千穂とネム①
「おほっ♡おほおおおおおおっっっ♡きこ、聞こえてくるぅ……!自己組織化の音ォ……!」
夜の研究室に、ネムの歓喜が響き渡る。
自己組織化の音なんて聞こえるかよ、と思いつつ、俺はその声を右から左へと受け流す。いちいち反応していたら、身がもたない。
……というか、普通にエロいからやめてほしい。なんかクセになりそうで、ちょっと怖い。
マニュアルとにらめっこしながら、ネムの解説を受けつつ、研究室の設備を一つひとつ確認していく。
※※※
『お兄様? そろそろ寝られては? 明日も学校ですよ?』
オリガミの声で、ハッと我に返った。
気づけば、かなりの時間が経っていた。父さんが遺したものだと思うと、つい夢中になってしまったらしい。
折り紙以外でここまで集中するのは、俺には珍しいことだ。
「ふぁー……ネム、俺そろそろ寝るわ。ネムはどうする?」
「ワタシは夜型だからな! まだまだやるぞ!」
ネムは元気だ。
「そっか。おやすみー。布団はネムの部屋に置いといたから。適当に広げて寝てな」
「わかった。ありがとな!」
ネムは振り向きもせず、手を動かし続けている。目をキラキラさせながら。
その様子を見て、俺は静かに笑った。
ああ、ネムは本当に、こういうのが好きなんだな。なにかに真剣になってる人間って、輝いてるよな。
そんなことを思いながら、俺は研究室を後にした。
部屋に戻り、部屋着のままベッドに潜り込む。目をつむる前に、オリガミに一言かける。
「オリガミ、ネムのこと、よろしく。おやすみ。」
『はい、お兄様。おやすみなさい。いい夢を。』
俺は目を閉じ、眠りについた。
※※※
ピピピピピピッ!
目覚ましのアラームが、容赦なく鳴り響く。
……朝が来たようだ。少し経っても、まぶたが重い。昨日は遅くまでやりすぎた。寝不足だ……頭がぼんやりする。
『お兄様、あと10分ほどで、千穂さんが来られますよ。』
「うーい……」
寝ぼけた声で返事しながら、俺は布団を蹴飛ばして飛び起きた。制服に着替える。洗面所で顔を洗う。パンをトースターに放り込む。
体が完全に覚えたルーティンで、俺は朝の支度をこなしていった。
※※※
ピーンポーン。
インターホンが鳴った。千穂が来たようだ。
まだ朝食の途中だった。
「ごめん千穂、まだトースト食べてるとこ。上がって待ってて」
俺はインターホン越しにそう伝えた。
ガチャッと玄関の扉が開く音がして、千穂が入ってくる。トコトコと廊下を歩く音。続いて、ガチャッとドアが開き、千穂がリビングに入ってきた。
千穂は俺と目が合うなり、にっこりと言った。
「しょうちゃん、おはよう! 今日、ちょっと遅かったね?」
「おはよう。うーん、昨日の夜ちょっと調べ物しててさ。寝るのが遅くなっちまった」
千穂はダイニングテーブルの向かいに腰を下ろし、ニコニコしながら俺を見つめてくる。
「そんなに見るなよ。恥ずかしいって」
「えー? しょうちゃんが食べてるとこ見るの、好きなんだよね」
そんなときだった。
※※※
「ういー、徹夜してしまったー。眠いぞー」
ネムがリビングに入ってきた。髪はボサボサで、目の下にはクマ。顔もどこかやつれている。
「お、正太郎?いい匂いがするな?トースト、ワタシにも焼いてくれよ。食べたら寝るよ」
「えー、面倒くさい。そこにパンとトースターがあるから、勝手にやってくれ」
ネムとそんな会話を交わしていた。
※※※
ふと気づくと、きょとんと目を見開いて固まっている千穂の姿が目に入った。彼女は、ネムを呆然と見つめている。
なんだ? どうした?
様子がおかしいと思い、俺は千穂を観察した。
「あ、あわわわわわわ……」
ついには声を出し始め、肩を震わせ、頬がみるみる赤くなっていく。
「しょ! しょうちゃん! だ、だれ!? この子、だれ!?」
だれって……ネムのことか?
お? お? あれ? これ、マズいんじゃないか?
状況によっては、中学生を家に連れ込んでるように見えるぞ。いやいや、ネムは中学生じゃない! 誘拐じゃない!
「ゆ、誘拐じゃないぞ! ネムは成人してる!」
思わずガタッと立ち上がり、俺は千穂に向かって叫んだ。
「ちがうよ!そういうことじゃないよ!」
……そういうことじゃないらしい。
じゃあ、どういうことだ?
※※※
ネムがようやく千穂に気づき、そちらに顔を向ける。そして、にぱっと笑って言った。
「む? キミが千穂ちゃんか! かわいいな! さすが千穂シリーズのモデルだな!」
「バ、バカ!」
千穂シリーズは極秘だ。余計なこと言うな。バレたら没収されるだろうが。俺は慌ててネムの口を手で塞ぐ。
「や、やめろっ! 正太郎っ! むがむがっ!」
ネムはジタバタと暴れながら、俺の腕を振りほどこうとする。
そんな騒がしい俺たちの様子を、千穂はただ呆然と見ていた。そして、ついに、声を震わせながら言った。
「あ、ああああ……新しい彼女さん……? しょ、しょうちゃん? 彼女できたの?」
「はあ?」
思わずポカンと口を開けてしまった。千穂は何を言ってるんだ?
※※※
そこで、俺の手から逃れたネムが、全てを理解したかのように言った。
「ん? ああ、なるほどなるほど。ははーん。千穂ちゃん、それは違うぞ」
「ワタシと正太郎は、恋人とかじゃないぞ? もちろん、エッチもしていない。今日からワタシはここに住むことになるけど、正太郎は共同研究者みたいなものだ」
「きょ、共同研究者?」
「そう、共同研究者」
……ああ、理解した。千穂の反応、ようやく理解した。寝起きで頭が働いていなかった。千穂は、俺がネムと、そういう関係になったと思ってるわけだな?
でも違う。俺とネムは、目的を共にする、ただの共同研究者だ。
ネムに説明してもらえば、誤解もすぐにとけるだろう。こいつは見た目中学生でも准教授で天才だからな。そういう処世術もお手の物のはずだ。
「そう。だから、安心しなよ」
ネムが満面の笑みで言い放つ。
「それに、昨日、抱いてくれって頼んだけど、拒否されたから!」
余計なことを!
※※※
その瞬間、千穂はピタリと止まった。口を開けたまま、ポカーンと硬直している。
「千穂!」
名前を呼びかけても、千穂は動かない。ピクリともしない。そこだけ時が止まってしまったかのように、微動だにしなかった。
俺は、なんてことを言ってくれたんだと頭を抱えながら、千穂に駆け寄る。
「おい千穂!千穂!しっかりしろ!」
肩をガクガクと揺すっても、反応はない。
「千穂ぉ!」
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