ネムと俺とオリガミ
目の前に変態がいた。
恍惚な顔をして、無様なオホ声をさらす女子中学生(成人)が。
「おほっ♡おほおおおおおおっっっ♡つた、伝わってくるぅ!知性の音ォ!」
そこにいたのは、本当に、ただの変態だった。
※※※
「失礼。取り乱してしまったよ。想像以上の存在だったから…」
すごいものを見てしまった…
『お兄様、ネムさんに私のことを伝えてもよろしいでしょうか?私に関しての情報開示には、お兄様の承認が必要となるのですが…』
「あ、ああ。頼む。伝えてやろう」
『当AIに関する情報開示を、星ヶ谷ネムに行います。よろしいですか?承認される場合は、“イエス”とお答えください。拒否される場合は“ノー”とお答えください。』
「イエス」
『当AIについての情報開示に関し、管理者である藤崎正太郎の承認を確認しました。これより、盗聴防止のためハイパスノイズを流します。』
ハイパスノイズとは高い音だけ通すノイズらしい。盗聴防止に使われるらしくて、マイクで録ろうとしても声がうまく入らなくなるんだとか。高音ばっかで、会話がノイズにかき消されるって話だ。
そして、オリガミが、ネムに向けて語り始めた。
『では、ネムさん、私についてお話しますね。』
「あ、ああ……」
『私は、DNAオリガミ技術でつくられたDNAナノボットをニューロンとする、物理的なニューラルネットワークにより成立しているAIです。』
『オリガミAIと通常のコンピューター上のAIの異なる点ですが……』
※※※
オリガミが、自分についての説明を終えた。
そしてそこには――またしても、プルプル震えながら顔を真っ赤にしているネムの姿があった。
「おほっ♡おほおおおおっっっ♡スゴ!スゴすぎ!ぶつり!ぶつりだったかぁ!コンピューターじゃないのかぁ!つた、伝わってくるぅ!知性の波動ォ!」
……そこに現れたのは、またしても変態だった。
※※※
「すまん。またちょっとだけおかしくなってしまった」
ネムが言った。
「ワタシ、知的刺激が強すぎると、ほんのちょっとだけおかしくなっちゃうんだ」
「ちょっと?ちょっとどころではないと思うけど?」
俺は正直な感想をそのまま口にする。
「いや、ちょっとだろ。大したことないはず」
ネムがむっとした顔で反論してくる。
『録画ありますよ?見られます…?』
そうだ。この家にいる限り、プライバシーなんてものは存在しないのだ。全部オリガミに記録されてしまうのだ。
「や、やめとく……みたくない……」
あの状態をまるごと記録されてしまったネムを思うと、ちょっとだけ同情せずにはいられなかった。
※※※
興奮が落ち着いてきたのだろう。ネムが急に真顔になり、オリガミの方を見つめた。
「オリガミ。キミ、AGIに到達してるだろ?」
『…はい。おそらくは。』
「AGI?なにそれ?」
俺が素直に訊くと、ネムは軽く頷いて、自然な調子で答えた。
「汎用人工知能。Artificial General Intelligenceってやつ。どんな課題にも、自分で学習して対応できるAIのことだよ。」
「……ふつうのAIと何が違うんだ?」
「今のAIはひとつのことにしか特化できない。将棋のAIは将棋しかやらないし、画像処理のAIは画像しか見ない。でもAGIは、自分で状況を理解して、自分で判断して、自分で学ぶ。人間みたいにね。」
なるほど勉強になる。でも、それなら答えはハッキリしている。
「ああ、それなら、間違いないな。オリガミは何でもできるし、理解も学習も判断も、自分でやってるよ」
「やはりな……つまり、オリガミは世界で最も高性能なAIというわけか」
「そうなのか?」
「ああ。人類はまだ、AGIに到達したAIを作れていない。オリガミは、人類初のAGIだよ。正直、これノーベル賞とれるレベルだ」
「そうか……オリガミ、やっぱりお前はスゴイみたいだぞ。兄として誇らしいぞ。」
素直にそう言った。
『お兄様、ありがとうございます。でも私より、お兄様のほうがスゴイと思います。私には、お兄様のように、DNAが特定の構造に自己組織化できるような折り方を計算することはできません。』
オリガミの声に、少しだけ熱がこもっていた。
「ねえ、それ、ワタシにもわかるように教えてくれよ?」
ネムが前のめりに口を挟む。瞳がまた、知性への欲求でギラつき始めていた。
俺は、ざっくりとだけど、自分の折り紙の技術とDNAニューロンとの関係について話すことにした。
「実はさ……」
※※※
「なるほど…正太郎の特殊能力と、正太郎のお父上の知識で、オリガミはつくられたんだな……」
ネムが腕を組みながら、ぽつりとつぶやく。
『ネムさん、そのとおりです。お兄様とお父様は、偉大な方たちなのです』
オリガミはいつもの調子で、どこか誇らしげに言った。
「ふふふ。そうだな、確かにすごい。」
ネムは、気取らずに笑った。それからふと、視線を正太郎に向ける。
「なあ、ワタシにもその折り紙、見せてくれないか?」
「ふっふっふっ!見てくれるか?俺の自信作たちを!こっちの部屋に来てくれ!」
俺は、満面の笑みを浮かべ、ネムを手招きしていた。
※※※
「これが最新作だ!クロダイ、ダイオウグソクムシ、千穂(Ver.5.3)だ!」
俺は胸を張りながら、並べた作品をネムの前に差し出した。
「おおお!これが折り紙なのか!すごいな!折り紙ってこんなこともできるのか……」
ネムは目を丸くして、しゃがみこんで見入っている。
「特に『千穂(Ver.5.3)』、これはすごいな。なんだこの緻密さ」
その口調には、まるで研究対象を発見したような興奮がにじんでいた。
『お兄様?千穂さんには、千穂シリーズの作成は止められてましたよね?また封印されますよ?』
いつものオリガミの声が、どこか呆れて聞こえる。
「し、仕方ないだろ!俺は俺の心を揺さぶるものを折るんだ!曲げられない!」
俺は開き直るように言いながら、視線をそらした。
……すると、意外なところから援護が飛んできた。ネムだ。
「わかる!わかるぞ!その気持ち!ワタシもずっとそう思ってた!」
ネムがうなずきながら拳を握る。
「曲げられない信念!あるよな!」
「おうよ!」
俺とネムは、タイミングを合わせて腕をガシッと組んだ。やっぱりネムは同類だ。妙なノリも、こだわりの強さも、どこか似ている。
ネムとは、これからもうまくやっていけそうな気がする。俺はなんだか、楽しくなってきた。
※※※
『なるほど……似た者同士なのですね。お兄様、良かったですね。仲間ができて……。ずっと一人で家にこもって、折り紙ばかり……私、心配してたんです。』
「俺を憐れむな!」
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