館
上段
あるところに、体の弱い姫さまがいました。
食が細く、ほんの少ししか、食べられません。
館にやって来たお客さまが、ほんのわずかに風邪を引いていただけでも、すぐにもらってしまい、高い熱を出して寝込んでしまいます。
心配した父上や兄上の考えで、外からやって来た人とは、ふすま越しに、話しをするだけになりました。
ある日、兄上は、餅屋を連れて来ました。
餅は、なめらかで、ほんのり甘く、大変おいしい。
その上、ちょうど良い焼き加減。
あまりにおいしいので、妹姫にも焼きたてを食べさせたいと、こちらの餅屋に頼んだところ、快く引き受けてくれたのです。
兄上は、父上と母上に、嬉しそうに話します。
父上と母上は、餅屋にお礼を言いました。
姫さまは、隣の部屋にいて、耳を澄まして、ふすま越しに聞いています。
そのうち、香ばしい、良い匂いがしてきました。
おお、ふくれた。
つやつやしている。
これは、おいしそうだ。
姫さまのお腹が、小さな音で鳴りました。
そばにいる乳母は、目を丸くしました。
さあ、焼けた。
兄上の声がして、ふすまが少し開きました。
とても香ばしい匂いが、ふわりと入ってきて、姫さまをうっとりさせました。
2つの餅は、表面はきつね色。
少し冷まして両手で割ると、白い湯気を上げました。
左右に引くと、柔らかく、伸びました。
食べると、きつね色のところが、ぱり、と、小さな音を立てるのでした。
ほんとうになめらかで、ほんのりと甘く、大変おいしい餅でした。
兄上。
あと、ふたつ。
食べたいのですが。
え。
向こうの3人と、隣の乳母が、一緒に声を上げました。
姫さまは、餅を4つも、食べることができたのでした。
夜、父上は、兄上を呼んで、言いました。
毎日、餅屋を呼びたい。
まさか、姫があのように、たくさん食べられるとは。
母上は、父上の隣で、とても嬉しそうにしています。
兄上も、嬉しそうに、頷きました。
それから餅屋は、餅を持って、館にやって来るようになりました。
姫さまは、いつも、餅を4つ食べました。
そのたびに、顔色が良くなっていきます。
そうして、館の中を、手を引かれて歩き回れるほど、元気になりました。
餅屋は、餅を焼きながら、兄上といろんな話しをします。
楽しそうに、2人で笑ったりします。
姫さまは、笑い声を聞くと、嬉しくなりました。
餅屋は、良い声をしていました。
あまり低くなく、内側にこもるような、穏やかな声です。
冬だったのが、春になりました。
その頃には、姫さまは、餅と、餅屋の声を待ちわびるようになっていました。
ある日、姫さまは、餅をたいらげて、耳を澄ましていました。
え。
7日後には、山の向こうに、行ってしまうのか。
はい。
家は、兄が継ぎますので、わたしは、父の知り合いの、餅屋の娘さんのところに行く事になりました。
なんと。
皆、寂しがるな。
突然で、ほんとうに、申し訳ありません。
こちらで餅を焼くのは、今日が最後。
わたしも、とても寂しいです。
姫さま。
たくさん食べていただいて、
ほんとうに、ありがとうございました。
餅屋は、姫さまのためにと、たくさんの餅を置いていきましたが、だれも、どうしても、餅屋のようには、うまく焼けません。
姫さまは、また、あまり食べられなくなり、痩せていきます。
姫さまは、うたた寝をしているとき、夢を見ました。
小さな火鉢の中で、炭が赤く光っています。
網の上で、餅が焼けてふくらみ、可愛いため息のような音を立てて、割れました。
ふわりと、湯気が上がりました。
姫さまは、目を開けて、立ち上がりました。
確かめるように、ゆっくりと、ぐるぐると歩き回ってみたあと、大きく頷きました。
次の日の朝、館は大騒ぎになりました。
姫さまが、居なくなったのです。
館で働く娘の、明るい黄色の着物も消えていました。
かわりに、たくさんの模様が入った、赤い着物が、置いてあったのでした。
父上は、姫さまの手紙を見て、青い顔で、震えます。
探さないで下さい、
とは。
いったい、どうして。
そのあと、顔を赤くして、大きな声で言いました。
頼む。
一刻も早く、探してくれ。
兄上を先頭にして、家来たちは、勢いよく、館から飛び出して行きました。
中段に続く




