使うべからず超能力
古い偉人の言葉を借りると、常識とは十八歳までに身に着けた偏見の積み重ねのことを指すらしい。とすると、果てしない年月を積み上げてきた国や社会の持つ常識が強固であることは疑いようもなく、ゆえにこの国には「見えない事件」が存在する。
例えばそう、人間の骨を余さず折り砕く猟奇殺人。
被害者を鈍器で滅多打ちにして殺すむごたらしい事件を追い続けた警察は、現場に居合わせた血まみれの男を「住居侵入罪」と「昏睡強盗罪」の容疑で逮捕した。
その裁判では殺害方法については不自然なほど審理されず、被害者の体内から摘出された「七百本以上の人骨」については、証拠として提出すらされなかったらしい。
あるいは、高層マンションの屋上で発見された溺死体。
遺体には絞殺跡も暴行の被害もなく、ただ単に大量の水で溺れたとしか言えない状況で、なのに現場には液体と呼べるものが一滴も存在しなかった。
後日警察は被害者の知人を「窃盗罪」で逮捕し、紆余曲折の末に犯人には執行猶予なしで懲役五年の刑罰が科された。何もかもがおかしいけれど、関係各位が最善を尽くした結果なのだろう。
つまり何が言いたいのかというと、「超能力など存在しない」と言いたいらしい。それが今の世間が主張する、むなしい常識。
これから私が綴るのは、そんな見えない事件のいくつかだ。
とはいえ、世界の終わりを食い止めるとか、凶悪無比の犯人を追い詰めるとか、そういう話でもない。
本当に小さくて、くだらない、でも大切な事件の話。
見えない事件を見ようとあがく、探偵の出来損ないの話。
私の話で、私の友達の話。ジエンドの話であり、ゲームの話でもあるのかも。
話の始まりは春。常盤凪という男は、私が大事に抱えようとしている苦悩と常識の代わりに、問題と非常識を携えて事件現場に現れた。
「猫?」
四月十日、転校初日。少し肌寒い春風の吹く朝の河原。すでに遅刻気味の私の両足から走る気力を奪ったのは、どこからか聞こえてくるみゃあみゃあと鳴く声。
珍しくもない野良猫。横目に確認して、「ああ猫だったな」と納得して終わろうとしたのに、横目で見ても首を回してもまったく姿が見えない。
「見えないけど、声はする」
音の発生源まで近づくと、やっぱり猫だ。「ああ猫だったな」の目的は達成したのだけど、それでも私の足はその場を離れてくれない。なぜって、明らかに何もない空間から声がしているから。
「偏光分散、存在希釈、それとも幻聴とか?」
「さわれば分かる」
「そうしよっかな」
言われるがまま手を伸ばし、ざらざらとした舌の感触。すり寄せられるふわふわした毛並み。「ほらやっぱり猫じゃないか」と当初の目標を超える成果も得られたところで、背後から声をかけてきた男の存在に気づく。
「……あの、これは」
超常現象には関わるな。私が胸に刻んだ鉄則その一。なけなしの愛想笑いでごまかそうと振り向いて、まず驚く。
「うわ」
末日高校指定のほとんど黒に近いブレザー、首元のバッジは緑だから私と同じ二年生。特徴に欠ける髪型に、深く沈んだ藍色の瞳。肩幅があり、腕も細くない。よく見ると左のこめかみに小さな古傷がある。当然、驚いたのはここではない。
私の常識を揺らしたのは、傍らに浮かぶ白い何か。直径三センチほどの球体が表面を波打たせている。
「浮いてるっ」
「驚きすぎだろ」
厳密には、謎の浮遊物体は驚きの理由には少し足りない。超能力は存在していないけどありふれている。真の問題は、はっきりと目撃されているにもかかわらず、目の前の男子が能力使用をやめようとしないことだ。牛乳らしき白丸が透明な猫に触れ、少しずつその体積を減らす、奇妙な光景。
「……ええと、見なかったことにするから」
災害から時間をかけて定着した現代のマナー。超能力は見ない見せない見抜かない。それに反すというのに、あまりに堂々としている。
私はもう嫌な思いをしたくないし、させたくない。だから好奇心に無理に蓋をしたというのに、言われた側はまるで何のことか合点がいってない表情で首をかしげ、そしてポンと手を叩く。
「ああ、野良猫に餌やるのってダメなんだっけ?」
「いや、そうだけど」
そもそも、消えている猫に驚いていないのも変だ。まさか猫を消したのもこの人なんだろうか。でも、浮かぶ餌を見る限りは典型的なサイコキネシスに見える。能力は多くて一人に一つのはず。共通項を成しうる異能核はあるだろうか。
「そっちは俺じゃないよ」
「え?」
まるで思考を読まれているかのように言葉を挟まれ、動転する。
「普通に声に出てた」
「あ。その、ごめんなさい」
右手で口元を塞ぐ。そんなことをしても意味はないのに。
転校早々、やってしまった。鉄則その二、他者の能力は詮索すべからず。これだけは破るまいと決めていたのに。自分の気質が恨めしい。「ごめんなさい」もう一度頭を下げると、少年はなぜか笑って掌を向ける。
「いいんだ。俺はそういうの気にしないほうだから」
何気なく、むしろ柔らかさをもって放られた一言。でもそれは、私の価値観を揺さぶるに十分なものだった。
この人が特別なのか、あるいはこの土地だからこそか、それともただの気遣いか。猫が魚を食べている。口の大きさからして子猫なのかな。食べたらあどけなく鳴きだした。人懐っこそうだ。気になる。もうちょっとさわりたい。
「見た感じ転校生だよな」少年の声が私を現実に引き戻す。
「う、うん」
「じゃ、続きはまたあとで」言うなり立ち上がって、早々に土手を上っていく。
消える猫、謎の少年、超能力。事件というにはあまりに小さな異変、けれども私の心に楔を打ち込む。
遠ざかる少年の遠景には傾いたアトラスタワーの姿。災害の象徴が私にもたらすのはかすかな動揺。
幸いにも私は十八歳になってない。つまりはまだ一年ちょっと偏見を積み上げる時間がある。でも、これは受け入れていい常識なのだろうか。置いていかれた私の手元に残るのは、いつもの通りむなしさだけだ。
本作は探偵小説です。謎解きとバトルと人間模様を主軸に、超能力と気持ちばかりの異界要素で色付けしています。全編執筆済みなので予想感想歓迎です。コツコツ投稿していきます。




