父さんって呼んでもいいんだよ?
千穂が帰った後、俺は引き続き、オリガミからレクチャーを受けていた。難しい言葉も多かったが、オリガミは丁寧に、ひとつひとつ説明してくれた。
※※※
『お兄様。私というAIが持つ、特殊な点について、最初に説明させてください。』
「特殊な点?」
『はい。私は、DNAオリガミ技術でつくられたDNAナノボットをニューロンとする、物理的なニューラルネットワークにより成立しているAIです。』
「はあ…?ん?DNA折り紙?」
その言葉の組み合わせに思わず反応してしまった。
『はい、お兄様。DNAオリガミです。DNAオリガミ技術については後ほど説明いたします。』
俺の疑問を察したように、オリガミが答える。
『通常のAIは、半導体ベースのコンピューター上で動いており、プログラムによって仮想的にニューラルネットワーク(神経回路網)を作り出しています。簡単に言うと、コンピューターの中に「脳のような仕組み」をまねして作っている、ということです。』
「うん、それはわかる。いわゆるディープラーニングってやつだろ?」
俺の知識でも追いつける範囲だ。ホッとしながらうなずく。
『オリガミAIはそれとは異なります。仮想的な回路ではなく、現実の物質であるナノボットが、実際にニューロン(神経細胞)のように動作し、物理的なニューラルネットワークを構成しているのです。』
「……え?物理的なネットワークって、どういうこと?」
耳を疑う。それって……まさか……
「脳を……作ってんのかよ……」
脳そのもの。しかもナノサイズ。想像が追いつかない。
『いえ、お兄様。厳密には「脳」ではありません。そこに血液も細胞もありませんから。』
オリガミは、あくまで淡々と続ける。
『でも構造としては、限りなく「脳に似たもの」を現実の物質で作っているのです。』
『つまり、オリガミAIは「コンピューターの中で脳をまねている」わけではなく、超小さな「脳そのもの」を現実に作り出すことで成立しているAIです。』
『このオリガミAIの基幹となっているのが、DNAオリガミ技術によってつくられた、DNAナノボットニューロンです。人間の脳でいう神経細胞にあたる部分です。』
※※※
「ちょっと待って、DNAってあの……遺伝子の?」
『はい。DNAといえば、生き物の設計図として知られていますが、この技術では、それを“材料”として使い、折り紙のように折りたたんでナノサイズの構造を作り出します。』
「DNAで折り紙って…」
『一本の長いDNA鎖をベースに、短い補助DNAを設計通りに組み合わせることで、オリガミのように、立体的な形状を正確に作り出すことができるのです。』
「えっと……コンピューターの中で組むんじゃなくて、現実で?」
『はい。現実世界の中で、分子レベルで自律的に形が組み上がっていきます。』
「それ……魔法じゃん」
『いいえ、自己組織化です。』
「まじかよ……」
『まじです。ひも状のDNAから、立体的な構造への変化は、この自己組織化によって行われます。』
『ここでいう自己組織化とは、簡単に言ってしまうと、あらかじめ決めておいた場所どうしが勝手にくっついて、自然に形ができあがるということです。ブロックが勝手に動いて家を作るようなイメージに近いです。動力も指示も必要なく、勝手に完成する点がポイントです。』
「えっと、ピタゴラ◯イッチみたいに、パタパタと構造が勝手に組み上がるってこと?」
『素晴らしいです。その理解で、ほぼ間違いありません。』
『この技術を応用し、DNAナノボットニューロンは作成されました。』
『ただ、通常のDNAオリガミ技術では、せいぜい箱や筒のような単純な形しか作れません。正方形の紙で球体を折るのが難しいのと同じです。』
「よくわからないけど、そうなのか……」
『しかしながら、ナノボットに複雑な動作をさせるには、ある程度複雑な形が必要になります。今のDNAオリガミ技術ではそこまで複雑な構造が構築できません。』
※※※
『しかし、お父様には、お兄様がいました。』
「え?」
いきなり話題が俺に飛んできた。
『お兄様、かつてお父様に頼まれて、デコボコした物体を紐状の紙で折りたたんで再現しておられませんでしたか?』
「してたな…父さんに頼まれて、変な形のものを折り紙で作ってたよ」
『その凹凸のある奇妙な構造こそが、DNAナノボットだったのです。紐状の紙がDNAというわけですね。』
『お父様は、計算とシミュレーションによって、「ナノボットニューロンとして機能し得る構造」にはたどり着いていました。しかしその形を、実際に物質として成立させること…すなわち実物を作り出すことだけは、どうしても成し得なかったのです。』
「……」
『でもお兄様のおかげで、その問題が解決しました。』
『お兄様がかつて作成された折り紙と同じように折りたたまれるよう、DNA配列を再設計したところ……見事に、目的としていた形へと自己組織化されたのです。』
「俺の無駄な折り紙スキルに、そんな使い道があったなんて…」
『無駄だなんて、とんでもありません。お兄様が長年折り紙に打ち込み、積み重ねてこられた経験。そこから自然に身につけられた「構造の把握」と「折りの技術」こそが、DNAオリガミ技術そのものを根本から変えてしまったのです。』
『それは、いかなる計算でもたどり着けない領域でした。なぜなら、折り方の発想には、直感と美的感覚が深く関わっていたからです。』
『お兄様のその能力は、もはや超能力と呼んでも差し支えないものだと、私は思っています。』
『つまり、DNAナノボットニューロンは………お父様が考え出し、お兄様が形にされたものです。』
『音声メッセージの中で、お父様もおっしゃっていました。お兄様は、私にとって兄であり、そして父でもあるのだと。』
「そういうことだったのか…」
※※※
少しだけ、父の顔が思い浮かんだ。なんとなく、ふと思って、口が勝手に動いた。
『オリガミ…これからは俺のことを「父さん」って呼んでもいいん……」
『お父様と混同して紛らわしいので「お兄様」でお願いします。』
言い終わる前に、オリガミにきっぱりと言い放たれた。何故か、オリガミには「お兄様」呼びにこだわりがあるようだ。
でも、なんだろう、このちょっと負けた感じ。俺は小さく咳払いして、黙り込んでしまったのだった。
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