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怪獣退治は狐にお任せ(後)

「やるか馬鹿!」


 幹隆がビリビリと紙の束を破いていく。


「えー、ダメか?」

「ダメに決まってんだろ!」


 北海道丘珠空港ターミナルの一角で幹隆が破いた紙束をまとめた簡易ハリセンで中山の頭をペシッとはたく。


「ちぇ」

「はあ……ったく」

「ミキくん、いいじゃない?」

「ダメだっての!警察ってのは色々機密事項てんこ盛りだから詳しくは言えんが、これで結構忙しい身なの!だいたい副業とか出来るわけないだろ!」

「えー、残念。ミキくんのスクリーンデビューだと思ったのに」

「しなくていいよそんなのは」


 忙しいスケジュールを調整し、茜と共に北海道旅行。札幌に行くなら新千歳よりも便の良い丘珠へ降りたところで、学生時代の動画チャンネル(スニーカーズ)を経て映画業界に入った四人に捕まった。

 あらかじめこちらの動きを捉えて待ち構えていたそうだ。何それ怖い、と思ったがそれ以上に彼らが企画して持ってきた新作映画の構想はひどい内容だった。


「とにかく、俺はやらないからな!」

「えー」


 映画自体はそれほど難しいストーリーでは無い。だが、幹隆を映像化しようとすると、耳と尻尾のリアリティが面倒。現在最高レベルのCGも、本人の自然な立ち居振る舞いに耳と尻尾の毛並みの再現には程遠く、実現にはそれこそ何十年かかるか。しかし、本人が出演すれば一番手間がかからないし、戦闘シーンの派手な場面もスタント不要。安全面への配慮が少なくて済む……実に低予算な映画に出来るのだが。


「や・ら・な・い・か・ら・な!」


 荷物を手に幹隆が歩き出すので仕方なく茜も後を追う。


「ミキくん」

「いくら言われてもダメだって」

「あの」

「ミキくんってば!」

「えっと」

「わかるだろ?」

「よろしいですか?」

「前見て、前」

「え?」


 空港出口にはずらりと制服警官。そしてその前に数名の、ちょっと階級が上っぽい者が一歩前に出て、恐縮していた。


「警視庁の村田幹隆さんでよろしいですか?」

「はい」


 面倒事が二正面作戦を採ってくるなんて聞いてない。

 そのままロビーの隅へ移動し、用件が簡単に話された。特に秘密にしなければならない内容ではなかったので、こんな場所でもいいらしいが……


「なるほど」

「そういうわけでして、ご協力いただきたく」

「えーと」

「上とは話がついています」

「マジですか」


 ちょっとお待ちを、と携帯を出してかけてみた。


「おう、休みのところスマンな。だが、お前なら役に立つだろ。コレも仕事だ。一応危険手当が出るぞ。なんと驚け今回は二千円だ!」

「安っ!」

「そう言うと思ってな……休日手当も追加!なんと千円!」

「断るって選択肢は?」

公務員(俺たち)、ましてや警察官(お前)にあると思うか?」

「無いですね」


 せっかくの休暇が少なくとも一日潰れることが決定した。手当が安すぎるのはあとで文句を言っておこうか。


「ん?待てよ……おーい、お前ら」

「何だ?」

「ドキュメンタリー映画を撮らないか?」

「「「は?」」」




 札幌駅から車で三十分も行かない距離。警察車両が多数並んだそこに幹隆たち六人が集められた。


「と言うことで、札幌中心街付近に出てきたヒグマ退治。お前らなら楽勝だろ?」

「それはそうだが……」


 映像記録、そしてその映像を映画として公開する許可をどうにか取り付けた。そうしたらあとは本人たちが実際に体を張ればいい。


「大丈夫だって。ほら、ダンジョンにいただろ、ケイブベア。あいつらに比べればヒグマなんてテーマパークの着ぐるみみたいなもんだ」

「そりゃそうだが……はあ、やるか」

「だな」

「面白い絵は撮れそうだし」


 ちなみにヒグマは現在、機動隊が囲んでいる倉庫内にいる。老朽化して解体作業中の倉庫なので、少々派手に暴れてもいい。何なら壊しても構わないと、許可ももらっている。




「敷地から逃がさなければだいたい何をやってもいいけど、スプラッタは出来れば避けてくれよ」

「了解」

「では」


 幹隆が「対策本部」と書かれたテントの中でパイプ椅子に座り、どこから持ってきたのかメガホンを手にする。


「本番用意……スタート!」


 合図と共に四人が一斉に動き出す。稲垣と塚本はカメラを手持ちで、中山と松島は肩にクリップ留めして、迫力の映像を撮る予定だ。


「行くぜ!」

「おらぁっ!」


 四人が壁をぶち抜いて飛び込み、中で暴れる音がすること十数分。


「静かになったな」

「終わったのかしら」

「多分」


 そんなやりとりをしていると、中から塚本が顔を出した。


「片付いたよ」

「おう、お疲れ!」


 残り三人は倒したヒグマの前でポーズを取るのに夢中なようだ。

 塚本のカメラ映像を見せてもらうと中山と松島が全力戦闘。ヒグマ側が人間を侮っているようで一切怯む事なく向かってくるのを必死にかわしながら戦っている様子が映されていた。

 そして、最後はヘッドスリップで潜り込んでボディからアッパーへ繋ぐコンビネーション。


「一歩間違えば首から上がなかったな」

「俺の動体視力あっての戦法さ」


 中山の一言に、「獣人ってスゲえな……」という呟きが聞こえた。まあ、そうだろう。

 ヒグマの事は可哀想にと思うが、人里に出てきてしまった上に、数回殴られても逃げなかった時点で駆除するより他なかったと割り切って考える。人的被害がゼロで何よりだ。




「いやはや……異世界帰りというのはみんなこんなに強いので?」

「俺らが特別だな」

「だな」

「川合さんは別格だけど」

「んふふ……褒めて褒めて」

「村田はさらに次元が違うけどな」

「言えてる」

「俺の評価がひどい件」


 何にせよ無事に終わった。そう思ったとき、それが聞こえてきた。

 地面が、周囲の建物が、空気が震えるほどの咆吼。


「何だ、今のは」

「もしかして」

「今のもヒグマの声?」

「嘘だろ?」


 さすがの四人も驚きを隠せない中、幹隆は冷静だった。


「狐火の探知……なんだコレ?」


 探知は、妙に巨大な生命反応を捉えていた。


「で!でかいヒグマが!」


 周囲を警戒していた警察官が飛び込んできた。


「ミキくん?」

「なんて言うか……山のヌシみたいのが出てきたな」

「ヌシ?」

「ああ。お前ら、行くなよ?」

「え?」

「アレはちとヤバイ」


 俺以外には、と心の中で付け加えておく。


「マジで?」

「ひと狩りしてくる」


 ニヤリ、と犬歯を見せて獰猛な笑みを浮かべるとゆっくりとテントの外に出る。

 ドンッと地面を蹴って跳躍。ちょうど倉庫の向こうの山林からそれが姿を現したところであった。


「でかいな」


 四つ足で移動している姿勢なのに、肩までの高さが三メートルはありそうな巨体……通常ならあり得ないサイズの、どこからどう見てもモンスターと呼べるモノがいた。


「悪いが、ここから先は人間の世界だ。お帰り頂くぜ!」


 数メートル前に着地すると、すぐにダッシュして間合いを詰め、相手が反応するよりも速くアゴ先へ拳を突き上げる。体重も姿勢によるバランスも踏ん張りも全て無視してその巨体が高く舞い上がり、真っ逆さまに落ちて地響きをあげた。


「さあ、起きろよ。死んじゃいないはずだぜ?」


 人間の言葉がわかるはずもないのだが、グルルとうめき声をさせながらゆっくりと巨大ヒグマが起き上がる。


「さて、どうする?まだやるか?それとも帰るか?二度と人間の街に降りてこないってんなら見逃してやるぜ?」


 生まれてこの方常勝無敗。

 敵と呼べそうなのは天高くそびえる山くらい。

 そう認識し、今まで生きてきたそのヒグマは考えを改めた。


 ――人間には刃向かってはならぬ――


 そして、そのまま一目散に逃走した。

 しばらく追ってみたが、「ひぃぃっ!まだ追って来るぅっ!」みたいな悲鳴を上げていたので見逃す事にした。相手は野生動物。互いに住む領域が近いだけの隣人。痛めつけても向かってくるならともかく、悲鳴を上げながら逃げ惑うのを追い回して命を奪う必要も無いだろうと思った結果である。

 その後数十年、そのヒグマの孫くらいの代まで、その人間の恐ろしさは伝えられたのだろうか、ヒグマが街に降りるという事件が起きなくなった。それは平和だったのか、それとも危機感がなくなるという意味で悪手だったかは幹隆にはわからない。


「この映像!使わせてくれ!」

「普通のヒグマの映像で我慢しろ!」

「あ!消しやがった!」

「こんなこともあろうかと、既にクラウドにアップ……アレ?」

「馬鹿め、そっちも消しておいたぞ!」

「クソッ」





 後に道警の警察官はこう語った。


「世の中、人知を越えた何かがあるんですね。え?巨大なヒグマじゃなくて、人間ですよ……あれ、人間ですよ……ね?え?あの?ちょっと?」

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