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妹が、お母さんになる日 ―ここにいれば、大丈夫―  作者: つむぎ日和


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18/26

✦ 17話 静かな夜 ✦


机の上には、ノートと教科書が広がったままになっていた


びっしりと書き込まれた数字の横に、小さな丸印が並んでいる


紬はペンを置き、大きく伸びをした



「はー……今日はここまで」

陽向は少し疲れた顔をしていた


けれど、その表情にはどこか満足そうな色がある


「……できた」


紬はその声に、ふっと目を細めた


「うん。ちゃんと解けてたわよ」


ノートを閉じながら、陽向の頭を軽く撫でる


「本当に?」


「本当よ。前より、ちゃんと考えられてる」


陽向は少しだけ目を丸くした


「……前より?」


「ええ」


紬は椅子にもたれ、肩の力を抜く


「すぐ『わかんない』って逃げなくなったもの」


陽向は照れくさそうに俯いた


「……だって、紬お母さんが教えてくれるし」


その言葉に、紬の動きがほんの少し止まる


“紬お母さん”


もう最近では、当たり前みたいに呼ばれている


けれど時々、その響きが胸の奥へ静かに沈んでいく瞬間があった


ごっこ遊びみたいに始まったはずなのに

今では陽向は、本当に自分を頼っている


紬は小さく息を吐いて、柔らかく笑った


「……そっか」


陽向は椅子から立ち上がり、紬の服の裾をそっと引いた


「紬お母さん」


「なあに?」


「約束……覚えてる?」


「約束?」


陽向は期待したような目で見上げる


「お勉強終わったら、遊んでくれるって言った……」


紬は一瞬きょとんとして、それから思い出したように笑った


「ああ、言ったわね」


棚から小さな箱を取り出す


中には、昔よく遊んでいた人形が入っていた


陽向の顔がぱっと明るくなる


「……懐かしい」


「少しだけよ?」


「うん」


二人は床に向かい合って座る


紬は人形を持ち、少しだけ声色を変えた


「こんばんは、陽向くん」


陽向も自然に返す


「こんばんは」


「今日は何をしていたのかしら?」


陽向は少し考えてから、小さく笑った


「……お母さんと、お勉強してた」


紬は一瞬だけ動きを止めた


けれどすぐに、優しい笑みを浮かべる


「そっか。偉いわね」


そう言って、何も言わずに陽向の髪へ触れる


ゆっくり


ゆっくり


陽向は安心したように目を細めた


しばらくして


人形を持ったまま、陽向のまぶたが重くなっていく


「……陽向?」


「ん……」


「もう寝ましょうか」


陽向は小さく頷いた


寝室


布団に入った陽向へ、紬が掛け布団を丁寧に整えてやる


「おやすみ」


電気を消そうとした時


「……紬お母さん」


紬は振り返る


「なあに?」


陽向は眠たそうな声で言った


「明日も……やる?」


少しだけ探るような、不安そうな声


紬は静かに頷いた


「やるわよ」


そして、少しだけ真面目な声で続ける


「でも、今日みたいに、自分で考えること。忘れないで」


陽向は小さく息を吸ってから、こくりと頷いた


「……うん」


「それでいいの」


紬は灯りを落とす


部屋がゆっくり暗くなっていく


「……紬お母さん」


もう一度、小さな声


「なあに?」


「……ありがと」


一瞬だけ、紬は目を伏せた


それから、いつもの調子で返す


「いいよ。紬お母さんだから」


陽向は安心したように目を閉じる


呼吸が、少しずつ穏やかになっていった


紬は扉の前で立ち止まり、一度だけ振り返る


暗がりの中

さっきまで不安そうだった顔が、今は静かに眠っている


「……大丈夫ね」


小さく呟く


その声には、もう迷いがなかった


教えること


守ること


見守ること


その境界は、もう曖昧になり始めていた

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