マリは、「あなたの目は、どこについているの!着陸前に、“良く見てなさい!“と言ったでしょう。ったく情けないわね。風向きを予想するのに、何故地形しか考慮しないの?付近は強風で波が荒いでしょう?形の変わる地形だと思えば良いのよ。風向きは、その波に影響されているのです。波を読みなさい。そうすれば、風向きも予想可能です。波の形が不定期に変わる為に、風向きも不定期に変わるのよ。ツアーの航空機が、翼を岩にぶつけて破損した程度で着陸できたのは、偶々風が弱まっていた時なので着陸に成功したのです。強風の時であれば生存者はいなかったかもしれませんね。」と説明した。
着陸したマリは、ツアーメンバー全員を自家用機に搭乗させて、地形と波から風向きを予想して、追い風の時に、大型機を発進させ、離陸してツアー客は全員拍手した。その後、無事日本へ帰国した。
この事はニュースでも取り上げられたが、マリの氏名は未発表でしたので、アメリカ空軍の退役軍人で、元アクロバット飛行チームの指導教官としか報道されませんでした。
マリが勤務する会社の社員では、次郎と近藤以外、誰もそのパイロットがマリだとは気付きませんでした。
顧客は次郎の会社を訪問して、「先日は有難う御座いました。一時はどうなる事かと焦りましたが、お陰で助かりました。是非お礼がしたいので、ご迷惑でなければレストランを予約しておきますので姪御さんにお会いできませんか?面識はありませんので、社長さんにも御同席願えないでしょうか?」と依頼した。
次郎は、「いえいえ、わざわざ、そんな事をして頂かなくても、マリは弊社のOLですので、今呼びます。しばらくお待ち下さい。」と上司を通じてマリを社長室に呼び、顧客はマリと色々と話をして満足して帰った。
その後マリは平穏な生活を送っていた。
この一件で、マリの勤める会社は旅行会社に恩を売ることができた。
顧客は営業マンに、「あなたの会社の社長さん、凄い人と知合いなのですね。社長さんに、有名な鬼教官を紹介して頂いて驚きました。鬼どころか可愛い女性でしたので驚きました。伝説の名パイロットという異名があると聞いていましたので、もう若くないと思っていたら、若いお嬢さんでしたので驚きました。今後とも宜しくお願いします。」と感謝された。
顧客はマリの事を社長の知り合いと表現して姪とは表現しなかった為に、それがマリの事だとは気付かずに、営業マンは顧客と上手く話を合わせて、「そうでしょう。驚いたでしょう。」と顧客の機嫌の良い今がチャンスだと判断して、契約書を提示して受注に成功した。
受注の報告を受けた次郎は、ホッとして帰宅し、マリに、「有難う、今回はマリの活躍で受注できたようなものだ。」と感謝していた。
マリは、「それだったら給料を上げてよ。それだけの仕事をしたのだから。」と要求した。
次郎は、「それとこれとは話が違うよ。」と返答した。
マリは、「何故よ、ケチ!」と不機嫌そうでした。
次郎は、「給料は、今後とも会社に対して、それだけの働きをしてくれると期待される場合です。今回のような事が、今後とも起こるような事はないと思います。あると困ります。しかし、今回の働きは確かに認めるので、今回だけ、特別ボーナスを支給しても良いですよ。」と返答した。
マリは、「仕方ない。それで我慢するわ。」と給料アップの交渉は、次郎の説明にも一理あると判断して、諦めた。
次回投稿予定日は、6月7日です。