喪失と救い1(幼馴染視点)
私は朝比奈千穂。
私には、大切な幼馴染がいる。
藤崎正太郎くん。私は、彼のことを「しょうちゃん」と呼んでいる。
小さい頃から、ずっと一緒にいた。
保育園でお昼寝の布団を並べて、小学校では毎日一緒に帰った。中学校ではクラスが別だったけど、放課後はよく一緒に帰ったし、話す時間もたくさんあった。高校でも変わらず隣にいた。
気づけばいつも、しょうちゃんの隣には私がいた。
しょうちゃんの家も目と鼻の先で、私は放課後や休日によく遊びに行っていた。
玄関のチャイムを鳴らすこともあれば、庭から声をかけることもあった。あの家の空気には、どこか安心感があった。
しょうちゃんのお父さんとも、自然と何度も話すようになった。声をかけられるたびに、少し照れくさくなったけれど、私はその時間がけっこう好きだった。
「うちの息子、折り紙バカだけど、仲良くしてくれてありがとね」
ある日、そんなふうに言われた。やさしそうなおじさんだった。笑うと、しょうちゃんに少しだけ似ていた。声のトーンや、目元のシワの感じも。
私は、ちょっとだけ頬が熱くなるのを感じながら、思わず言ってしまった。
「大丈夫だよ! 折り紙してるしょうちゃん、カッコイイよ!」
我ながら、すごく恥ずかしいことを言ったと思う。でも、あのときは本当にそう思ってた。そして、今もそう思っている。
おじさんは、ふっと笑って苦笑いを浮かべた。あたたかくて、ちょっとからかうような、でもうれしそうな顔だった。
しょうちゃんとおじさんは、ほんとうに仲が良さそうだった。
折り紙のことでも何かを話していて、しょうちゃんが説明して、お父さんが「へえ〜」って笑ってる声が、リビングの奥から聞こえてきたこともある。
私はそんな空気が好きだった。あの家のあたたかさと、あの父子の雰囲気が。
※※※
おじさんの言葉通り、しょうちゃんは折り紙が大好きだった。
遊びに行くと、いつも折り紙をしている。だけど彼の折り紙は、普通とは違っていた。鶴や兜じゃない。お城や塔、生き物など、折り紙で作るとは思えないようなものばかり。とにかく、すごかった。
完成すると、しょうちゃんは誇らしげに作品を見せてくれた。でも、私が一番好きだったのは、そのときのしょうちゃんの笑顔だった。真剣に折り紙をしている横顔も、大好きだった。
※※※
高校に入ってすぐの頃、おじさんが亡くなった。
しょうちゃんは、目に見えて変わった。顔色は悪く、笑顔も消え、学校にも来なくなった。
私はしょうちゃんが心配になり、毎日、しょうちゃんの元に通った。
あまりご飯を食べれてないようだったので、そういう時にいいものをネットで検索し、しょうちゃんに持っていったりした。しょうちゃんが、私の作ったごはんを食べてくれたときはうれしかった。
洗濯物が溜まっていれば洗ったし、ホコリが積もっているようであれば掃除した。食べてない様子なら、私がごはんを作った。なにもないときも、しょうちゃんと話をしたり、ただ静かに一緒にいたりした。
それが良かったのかはわからない。しょうちゃんの顔色が日に日に戻っていった。笑顔もでるようになったし、声も明るくなってきた。
ある時、しょうちゃんが、告白してきてくれた。
「俺、千穂のこと、好きだ」
もちろんオーケーした。
※※※
その時から、しょうちゃんとは恋人関係になった。キスしてくれたときは、とろけそうだった。
私はうれしくてうれしくて仕方なかった。ずっと、しょうちゃんが好きだった。私をみて笑ってくれる笑顔、悲しいときに一緒に悲しんでくれること、折り紙で何かを作っているときの真剣な横顔。すべてが、大好き。
しょうちゃんとの恋人の日々。本当に、素敵な日々だった。しょうちゃんと手をつなぎ、手のぬくもりを感じながらの登下校が好きだった。机をあわせて、一緒にごはんを食べるお昼も好きだった。
帰宅した後もずっと一緒にいた。しょうちゃんが折り紙に熱中しているのを横からながめていた。真剣な顔がかっこよくて、ずっと見ていられた。
クリスマスも二人だけでお祝いした。この日、初めてしょうちゃんと一つになった。初めては痛かったけども、それよりも幸せが勝った。
しょうちゃんのぬくもりが、いつもよりたくさん感じられた。幸せってこういうものなんだと思った。
それからも私たちは幸せに仲良く過ごした。こんな日々がずっと続くと思っていた。
あるとき、また不幸がしょうちゃんを襲った。
※※※
しょうちゃんが電車で痴漢とまちがえられて、取り押さえられたらしい。
取り押さえられてる内に、自称痴漢被害者は消えてしまって、イタズラだろうということになった。聞いていて、許せなかった。
しょうちゃんの、不幸はそれだけでは終わらなかった。
「痴漢だーっ」と騒がれて手首をつかまれてる、しょうちゃんの動画が、RINEのクラスグループで拡散されたのだ。その動画は、冤罪だとわかった部分まで続かず、動画だけ見たら、完全にしょうちゃんは犯罪者だった。
しょうちゃんが痴漢なんてするわけない。
でも、動画のリアリティには勝てなかった。動画はまたたく間に学校中に拡散し、しょうちゃんは、みんなから「痴漢野郎」扱いされた。
しょうちゃんは私さえ信じてくれればいいというけど、私はしょうちゃんが悪者扱いされるのが、我慢できなかった。
私が、しょうちゃんを助けなきゃ。そう強く思った。これは、私の使命なんだと信じていた。
しょうちゃんの無実を信じてもらおうと、私は必死にいろんな人に話を聞いてもらった。けれど、反応はどれも良くなかった。あの動画のインパクトは、あまりにも強すぎた。
誰も私の言葉に耳を傾けてくれなかった。たとえ聞いてくれたとしても、そこに真剣さはなかった。下心を感じることが多かった。
男の子に想いを打ち明けられることは、わりとあった方だと思う。だからこそ、そういう空気には敏感だった。一歩間違えば、しょうちゃんのためのはずの行動が、別の意味に取られてしまう。刺激しないように気を遣いながら話すことが、どれだけ難しかったか。
男の子には好意や下心で返され、女の子には「痴漢」という言葉ひとつで拒まれ、話を聞いてもらうことさえできなかった。
私の言葉は、まるで宙に消えていくようだった。
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