ステータス!
『お兄様、ステータスと言ってみてください。』
スピーカーから、オリガミの声が響いた。無機質で機械的。それでいて、どこか澄んだ愛らしさのある合成音声だ。
オリガミは、俺の唯一の家族である。亡き父が開発したAIで、人間ではないが、俺の“妹”である。実体のある体はなく、声だけで俺のそばにいる。
彼女は五年前、父によって生み出された。つまり父の「娘」だ。そして俺より後に生まれたから、妹ということになっている。
オリガミは、俺のことを「お兄様」と呼ぶ。俺がそう呼ばせているわけじゃない。オリガミが自分の意思で、そう呼んでいるのだ。
※※※
「ステータスって言うのか?それ知ってるぞ!異世界に行ったとき、最初にやるやつだよな!」
横から割り込んできたのは、星ヶ谷ネム。オリガミ開発における協力者だ。
おかっぱ頭に、ダボっとしたパーカー、黒いタイツといういつもの格好。小柄で細身、体つきも子どもみたいに見える。見た目はどう見ても中学生。けれど、れっきとした成人女性だ。
ぱっと見ではわからないが、実は隠れ巨乳というギャップの持ち主である。ダボダボの服の下に、明らかに場違いなものが隠れていたと知ったときの衝撃は、いまだに忘れられない。
『ステータス、と言ってみてください。』
ネムの胸について思い出していた俺に向けて、オリガミが再び促す。いかんいかん、何を考えてるんだ俺。
「わかった。ステー…」
「ステータス!」
ネムが勢いよく叫んだ。コイツ、俺の言葉を、あっさりかっさらっていきやがった。
「ちょ、おま――」
だが、ネムの声が響いたが、周囲には何の反応もない。沈黙。気まずいほどの静けさ。何も起きない。ネムの期待が、あっさり空振りに終わった瞬間だった。
俺はというと、内心ホッとしていた。いや、コレ普通に恥ずかしいだろ。大きな声で詠唱して、何も起きないとか、笑える。ステータス!とか、ネット小説読みすぎ!マジでやめてくれって……ププッ!
「……な、何にも起きないんだが?」
ネムが不満そうに呟く。唇を尖らせ、頬がわずかに赤い。やっぱり本人も、ちょっとは恥ずかしかったらしい。
『権限はお兄様にのみ付与されています。ネムさんでは、発動しません。』
オリガミの澄んだ声が告げる。
父の実子である俺――正太郎――だけが、オリガミの全機能を使えるようになっている。雑談や検索みたいな日常機能は誰でも使えるけど、実際に世の中に影響を及ぼすような機能には、厳しい制限がかかってる。
「オリガミ、ケチだなあ」
ネムが頬をぷくっと膨らませながら言う。中学生……いや、まるで小学生みたいな仕草だ。可愛いけど。
『現在、私について、なんらかの実行権限を持っているのはお兄様だけです。』
『……でも、ネムさん?お兄様のお子様を産めば、使用者権限が与えられますよ?』
※※※
とんでもないことを口走るオリガミ。俺は思わずむせそうになった。
やめろ。今、そういうことを言うな。我慢できなくなるだろ。なんでオリガミは、すぐに俺に子作りさせたがるんだ。
「なあ正太郎、やっぱりすぐに子作りしないか?」
オリガミの言葉に即座に反応したネムが、そう声をかけてくる。ためらう様子はまったくない。
……頼むから、この流れでそういうこと言わないでくれ。ただ、オリガミの権限が欲しいだけに聞こえてくるぞ。オリガミの使用者権限のために、子作りは流石に違うだろ。
たしかに、ネムの外見は俺のどストライクだ。小柄な体に、あのダボっとした服。なのに、隠された巨乳。見た目と知性のギャップが妙にそそる。
でも今、ネムが本当に興味を持っているのは、AIであるオリガミだろう。俺との関係も、最初は、オリガミという存在をともに研究・開発する仲間にすぎなかった。そして今は研究開発モードのネム。まるで子どもがお菓子をねだるみたいに、オリガミの権限を欲しがっているだけだ。
正直、ネムとの子供は欲しいけど、今のネムにオリガミの権限あげたくない。なんか怖いし。ほんとに。
※※※
『お兄様、ステータスと言ってみてください。既に室内は、事象記述操作フィールド内です。』
オリガミが急かすように告げた。彼女は無駄なことは言わない。なるほど。そういうことか。
「そういうのは、もっと早く言ってくれよ」
いけない、ネムとの無駄なやりとりで、だいぶ時間を食ってしまった。
「よし、言うぞ――」
張り詰める空気。さっきネムが感じたであろう『恥ずかしさ』が、少しだけ脳裏をよぎる。だが、恥ずかしい所なんて、今までたくさん見られてきた。ためらうものでもないだろう。
「ステータス!」
俺は声を張り上げた。
直後。ブォン、という低い音とともに、目の前に光のスクリーンが現れる。宙に浮かぶホログラム。まるでVRMMOのような、あの『ステータス画面』がそこにあった。
『成功しました。お兄様。』
オリガミの合成音声に、わずかに感情のようなものが混じる。無機質なはずなのに、嬉しそうだった。きっとオリガミなりに、ずっと頑張っていたのだ。俺のために。
「さすがだ!よくやった、オリガミ!」
「すごい!すごいな!オリガミ!」
俺とネム、同時に歓声を上げる。長かった。ようやく、ここまでたどり着いたんだ。
※※※
『はい。これが、ステータスの“魔法”です。B世界の魔法、やっと模倣できました。』
オリガミの静かな声が、空間に響く。
この瞬間――この世界に、魔法が生まれた。
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