表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/18

プロローグ

 0時0分。人々は一斉に手を合わせた。

『鎮魂の日』。三百年前に起きた、壮絶な事故の弔いの日だ。

 男は一瞬だけ手を合わせてから、すぐに踵を返した。それを見た小柄な少女が尋ねる。

「ミツバ、もう行くの?」

「ああ。別に長く祈ろうが短く祈ろうが、何も変わらないだろ。俺は今の一瞬に全力の祈りを込めた!」

 人によっては薄情と思われる態度だったが、彼らの仲間内ではいつものことだった。

「ま、アイツのことだからな」

「今日もこの時間から機械いじりか」

「訓練の後なのに、よく体力保つよな。俺はもう寝るー」

 談笑しながら自宅へと向かう彼らを横目に、少女は天を仰ぐ。視界に広がるのは、建設用コンクリート製の無機質な天井だ。

「私は、このままずっと変わらなくて良いのにな」

 もう一度祈るように、彼女はそう呟いた。


   □ □ □


 オイルの強烈な匂いを嗅ぎ取り、眠気なんかは一瞬で晴れた。

 男は大きな声で挨拶してから、工房に入る。

「来たな、ミツバ」

 部屋の奥から出てきたのは、壮年の男。立派な顎髭がトレードマークで、体にはぶ厚い筋肉が付いている。

「長い歴史の中で、お前くらいなもんだ。戦闘員とエンジニアの両刀は」

「それは……スギさんだって。それに戦闘員としてもエンジニアとしても、俺はスギさんに遠く及ばないよ」

「オレは戦えなくなってからエンジニアに転向しただけだ。それにお前は若い。まだ無限の可能性があるじゃねえか」

 それを聞いた若い男の感情は、嬉しさ半分哀しさ半分といったところで。

 その気持ちを押し殺して、整備途中だった自分の装備に手を掛けようとした。

 瞬間、アサートが鳴る。

『敵襲! 敵襲!』

 焦りのあまり、音割れした放送が周囲に響き渡った。

「敵襲……なんで⁉︎ 『鎮魂の日』は戦わない不文律があったんじゃないのか!」

 男は目を見開き、眦が吊り上げる。ただ、怒りには染まるも、冷静さを失わなかった。すぐに調整済みの物を肩に掛けて駆け出した。

 長いエレベーターの待ち時間。少しずつ人が乗ってきて、同胞たちと顔を見合わせる。

「敵は?」

「……黒鷹(こくおう)らしい」

 尋ねたエンジニアの男は考え込む様子を見せた。後ろにいた男が、代わりに反応する。

「黒鷹……? なんで奴らがこんなところまで……ただでさえ怪我人だらけだっていうのに……。ここでやられたら……マジで……」

 冷静な男は、ぶるぶると震える男の肩にそっと手を置いた。

「大丈夫だ。俺らは俺らのできることをやるしかない」

 その言葉に、男たちの表情が引き締まる。

 長いエレベーターで上に昇った後、彼らが向かうは更衣室。慣れた手付きで、白と黒を基調にした服に着替えていく。

 防刃チョッキとヘッドギアを中に装備し、鉛の繊維が縫い込まれた防護服に全身を包む。グローブをはめ、最後にゴーグルを付ければ完璧だ。一寸の隙間も無く、完璧に体を覆い隠している。

 彼らの正装。いや、正装という表現が正しいのかは分からない。ただ確かなことは、それを着なければ遅かれ早かれ命を落とすということだけだ。

 そして、スキー板を履き、ストックを両手に持った。

 数回軽くジャンプをして、靴に足をフィットさせる。その後で、大きく息を吐いた。

 燕の形をしたエンブレムに手を当て、巨大なドアの前に待つ。

 ドアが開くと同時に、鈍いエンジンの駆動音が同時多発的に鳴った。そして、彼らは後方への慣性力を一瞬だけ耐えた後、弾丸のように疾駆した。

 目の前に広がるは、一面の銀世界。大粒の雪がしんしんと降り、視界を阻害する。

 彼らの背後にそびえ立つは、巨大なコンクリート造りの塔だった。地上に見える高さは百メートルほど。頂上には巨大な傘のような屋根が張られている。塔の側面にある無数の空気孔からは、常に白煙が吹き出していた。

 空には灰色の曇天。地は白銀の雪景色。モノクロの世界を彼らは高速で駆け抜ける。

 後ろを見ることはない。ただ前を向いて滑走する。颯爽と雪飛沫を上げながら、ターンをするたびにぐんと加速していった。激しい風圧を受けないように腰を落とし、風を切るように雪上を滑りゆく。

 その時、吹雪の中に黒い影が映った。数は三つ。対してこちらは八人。数的有利だ。

 ただの斥候。捕らえて、捕虜にするのが良い。

 彼らは一瞬で認識を共有し、その三人組に正面から立ち向かった。

 意を決し、彼らはストックの手元にあるボタンを押す。それと同時に、スキー板の下についているタイヤが更なる高速回転を始めた。

 これはただのスキーではない。れっきとした戦闘装備だ。

 加速した部隊は、それまでの大きなターンから細かいターンに切り替え、更に緩急を加えて敵部隊に襲い掛かる。

 先陣を切る男は両手のストックをくるっと回転させた。逆手持ちから順手持ちへ。手元にあるボタンを押したその時、ストックから鈍色の刃が姿を現した。

 スピードを落とすことなく、飛燕の如き二刀の斬撃。相手もそれに応え、唸るような鋭い金属音と共に火花が散った。

「(この動き、斥候じゃない!)」

 その直後、男の背後から味方二人のサポートが入る。それを見越したかのように、敵はするりと男の脇の横を通り抜けながら加速し、まず一人にカウンターを決めた。

 鈍い打撃音と共に崩れ落ちる味方に気を取られることなく、もう一人が斬撃を繰り出す。だが、それを敵は仰反りながらギリギリの間合いで回避すると、剣で巨大な雪飛沫を発生させた。

 最初に飛び込んだ男がターンをして体勢を立て直した時には、遅かった。もう一人の味方も地面に伏しており、完全な一対一に持ち込まれた。

 三対一の数的有利を一瞬で返され、男は動揺を隠し切れない。

 確かな実力差。それは一太刀交えた瞬間に理解した。

 だが、負ける訳にはいかない。

 彼らの背負うものは、塔に暮らす全ての人間の命だ。

 間合いを保ち、敵をよく観察する。炎を象った特徴的な剣の鍔が目に入った。

 通称、【紅蓮】。圧倒的な攻撃力で名の通った実力者だが、その実態は闇に隠れている。彼が実際に相対するのも初めてだった。

 敵はやけに細身だ。スピードと戦闘センスは優れているようだが、力勝負なら。

 偶然、風が吹雪いた。巻き上げられた粉雪に紛れるように、彼は姿勢を落とした。

 大きく前傾姿勢を取り、爆発的な加速で間合いを詰める。わずかに虚を突かれた敵は、躱さずに剣で攻撃を受けた。

 両者二刀での鍔迫り合い。炎を象った【紅蓮】の鍔と激しくぶつかり合った。けれどやはり、単純な力ではやや上回っている。

 いける。

 だがその時、敵の声が聞こえた。無線で仲間と連絡を取るためだったが、それが彼の耳に直接入ったのだ。

『問題ないわ。このまま、白燕(はくえん)の制圧に掛かる』

 その声は声変わりした男とは到底思えない、澄んだ声だった。

 まさか、女?

 その僅かな隙を、相手は見逃さなかった。

 剣を引かれ、力を入れていた男はバランスを崩す。そして、一瞬の加速によって、駆けるように男の腹部を斬り裂いた。

 腹部に激痛が走る。だが、流血はしない。強固に編み込まれた炭素繊維が、防刃の役目を果たした。

 痛みを堪えながら、もう一度距離を取り刀で牽制する。

 だが、敵は猶予を与えなかった。大きく前傾姿勢を取り、加速した。

 男は渾身の力を振り絞る。そしてカウンターを放つべく、横一文字に振り抜いた。

 瞬間、時が止まる。

 いや、止まったのは、敵の方だった。

 間合いの一寸先で急ブレーキをかけていた。肉体はその慣性力を抑え切れずに宙に浮く。だが、それすらも意図通りで。

 斜めに回転するように飛び上がり、男の頭上を超えていく。スキー板に乗っていた細雪が視界に舞った。完璧なボディバランスで姿勢を整え、相手は剣を振るう。

 男がその姿を再び捉えようとした直前、首筋に衝撃が走った。それと同時に、ぐらっと視界がぼやける。そこで、彼はようやく自分が斬られたことを自覚した。

 前のめりに倒れ込む。視界がぼやけ意識が朦朧とする中、何とか周囲に視線を向けた。映ったのは、味方の屍だけ。


 その日、白燕(はくえん)の塔は黒鷹(こくおう)の塔に完全敗北した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ