十三話:悪役令嬢のゲーム三昧と、主人公の家庭事情
マンションに戻ると、高志が一度自分の部屋に戻りたいと言い出した。
「俺もゲームソフトいくつか持ってるんだ。皆で遊べそうなの持ってくよ」
「是非お願いしますわ!」
まつりが何かいうよりも早く、綾野が超速で反応する。
いったん高志と別れると、まつりは綾野に呆れ顔を向ける。
「にしても、よく家にゲームがあるって分かったわね」
「だってまつりさん自身が仰っていたじゃない。お父様に借りて遊んでいらしたんでしょう?」
腕を組んだ綾野はふふんと得意そうに鼻を鳴らす。
「そういえば雑談でそんなことも話したっけ。よく覚えてたわね」
「わたくし、一度見聞きしたことは滅多なことでは忘れませんのよ?」
呆れを通り越し、まつりは感心してしまった。そこまで突き抜けているなら、もはやそれは才能だ。
今度は綾野の方からまつりに話しかけた。
「それにしても、まつりさんがゲーム好きとは知りませんでしたわ。前に聞いた話と違いますわよ」
「ここに来るようになってから、お父さんの影響でやるようになっただけよ。好きってほどじゃないし、一人じゃやらないわ」
素っ気無く弁明するまつりは、あくまで父親が好きだからゲームが好きなだけだ。もし父親が違う趣味を持っていれば、そちらに傾倒しただろう。
「でも、凄く上手でしたわね?」
不思議そうな表情の綾野に、まつりは苦笑いした。
「お父さんが上手で自分は下手なのが悔しくて、やり込んじゃったのよ。負けず嫌いが悪く出たわ」
肩を竦めるまつりに、綾野は懐かしげに目を細めてみせる。
「まつりさんは小さな頃からそうですわね。例え先輩が相手でも、家柄が自分より下だと一歩も引きませんでしたわ」
「それはむしろあなたの方でしょう。私は先輩相手には最低限の礼儀くらいは心得ていたわよ」
親友と呼べる間柄であるまつりと綾野であっても、昔からそうだったわけではない。派閥の頂点に位置する二人だから、余計な争いごとを回避するために自然と仲良くするようになっていったが、最初は反りが合わないこともそれなりにあった。今は昔の話だが。
「そういえば、綾野も初めての割には凄い上手いわね。それも前世の記憶ってやつかしら」
少し茶化してまつりが言うと、綾野は両手の指を絡めて表情を翳らせた。
「実は、自分でもちょっと不思議ですの。確かに初めて遊んだのに、どうすればいいのか頭に浮かんで自然に身体が動くというか。変な感じでしたわ」
綾野は綾野で思うところがあるのかもしれない。前世の記憶があり、しかもそれが今の自分と違うものであれば、戸惑うのは当然だ。
不安そうにしていたので、この時ばかりはまつりも綾野を茶化そうとはしない。
「そういうのは気にしたらきりが無いから、気楽に考えたらいんじゃないかな。ほら、ついたよ」
高志が家族と住む新井一家は隣の部屋なので、距離はほとんど無い。正しく目と鼻の距離だ。
「ただいまー」
「ああ、お帰り」
芳樹は居間で新聞を読んでいた。
「お父さん、ゲーム機借りていい?」
娘の頼みに、芳樹が意外そうに目を丸くして振り向いた。
「いいけど、珍しいね。自分からゲームがしたいって言い出すなんて」
「せっかく綾野が遊びに来てくれてるから、遊ぼうってことになったのよ」
テレビの台の中から出てきたゲーム機に、綾野が歓声を上げる。
「まあ! これが家庭用のゲームですのね。ゲームセンターにあったものとは全然違いますわ!」
「そりゃそうだよ。あんなもの一台でも置いたら部屋が狭くて仕方ない」
苦笑する芳樹に、綾野はきょとんとする。
「え? わたくしのお家なら何台置いても余裕ありますわよ?」
無自覚にお前の家は狭いといわれ、芳樹の顔が引き攣った。子ども相手だし、悪気が無いので怒れない。
「綾野。私たちの家を基準にしちゃ駄目よ」
まつりにため息をつかれ、疑問符を浮かべていた綾野はあっと声を漏らす。
「ごめんなさい……」
頭を下げられた芳樹は狼狽した。
「いや、気にしなくていいよ。大したことじゃないし」
話題を打ち切るかのようにチャイムが鳴る。
「あ、高志くんかな」
立ち上がったまつりが玄関に向かう。
ドアを開けると、まつりの予想通り高志が立っていた。
手に持ったビニール袋を掲げてみせる。
「ほら。ゲームソフト持って来たぞ」
「いらっしゃい。どうぞ上がって」
まつりの後に続いた高志は、芳樹の姿を見つけて頭を下げる。
「うっす。お邪魔するっす」
「あれ? 君は新井さんのところの……。まつりと仲良くしてくれてるのか。ありがとう」
「別に、好きでやってることっすから」
年上から礼を言われることに慣れてないのか、はたまた緊張しているのか、まつりたちと相対している時とは違い、芳樹と接する高志の態度はぶっきらぼうだ。
どこか微妙な距離感があったが、まつりは口を挟まない。おそらくは、まつりが高志の母親に抱くのと同じような感情だろうから。
「いっぱいありますわね。何からやりますの?」
高志と芳樹の間に流れていた空気を無視して、綾野がはしゃいだ声を上げる。
「これなんかどうだ? 三人以上で対戦できるぜ」
自分が持ってきたソフトの中から、落ち物系のパズルゲームを高志が選び出す。
「それにしましょう。面白そうですわ」
「マルチタップならあるわよ」
食指を動かす綾野の横で、まつりは父親の私物のマルチタップをいそいそと取り出して取り付ける。
ゲーム機にソフトをセットし、綾野が興味津々の表情で押した。
リセットボタンを。
「動きませんわよ?」
「綾野、違うわ。そっちじゃない」
首を傾げる綾野に、まつりの冷静なツッコミが入った。
■ □ ■
夕方になり、高志が帰ったのでまつりたちもそろそろ帰ることにした。
赤峰に迎えに来るよう連絡を入れたまつりは、父である芳樹と別れを惜しむ。
「お父さん。元気でね」
「まつりも、気をつけて帰るんだよ」
頭を撫でられて恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうに目を細めるまつりの様子を傍で見ていた綾野は、呆れたようにため息をついた。
「来週もまた会うのでしょうに、大げさではありませんか?」
「あら、そんなこと無いわよ。わたしは一日千秋の思いで週末が来るのを毎週心待ちにしているもの」
綾野に言い返すまつりはいたって普通の態度である。
(これは相当なファザコンですわね……)
しかも、本人がそれを自覚していない面倒くさいタイプである。
藪をつついて蛇を出すまいと、綾野はそれ以上追及するのを止めた。
すでにまつりと綾野は元の服装に着替えており、どこからどう見ても上流階級の子女にしか見えない。
もし今の二人を高志が見ても、本人だとは思うまい。もっとも、綾野は髪型が変わっていないので分からないが。
芳樹の携帯がワンコール分震え、止まった。赤峰からの、到着したという合図だ。
「それじゃあ、綾野、帰りましょ。赤峰に先に家まで送らせるわ」
「お言葉に甘えさせていただきますわね」
まつりと綾野は芳樹のマンションを出て、駐車している御香月家の車に乗り込んだ。
ゆっくりと車が滑り出し、まずは神宮路家に向かう。
神宮路家は洋風の豪邸だ。成金の家系らしく、これでもかと金をかけて作られている。初めて見た人間は、その内装の豪華さと広さにまず圧倒されるほどだ。まつりは慣れているが。神宮路家の財力を示す象徴でもある。
「送ってくださってありがとうございました。まつりさん、また明日学校で。それではごきげんよう」
優雅に手を振り、綾野は自宅へと消えていく。
一人になると、それまで黙って運転手に徹していた赤峰がまつりに話しかけてきた。
「今回はずいぶんと楽しまれたようですね」
「あら、分かる?」
反応するまつりの声は軽やかだ。
「はい。とても満足そうな顔をしておられます。今までよりも」
「綾野と遊んだことは今までもあるけれど、遊び方が違うだけでこんなに新鮮に感じるとは思わなかったわ。何事も経験してみるものね」
声が弾んでいることから、よっぽど楽しかったのだろうということが、赤峰にも伺えた。
「ところで、お母様はもう帰宅してらっしゃる?」
頬が緩んだ機嫌が良さそうな表情のまま、今度はまつりから赤峰に尋ねる。
「……はい。今日はお嬢様の見合いについてお話があるのでお嬢様も帰宅次第顔を出すように、とのご連絡が来ております」
赤峰の返答には間があった。
「また? 仕方ないわね。お母様もお爺様も、私への先走った見合い爆撃ばっかりして、そんなに早く結婚して欲しいのかしら」
「私からは返答いたしかねます」
真面目な表情で答える赤峰は、思わず表情が崩れそうになるのを堪え、鉄面皮を保つ。
「あら、困らせちゃったかしら。ごめんなさいね」
くすくすと笑うまつりに聞こえぬよう、赤峰はこっそりため息をついた。
先ほど本人が言った通り、現在まつりは母と祖父の双方から度重なる見合いの催促を受けている。
本来ならばまつりの母親が新しく婿を取るか、母親自身が祖父から当主の座を受け継ぐのが筋なのだが、勘当からの離婚騒動が災いしてそれらの選択肢が選ばれることはほぼ無くなっている。
代わりに白羽の矢が立てられたのが、娘であるまつりだ。
母親とは違って外聞に問題が無く、かつ母親の美貌を受け継いでおり見た目は深窓の美少女である。そして頭の回転も悪くないとくれば、祖父の期待が娘から孫へと移り変わるのも仕方ないというもの。
祖父も母親もあくまで提案という形を取っているのでまだ突っぱねられるが、まつりは幼い頃の選択とはいえ、母親についていくことで間接的に御香月家の一員として生きていくことを選んだ身である。命令に変われば断れないだろう。まだまつりに好きな異性がいない、というのが救いといえば救いだろうか。
まつりは笑うのを止め、物憂げに息を吐いた。
「困ったものね。お母様もお爺様も、まるで結婚することが私の幸せだと思っているみたい。残念ながらそうじゃない例も知っちゃったし、望みは薄いわね」
「お嬢様……そのようなことを言うものではありません」
普段友人には見せないシニカルな笑みを浮かべて毒を吐いたまつりを、赤峰が困り顔で嗜める。
「ええ、分かってるわ。でも少し、愚痴を言ってみたっていいでしょう。お母様は私にさっさときちんとした相手と結婚をして欲しいのよ。お母様ったら、私がお父様のところへ通っているから、変な虫がつかないか心配しているんだわ。お母様に心配されるなんて、余計なお世話よね」
今度こそ、赤峰は何も言わなかった。まつりの母親の懸念、それは間違いなく、赤峰たち使用人の間でも抱いている共通の認識だったからだ。
御香月家きっての才女。容姿、能力共に一級品で、かつ性格も文句なし。
見合いにおいて、まつりは非常に人気がある。婿養子を取ることになるので、結婚すれば自動的に御香月家の後継者になることが決まっているからだ。そのせいでただでさえ家の事情が絡む結婚が、さらに政略色を帯びており、もはや恋愛結婚が入りこむ余地はない。
まつりの母親、貴美子のような顛末にしてなるものかと、誰もが必死なのである。
やがて車が御香月家に到着した。
明日から、また同じ一日が始まる。




