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餅屋  作者: 川進
1/3

上段

あるところに、体の弱い姫さまがいました。

食が細く、ほんの少ししか、食べられません。

館にやって来たお客さまが、ほんのわずかに風邪を引いていただけでも、すぐにもらってしまい、高い熱を出して寝込んでしまいます。

心配した父上や兄上の考えで、外からやって来た人とは、ふすま越しに、話しをするだけになりました。 


ある日、兄上は、餅屋を連れて来ました。


餅は、なめらかで、ほんのり甘く、大変おいしい。

その上、ちょうど良い焼き加減。

あまりにおいしいので、妹姫にも焼きたてを食べさせたいと、こちらの餅屋に頼んだところ、快く引き受けてくれたのです。


兄上は、父上と母上に、嬉しそうに話します。

父上と母上は、餅屋にお礼を言いました。

姫さまは、隣の部屋にいて、耳を澄まして、ふすま越しに聞いています。

 

そのうち、香ばしい、良い匂いがしてきました。


おお、ふくれた。

つやつやしている。

これは、おいしそうだ。 


姫さまのお腹が、小さな音で鳴りました。

そばにいる乳母は、目を丸くしました。


さあ、焼けた。

兄上の声がして、ふすまが少し開きました。

とても香ばしい匂いが、ふわりと入ってきて、姫さまをうっとりさせました。


2つの餅は、表面はきつね色。

少し冷まして両手で割ると、白い湯気を上げました。

左右に引くと、柔らかく、伸びました。

食べると、きつね色のところが、ぱり、と、小さな音を立てるのでした。

ほんとうになめらかで、ほんのりと甘く、大変おいしい餅でした。


兄上。

あと、ふたつ。

食べたいのですが。


え。


向こうの3人と、隣の乳母が、一緒に声を上げました。


姫さまは、餅を4つも、食べることができたのでした。


 夜、父上は、兄上を呼んで、言いました。


毎日、餅屋を呼びたい。

まさか、姫があのように、たくさん食べられるとは。


母上は、父上の隣で、とても嬉しそうにしています。

兄上も、嬉しそうに、頷きました。


それから餅屋は、餅を持って、館にやって来るようになりました。

姫さまは、いつも、餅を4つ食べました。

そのたびに、顔色が良くなっていきます。

そうして、館の中を、手を引かれて歩き回れるほど、元気になりました。


餅屋は、餅を焼きながら、兄上といろんな話しをします。

楽しそうに、2人で笑ったりします。

姫さまは、笑い声を聞くと、嬉しくなりました。

餅屋は、良い声をしていました。

あまり低くなく、内側にこもるような、穏やかな声です。



冬だったのが、春になりました。

その頃には、姫さまは、餅と、餅屋の声を待ちわびるようになっていました。


ある日、姫さまは、餅をたいらげて、耳を澄ましていました。


え。

7日後には、山の向こうに、行ってしまうのか。


はい。

家は、兄が継ぎますので、わたしは、父の知り合いの、餅屋の娘さんのところに行く事になりました。


なんと。

皆、寂しがるな。


突然で、ほんとうに、申し訳ありません。

こちらで餅を焼くのは、今日が最後。

わたしも、とても寂しいです。

姫さま。

たくさん食べていただいて、

ほんとうに、ありがとうございました。


餅屋は、姫さまのためにと、たくさんの餅を置いていきましたが、だれも、どうしても、餅屋のようには、うまく焼けません。

姫さまは、また、あまり食べられなくなり、痩せていきます。


姫さまは、うたた寝をしているとき、夢を見ました。

小さな火鉢の中で、炭が赤く光っています。

網の上で、餅が焼けてふくらみ、可愛いため息のような音を立てて、割れました。

ふわりと、湯気が上がりました。


姫さまは、目を開けて、立ち上がりました。

確かめるように、ゆっくりと、ぐるぐると歩き回ってみたあと、大きく頷きました。


次の日の朝、館は大騒ぎになりました。

姫さまが、居なくなったのです。

館で働く娘の、明るい黄色の着物も消えていました。

かわりに、たくさんの模様が入った、赤い着物が、置いてあったのでした。


父上は、姫さまの手紙を見て、青い顔で、震えます。


探さないで下さい、

とは。

いったい、どうして。


そのあと、顔を赤くして、大きな声で言いました。


頼む。

一刻も早く、探してくれ。


兄上を先頭にして、家来たちは、勢いよく、館から飛び出して行きました。

中段に続く

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