未来に期待して良いのか?
君はどうやら勘違いしているようだ。その世界が美しく感じるだろうか?
君は相手をいくらでも美しいと見ることができるだろうし、いくらでも黒く塗りたくることも可能だ。君は相手を祝福することもできるし、端のほうからフフッと笑うこともできる。そうしないのは自分の中で生きようとするためであり、世の中の人に何もしなければ影響を与えなくて済むとも思っている。しかし君は中学の時に一人の行動が一つ一つを変えていく事を知っていた。君は後退したわけではないはずだ、高校生、大学と人間不信になった。世の中の多くの人は自分と世の中を切り分けて考え、且つ自分の守るべきもの(外部のもの)を見つけていた。しかし君は自分の人格を切り分けてしまったようだ。この違いは自分からは見えないが、行動、一つの会話に表れるようになる。君は自分の中で生き過ぎたようだ。自分を見つめすぎてしまったんだよ。それは危険だ。君は矛盾を抱えていてそれらの辻褄を合わせていないと納得いかないんだろう。しかし、人は本来矛盾を受け入れて、それをそのままほっといて、うまくやっていくのが大切なんだ。カール・ユングは、人間の中には相反する側面が共存していることを前提にしていた。
しかし、君のやっていることをすべて否定しているわけではない。フリードリヒ・ニーチェは、自己を深く掘ることで人間の内部の矛盾や多面性を暴き出そうとした。
つまり自己を観察したから自己に分裂が生まれたのか、もともと分裂した感情があったから自己を観察してそれを見つけたのか。
それは君が調べるべきことではない。君は自分に同情してはいけないからだ。つまり、目線を外の行動に向けるんだ。世の中の矛盾は大抵、矛盾の辻褄を合わせることではなく、"よしよし"して小さく収めさせるのだ。君はそちら側に立て。
さて、君の青についてだったね。
君は結局青は見つけることができなかったね。青は過去にのみ存在するからだ。すなわち君の現在の灰色は時間が立つにつれて青に染まっていくわけだ。今の粗末なキッチンも、床に散らばっている殻のペットボトルもね。君の作ったプラモデルとかその時楽しかったこととか、楽できたことは青に染まらずだんだんと消えていくわけだ。つまり、青は心の中にのみ存在できる訳だ。つまり青を増やそうと思えば、周りに正直に全力で生きろということだ。視点を外に向けて!




