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三十話:悪役令嬢のこれからと、主人公のこれから

 後日、まつりは身辺整理に入っていた。

 クラスメートたちに挨拶を済ませ、転校することを伝える。

 皆驚いていたが、それでも別れを惜しんで送別会を開いてくれた。

 そして、いつかのシチュエーションとは逆に、今度はまつりが放課後に高志を校舎裏に呼び出し、きっぱりと告白の返事をする。


「ごめんなさい。やっぱり新井くんとは付き合えません」


「え、何で……」


 一度は承諾したのだから、すぐに振られるとは思っていなかったのだろう。愕然とする高志にとっては、寝耳に水の話のはずだ。

 まつりは理由を述べる。


「実は、また転校することになりまして。それに合わせて転居もしますから、会えなくなります」


 まつりにとってはジョーカーのつもりだったが、高志は粘り強く食い下がった。


「え、遠距離恋愛でもいいよ? 俺」


 申し出られて、まつりは困ってしまう。

 高志は悪い人間ではないし、まつりもどちらかというと好感を持っているが、まだ恋愛と呼べるものではない。

 好奇心から付き合ってみたい気持ちもないわけではないが、それは高志にとっても失礼だろう。

 それに、仮に相思相愛であったとしても、家の問題がある。

 養子縁組などを駆使して家柄を洗浄する方法がないわけではないが、それは結婚を前提とした場合だ。


「新井くんは、私と結婚するつもりはありますか?」


「え!?」


 唐突に飛躍した未来の話題を出されて、高志は面食らう。当然だ。普通は高校生の付き合いでそこまで考えることの方が珍しい。


「う、うん。できれば」


 それでもまつりに言われて結婚という具体的なイメージが浮かんだためか、高志は真剣に考え出しているようだ。


「そうなんですか」


 本気でないならそれを突破口にしようと目論んだまつりは、再び困ってしまった。

 高志を見れば、「それなら良い会社に就職していっぱい給料貰わないとな……」とか呟いている。

 もうすっかりその気だった。

 にこやかに笑顔を作っているまつりの頬に流れる一筋の汗が、まつりの心情を表している。

 これはやばい。強敵だ。腹を括って、高志を婚約者にするしかないのだろうか。

 最後の手段を取ることにした。


「高志君のご家族と私、選ぶならどちらを取りますか?」


 禁断の質問である。私と仕事、どっちが大切なの!? という質問の亜種だ。


「その質問に何か意味があるのか……?」


「あるから聞いています。答えてください」


 まつりは精一杯真剣な表情を作って高志を見つめる。


「そりゃ、藤園さんだろ」


「……ええー」


 迷わず即答され、まつりは二の句が告げなくなった。

 今度は逆に高志の方に余裕が出てきて、絶句するまつりに苦笑してみせる。


「結婚するなら、普通は奥さんを優先するよ」


 どうやらまつりは墓穴を掘ったらしい。すっかり高志をその気にさせてしまっている。

 しかも高志の株が爆上がりである。まつりの中で、罪悪感が膨れ上がる。

 そうなれば後はもう高志のターンである。怒涛のトークに押され、結局遠距離恋愛が続くことになって、すごすごとまつりは校門で待つ綾野のもとに戻ってきた。

 事情を聞いた綾野は、呆れた顔で項垂れるまつりを見下ろす。


「まつりさんは本当に説得が下手ですわね。別れようとしてどうしてまた丸め込まれてるんですの?」


「おかしい。こんなはずじゃなかったのに」


 本気で落ち込んでいるまつりを見て、綾野もそれに気付いたのか慰めようとする。


「まあ、遠距離恋愛ならそのうち自然消滅する可能性も高いでしょうし、あまり気にする必要もないかもしれませんわね。彼、御香月のお家は知らないんでしょう?」


 普段の出来事は迷わずに即決できている自覚があるからこそ、優柔不断な今の自分の情けなさに、まつりは衝撃を受けていた。


「うん。そもそも高浦では御香月の名前は出していないから、私が御香月家の人間だとはたぶん気付かれてすらいないと思う」


 無言でまつりは頷いた。

 杉並学院から転校したことは隠していないので隠す意味はあまり無いし、まつり自身もそのつもりはなかったものの、不思議と話題に出なかったのだ。


「なら問題ないのではなくて?」


「だといいんだけど」


 御香月家に連れて行けば諦めてくれるかもしれないが、一般人を御香月の屋敷に連れて行くのは抵抗があった。

 母親の貴美子が付き合いを認めてくれるかどうかは未知数だし、正式に付き合うならば、最終的には当主である祖父の了承も得なくてはならない。

 特に貴美子の場合、自分の経験のせいかまつりが幸せになれる結婚は良家同士の結婚だけだと思い込んでいる節があり、認める認めないに関わらず、男を連れていった場合大騒ぎになる可能性が高い。

 怒り狂った貴美子を説得するのは、娘であるまつりですら骨が折れるのだ。

 高志にそれが出来ると、美咲には思えない。


「まつりさんは、どうしても彼と付き合いたくないんですの?」


 綾野の問いにまつりは口篭った。


「正直、よく分からないわ。ただ、新井くんの好きと私の好きは、間違いなく違うと思う」


 友人として好きでも、まつりは異性として特別な感情を高志に抱いてはいない。それは確かだ。


「なら、わたくしに良い考えがありますわ」


「え! どんな!?」


 食いついたまつりを他所に、当の綾野自身はあっさりと話題を変えてしまう。


「それよりも、わたくし、カラオケをしたいですわ。高浦でクラスメートが話しているのを聞いて、懐かしくなりましたの」


「カ、カラオケ!? このタイミングで!? それよりも、さっきの話を詳しく!」


 一体何を言っているんだとまつりは綾野に話の先を促すが、綾野は完全に興味がカラオケに移っているようだ。


「続きの話はカラオケに行くならしますわ」


「あー、もう、どうにでもなーれ! 分かったわよ、行くわよ!」


「それでこそわたくしのお友達ですわ!」


 少女二人は、かしましく騒ぎながら駅前へと歩き出した。



■ □ ■



 駅前でカラオケルームを見つけたまつりと綾野は、二時間の利用で中に入った。

 テーブルに置かれたメニュー表を取ったまつりが書かれた内容を確認して、綾野に差し出す。


「ドリンク一人一杯サービスだって。何にする? コーラもあるわよ」


 綾野はまつりからメニュー表を受け取ると、真剣な表情で見つめた後、瞠目してカッと目を見開いた。


「コーラはこの前ハンバーガーを食べた時に飲みましたから、メロンソーダで」


 明らかに突っ込み待ちをしている綾野に、まつりはため息をつく。


「ドヤ顔しながら言わないでちょうだい。どっちにしろ炭酸なのね」


 くるくるとカールがかかった己の髪を指でもてあそびながら、綾野が弁明する。


「昔は特別好きっていうわけでもなかったのですけれど、今生は何だか新鮮で。何故か美味しく感じますのよ」


 自分でも不思議そうな顔の綾野に、まつりはからかい気な笑みを送った。


「舌は今の方が肥えてそうなものなのにねぇ。もしかして綾野って、味音痴?」


「失礼な」


 まつりの発言が冗談と分かっているから、綾野もむっとした顔をしても本気で怒りはしない。


「で、良い方法って何よ?」


「この薬ですわ」


 通学鞄から包みに包まれた見慣れぬ薬を取り出した綾野は、テーブルにその薬を置いた。


「何、このいかにも怪しげな粉末は」


 警戒したまつりが目を細めて包みを見つめる。

 どうみても薬局などで手に入る薬ではない辺りがいかにも怪しい。


「粉薬ですわよ。この世界がわたくしが前世で嗜んでいた乙女ゲームの世界に酷似していることは、まつりさんもご存知でしょう」


 反応を返し辛い前世の話題を出され、まつりは唸る。


「綾野本人から聞いた話でしかないけどね。でもまあ、色々否定しきれない要素があることは認めるわ」


「あの乙女ゲームには、ファンタジー要素も入っておりまして、分岐選択次第では、こんな通常では考えられない小道具も手に入れられるんですのよ」


 説明を受けて解消するどころか、かえって薬の怪しさが増した。


「……それで、どんな薬なの?」


「ずばり、願いを叶える薬ですわ」


 うさんくささも増した。


「……どうやって叶うのよ?」


 もはやまつりが綾野を見る目はジト目である。

 無理もない。そんな常識外の薬を信じろという方が無茶である。

 実はただの小麦粉だと言われた方が、よほど納得できるだろう。

 だが、綾野はこれを薬と称して譲らない。


「それはもちろん、ファンタジー的な方法でですわよ。詳細はゲームでも明らかになっていませんから、原理はわたくしにも分かりませんわ」


「わけのわからない薬を飲むのは、凄く抵抗があるんだけど」


「嫌なら飲まなくてもよろしいんですのよ。わたくしも無理に勧めはしませんわ」


 まつりは迷った。とても迷った。普通ならばとても信じられない一笑に付すべき話だが、綾野が本気で信じ込んでいるのが気にかかる。

 綾野を信じるべきか。

 

「……ちょうだい」


 逡巡の末、まつりは親友を信じることにした。

 決して好奇心に負けたわけではない。

 薬を手に取るまつりを、綾野は満足そうに見つめる。


「素直で大変結構ですわ」


「で、どうやって飲むの、これ。普通の薬みたいに飲んでいいの?」


「漢方みたいに口に含んで、さっき頼んだドリンクで流し込めば十分ですわよ。その後願い事をして、次の日の朝になれば願いは叶いますわ」


 その時ドアをノックする音とともにドアが開き、店員が注文された飲み物を運んでくる。

 店員が出ていくと、綾野はまつりが注文したウーロン茶を手渡した。


「ちょうどいいですわね。ささ、まつりさん。ぐいっと」


 踏ん切りがつかないのか、まだ若干躊躇う様子を見せながら、まつりはウーロン茶を受け取る。


「う、うん分かった」


 自分のメロンソーダを一口ストローで吸って綾野は尋ねた。


「願いはどうしますの?」


「えーと……『新井くんと、別れ話をしっかり話せますように』、かな。それじゃ、いくよ」


 意を決して薬を口に含んだまつりは、ウーロン茶で一気に飲み下す。

 目を閉じて願い事をするまつりを満足そうに見つめた綾野は、リモコンを手に取った。


「これで後は明日を待つのみ、ですわね。どうせですから歌って帰りましょう」


「そうだね。何歌おうかな」


 目を開けたまつりも、曲の選択に入る。

 しばらく歌ったまつりと綾野は、時間になると料金を清算して外に出る。


「あー、何か今更心配になってきちゃった。変な薬だったりしないよね?」


 気にするそぶりを見せ始めたまつりに、綾野は相槌を打つ。


「気持ちは分かりますわ。わたくしも得体の知れない薬をまつりさんに飲ませるわけにはいきませんから、伝手を使って成分調査させましたの」


 興味を引かれたまつりは綾野に話の続きを促した。


「へえ。どうなったの?」


「ただの風邪薬ですって」


 綾乃はホッとしたような、不満なような、微妙な表情を浮かべた。


「……売人に騙されたんじゃない?」


 苦笑したまつりに、綾野はまくし立てた。


「いえ、きっとこれも超常現象的な力が働いているのですわ! きちんと主人公が立てるフラグを代わりに立てて会いに行きましたもの! 問題はないはずですわ!」


 力説する綾野には悪いが、風邪薬と聞かされたまつりの気分は軽くなっていた。


「まあ、いいけどさ。明日になったら分かることだし」


 マンションの部屋の前で綾野と別れ、まつりはいつものように家事をこなして、芳樹が帰ってきた後就寝する。

 ちなみに、その夜は心配だからと綾野も泊まっていった。

 そして次の日の朝、まつりはやけにすっきりとした気持ちで目覚め、何故か上機嫌な綾野と一緒に登校する。

 不思議とまつりの口は良く回り、高志に誠心誠意謝罪をして、恋人関係を解消してもらうことができた。

 御香月家のお屋敷に戻り、再び杉並学院へと通う。

 自分の派閥を引き継いでくれていた子からの推薦もあって、まつりは派閥の長に再び収まった。

 転校騒動のことで関係者に謝罪行脚を行ったまつりは、最後の締め括りに、改めて綾野に礼を言う。


「今回は、色々迷惑をかけてごめんなさいね。綾野が居てくれて良かったわ」


 綾野は悪戯っぽく微笑むと、まつりの手を取った。


「あら、ならわたくしのお願いを聞いてくださいませんこと? 実はわたくしも、昨日あの薬を飲んでおりましたの。願いの内容は、『今後も末永く、まつりさんと一緒に素敵な毎日を過ごすこと』ですわ」


「それくらいなら、お安い御用よ。じゃあ早速、久しぶりに午後のお茶会でも開きましょうか」


 にっこりと笑い合ったまつりと綾野は、やがて同時に抑えきれなくなってくすくすと笑い出す。

 結局、綾野が持ってきた薬がただの風邪薬だったのか、それとも本当に、ファンタジーな何かを秘めている薬だったのかは最後まで分からなかった。

 それでも、確かに二人の願いは叶ったのだ。ならば、真実を暴くことに意味は無い。

 まつりは笑顔で自分から、綾野の手を握り返した。

 いつもの時間になり、手分けしてティーテーブルやお茶菓子、紅茶を手配し、お茶会の体裁を整えると、まつりと綾野は向かい合って席に座った。

 ティーカップは湯気を立てた琥珀色の液体で満たされ、皿には小さなフォークと専門店の高級洋菓子が置かれている。

 少女二人のティータイムが、和やかに始まった。



END

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