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十二話:悪役令嬢のゲーセン体験と、主人公の密かな嗜み

 店内に足を踏み入れるなり、綾野は目を輝かせた。


「ゲームセンターですわ! 懐かしいですわ!」


 喜色を顔に浮かべて今にも店の奥に走り出しそうな綾野とは対照的に、まつりは顔を顰めて耳を押さえた。

 店内は外の雑音が子守唄に思えてくるかのような騒がしさで、各ゲーム筐体の音と打音、足音などが複雑に混ざり合って混沌としている。


「うるさい場所ね。ゲームセンターってどこもこんな感じなの?」


 父親の影響でいくらか一般の感覚を身に着けているまつりだが、それでも根はお嬢様であることに違いはなく、知らないことは多い。

 今も想像以上の喧騒に、まつりはいささか戸惑っているようだった。


「俺も全部の店に行ったわけじゃねーけど、どこもこんなもんだと思うぞ」


 まつりと綾野を先導する高志は、振り返って二人に尋ねる。


「それで、何のゲームで遊ぶんだ?」


 ワクワクしている綾野が身を乗り出して尋ね返した。


「どんなゲームがあるんですの?」


「そこからか……」


 思っていた以上に綾野が何も知らないことに目を丸くした高志は、思わず目を丸くする。まつりも同じなのだろうかと、高志は思わずちらりとまつりに目を向けた。

 感情を顔に出さずにただ目を細めているその表情は、早くも辟易し始めているかのようにも見える。


(静かな場所が好きなのかな……図書館とか?)


 慌てて頭を振り、高志は明後日の方向にずれかけた思考を元に戻す。


「大体のジャンルは網羅してると思うぞ。まあでも、対戦プレイや協力プレイができるのが多いかな」


「わたくし、あれをやってみたいですわ!」


 綾野が指差したのは、二人協力プレイができるガンシューティングゲームだった。銃の形のコントローラを使って楽しむゲームだ。


「1プレイ百円だって。いいんじゃないか?」


「……カードは使えませんの?」


 変な質問をする綾野に、高志はきょとんとした。


「何言ってんだ?」


 慣れない騒音に苦戦しながらも気付いたまつりが綾野の耳に顔を寄せる。そうしないと聞こえないと思ったのだ。


「使えないみたいよ。現金持ってきてる?」


「持ってきてますけど、紙幣だけですわ。硬貨が必要になるとは思いませんでしたもの。まつりさんは持ってきてますの?」


「百円以下の硬貨までは持ち合わせがないわ。五百円硬貨ならあるんだけど、たまたま切らしてるのよ。お札ならある」


 まつりは筐体の硬貨投入口を見る。試しに財布を出して、五百円硬貨を入れようとする。入らない。よく見れば、硬貨投入口には百円の文字が彫られている。指定された硬貨しか入らないようになっているらしい。

 続いて紙幣の投入口を探したまつりは、ゲームの筐体のどこを見てもそれらしいものがないことに気付き、愕然とした。


「まさか、百円硬貨しか使えない?」


「盲点でしたわ……ここまで来て、遊ばないで帰るしかありませんの?」


 まるでロスタイムに逆転されて負けが確定したサッカー選手のように項垂れるまつりと綾野に、一人置いてけぼりになっていた高志が頬をかきつつ助言する。


「あー、両替機ならそこにあるぞ」


 顔を上げた綾野が喜色満面の笑顔で叫んだ。


「それを早く仰ってくださいまし!」


「高志くんごめんね。私たち、世情にちょっと疎くて」


 嬉々として両替機で千円紙幣を両替する綾野の横で、苦笑しながらまつりが手を合わせて謝る。

 高志はそういう問題ですらない気がしたが、辛うじて口に出すのは堪えた。

 綾野の口調とか髪型とか、高志は凄く気になっているが、面と向かって聞くのも憚られた。


「気にすんなよ。誰だって知らないことはあるしな」


「ありがとう。高志くんは優しいね」


 まつりにニコリと微笑まれ、高志の一気に舞い上がった。気分の高揚に合わせ、顔が赤くなる。


「まつりさん、これ、やりましょうよ!」


 銃コンを構えた綾野がまつりを呼んでいる。

 苦笑したまつりは高志に手を差し出した。


「私、このゲームはやったことないの。高志くん、教えてくれる?」


「おう、任せろ!」


 躊躇したのは一瞬。

 思い切って握ったまつりの手の平は、柔らかく暖かかった。



■ □ ■



 苦戦するかと思われた綾野とまつりのペアは、予想とは裏腹に善戦していた。


「……上手いなあんたら」


 危なげなく撃破されたボスに、唖然としながら高志が呟く。


「ふふん。わたくしの辞書に不可能という文字は載っておりませんのよ」


 調子に乗っている綾野もそうだが、高志が予想していた以上にまつりもゲームが上手かった。


「このゲームはやったことなかったけど、ジャンル自体はお父さんが好きだから、家庭用ゲーム機でやらせてもらったことあるんだ」


 はにかみながらも、次のステージが始まりまつりの手は滑らかな動作で画面上の敵を射殺していく。

 虫も殺せそうにないような美少女がゲームとはいえ躊躇無く人間に銃弾を撃ち込む様は、手馴れているが故に一種異様な空間を形成していた。


「くっ、まつりさんがこんなに出来るなんて……! 負けませんわよ!」


 銃コンを片手撃ちする綾野も、初めてだというのに嫌に様になっていた。しかも彼女も上手い。もっとも、高志は知らないが綾野は前世の記憶というアドバンテージがあるからこその腕前なのだが。


「あ! 挟まれてしまいましたわ! まつりさん、助けて!」


「ごめん今リロード中で動けない」


「そんなー!?」


 だが個々は上手くても、連携だけはすぐに身につくわけでもないようである。

 まつりのリロード中に綾野が集中攻撃を受けてゲームオーバーになってしまった。リロードが終わった頃にはプレイヤーはまつり一人になっており、多勢に無勢でやられてしまった。


「負けちゃいましたわ。久しぶりだからか、随分と腕が鈍りました。これは特訓が必要ですわね」


「けど楽しかった。家でお父さんとやるのもいいけど、これはこれで面白いな」


 プレイの感想を言い合う二人の横で、高志は表示されたスコアを唖然としながら眺めていた。

 ぎりぎりだが、ランキングに入っている。


(二人とも、俺より上手くね?)


 操作方法を聞いただけでここまで出来るとは思わなかった高志は、密かに手取り足取り教える計画を一人で経てていた。目論見は早くも外れた。

 次に綾野が目をつけたのは、クレーンゲームだった。


「あれ、あれがやりたいですわ!」


 筐体を指差す綾野の目は好奇心できらきらと輝いている。


「おー、やってみるか。やり方分かるか?」


 高志に尋ねられた綾野は胸を張る。


「先ほど他人がしていたのを見ていましたから、大体理解しましたわ」


 素の言動が馬鹿っぽいので少々忘れがちだが、綾野は基本的に高スペックである。


「1プレイ百円だって。さっきと一緒だね」


 コイン投入口に書かれた文字を確認したまつりが財布を取り出す。どうやらまつりもやってみたいようだ。


「まずはわたくしからですわ!」


 百円を払い、綾野はクレーンを操作する。

 クレーンのアームが上手くぬいぐるみのタグに引っかかり、ぬいぐるみが商品出口に転がり落ちた。


「やりましたわ!」


 手に入れたぬいぐるみを抱え、綾野が狂喜乱舞する。


「結構簡単そうね」


 あっさりと取った綾野を見て、まつりも続いてクレーンゲームをプレイする。


「あっ」


 まつりが操作するクレーンはやる気がないようで、ぬいぐるみをアームで挟んでもすぐにぽろりとこぼしてしまう。


「……もう一回、もう一回だけ」


 コイン投入口に再び百円を投入する。

 今度はボタンを離すタイミングがずれ、クレーンのアームはぬいぐるみにかすりもしなかった。


「……今度こそ」


 三度百円を投下。

 二度あることは三度あるとばかりに失敗したまつりは、無言で百円玉をコイン投入口に叩きつけるように入れた。


「おい、そろそろ止めた方がいいんじゃないか。下手すりゃ所持金全部溶かしちまうぞ」


「完全にムキになってますわね。ああなると、まつりさんは中々止まりませんわよ」


 おろおろする高志とは対照的に、まつりを見守る綾野の目は生温い。

 結局まつりが目当てのぬいぐるみを手に入れたのは十五回目の挑戦の時だった。


「……た、たかがぬいぐるみに千五百円も使っちゃうなんて」


 手に入れた後で我に返ったまつりはぬいぐるみを胸に抱えながら項垂れている。欲しいものは手に入れたのだから目標は果たしたと言えるものの、何だか負けた気分だ。


「ま、まあ元気出せよ。ほら、あれで遊ばないか?」


 高志が指差したのはエアホッケーの台だった。


「面白そうですわ! まつりさん、やってみましょう!」


 さっそく食指が動いた綾野が台に飛びついた。


「これはどうやって遊びますの?」


 ラケットを手に取ったはいいがよく分からず首を傾げる綾野に、高志は丁寧に説明する。


「なるほど、互いのゴールにこのボールを入れればいいんですのね。まつりさん、準備は宜しくて?」


「はいはい。いつでもいいわよ」


 少しの時間で元の調子を取り戻したらしいまつりは、いつもと同じ澄ました顔で綾野の対面でラケットを構えている。

 ゲームが始まったとたん、綾野の目がぎらりと輝いた。

 綾野の高速サーブに、勝負事となると地味に負けず嫌いになるまつりが必死の形相で喰らいつく。

 二人とも一歩も引かず、高速のラリーが延々と続く。ゲームというより、もはやスポーツの域に達していた。


「あー、あんたらのこと、ちょっとだけ分かった気がする」


 すっかり蚊帳の外に置かれた高志は白熱する試合を観戦しながらぼやいた。

 正真正銘のお嬢様である綾野だが、運動神経は悪くない。動きがぎこちなかったのは最初だけで、打つたびにフォームが洗練され身体から堅さが抜けていき、高速で動くボールに確実に反応できるようになっている。

 対するまつりは綾野ほど運動が得意なわけではないが、努力家だ。才能がないならば、それ以上の努力で補おうとする。

 白熱する高速のラリーが続き、少女たちは持てる力をぶつけ合う。

 結局勝負はまつりのスタミナ切れで終わった。


「楽しかったですわね!」


「私は疲れたわ……」


 まつりに勝てたのが嬉しいのか、満面の笑みを浮かべ、綾野はまつりに抱きついた。抱きつかれたまつりは眉を顰めたが、特に振りほどこうとはせずになすがままだ。どうやら本当に疲れているらしい。


「もう昼過ぎだし、何か食いに行くか」


 高志の提案に、まつりと綾野は頷く。


「そうね。そうしましょう。運動したらお腹空いたわ」


「わたくしも構いませんわよ」


 まつりが父親に電話し、昼食を外で済ますことを伝えた。

 外に出た高志は、続いて出てきたまつりと綾野に尋ねる。


「何か食いたいものある? 希望があればそれにするけど」


 問いかけられたまつりと綾野は目を見合わせる。


「まつりさんは何が宜しいの?」


「私は別に何でもいいよ。綾野が食べたいものにしよう」


「いいの? では遠慮なく」


 綾野は高志に向き直った。


「わたくし、ラーメンを食べたいですわ!」


「え。いいのかそんなので」


 内心洒落たレストランなんかを予想していた高志は、綾野のチョイスに驚く。


「いいのよ。私たち、そういうのを食べた経験があまりないから」


 まつりも同意見であることを確認して、高志は頭をかいた。


「二人がそれでいいならいい。美味い店があるんだ。案内するよ」


 案内された店のラーメンは美味で、店の雰囲気も大衆的で良い店だった。


「美味しいですわぁ~」


 レンゲと割り箸で器用にラーメンを啜る綾野の顔は幸せそうに溶け崩れている。


「普段は食べられないから、余計に美味しく感じるわね」


 うんうんと頷いているまつりも満足そうだ。

 自分の好きな店を気に入ってもらえてよかったと、高志は胸を撫で下ろした。


「なあ、これからどうするんだ? どこかに行く予定はあるのか?」


 思い切って、高志は午後の予定を聞いてみることにした。

 視線を宙に向けて記憶を掘り返したまつりが最初に答える。


「夕方までは特に無いわね。家でのんびりするつもりだけど」


「わたくし、あのマンションでゲームがしたいですわ!」


 ラーメンから顔を上げた綾野が目を輝かせて主張する。

 というわけで、午後も場所を変えてゲームをすることになった。

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