怪獣退治は狐にお任せ(前)
「全長おそらく二百メートル以上か」
「水中移動速度は十ノット程度」
「この速度と方角を維持した場合、東京湾には十日後に到達すると思われます」
「途中にある島の住民の避難状況は?」
「現在全力で。なんとか間に合う見込みです」
二日前、小笠原諸島沖を航行中の貨物船が水中の何かと接触し転覆、沈没。救助に向かった海上保安庁の巡視船と、付近を航行中の他の貨物船、漁船も相次いで沈没。
その時点でわかったのは、沈没直前の無線交信「化け物が出た」「襲われる」であった。
突然の転覆でパニックになったためかと思われていたが、直後に送られてきた沈没寸前の巡視船のカメラから送られてきた映像には何か巨大な動くものに衝突して沈没した様子が映っており、急遽付近の海域を上空から偵察。その結果、見たこともない何かがゆっくりと北上している様子が確認された。
当初、マスコミは「怪獣映画の見過ぎ」と嘲笑したが、その後数回にわたり行われた上空からの監視すべてで巨大な何かが進んでいる様子が映されており、不鮮明ではあるが、生き物の口のようなものが見えた段階で……怪獣映画が現実となったことが世界中に報じられた。
「護衛艦隊による攻撃開始まで五分」
「目標の速度、進路変わらず」
怪獣映画は日本の文化である。そして、未知の怪物に対峙する自衛隊もまた、怪獣映画のシナリオに準じた対応をすることとなった。
「水深五メートルから三十メートルほど……直径として二十メートル以上、体長は二百五十メートルは間違いない、か……でかいな」
「しかし、良い的です」
「うむ」
作戦は単純明快。ずらりと並べた護衛艦五隻による一斉魚雷攻撃。数十発の魚雷を食らわせれば、なんとかなるだろう。
ゴ○ラは架空の存在で通常兵器がなかなか効かなかったようだが、コレは現実。単純にでかいだけの生き物。
そう思っていた。
そのときまでは。
「魚雷第一波……命中!」
「第二波、目標へ向けて推進中。あと五秒」
「第三波、発射!」
「どんどん行くぞ!装填急げ!」
攻撃開始と同時に海域全体に爆発音が響き渡り、視界が吹き上がる水しぶきで埋め尽くされ、静かになるまで十数分。残っていたのは、護衛艦の破片と、数名の自衛隊員。そして、血や油でドス黒く染まった海をゆっくりと北上する謎の生物だけであった。
「車で行けるのはここまでか」
「そのようですね」
人が歩いて踏みならされた細い道を見上げて、嘆息する。聞いた話ではここから一時間は歩くそうだが、その一時間というのは誰基準なんだろうか?
謎の生物への攻撃失敗の報を受け、日本中がパニックになる中、警視庁は独自に……一縷の望みを託し、数名の人当たりの良い者を選んでそこへ派遣した。
日本の……いや、全世界の最後の希望を求めて。
「一時間って、絶対嘘だよな」
「で……すね」
山中たち六人はスーツで来たことを後悔していた。これは登山装備で来るところだと。
しかし今更引き返すのも微妙な距離とあきらめ、さらに歩く事二時間。ようやく情報通りの小さな家に辿り着いた。
こんな山奥にぽつんと建つ一軒家。
普通なら人が住んでいることなど想像も出来ないが、洗濯物が干され、開かれた二階の窓には風になびくカーテンが見え、明らかに人が生活していると主張していた。
「ごめんください」
開けっぱなしの玄関に立ち、中へ声をかける。
電気が通っている様子もないし、チャイムもない。そもそもこんなところへ訪問する者がいるとは考えていないのだろう。
「ごめんくださーい」
「はーい」
もう一度声をかけると女性の声が返ってきた。
「はいはい、すみません。ちょっと手が離せなくて」
出てきたのは、見た目だけなら若い女性だが、その顔立ちは人間離れした美貌で、髪の色も普通ならあり得ないが自然な緑色。そして両耳は人間にしてはやや尖っている。
「えーと、どちら様?」
「警視庁捜査一課の山中です」
警察手帳を見せながら山中が代表して自己紹介する。
「捜査一課?え?もしかして、私、何かやっちゃいました?!」
「あ、いえ。落ち着いてください。その……単に我々くらいしか動けなかったと言うだけでして」
「そうですか……よかった」
ほっと胸をなで下ろす女性に山中が声をかける。
「えーと、川合茜さんでよろしいですか?」
「え?あ、はい。そうです」
「その……村田幹隆さんはご在宅でしょうか?」
「どういったご用件で?」
世界中をにぎわしている謎の怪物のことなど、こんなな環境では知るよしもないのだろうと思い、簡潔に告げることにした。
「人類の危機を救っていただきたいのです」
「なんか大きく出た!」
信じられない、という感じで返されたが、誇張でも何でもなく、事実である。
「ちょっとお待ちくださいね。呼んできますので」
六人が座るには手狭な居間に通して、茜がパタパタと奥へ行った。
「あの……山中さん」
「聞くな。俺も困惑している」
「はあ」
やがてゆっくりとした足音が聞こえ、茜に連れられて老婆が彼らの前に座る。
老婆。
だが、その姿は人間のそれとはかけ離れている。人間は頭の上に耳はないし、尻尾も生えていない。
「村田幹隆さん、ですね」
「はあ?」
「ほら、ミキくん、お話しして」
「はあ……茜さんや」
「何?」
「お昼ご飯はまだかい?」
「ミキくん、お昼なら一昨日食べたでしょう?」
いや、毎日食わせてやれよ!と全員が心の中で突っ込む中、どうにかこらえた山中が口を開く。
「既に現役を引退した身に恐縮ですが、人類の危機を救っていただきたい」
そう告げて、数枚の紙を差し出す。未知の怪物の最も鮮明に写された写真に、現在までの被害状況を簡潔にまとめた資料だ。
「うわ、何コレ。すごい」
「はあ?」
茜が手に取り驚くが、幹隆は眠そうな顔でどこ吹く風……というかちゃんと起きているのだろうか?
「あの?」
山中が声をかけようとしたところで茜が答える。
「つまりこの怪獣退治をミキくんにお願いしたい、と言うことですね?」
「そうなります」
「その……現役を退いて五十年以上と言うことは承知しています。しかし……他に頼ることが出来ないのです」
警視庁警備部警護課村田幹隆。『超人的な身体能力』などという単語ではとても収まらないその能力は、今でも語り継がれる伝説である。だが、各種法規は彼に定年という安息を与え、その後そのまま従姉妹と共に山奥でスローライフという生活に移行させた。
そして五十年と言う月日は、幹隆を耄碌した老婆の姿にするには十分な年月であり、ハーフエルフの茜を老いさせるには足りない年月でもあった。
「しかし……コレでは無理でしょうね」
どう見ても蚊をはたき落とすことすら出来そうにないその姿に、怪獣退治を依頼するなど出来るわけがない。
そもそも、コレを連れて行ったらこう言われる。「老人虐待」と。
「わかりました。ミキくん、行きましょう」
「「「え?」」」
「大丈夫ですよ。こう見えてミキくん、丈夫ですから」
「いや、丈夫って」
「風邪ひとつひかないんですよ?健康第一ですね」
ダメだ、この茜という女性も見た目に反して認知能力が落ちているようだ。
「大丈夫ですって。怪獣の真上に落とせば、本能に目覚めてドカン!ってやってくれますから」
後編(十八時予約)に続く




