借金
「失礼するわ」
秋口の村の集会所。
ランハルの護衛でアンカラ達と共に村に戻ったリラがルーベンスのいる執務室の扉を開ける。
「二人っきりで話がしたいなんて、どうしたのかしら?もしかして『お仕事』の話かしら?」
机を挟んで面と向き合うリラ。
握っていた筆をおくと、ルーベンスはいきなり立ち上がって頭を下げた。
「村のためにお金を貸してほしい」
目の前の老人から出たまさかの言葉に、リラの思考が一瞬止まる。
「…いくらかしら?」
「五十万セレカ…それで村を立て直せる」
「……」
俄かにリーヴェルのまとう気が鋭くなる。
「あなた、本気でそれを言っているのかしら?」
机に両手をつきながら、身を乗り出す。
五十万セレカ。
一等地に土地込みで大きな屋敷が買える程の大金を村のために借りようとするルーベンスに、正気を疑う。
「一応聞くけど、村長さんの許可は取っているのよね?」
「もちろんじゃ…あまり良い反応ではなかったがのう」
「それはそうでしょ…で、具体的にどうお金を返していくのかしら?」
「村の収入から、三十日おきに千セレカずつでどうじゃ?」
ルーベンスの言葉に、リーヴェルはため息をつく。
「約四十年の五百回払いなんて、途方もない返済計画ね。
一応聞くけど、繰上げ返済もあるのよね?」
「もちろんじゃ、収支に余裕ができたら繰り上げで支払う」
「…筆と紙をくれないかしら?」
ルーベンスから筆と羊皮紙を受け取ると、ササッと借用書をしたためる。
『借用書
アルジャーの村に対して五十万セレカを貸与。
三十日ごとに千セレカ以上の返済。
無利息
債務者 アルジャーの村 村長 債権者 リラ 連帯保証人 ルーベンス フォン アルガン』
「利息は無しにしておくわ。
それで、まずは何にいくら使うのかしら?」
借用書をカバンにしまい、ルーベンスに具体的な使い道を問う。
「ゴブリン討伐のために一万セレカ」
「冒険者を動かすのね、それなら私が依頼人ということにしてくれないかしら?
特級冒険者でもある私の名前を使った方が人も集まるでしょうし、その方法なら一人分のコストが安く済むわ」
「そうか、ならアンカラやダン達も攻略メンバーに入れるのはどうじゃ?」
「それならさらに経費も減らせるわね。
なら、依頼内容はこんな感じにして...」
ルーベンスの意見をもとに筆を動かして詳細な依頼内容をしたためるリーヴェル。
ゴブリンの洞窟の場所が書かれた地図を受け取り、一手に引き受ける。
「だいたいこんな感じね。
念の為に言っておくけど、借りた金を踏み倒そうなんて考えないでよね?」
尖った爪をルーベンスの眉間に突き立てながら、警告。
「当然じゃ、約束は守る。そもそもアサシンのそなたを敵に回そうとなんて欠片も思わぬ。
そなたの恐ろしさは戦時中に嫌というほど知らされたからのう」
「それもそうね、それに貴方は王座と名誉を引き換えに約束を守ってくれたもの。
貴方の口から勇者に対して「正気か貴様!」なんて言葉が出てきた時は驚いたわ」
「そなたもあの場にいたのか!?」
「ええ、玉座の後ろに隠れていたわ。
口を滑らせたときに備えてね」
「恐ろしいの」
魔帝国との戦争中、敵味方の被害を抑える手段として、諜報部の提案で大金と引き換えにアサシンギルドを通してリーヴェルと契約をしていたルーベンス。
彼女の活躍はすさまじく、時には大将級の指揮官を討ち取るなど、値千金の働きをしていた。
もっとも、影の世界に生きる暗殺ギルドの契約でこの事実を国民たちに公表することはできず、公金を横領した臆病者の国王として国を追われた。
「それじゃ失礼するわ」
背を向けて去ろうとするリーヴェルに、不意にポツリと尋ねる。
「のう、国を守るためにそなたを使ったワシの戦い方は間違っていたのかのう?リーヴェル」
「……」
扉を開きながら、彼女は背を向けながらゆっくりと口を開く。
「戦争のやり方に正解はないわ。
積極的に戦いを挑む名将もいれば守りに徹する名将もいる。
結果から見れば、貴女は大金と自分の地位を引き換えに国の人的被害を抑えた。
貴方の評価はどうであれ、彼らは今後の王国の大きな力となる」
「そうか」
リーヴェルが去り、一人残る。
新調した窓から外を見れば、商人から買った資材で家を修繕する村人たちが視界に映る。




