【2-7】
メア曰く、ボトルは冷やした方が良いらしいので氷水を張った大鍋に入れて丸テーブルの中央に置く。合わせて冷蔵庫にしまったお供えのチーズケーキを肴として半分こに皿に取り分け、テーブルに並べる。
うちにはワイングラスなんて洒落たものはないのでプラスチックのグラスにノンアルワインを半分注ぎ、もう半分は果汁百パーセントのオレンジジュースで割る。見た目はほぼオレンジジュースのカクテル――ミモザのできあがり。オレンジジュースはメアが持参してきたもので、クレールさんの飲み方をマネしたかったらしく、うちに来る途中で大きめの紙パックのものを買ってきたのだという。
グラスを手に持ち、テーブルの前に肩を並べて座った僕らは口をそろえて言う。
「「かんぱ~い」」
グラスとグラスを触れ合わせる。初めて飲むカクテルと僅かに睨めっこするも、これはノンアルだからジュースみたいなものだと思い切って一口飲む。
「――ん!? うまい……!」
オレンジの甘酸っぱさが広がった後にスパークリングの清涼感が抜けていく。爽やかでフルーティーな口当たりだ。本当にジュースと変わらない。
一口飲んだメアも気に入った様子で口元を綻ばせる。
「――うん、思ってたよりも飲みやすい!」
「これなら何杯でもいけるな」
「いけるいける。今日は飲みきるまで語り明かそ?」
グラスを高く掲げ賛成の意思を示して言う。
「ウェ~イ!」記念すべき人生初ウェーイである。
その後。僕が最近ハマっている動物ハプニング集のシリーズ動画をメアにもオススメしたくてポケットから取り出したスマホで流す。グラスを片手に肩を寄せ合い、二人して笑って語らう。夢中になっているうちにいつの間にか僕らのグラスは空になっていた。人って舌が幸福感に満たされるとやたら饒舌になるんだな、と当たり前なことを再発見しながらさっそく二杯目に入る。
動画が一段落したところで。メアは隣で「こんな深夜にケーキなんて食べたら太っちゃうなあ」と口では言いつつも、デレ顔で手にしたフォークで一口サイズに切って頬張る。
「んぅ~! ミモザにチーズケーキ、もうこの組み合わせしか勝たん!」
「それな」
こんなに誰かと笑い合ったのは久々で気分が高揚してつい便乗したくなる。今この瞬間が最高に楽しい。――でもきっとこの最高もまた近いうちに塗り変わるだろう。他の子とは違う、そんな盲目的とも言える魅力を彼女に感じているのも、あたかもワインを飲んでいるかのような陽気な気分を醸し出すこのノンアルカクテルの魔性の坩堝にどっぷりとハマってしまっているせいかもしれない。
飲んで喋っては笑い、また喋って飲んでは笑い合う。繰り返す甘美な刺激に酔いしれてメアと僕は何度も乾杯してはすっかりカクテルの虜になっていった。
…………飲み始めてから何時間が経っただろうか。二時間……いや三時間ぐらいか? もしかしたら存外まだ一時間も経っていなかったりして……。それよか眠気からかなんだか頭がクラクラする……。視界もグルグルだし世界が回って見える。あんまり動くとキモチワルイ……。
「………………」
ダメだ……。ボーッとして思考がままならない。……というか、さっきっから隣でずっと笑ってる人がいてうるさくてかなわん。
「アハハッ! さあさあ~、まだまだいくよぉ~!」
隣のやたら笑い上戸の女性が、テーブルにあるまだ半分ほど残ってる僕のグラスになみなみとワインを注いでくるもんだから、心の悲鳴が口からもれる。
「センパ~イ、たしゅけてぇ~……。もうボク、のめましぇんよぉ~……」
「な~にぃ~? わたしがついだワインがのめないってかぁ~? ――アッハハハ!」
何がおかしいのか空になったグラスを片手に一人で笑っている。なんなんだこのヒト……。
「…………。ところであなたどちらさまですかぁ? センパイはぁ? センパイどこぉ~?」
忽然と姿を消したセンパイを探して部屋の中をきょろきょろと見渡すが、どこにも見当たらない。トイレにでも籠もってるのかな?
「ここ、コッコォ~! コケコッコォ~~ウ!」
隣にいた女性が自分の両頬を指差してから雄鶏の如く羽ばたいて鳴く一芸を披露する。
「…………」
少なくとも僕が知っている知的なセンパイは程度が知れたこんな低レベルなギャグをドヤ顔でぶちかましてくるほどおつむが悪い人ではない。コイツ……恐れ多くもセンパイのフリをしやがって。なんてふてぶてしい奴め。
「……うぷっ。キモチワル……」
コイツを成敗してやりたいのは山々だが、込み上げてくる気持ち悪さに負けてカーペットの上に大の字で寝そべる。倦怠感が体をぐいぐいと床に引きずり込もうと引っ張ってきて起き上がれる気がしない。眠い……。もう今日はこのまま寝てしまおう…………。
「なんらぁ~、だらしないぞぉリックス~。じゃあ、のこったるんはぜんぶひとりでのんじゃろぉ~。――はれぇ? もうからっぽらぁ……」
沈みゆく意識の中、残念がるフニャけた声だけが遥か遠くの彼方から響いては消えてゆく。
「――う……ッ」
頭の奥がズキッと痛み、目が覚める。カーテンの隙間から差す日が視界を横断し、夜が明けたことを告げている。
寝ぼけ眼に。やけに左腕が重く感じて視線を向けると、
「……すー……すー……」
メアがこちらに寝顔を向け、僕の腕を枕代わりに寝息を立てていた。胸には空っぽになったワインボトルを抱きかかえ体を丸めている。……フィクションでたまに見る路上で泥酔したおっさんがついやりがちなポーズだ。
「……? どゆこと……?」
合宿が始まって以来の最も不可解な難問に片眉を上げ顔を顰める。……寝る前の記憶がない。正確にはカクテルを呑んでからその後の記憶が思い出せない。……頭はズキズキするし気持ち悪くて思い出すのも億劫だ。
メアを起こさぬよう左腕を引き抜いて体を起こす。薄いカーペット一枚だけじゃ床の硬さは補えず体のあちこちから軋む音がする。でも僕よりも――上にシャツを羽織っているとはいえ、タンクトップにミニスカの――薄着で寝ているメアの方が気がかりだ。
三回目となると慣れたもんで、寝ているメアからワインボトルを取り上げてお姫様抱っこで持ち上げた後、ベッドに寝かせる。
――約一時間後。
その間に。顔を洗い、トイレに行き、歯磨きをし、気持ち悪さを少しでも中和したくて(都会の水道水は舌が慣れないため)備蓄してあるミネラルウォーターを多めに飲む。テーブルの上を片付け、朝食を作る気力もなかったのでシリアルで軽く済ませる。シャワーを浴びていくらか気分をさっぱりさせた後で、今日はダグたちと出掛けるので外行きの七分丈のシャツとクロップドパンツに着替える。
一方。メアはと言うとまだ寝ている。ゆっくりと寝顔を眺めていたい気持ちもなくはないが、一時間後には家を出ないと待ち合わせの時間に間に合わないのでそろそろ起こした方がいいだろう。
ベッドにて仰向けで寝ているメアの耳元で呼びかける。
「――メア、起きて」
「……んぅぅ……」
起きないので肩を揺する。
「もう昼だぞ」
「ん……んぅ~?」
ようやく瞼を開けたメアが、まだ眠そうな半開きの目でこっちを見る。
「おはよ、メア」
「ん……おはよう……」
体を起こしてからブルーな顔で真っ先に額を押さえ、萎れた声で言う。
「なんだか頭がグラグラする……。何で……?」
……おそらく、状況からして考えられる答えは一つしかない。
「僕もだよ。たぶん僕たちが飲んだワイン、ノンアルじゃなくて本物だったんだよ」
初めての経験だが、これが噂に聞く二日酔いってやつなのだろう。
「ノンアルって書いてあったのに……? うーん……途中からの記憶が全然ないや……」
思い起こそうとした途端、メアが口を手で押さえる。
「う……っ。気持ち悪い……」
「大丈夫? 水持ってくるよ」
「できれば……温かいのがいい……」
「分かった。温めてくるからちょっと待ってて」
電気ケトルでミネラルウォーターを温める間。メアはふらふらとした足取りで洗面台がある脱衣所の方に向かっていった。
数分後。マグカップに注いだ白湯がちょうど適温に温まった頃合いで、メアが脱衣所から出てきたので呼びかける。
「お湯沸いたよ」
「うん……ありがと……」
覇気のない声が返ってくる。メアは具合が悪そうに壁に片手を付け重たそうに足を一歩ずつ動かすが、
「あ……」
途中で膝から崩れ落ち床に手を突いてへたり込む。
「ちょっ、大丈夫?!」
慌ててメアに駆け寄る。
「だ、大丈夫……」
歯切れの悪い返事をする彼女の腕を肩に回し体を支える。……やけに触れ合う部分が熱い。
「ちょっと……フラついただけだから…………」
俯いてメアはそう言うものの……違和感から横から顔を覗き込む。上気した頬に荒い息遣い――
「ちょっとごめん」
メアの額に手を当てる。――やっぱり熱い……。
「メア、熱あるって。休んでた方がいいよ」
「大丈夫だって……。これくらいなんてことないよ……」
白い歯を見せニコっと笑ってみせるが、肩を上下させて息を吐く様子は無理して元気をアピールしてるようにしか見えない。
「大丈夫じゃないよ。ほら、肩貸すからベッドで休もう」
メアの腕を自分の肩に回してベッドまで連れて行き座らせる。お湯を入れたマグカップと、どこにしまったか忘れた体温計を棚の引き出しから探し出してメアに渡す。
お湯を飲み一息ついている間にブザーが鳴り、体温計を脇から取り出して確認したメアは気落ちした声で言う。
「三十八度三分……」
隣に座って手渡された体温計を僕も確認したが、やっぱり風邪だ……。原因は明白だろう。
「メア、その格好で床で寝てたからたぶん風邪引いたんだよ。僕が起きたときに気づいて一応ベッドに運んだけど」
顔を一層赤らめ身を縮こめたメアは俯き、気恥ずかしそうに言う。
「そ、そうだったんだ? ……重かったよね? ごめんね?」
なんならこれで三回目だという事実を教えたらどういう反応をするか見てみたい気もするが、それはまたの機会にしておこう。
「全然重くなかったよ。――それより症状は? 咳とか鼻水とか」
「んー、頭がクラクラするのと、お腹が痛くて気持ち悪い……。あとちょっと悪寒もするし、アルコール飲んだからか喉の調子も変……」
「風邪と二日酔いのダブルパンチだな……。今日は一日安静にしてないと」
メアはがっくりとうなだれる。
「どうしよう……。頼めばお父さんがここまで迎えに来てくれると思うけど……そしたらクゥちゃんが実は男の子でしたって嘘が露見しちゃう……」
「うーん……。動くのが辛い状態で外で待ってるのもキツいだろうしなあ……。メアさえ良ければ良くなるまでウチにいても構わないよ」
メアはきょどきょどと不安げな視線でこちらを確認しながらおずおずと言う。
「気持ちは嬉しいけど……。でも今日、友達にお祝いしてもらうんだよね? 何時から?」
「十三時にルポラストリート駅の改札前で待ち合わせだけど」
流石に弱ってる病人を放っておくわけにもなあ……。
「友達には連絡してまた今度に延期して――」
「ちょっと待って」と、メアは眉を曇らせて食い気味に被せる。
僕の瞳を覗き込んで心境を読み取ったのか、メアは気丈に振る舞う。
「リックスも楽しみにしてたでしょ? 私のことはいいから行ってきて。リックスが帰ってくるまで大人しくお留守番してるから」
「いや、でも……」
一人で残して大丈夫だろうかと思い悩む僕に、重ねてメアが言う。
「リックスだけじゃなくて、きっとその友達も楽しみにしてると思うよ。――だからお願い、行ってあげて」
「うーん……」
自分のせいで誰かが楽しくない想いをするのは根が真面目なメアにとっては人一倍に負い目を感じてしまうのかもしれない。僕が行かなかったらメアは責任を感じてしまうだろう。僕も逆の立場だったらそう言うだろうし、メアの気持ちも分からなくはない。
「……分かった。早めに帰って来るから。あとついでに必要そうなものも買ってくるよ」
「うん」メアはホッと頬を緩めて頷き、
「迷惑かけちゃってごめんね」と付け加える。
「なに、困ったときはお互い様さ」
家を出る時間までにできる限りの看病に勤しむ。洗い立ての部屋着(Tシャツと紐付きのハーパン)をメアに貸し出して着替えてもらい、冷蔵庫に残っていた野菜や鶏肉を鍋に入れ風邪のときには定番のチキンスープをパパッと二十分ほどで作る、最寄りのコンビニでゼリー飲料を数点、ヨーグルト、二リットルのスポーツドリンク、頭に貼る冷却シート、喉の調子も変だと言ってたのでのど飴も買ってウチに戻る。それら一式が入ったレジ袋をメアに預けたところで、そろそろ出発しないとまずい時間が来てスマホと財布と家の鍵をポケットに詰めて身支度を済ませる。
振り返ってベッドで寝ているメアに言う。
「じゃあ行ってくる。何かあったらすぐに連絡して」
掛け布団から熱で火照った顔だけ出してメアが返事をする。
「うん。行ってらっしゃい」
メアに手を振り玄関から外に出てドアの鍵を閉める。マンションの入り口から出てここから歩いて十分ほどの地下駅に向かう。待ち合わせの駅は二駅隣で近いので特に問題なければ余裕で間に合う時間だ。
ダグとアーシュの二人とはグルチャでやり取りはしてるものの夏休みに入ってからはまだ一度も三人で集まってないな。ダグとは補習の際に顔を合わせたけど最近はバイト三昧の日々だって嘆いてたっけ。ちょっくら一人旅してくるって言ってたアーシュはパンクの聖地から帰ってきたみたいだけど、道中で撮ったハジけた様子の写真をたくさんアップしてたから土産話もたんまりと溜まってそうだな。
二人に会うのが楽しみだ。けど……。
「…………」
――メア、一人で大丈夫かな? 心身ともに弱っているところに精神的追い打ちをかけたくなくて背中を押される形で出てきてしまったがやはり心配だ。
今頃トイレに行こうとして途中で倒れてたりして…………いやいや考え過ぎか。物事を悪い方向に考えてしまうのは悪い癖だな……。しっかり者のメアのことだ、子供じゃないんだから一人でも大丈夫だろう。
そうこう考えているうちに。無意識的に地下駅の改札を潜りホームの黄色い線の内側に立っていた。あとは電車に乗るだけの簡単なお仕事。
――十分後。
……優柔不断な自分が恨めしい。電車が来ていざ乗ろうとした途端に足が強張って乗れなかった。このまま向かってもメアのことが心配で頭から離れなくて全然楽しめる気がしない、と土壇場で心が行くのを拒否してしまった。
ダグとアーシュのグルチャに『ごめん、急用ができて行けなくなった。ドタキャンまじでごめん』と謝罪のスタンプを添えて送信し、結局来た道を引き返す。
メアにもこれから帰るのを伝えるか悩んだが、頑なに自分は大丈夫だからと言い張るのが目に見えたので黙っておくことにした。代わりに滋養がつきそうな食材で消化に良くておいしいものでも作ればきっとメアの気も晴れるだろう、と帰る前にスーパーに寄っていく。
自室である306号室のドアの前で、一度深呼吸をする。……自分の家に帰ってきただけなのになぜだか緊張するけど、意を決して鍵を開けドアを開く。
「ただい――」
威勢良くそこまで言いかけ、
「ま…………」
玄関入って左手の引き戸が開いており、そちらに視線を向けた瞬間――全身が固まる。
「リックスッ?! な……っ」
ひどく慌てたメアがそこにいた。まだ乾かしていない髪に潤った素肌――。ちょうど引き戸を開け脱衣所から出ようとしたところだったのか白のバスタオルだけを体に巻きつけた姿だったが、驚いて後ろに蹌踉めいた拍子に胸から膝上までを覆っていたその最後の一枚の防衛線もバサッとズリ落ちた。
「ひゃ……ッ!?」
見えるか、見えないか――肉眼では際どいラインで……。瞬時にメアは片腕で胸を隠し後ろに身を翻して蹲った。――が、細身の肢体からは想像つかない見た目以上のボリュームのある谷間とそれに反するくびれた腰つきのプロポーションが僅かな間に垣間見え、強烈な電流が脳内を走る。後ろ向きになったことで必然的に桃のように丸みを帯びたお尻が丸見えになってしまったが、それに気づいたのか次の瞬間には目にも留まらぬ速さで引き戸がバシッと閉まった。
「ななな、なんでいるの!?」
引き戸の向こうからわなわなと裏返った声が聞こえてくる。
正直頭がテンパって真っ白だったが、しどろもどろになりながらも説明する。
「いやっ、ごめん……。駅までは行ったんだけどさ……やっぱり心配になって引き返してきたっていうか、ちょっとびっくりさせようかな、と思って……」
言った後で後半のは余計だったと後悔する。
「~~~~ッ」
声にならない呻き声が引き戸の向こう側から聞こえ、
「――リックスのバカッ」
直後に。罵声が飛んできた。
…………。どうやら最悪のタイミングで帰ってきてしまったようだ。
「はい……。バカです……」
どうにも気まずい沈黙の後。引き戸の向こう側から呆れ混じりの声が聞こえてくる。
「リックスのことだからもしかしたらとは思ったけど……まさかホントに戻って来ちゃうなんて……」
どうやら僕が言わなくても帰って来るんじゃないかと予期してたらしい……。メアのIQをもってすれば僕の思考パターンなどお見通しってことか。
返す言葉もなく立ち尽くしていると。もごもごとした声でメアに忠告される。
「その……バッグから替えの下着取ってきたいから……入ってこないでよ……?」
当然、これが『入ってこい』というフリじゃないのは分かってる。
「あ、ああ……ごめん。僕がここにいたら着替えられないよな。コンビニでも行ってくるから終わったら声かけて」
――十数分後。
リビングにて僕の部屋着に身を包んだメアから事情聴取が執り行われる。丸テーブルの前にて正座する僕と、僕に背を向けベッドの上で膝を抱えて座るメア。
面と向かって話すのも嫌なのかこちらに背を向けたまま、メアはもじもじと切り出す。
「――で、見たの……?」
何が? と訊き返さなくても何のことかは明白だ。
「なんていうか、見えそうで見えなかったっていうか……一瞬だったしよく分かんなかった」
すると。メアはそわそわと落ち着かない様子で訊く。
「見えそうって……見たかった、の……?」
「いやっ、そういう意味じゃ……っ」
焦って僕が訂正すると、今度は冷たく尖った調子で返ってくる。
「……じゃあ、見たくなかったんだ……?」
…………。なんて答えればいいんだコレ……。世の中のイケメンども教えてくれ。
「見たくなかったとは思ってないけど……見たかったなんて言ったら…………もう一緒にいられなくなるだろ」
もう思い切ってヤケクソ気味に答える。半ばどうにでもなれの精神である。
メアは、この空気に堪えられない、とでもいう風に膝を抱えながら両足を交互にジタバタさせる。数回やって気が済んだのか、ぎゅっと膝を抱きしめ顔を両膝の皿に埋めてぽつりと零す。
「……リックスのえっち」
「―――—ッ」
効果はバツグンだ! リックスは目の前が真っ暗になった!
『ピッ、ピッ、ピロリン~♪』と元気になりそうな謎の空耳が聞こえてきて意識が回復した僕はすかさず弁明に回る。
「その件に関しては全面的に僕が悪かったとは思うけど……。そもそもあれは不可抗力で覗く気なんてさらさらなかったんだ」
僕の言い分に、メアは俯いたまま即答する。
「リックスが悪くないのは分かってるよ? 分かってるけど……それでも裸を見られた事実は変わらないわけで…………なんか、モヤる」
声にとげとげしさはなく、あるのはフェアではないと言わんばかりのどうにもできない気持ち。不条理なこの世に対する落胆――。一周回ってそれをぶつけるかの如く、僕に言う。
「大体、どうして戻って来ちゃったの? 大人しくお留守番してるって言ったのに……」
「さっきも言ったけど、やっぱり心配になってきて……。倒れてないかとか一人で心細くないかとか、頭の中がメアのことでいっぱいになって全然楽しめる気分じゃなくなっちゃって……」
メアは何やら埋めた頭をブンブンと横に振り始める。まるで水浴びした後の犬みたいだ。数回やってまた気が済んだのか、頭を上げた彼女は背筋をぴんと張る……が、姿勢とは裏腹な臆するような声を絞り出す。
「…………それ、わざと言ってる?」
「え?」
何でそんなこと訊くんだ? もしかしてまた何か余計なこと言ったかな?
「いや、本気で心配してるんだけど?」
そう言うと。メアは再度俯き両足を交互にジタバタさせる。……あれは何の儀式なんだろ?
返事もなく困り果てて後頭部を掻く。
「とりあえず……今日はなんでもメアの言うこと聞くから機嫌直してくれよ?」
焦れったくなるほどの数秒の沈黙が過ぎ去り……メアは期待を孕んだ様子でぼそっと口にする。
「……なんでもって、本当になんでも?」
「まあ……できる範囲なら」
間を置いてから、
「……ちょっと考えてみる」
と少し無愛想にしながらも応じてくれたメアにホッとして胸をなで下ろす。
「ひとまず、安静にしながらだと他にできること限られるし一緒に映画でも観ようよ。サブスクにあるのから観たいやつ探してみない?」
一向に振り返らないその背中に提案を投げ掛けると、
「……観る」
しばしの後で短くそう返ってきた。




