06
「そうか。それは、よかった」
深いため息をついて、突然、手を差し出した。
「クーラカーナ。もう一度、私とやり直してくれないか?」
驚いて目を見開いた。意外すぎてすぐに言葉が出ない。
「どうして……」
「君を失って、初めて気づいた。私が本当に大切にしていたのは、伯爵家の名誉や品格なんかじゃない。君だったんだ」
トウマスは目を見つめた瞳は知っていた冷たい瞳ではなく後悔と深い愛情が宿っていたことに胸が熱くなる。認めたのだとわかった。
「トウマス様……私は、もう、あなたの伯爵夫人にはなれません」
言い切ると悲しそうな顔をした。
「どうして……?」
「私には、この店があります。私の大切な場所です。誰かの妻として生きるのではなく、寿司職人として生きていきたいのです」
トウマスの手を取り、ゆっくりと指を離した。
「ごめんなさい。でも、あなたと、借金、否定したあの時があったから、今の私になることができました。だから……本当に、感謝しています」
微笑みかければトウマスは、何も言わずに、手から離れた自分の手を見つめ。静かに立ち上がり店を出て行くと、一人になったカウンターに座り、夜空を見上げれば、満月が店を優しく照らしていた。
(これで、本当に、終わり)
少しだけ寂しさを感じたけど、後悔はない。トウマスが去った後、一人店の灯りを消し、静寂に包まれた店内に身を置いた。最後に言った言葉が、何度も脳裏をよぎる。
「もう一度、私とやり直してくれないか?」
心を揺さぶった。
どれほど彼の言葉を渇望していたか、今もなお、心の奥底では惹かれている自分に気づかされるが、選んだのは、この道なのだ。
「これでいい」
自分に言い聞かせ。店を出た翌日、店の経営について、真剣に考え始めたのは、町の外にも寿司を求める声が増えているから。素晴らしい店を、もっとたくさんの人に届けたいと再び、ショップスキルのパネルを開いた。
【ショップスキル】
・スキル名:チェーン店経営
・説明:複数の店舗を、効率よく経営できる。
・スキル名:人材育成
・説明:最高の職人を育てることができる。
(スキルにもある)
まず人材育成から始めることにした。
一人では、限界があるので寿司を継いでくれる、最高の弟子を育てなければならないと、店の前に「弟子募集」の張り紙を出したが、誰も応募してこない。
当然だ。貴族が寿司職人になるなど、前代未聞だったから。
「どうすれば……?」
途方に暮れていた時、一人の少女が、店の前に立っていた。
「あの……私、弟子にしてください!」
ボロボロの服を着て、真っ直ぐな目で見つめていた彼女は、近くの孤児院で育った、貧しい少女だという。
「あなたは、なぜ寿司職人になりたいのですか?」
尋ねると、彼女は少し恥ずかしそうに答えた。
「クーラカーナ様が、生き生きと寿司を握っている姿を見て、私も、誰かを笑顔にできるような仕事がしたいと思ったからです」
言葉に心は震え、弟子として受け入れることにした。
名前は、マーシュマ。マーシュマは、とても熱心で、飲み込みが早かった。
ショップスキルを使って、魚の捌き方、シャリの握り方、寿司職人としての心構えを、彼女に教え込む。
「クーラカーナ様、すごい! 魚が、まるで生きているみたいに動きます!」
マーシュマは、技に目を輝かせたが、才能に驚かされ、彼女は、すぐに技術を吸収し、自分のものにしていった。そして、一年後マーシュマは、一人前の寿司職人へと成長する。
「クーラカーナ様、私、もう一人でも大丈夫です!」
マーシュマは、そう言って微笑みかけ、成長を心から喜び、店の運営を任せることにして新たな場所で、二号店をオープンする準備を始める。
二号店は、王都の貴族街にオープンすることに、貴族街では誰もが寿司を最高の料理として認める。
「月夜寿司の二号店が、ついに王都に!」
「これで、いつでもクーラカーナ様の寿司が食べられる!」
オープン前から、貴族たちの間で、二号店の話題で持ち切りのオープン当日、店の前には貴族たちが馬車を連ねて並んでいた中に、見慣れた顔があり、見てみるとトウマスだと知る。
彼は、店を見て驚いた顔をしていた。
「また、君に先を越されたな」
トウマスは、苦笑いをした。
「トウマス様……」
「君は、本当にすごい。私との婚約を破棄して、そして、ここまで来るなんて。君は、もう、私の知っているクーラカーナじゃない」
静かに微笑んだ。笑顔は、冷たい笑顔でも、悲しみに満ちた笑顔でもなかったそこには、尊敬の念。
「君との婚約が破棄されて、私は、本当に良かったと思っている」
驚いて顔を上げた。
「君が、君らしく生きる道を見つけてくれたからな」
肩を優しく叩くと店に入り、カウンターに座った。
「一番良いやつを、頼む」
心を込めて、最高の寿司を握った。
第二の人生は、今、新たなステージへと進み、扉が開くたびに問いかける。
「いらっしゃいませ。今日はなんのネタにしますか?」
異世界で、寿司を握れる幸福を噛み締めて。
最後まで読んでくださり感謝です⭐︎の評価をしていただければ幸いです。お寿司食べたいですね




