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FPSのUIが現実に見える俺が、いつの間にか殺し屋になるまで  作者: 鳥獣跋扈


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第21話 理不尽

 何とかなったか――。

 そう思って、ひとつ息を吐く。


 デッキ8の騒然とした空気の中、俺は階段の陰へ半ば身を滑り込ませながら、こちらを見てくるアルフへ軽く視線を返した。

 耳元をとん、と叩いて見せる。あとは通信で、という合図だ。アルフは一瞬だけ目を細め、すぐに理解したように小さく頷いた。


 アルフは流石だった。

 銃声の直後、こちらがどういう位置にいて、何をしたかをかなり正確に把握していた。


 周囲の客や乗員、まだ状況を呑み込めていない連中の視線がこちらへ集まりきる前に身を隠す。

 ある程度気を付けてはいたが、コッチにはこれがある。

 視認センサー。ゲームでよくある、敵がこちらを意識するとゲージが溜まっていって、満タンになった瞬間に「発見」扱いになる、あの類の表示。


 いまの俺の視界の端にも、あれがちゃんとある。

 こっちを意識している人間がいると、淡い色のゲージがじわじわ上がる。だが、さっきの段階でそれはピークまで行っていなかった。


 つまり、見られていない。

 あるいは、見られていてもこちらを認識される前に隠れられた。


 UIをそこまで信じる、というのも改めて考えるとだいぶおかしな話だが、今までこいつの情報が外れたことは一度もない。

 だったら、信じておいた方が建設的だ。


 そんなことを考えながら、俺は足元で屈んでいる少女へ視線を落とした。


 見上げてくる大きな瞳。

 不安そうではあるが、泣き叫ぶでもなく、こちらを信頼しているような視線。状況を理解しているのかは分からないが、この場ではとても助かる。


 その時、耳元で通信音声がざり、と鳴った。


『……さすがですね!』


 アルフの声だ。

 いつもより少しだけ高い。興奮しているのか、あるいは気持ちが前のめりになっているのか。いずれにせよ、余裕はあるらしい。


『合流したいんですけど、デッキ7は問題ないですか?』


 向こうから拾える物音の感じだと、すでに反対側の外階段へ向かっているようだった。足音に金属音が混じっている。


「ああ、デッキ7で合流しよう」


 俺は小声で返す。


「こっちの状況も、そこで」


 必要最低限だけ伝えて、襟元のボタンから手を離した。

 少女の方へ向き直る。


「さて、味方と合流する」


 英語で、できるだけ穏やかに言う。


「ついてきてくれ」


 少女は一瞬だけ俺の顔を見て、それからこくりと頷いた。

 素直だ。


 いや、本当にありがたい。

 ゲームのNPCもこれくらい素直に指示へ従ってくれれば、いらんストレスはだいぶ減るんだが。あいつら、勝手に歩き出したり、遮蔽物もないところへ飛び出したり、こっちの思い通りにはまるで動かないからな。


 そんな場違いなことを考えながら、俺は海風の吹き込む外階段を降り始めた。




* * *




 デッキ7へ下りると、ちょうど反対側からアルフが扉を開けて船内へ入ってくるところだった。


 こちらを見つけた瞬間、ぱっと笑みを浮かべ、そのまま小走りに近づいてくる。


 合流したのは、エレベーター前だった。

 床には、さっき仕留めた死体がまだ転がっている。アルフは一瞬だけそちらへ目をやったが、すぐに視線を切って何事もなかったみたいな顔をしていた。慣れているのだろう。そういう意味では、やはり俺よりずっと“そちら側”の人間だ。


 ドレス姿とはいえ、その動きにはまるで淀みがない。

 布を踏むこともなく、体幹もまったくぶれていない。普通の服装と何の遜色もない身のこなしだった。多少、見えてはいけないものが見えてしまうかもしれない、という点だけが気になるが、まあそこは見ないのが礼儀だろう。


 俺の後ろでは、少女がぎゅっとジャケットの裾を掴んで隠れていた。

 まあ仕方ない。アルフは彼女にとって初対面だし、いきなり信頼しろという方が無理だ。


「いやぁ、助かりました!」


 アルフがいつもより少し距離を取った位置で止まり、明るい調子のまま言う。


「“この子”も無事みたいで何よりです!」


 ちゃんと近寄りすぎないあたり、やはり対象に気遣っているのだろう。少女の警戒心を余計に刺激しないようにしているのが分かる。


「ああ」


 俺は少女が少しでも隠れやすいよう、わずかに体をずらした。


「とりあえず、デッキ6から上は敵性存在を排除してるはずだ。ただ……」


 本当ならもう少し世間話でもして、少女との距離をアルフに慣らしてやりたかった。だが、そんな悠長なことをしている時間はない。

 共有すべき情報を手短にまとめる。


「奴ら、通信機をつけてる。こっちの異変にはそのうち気づくはずだ」


 そこで、エレベーターへ視線をやる。


「となると――」


 言い切る前に、エレベーターが動き始めた。


 さっき、死体を送り込んだエレベーターだ。

 下へ降りていく。


 客や乗員がこのタイミングで動かすとは考えにくい。

 刺客の残りだろう。


「……奴らが上がってくるな」


 俺は眉を寄せる。


「上の連中をまた人質に取られても面倒だが……」


 エレベーターを止められれば、敵の動線は外階段に限定される。そうなれば対処はしやすい。だが、どうやって止めるか――と考えかけた、その時だった。


「あ、エレベーター止めちゃいましょう」


 アルフが、えらく軽い調子で言った。


「止めるって言ったって、どうやって」


 俺が聞き返した時には、もうエレベーターはデッキ3に止まった気配を見せていた。時間がない。


「こうするんです! よっ!」


 言うや否や、アルフがエレベーターの扉の隙間へ指をがしっと突っ込んだ。


 ……は?


 一瞬、思考が止まる。

 そのまま、ふんっ、と気合を入れたかと思うと、オフショルダーから覗く白い腕にびき、と血管が浮いた。

 筋肉の厚みは目立たない。むしろ細い。細いのに、次の瞬間、嫌な金属音がして、エレベーターの扉がまるで襖みたいにこじ開けられた。


 中には、太いワイヤーが数本見える。

 巻き上がり始めたところだったらしく、ワイヤーが動き出している。


 俺があっけに取られていると、アルフが「それを!」とサブマシンガンを指差した。

 俺は反射的に手渡す。


「ありがとうございます!」


 アルフは受け取ると、そのまま身を乗り出した。

 片手を扉の縁へ引っ掛け、体を半分ほどエレベーターシャフトへ突っ込むような姿勢になる。


 そのまま上へ向かって引き金を引いた。


 フルオート。

 暗いシャフトの中で、発砲炎の橙色がばちばちと明滅する。その閃きが、アルフの顔を断続的に照らした。細い顎、睫毛の影、そして馬鹿みたいに冷静な目。


 片手撃ちなのに、リコイルは力で押さえ込むみたいに安定している。

 全弾撃ち切った瞬間、上のどこかで嫌な金属音が響き、ワイヤーの動きが止まった。


「よし!」


 アルフが満足げに言って振り返る。

 額を拭うふりまでしているが、汗なんて一滴もかいていない。


 なんて力技だ。


 とても、その細い体から繰り出されたとは思えない。

 というか、たぶん普通の人間は真似できない。


 アルフがサブマシンガンを返そうとしてくる。

 だが俺はそれを制し、代わりに敵から拝借していた予備マガジンを二本、逆に渡した。


 一瞬きょとんとするアルフだったが、にこりと笑って受け取った。

 そのまま一本を手早くリロードし、もう一本はドレスの内側へ滑り込ませる。


 ……今、どこへ入れた?


 ドレスの構造なんて詳しくないが、聞くのも野暮な気がしたので俺は何も言わなかった。


「さて、これで移動手段は外階段だけですね!」


 アルフがにこにこしながら、こちらの判断を待つように言う。

 どこか期待している感じすらある。こちらの判断を確認しているような雰囲気もあるが、まぁいいか。


「そうだな」


 俺はエレベーターの止まった暗いシャフトをちらりと見てから答えた。


「このまま待ってても仕方ない。ちょうど敵は下から来るんだ。迎え撃ちながら降りていくか」


「いいですね」


 アルフが嬉しそうに目を細める。


「二手に分かれる感じになると思いますけど、お嬢さんは大丈夫かな?」


 表情は、“大丈夫だろう?”と言っている。

 ああ、やっぱりそっちを見るのは俺なんですね。


 仕方ない。

 少女は今も俺の後ろにぴたりとついている。


「ああ、大丈夫だ。問題ない」


 そう言いながら、近くの死体の傍へしゃがみ込む。

 少女はもう死体に対して目を逸らすこともなく、俺の傍から離れない。


 俺はサブマシンガンを拾い上げる。

 視界の隅に残弾数が表示される。


 ふむ。

 こいつは撃つ前にヤったやつか。全弾残ってる。


 俺は頷きつつ、仰向けに倒れている敵のジャケットから予備マガジンを一本抜き取り、自分のベルトへねじ込んだ。


 よし。

 準備完了。


 ……おっと、そうだ。


 俺は今マガジンを抜き取った敵の耳から黒い受信機を外し、ソレをアルフへ放る。


「これで向こうさんの通信が拾えるはずだ」


 自分の耳へ入れている通信機とは逆の耳を、とんとんと叩く。


「だいぶ愉快なことになってるぞ」


 実際、かなり愉快だった。

 エレベーター内に数人閉じ込められたらしく、隊長らしき男に助けを求めている。だが、返ってくるのは叱責と怒鳴り声ばかり。どうやら中にいる連中も相当パニックらしい。


 そこはしばらく無視していい。

 脱出にはそれなりの時間がかかるはずだ。


 さらに、外階段から上へ進行する組と、エレベーター救助へ向かう組で人員を割る、という話まで聞こえてくる。

 つまり、向こうの戦力はもうかなり削れている。


 こちらとしては、願ったりだ。


「はは、確かに」


 アルフも受信機を耳へ入れ、笑みを深めた。


「よし、行くか」


 俺は立ち上がる。


「OK! じゃあ私はこっちで、そっちからお願いします」


 アルフがそう言うので、俺は片手を上げて応えつつ、少女へ目配せした。


 彼女はいままで既に、俺が何人も仕留めるのを見ている。

 今さら離れるつもりもないらしい。


 こくん、と小さく頷く。


 いい子だ。


 そのまま二手に分かれ、外階段へ向かった。

 ちらりと背後を見ると、アルフもちょうどこちらを見ていたので、サムズアップを返す。


 船内から出て、外階段を見下ろす。


 いま俺たちがいるのはデッキ7。

 デッキ6はさっき掃除済みだ。つまり敵は、デッキ5から下にいる。


 受信機から流れてくる声を拾う限り、エレベーターが止まったのはデッキ4から少し上がったあたりらしい。デッキ4にいる連中がエレベーターの救助へ回り、デッキ5の連中がそのまま上へ来る、という流れらしい。


 左右の外階段に分かれて上がってきている。

 それぞれ二人ずつ。


 戦力の逐次投入は、愚策だぞ。


 俺は階段の隙間へクロスヘアを置いた。

 上から狙う以上、自然とヘッドラインになる。あとは、相手が見えた瞬間に引き金を引くだけだ。


 反射神経には、そこそこ自信がある。


 ――今。


 先頭の男の頭が見えた瞬間、撃つ。


 弾が入る。

 キルログ。


 二人目は、急に倒れ込んだ味方へ意識を取られたまま一歩前へ出る。

 頭が見える。

 撃つ。

 ヒット。キルログ。


 俺は小さく息を吐いた。


 数秒後、耳元へアルフの声。


『こっちは終わりました! そっちは大丈夫ですか?』


「ああ、問題ない」


 俺は即答する。


「残りはデッキ4でエレベーターをいじってる連中と、エレベーター内の連中、あとは下だな」


 このまま下がるぞ、とだけ言って通信を切った。


 少し急ぎ足で、デッキ6、デッキ5を抜ける。

 デッキ4へ到着。


 幸い、外階段で仕留めた連中の件はまだ伝わっていないらしい。

 ちょうど四人がかりで、止まったエレベーターを何とかこじ開けようと悪戦苦闘していた。


 その様子を見て、改めて思う。


 ……アルフの腕力、やっぱりおかしいな。


 俺たちは通信で短く合図を交わし、左右の外階段のドアから同時に入った。


 完全に虚を突かれた形だ。


 発砲。一人ずつ命中し、すぐに沈む。

 混乱しているうちに、残りも一人ずつ。

 あっという間だった。


 デッキ4からデッキ3へは、船内でも中階段で繋がっている。

 いまの発砲音で下の連中にも気づかれたらしく、怒声が響いてきた。


 流石に、この状態で少女を連れて中へ入るのはまずい。

 流れ弾が当たる可能性が高い。


 残る敵は、下だけ。

 なら少女は、外階段付近で待機していてもらうのが一番だ。


「少し、ここで待っていてくれ」


 俺はできるだけ真剣な目で少女へ言う。


「すぐ片付ける」


 一瞬だけ、不安そうな表情。

 だが彼女は、意を決したみたいに頷いて、自分から少し離れてくれた。階段脇の陰へ身を屈め、こちらへ小さく頷く。


 ううむ。

 やはり理解力のある保護対象は、楽だなぁ。


『こっちはいつでも行けます! 遮蔽を使いながら前線を上げましょう!』


 耳元で、アルフの元気な声が弾む。


「了解。こっちは少女を外階段で待機させている」


 OK! とアルフが返した直後、向こう側で発砲音が響いた。先に飛び込んだらしい。


 俺も合わせて船内へ突っ込む。


 ちょうど中階段を数人が上がってこようとしていた。

 だが、連中の意識はアルフの方へ向いている。


 いい的だ。


 クロスヘアを流れるように移しながら、順に撃つ。

 ヒット。

 ヒット。

 こちらへ意識が向く頃には、階段を上がってきていた連中はもう息がない。


 そこで、下から掃射が来た。


 手すりや壁が木屑を吐きながら削れていく。

 俺は身を屈め、射線として見える白いラインを避けながら階下を覗いた。


 敵は残り五。


 一人を中心に、周囲の連中がリロードのタイミングをずらしながら指切り撃ちをしている。なるほど。さっきまでの連中よりは多少考えているらしい。


 マガジン二本分ほど撃ち切り、またリロード。


 威嚇射撃の意味もあるだろうが、こちらへ弾幕の厚さを見せて近寄らせないつもりなのかもしれない。


『うひゃあ、ばら撒くねぇ』


 耳元でアルフが言う。


『弾持ちもよさそうだし、このままだとジリ貧かな』


「フラッシュを焚く」


 俺は短く返した。


「室内が広いから効果は薄いかもしれないが、そのタイミングで合わせ撃ちで」


『了解!』


 返事を確認して、俺は右腕のカフスボタンを外した。


 視界の中へ、投擲ラインが白く浮かぶ。

 連中の目の前へ落ちるように、角度を合わせる。


 ひゅっ、と小さな風切り音。


 白いカフスボタンが放物線を描いて飛ぶ。

 狙い通りの位置へ落ちた。落下音に釣られ、数人がそちらを見る。ちょうどいい。


 次の瞬間。


 甲高い破裂音とともに、閃光が炸裂した。


 俺はそのタイミングで身を乗り出し、連中へ撃ち込む。

 ヒット感。

 キルログ。

 連続して視界の端へ流れる。


 アルフの方は、フルオートで撃ち切ったあと、すぐにリロードを挟んでさらに撃ち込んでいた。どうやら、外階段で倒した敵のマガジンを回収していたらしい。抜かりがない。


 こちらは今のでサブマシンガンの弾が切れた。

 俺はそれを足元へ転がし、すぐにベルトから愛銃を抜いて構える。


 煙と焦げた匂いの中、動く気配がなくなるまで待つ。


 キルログに流れたのは三人分。

 ということは、残り二人はアルフがやったのか。数が確認できないのは少し面倒だが、少なくとも、このフロアの発砲は止んだ。


 俺はアルフと視線を合わせ、小さく頷く。


 もうもうと立ち上る煙が少し収まった頃、二人でゆっくり階段を下りていく。

 俺は銃を構えたまま。

 アルフも、階段途中に転がっていた武器を拾い上げて構えながら。


 階下へ降りる。


 床は穴だらけだった。

 そこへ血だまりがいくつも広がっている。


 終わったか。


 そう思った、その瞬間だった。


 下の方から、何か丸いものが跳ねるように転がってくるのが見えた。


 ――まずい。


 閃光。


 そして、音。







* * *







 クソが。


 喉の奥で、血の味がした。


 ぐらつく視界のまま、俺はどうにか床へ手をついて起き上がる。

 耳鳴りがひどい。さっきの閃光弾のせいで、世界がまだ白く滲んで見えていた。視界の端がちらつく。


 クソが!


 足元が滑る。

 見れば、床一面が血だ。自分の血か、部下の血か、それともまとめて全部か。もう判別もつかない。


 辺りは、部下の死体だらけだった。


 階段の途中で折り重なるように倒れているやつ。

 壁へもたれたまま、半開きの目で虚空を見ているやつ。

 顔の上半分が潰れ、何がどうなっているのか見たくもないやつ。


 クソが!!!!


 何が楽な仕事だ。

 何が、アジアの猿がちょっと紛れ込む程度だ。


 依頼の時にそう言った上の連中の顔が脳裏に浮かぶ。

 薄笑いだ。椅子にふんぞり返って、俺たちを駒みたいに使うだけのクソ野郎ども。


 クソが!!!!!!


 虎の子の精鋭部隊が、何人殺された!


 胸の奥が焼けるみたいに熱い。

 怒りか、痛みか、それとも出血で頭がいかれてるのか。たぶん全部だ。


 ちきしょうめが!!!


 俺だって虫の息だ。

 運がよかっただけだ。本当に、それだけだ。

 あいつら、阿呆みたいに撃ち込みやがって!


 だが。


 だが、それでも――


「詰めが甘ぇなぁ!!」


 自分でも驚くくらい、声が響いた。

 怒鳴った拍子に肺が痛む。脇腹のどこかが裂けているのかもしれない。だが知ったことか。


「クソがぁッ!!!!」


 目の前。


 そこには、うずくまる男と女がいた。


 アジアの外れの鉄砲玉程度かと思っていたら、とんでもない化け物だった。

 まさか、たった二人にここまでやられるとは。


 笑えねぇ。

 いや、むしろ笑うしかねぇか。


 この件が終わったら、上のクソ共から料金を倍でも三倍でもふんだくってやらねぇと割に合わねぇ。

 こんな腕利きがいるなら、最初からそう言いやがれ。こっちは観光ついでに子ども一人、目ん玉一つ攫うだけの簡単な仕事だって聞いてたんだぞ。


 クソが。


 だが、勝ったのは俺だ。


 そうだ。

 最後に立ってるのは俺だ。

 床に這いつくばってるのはあっちだ。


 嬲ってやりたい。

 手足の一本ずつ潰して、泣き顔でも拝んでやりたいところだ。


 だが、優先順位は違う。


 依頼。

 対象。

 撤収。


 感情で動いて死ぬのは三流だ。俺はそこまで馬鹿じゃない。


 手の中に残しておいた、虎の子の特製スタングレネード。

 この距離で食らえば、一時的とはいえ視覚も聴覚も使い物にはならねぇ。訓練された人間ほど、あの一瞬の感覚遮断は致命傷になる。


 だから、あとは簡単だ。


 さっさと仕留める。

 それから、とんずらさせてもら――


 バン。


 乾いた音が、一発。


 ……は?


 時間が、妙にゆっくりになった。


 最初、何が起きたのか分からなかった。

 腹の奥に、変な熱が走る。遅れて、胸元がひどく濡れていく感覚。


 俺は反射的に視線を落とした。


 血だ。


 俺の血。


 なんでだ。


 なんで、撃たれてる。


 視線を上げる。


 そこにいた。

 うずくまっていたはずの男が、こっちを見ている。腹の立つくらい静かな目のまま、まっすぐに銃口だけをこちらへ向けて。


 何で。

 何で見えてる。

 何でその状況で、こっちへ撃てる。


 クソ、が。


 口を開く。

 罵声を吐こうとしたのか、呼吸をしようとしたのか、自分でも分からない。


 だが、喉から出たのは、濁った空気の音だけだった。





* * *





 何だ、コイツ。


 床に片膝をついたまま、俺は目の前で崩れ落ちていく男を見て、そんな感想を抱いた。


 ついさっきまで、脳味噌を引っ掻き回されるみたいな閃光と轟音のせいで頭が朦朧としてた。

 視界の端は白く滲み、耳鳴りがガンガン響いて、体の感覚が全部、半歩ずつ遅れてついてくるような気持ち悪さがあった。


 スタンを食らった瞬間は、流石に駄目かと思った。

 ゲームなら「あっ、やべ」くらいで済むところだが、現実で食らうと冗談みたいに意識が持っていかれる。


 だから、一瞬、本当に終わったと思った。


 さっきの乱戦でキルログの流れなかった二人のうち、一人はまだ生きていたのだろう。

 警戒はしていた。が、直下からのスタンは流石に対応が遅れた。


 俺はまだ揺れている気のする頭を軽く振った。


 にしても。

 さっさと撃てばよかっただろうに、何でこいつ、一人でぶつぶつ喋ってたんだろうな。


 俺とアルフが倒れているのを見下ろしながら、怒鳴って、罵って、愚痴みたいなものまで垂れ流していた。

 ああいうのを見ると、敵ってのは案外、最後の最後で自分に酔うものなのかもしれないと思う。


 おかげで、助かった。




“ゲーム内でスタン食らっても、数秒で回復しないとゲームにならないだろ?”




 数秒の視界不良。

 回復。

 エイム再開。

 先に撃った方が勝ち。


 ただ、それだけだ。


 俺はゆっくり息を吐き、撃ったばかりの銃口を下げる。


 床へ倒れた男は、もう動かなかった。

 さっきまで威勢よく吠えていた口も閉じ、広がっていく血だけが動いていた。


 周囲を見回す。


 穴だらけの壁。

 砕けた木片。

 焦げた匂い。

 血の筋。

 そして、折り重なるように倒れた連中。


 酷い有様だ。

 まるで安っぽいアクション映画のクライマックスみたいに。


 けれど、まだ終わってはいない。


「……さて」


 横でうずくまるアルフを見ながら気合を入れ直す。

 介抱して、対象と脱出だ。


 俺はまだ少し痺れる足に力を入れ、ゆっくり立ち上がった。

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