第99話 鬼ごっこ
「ぎゃあああああ! 速い速い速い!」
「怖い怖い怖い!」
少年たちはまだ雪の残る山道を全力で駆けていた。少し後ろからは猛烈な勢いで雪道を踏破してくる者がいる。追跡者だ。
「ふたりとも、みつけた……!」
追跡者はさらに走る速度を上げ、少年たちに追いつこうとする。追跡者はまだ踏み荒らされていない新雪のように繊細な髪の毛を膝裏の長さまで伸ばしている。その髪の毛は走るごとに大きく乱れぐしゃぐしゃになっていく。
そんなことはお構いなしに無表情に、無慈悲に少年たちを追いかける。十秒後のことだった。まず茶色のふわふわした髪の毛を持つ少年、涼の背中をポンと叩いた。間髪入れずに青みがかった長い髪の毛を頭の高い位置で結んでいる少年、楓の背中に蹴りを入れた。
「時羽! お前さっき言ったよな鬼ごっこだって」
「うん」
「お前俺のこと思っくそ蹴っただろ! さっき教えたこともう忘れたんか!」
——時は遡り十分前
「今日の遊びは鬼ごっこだ!」
「おにごっこ?」
少年二人と少女一人、つまり楓と涼、時羽が山の麓に集まっていた。どうやら今日の遊び兼鍛錬は鬼ごっこのようだ。
「捕まえる時は?」
「てで、あいてのせなかなどからだのいちぶをさわること」
「そう! それで捕まったやつが次の鬼になるから、前に鬼をやっていた人は逃走者になる。そしてこれを繰り返す。ここまでで質問は?」
「大丈夫」
「よし! まぁ実践してみりゃ決まり事なんぞわかるだろ」
——そして現在に戻る
「時羽、捕まえる時は?」
「せなかなどからだのいちぶをさわる」
「惜しい! 手で相手の背中など体の一部に触れる。お前がしたのは?」
「とびげり」
「一度目は許すけど二度目はないからな」
時羽は身体能力が同年代の子供よりも高いからか、突拍子もないことをすることもある。今回の鬼ごっこもそうだ。時羽は遊びの決まり事を中途半端に覚えた結果足が出て来てしまったのだろう。
遊びとは案外難しいものなのだなと、時羽はまた一つ賢くなった。
「じゃあ次も決まり事違反した時羽が鬼な」
「すぐにらくにしてあげる」
「殺し屋?」
「かぞえるね。じゅーう、きゅーう、はーち……」
秒読みが始まった。それに気づいた逃走者である二人は即座に逃げ出した。
景色がどんどん後ろに流れ、時羽との距離も離れていく。時羽が10数え終わった頃には、そこにいるのは時羽だけであった。
「探そう」
時羽はまず高い木の上に登った。そうして周りを見渡す。どうやら楓も涼もうまく隠れているようだ。人影は見当たらない。次に空気の匂いを嗅いだ。これで誰がどの辺にいるか大体の位置を特定できる。
「あっちか」
方向が決まれば後は追いかけるだけだ。時羽は木の枝の上を走って跳んで、まず見つけた楓を捕まえることにした。
しばらくすると楓の背中が見えて来た。時羽はまだ雪の乗った枝から思い切り楓の背中目掛けて大きく跳んだ。
しかし時羽があまりにも静かに動くものだから、飛び掛かられそうな楓はまだ気づいていない。
後ろから跳んできた時羽が自分のすぐ近くに来たところで楓は悟った。これは無傷では済まないだろうと。
楓は時羽の下敷きとなった。時羽はそんな状況にも関わらず、楓の背中のあたりに手を置いて
「つーかまーえた」
と無表情のまま言っている。
「うん。人の心ってもんは後々覚えていこうな。次の鬼は俺か。ほれ、数えているうちに逃げな。あ、結界の外にはでるなよー」
「うーん」
自分は逃げる側だ。時羽はまた木に登って空気の匂いを嗅いだ。どうやら涼がいる方向に行けば楓から離れられるようだ。
やることは決まっている。走って、追いかけ回して、そして捕まえて、また走って逃げる。時羽は涼がいるであろう方向に駆け出した。
(かえでがおにだっていわなきゃな)




