表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/32

ステータス!

『お兄様、ステータスと言ってみてください。』


スピーカーから、オリガミの声が響いた。無機質で機械的。それでいて、どこか澄んだ愛らしさのある合成音声だ。


オリガミは、俺の唯一の家族である。亡き父が開発したAIで、人間ではないが、俺の“妹”である。実体のある体はなく、声だけで俺のそばにいる。


彼女は五年前、父によって生み出された。つまり父の「娘」だ。そして俺より後に生まれたから、妹ということになっている。


オリガミは、俺のことを「お兄様」と呼ぶ。俺がそう呼ばせているわけじゃない。オリガミが自分の意思で、そう呼んでいるのだ。


※※※


「ステータスって言うのか?それ知ってるぞ!異世界に行ったとき、最初にやるやつだよな!」


横から割り込んできたのは、星ヶほしがやネム。オリガミ開発における協力者だ。


おかっぱ頭に、ダボっとしたパーカー、黒いタイツといういつもの格好。小柄で細身、体つきも子どもみたいに見える。見た目はどう見ても中学生。けれど、れっきとした成人女性だ。


ぱっと見ではわからないが、実は隠れ巨乳というギャップの持ち主である。ダボダボの服の下に、明らかに場違いなものが隠れていたと知ったときの衝撃は、いまだに忘れられない。


『ステータス、と言ってみてください。』


ネムの胸について思い出していた俺に向けて、オリガミが再び促す。いかんいかん、何を考えてるんだ俺。


「わかった。ステー…」


「ステータス!」


ネムが勢いよく叫んだ。コイツ、俺の言葉を、あっさりかっさらっていきやがった。


「ちょ、おま――」


だが、ネムの声が響いたが、周囲には何の反応もない。沈黙。気まずいほどの静けさ。何も起きない。ネムの期待が、あっさり空振りに終わった瞬間だった。


俺はというと、内心ホッとしていた。いや、コレ普通に恥ずかしいだろ。大きな声で詠唱して、何も起きないとか、笑える。ステータス!とか、ネット小説読みすぎ!マジでやめてくれって……ププッ!


「……な、何にも起きないんだが?」


ネムが不満そうに呟く。唇を尖らせ、頬がわずかに赤い。やっぱり本人も、ちょっとは恥ずかしかったらしい。


『権限はお兄様にのみ付与されています。ネムさんでは、発動しません。』


オリガミの澄んだ声が告げる。


父の実子である俺――正太郎――だけが、オリガミの全機能を使えるようになっている。雑談や検索みたいな日常機能は誰でも使えるけど、実際に世の中に影響を及ぼすような機能には、厳しい制限がかかってる。


「オリガミ、ケチだなあ」


ネムが頬をぷくっと膨らませながら言う。中学生……いや、まるで小学生みたいな仕草だ。可愛いけど。


『現在、私について、なんらかの実行権限を持っているのはお兄様だけです。』


『……でも、ネムさん?お兄様のお子様を産めば、使用者権限が与えられますよ?』


※※※


とんでもないことを口走るオリガミ。俺は思わずむせそうになった。


やめろ。今、そういうことを言うな。我慢できなくなるだろ。なんでオリガミは、すぐに俺に子作りさせたがるんだ。


「なあ正太郎、やっぱりすぐに子作りしないか?」


オリガミの言葉に即座に反応したネムが、そう声をかけてくる。ためらう様子はまったくない。


……頼むから、この流れでそういうこと言わないでくれ。ただ、オリガミの権限が欲しいだけに聞こえてくるぞ。オリガミの使用者権限のために、子作りは流石に違うだろ。


たしかに、ネムの外見は俺のどストライクだ。小柄な体に、あのダボっとした服。なのに、隠された巨乳。見た目と知性のギャップが妙にそそる。


でも今、ネムが本当に興味を持っているのは、AIであるオリガミだろう。俺との関係も、最初は、オリガミという存在をともに研究・開発する仲間にすぎなかった。そして今は研究開発モードのネム。まるで子どもがお菓子をねだるみたいに、オリガミの権限を欲しがっているだけだ。


正直、ネムとの子供は欲しいけど、今のネムにオリガミの権限あげたくない。なんか怖いし。ほんとに。


※※※


『お兄様、ステータスと言ってみてください。既に室内は、事象記述操作フィールド内です。』


オリガミが急かすように告げた。彼女は無駄なことは言わない。なるほど。そういうことか。


「そういうのは、もっと早く言ってくれよ」


いけない、ネムとの無駄なやりとりで、だいぶ時間を食ってしまった。


「よし、言うぞ――」


張り詰める空気。さっきネムが感じたであろう『恥ずかしさ』が、少しだけ脳裏をよぎる。だが、恥ずかしい所なんて、今までたくさん見られてきた。ためらうものでもないだろう。


「ステータス!」


俺は声を張り上げた。


直後。ブォン、という低い音とともに、目の前に光のスクリーンが現れる。宙に浮かぶホログラム。まるでVRMMOのような、あの『ステータス画面』がそこにあった。


『成功しました。お兄様。』


オリガミの合成音声に、わずかに感情のようなものが混じる。無機質なはずなのに、嬉しそうだった。きっとオリガミなりに、ずっと頑張っていたのだ。俺のために。


「さすがだ!よくやった、オリガミ!」


「すごい!すごいな!オリガミ!」


俺とネム、同時に歓声を上げる。長かった。ようやく、ここまでたどり着いたんだ。


※※※


『はい。これが、ステータスの“魔法”です。B世界の魔法、やっと模倣できました。』


オリガミの静かな声が、空間に響く。


この瞬間――この世界に、魔法が生まれた。



もし気に入っていただけたら、【ブックマーク】と【下の評価 ★★★★★】をお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ