第百三章 マリ、子供を預けてOLになる
マリは男の子を出産して、しばらくは母乳で育てていた。
そんなある日、次郎は子供の面倒を見るのが大変で、夜鳴きで夜も碌に眠れなかった為に、マリの上官に相談した上でマリに、「アメリカ軍に子供を出産した事を内緒にした状態で手伝いをするのでしたら、子供の事は一切考慮されないでしょうから、年に二回ですか?長時間子供をどうしますか?女房が面倒を見られれば良いのですが、最近体調を崩して病院に通っています。子供の世話は結構体力が必要です。女房も、もう歳なので自信がないと言っています。子供を負ぶって戦地で銃撃戦はできないだろうから、どこかに預けるしかないと思いますが、どうだろうか、託児所よりも、私の信頼できる人物に、その子供を預けるというのは。勿論いつでも会えるように話はしています。」と助言した。
次郎の女房が、「それではマリさんが、あまりにも可哀想ですよ。私も母親です。子供と別れる事が、どれだけ辛いか解ります。」と次郎に反論した。
次郎が、「お前、以前マリがアメリカ育ちだから考え方が私達と違うと言っていたではないか!要は、マリが子供を取るか航空機を取るかという事じゃないのか?その判断はマリに任すけれども、どちらにしてもサポートはします。私の今言った子供を預けるというのは、“そうしろ“という事ではなく、航空機を取りたいが子供が心配で迷っているのであれば、そういう方法もあるという事です。」と説明した。
マリは、「御免なさい、叔母様の仰る事は良く解りますが、矢張り私は操縦桿を手放せません。託児所だとピンからキリまであり、この子は元気にしているのかしら?とか、他の子と上手くやっているのかしら?などと心配になり、おちおち戦場に行っていられません。叔父様の信頼できる人物に、この子をお願いします。」と依頼した。
次郎の信頼できる人物は、まさかマリの上官だとも知らずにマリも納得して、子供を預けて航空機を取る事にした。
空軍からは武器を取り外した大型爆撃機が与えられて、マリの悩みを知っている部下に、搬送を依頼して、到着後部下に、「これから燃料補給後テスト飛行をするので付き合ってほしい。」と依頼した。
部下は、「教官でしたら、絶対大丈夫です。直ぐに以前のような、神業的なアクロバット飛行ができるようになります。そして早く私達の指導をお願いします。」とブランクのあるマリを励ました。
マリは深呼吸して、一呼吸置いて操縦桿を握り離陸させた。しばらく飛行すれば、マリの勘も戻り、宙返りなどして、最後にローリングしながら水平飛行から上昇した。
部下は、「ローリングしながら水平飛行から上昇するのは、戦闘機でも経験のあるアクロバット飛行のパイロットでないとできません。それをこの大型機でできるというのは教官しかいないです。矢張り教官の神業的操縦技術には敵いません。私達にも、その操縦技術を伝授して下さい。」とマリの復帰を願っていた。
マリは、「私はいつも伝授しようとしていましたが、あなた方がついてこられなかっただけです。私は年に二回、夏と冬にアメリカに行きます。戦地への出撃か指導かなどの私のスケジュールは、上官に任せています。上官に確認して、私が指導する日には、何を指導してほしいのか連絡を下さい。」と部下に伝えた。
その後、マリは何故大型機なのかを確認すると部下は、「小型機よりも大型機の方が車も積む事が可能で人も多く乗せる事ができる為に、旅行などに使うと、それだけ教官の飛行時間が多くなる為です。どの空港にでも着陸可能なように、離着陸の距離が短い航空機にしています。」と返答した。
その後、マリは部下と雑談しながら沖縄空軍基地まで送り、部下は、「教官、もう一人で大丈夫ですよね。」と確認して航空機から降りた。
結局マリは、その部下の子供を出産した事を伝えませんでした。
マリは帰宅後、この事を次郎の家族に告げると、飛行機好きの次郎の子供も大喜びして、たまにマリに乗せて貰う事にした。
次の週末、早速マリは次郎の息子の要望で次郎一家を自家用機に乗せて遊覧飛行した。
次郎の息子は、「今迄マリさんには航空機の事を色々と教えて頂きましたが、パイロットは雲や気流についても詳しいのですよね?先日海外に飛行機で行った時に、高度が急に落ちるように下がり、スチュワーデスがエアポケットだと説明していました。その話を、もう少し詳しく教えて下さい。」と雲や気流についても、色々と説明を聞き、その日は満足して家へ帰った。
夏休みも近付いたある日、マリは次郎を信用して、「子供との別れが辛いので、私がアメリカへ行っている間に子供を連れて行って。」と言い残してアメリカへ行き、今後の事を打合せた。その打合せに上官は不在でしたが、まさかマリの子供を引き取りに上官夫婦が日本へ行っているとは夢にも思っていませんでした。
マリは日本へ戻ってからは、次郎の経営するソフト会社で事務員のアルバイトをする事になった。
次郎の会社にはFA部門とOA部門があり、マリはOA部門に配属された。
OA部門では、主に顧客の経理や給与システムを作成していた。そしてチャンスがあれば他業務のアプリケーションソフトも作成しようと日夜営業努力をしていた。
最近では旅行会社のシステム開発を受注しようとSEは旅行会社のシステムの勉強会をしていた。(旅行会社のシステム開発の作成経験がない事を顧客に知られると失注する可能性があり都合が悪いので。)
最初に商談があった時に訪問したSEは本を買い、一夜漬けで勉強して知ったかぶりして顧客と商談するなど苦労したそうです。
初日、マリは帰宅後次郎から、「会社はどうだった?」と聞かれた。
マリは、「初日から、“シープラプラ”だとか“デファインをかける”とか訳の解らない言葉ばかり出て来たわよ。OA部門ではなくFA部門の方が良かったんじゃないの?」と聞き返した。
次郎は笑いながら、「FA部門はもっと訳の解らない言葉が出て来るぞ!と言うのは、OA部門はソフトだけですが、FA部門はハードも関係するので、アンドンとかホッパーなどハードの名前も出て来るからです。でも、最初に言ったように、そんな言葉の意味は解らなくても良いよ。それと英語が喋れると言っておいたので、通訳を頼まれるかもしれませんが、アメリカ育ちのマリちゃんには朝飯前だよね。」と助言した。
マリは、「だから今日、突然通訳を頼まれて、訳の解らない言葉が出て来るので苦労したわよ。」と不機嫌そうでした。
次郎は、「でも、お客様の受けは良かったよ。お客様が、いつものようにゆっくりと喋ると、通訳の女性が早口で英語を喋ったので、私達もゆっくりと喋らなくても普通に喋れば良かったので楽でしたと言っていたよ。」と顧客の反応を伝えた。
マリは、「最初、幼児に話すような喋り方をするので可笑しくて噴出しそうで必死に笑いを堪えていたのよ。」と笑った。
次郎は、「社員は、マリの英語力がどの程度なのか解らなかった為に、英語の得意な社員が同席しましたが、その社員も二人が喋るのが早すぎて、解らなかったと、マリの英語力を感心していましたよ。」と矢張りアメリカ育ちは違うなと感じていた。
マリは、「私は何も早口で喋ってないわよ。アメリカではあれで普通よ。その他にも通訳しましたが、内容は給与システムや経理システムではなく、工場設備の話だったみたいよ。」とFA部門ではなくOA部門に配属されたのに、話が違うと不機嫌そうでした。
次郎は、「そのお客様はFA部門のお客様で、FA部門で英語のできる社員が出張で不在だった為に応援を依頼されたんだよ。今後通訳はマリ一人に任すと社員は言っていました。しかし、OA部門の御客様をもう一件通訳しただろう?社員が、“お客様は日本語の喋れるアメリカ人で、英語で喋ったり日本語で喋ったりしていました。”と報告を受けたが、マリは特に通訳しなかったらしいじゃないか?何故だ?」と不思議そうに確認した。
マリは、「あのお客様は、会議室に英語が理解できる社員は私一人だけだと知ったら、仕事の話は日本語で喋り、デートのお誘いを英語で喋っていた為に特に通訳しなかったのよ。」と通訳しなかった理由を説明した。
次郎は笑いながら、「そうか、そういう事か。しかし鬼をデートに誘うとは物好きなお客様だな。」と納得していた。
マリは、「そこで納得しないでよ。何が鬼よ!笑い事じゃないわよ。まさか勤務中にデートに誘われるとは思わなかったわよ。」と不愉快そうでした。
次郎は、「まあまあ、そんなに怒らずに。相手はお客様ですのでデートするのなら良いが、もし断るのであれば丁重にお断りしろよ。怒らせると失注する可能性があるからな。」と忠告した。
マリは、「何もそこまでして受注しなくてもいいじゃないの。」と返答した。
次郎は、「マリ、まさかお客様を怒らせてないだろうな。」と心配そうに聞いた。
マリは、「心配しなくてもデートする事にしたから安心して。」と次郎を安心させて、“デートは射撃場だと射撃の腕を自慢していたので、実戦経験のある私の射撃の腕を見せて、あの得意そうな鼻を圧し折ってやる。”と思っていた。
次回投稿予定日は、5月22日です。




