剣聖の旅立ち
喧騒の止まぬ王城を離れ、コノハはリラを伴って行きつけのバーへと向かう。
路地裏に存在する老年のマスターが営むこの店は、隠れた名店として知られている。
「いらっしゃい、いつものですね」
コップを拭きながら接客する白髪交じりのマスター。
「お連れの方は…」
「コーヒーミルクをお願いするわ」
カウンター席に座るなり、そうオーダーする。
王城とは打って変わって静寂な店内。
三人だけの落ち着いた空間に酒を注ぐ音が静かに響く。
「どうぞ」
透明なグラスに注がれた焼酎をコノハの目の前にトンと置く。
剣聖と称される身分に不相応な安酒。
曰く、故郷の味らしい。
「聞きましたよ、陛下から持ち掛けられた兵法指南役のお話を断ったと」
「……」
黙って酒を飲む。
「なんか言ったら?」
コーヒーミルクを片手にそう話すリラ。
コノハが鈴に手を伸ばそうとするも慣れた手つきで素早くかすめ取る。
「こんなものを使わないで、ちゃんと自分の口で言いなさい。」
「・・・・・」
空のグラスを置き、観念したように口を開く。
「豪奢な暮らしは、性に合わない…」
「そうでしたか」
差し出されたグラスに焼酎を再び注ぐ。
「これからどうされる予定で?」
「ここを出るつもりだ」
飲み干して、そう述べる。
「左様ですか。幸運を」
会計を終え、店を出て荷物を取りに安宿へと向かう。
レンガ造りの宿。
二階の一室に入るなりリラが俄かに口を開く。
「ねえ、さっきの言葉噓でしょ?」
「・・・・・」
口を閉じたまま荷作りを進めるコノハ。
「『豪奢な暮らしは性に合わない』なんて見え透いた嘘、私に通用すると思って?」
腰に両手を当てて得意げにリラこと『黒狼のリーヴェル』はそう話す。
「どうせ、先代を追い出した事と禅譲の件でこれからずっと国民をだまし続ける事に対する罪悪感を覚えたんでしょ?」
「・・・・・」
「ま~ただんまり。あのねぇ、沈黙は時に口よりも雄弁に事実を語るのよ?」
リラを声を無視しながら荷物を持って退室、ルームキーを返してチェックアウトの手続きを済ませる。
式典を終えた国民達で俄かに活気づく城下町のメインストリートを静かに進む。
焦げた石畳に大きな矢じりの跡。
赤みがかかった壁には花束が添えられている。
先の戦いの戦禍が残る街を二人は歩く。
「そこの貴方様、もしかしてコノハ様ですか?」
唐突に聞こえた声の方へ顔を向ける。
そこには四角い帽子を被った丸眼鏡の商人の姿。
「人違いだ」
「そうですか?立派な刀を持っていて人相が似ているからてっきりそうかと…」
正体が知られれば利用されて面倒だと思い、咄嗟に嘘をつくコノハ。
「なーに言ってんの?!コノハ」
不満げにリラが彼の名前をばらす。
「うちの相方が失礼したわ。それで、剣聖コノハ様にどんな御用かしら?」
「え、ええ。道中を護衛していただければと。報酬も勿論」
「引き受けるわ」
コノハを置いて話を進めるリラにとうとうコノハも観念する。
外へつながる関門で手続きを済ませ、馬車を中心に王都から旅立つ。
太陽は未だ高く、鳥が青空を背に羽ばたいている。




