6:おまけ
七歳の時、野犬に襲われそうになっていたところを助けてもらったあの時から。
セリクはずっと、ララムを一途に想ってきた。
明るくて元気なところが好き。強くてかっこいいところが好き。セリクのことをよく褒めてくれるところも好きだし、なにより笑顔が可愛いところがすごく好き。
けれど、ララムは信じられないくらい鈍感だった。セリクがどんなにアピールしても、全く響かない。
挙げ句の果てに、こうだ。
「セリクはお姉ちゃんのことが好きなんだよね! 私、応援するよ!」
なんでだよ。どこでそんな勘違い拾って来たんだよ。
まあ、そんなうっかりなところも、可愛いんだけどさ。
そんな風に少し切ない思いをしながらも、ひたすらララムだけを想って生きてきた。
恥ずかしくて、直接「好き」とは言えなかったけれど。
その分、行動でしっかり示そうと思って、いつも頑張っていた。
そうしていれば、いつかは想いが届くと信じていた。
けれど、セリクの想いは全く届く気配がないまま、どんどん時だけが過ぎていく。
気付けば、ララムは強くて綺麗で、可愛らしい魅力的な女性へと成長していた。
このままでは、いつ他の男に奪われるか分からない。
セリクはとうとう決意した。ララムに告白するのだと。
これまでの仲の良い幼なじみという関係が壊れてしまう可能性は高い。
話すらできなくなるかも、と思うと、足が震えてしまうくらい恐かった。
でも、一度くらいララムに男として見てもらいたかった。
セリクのことを、ちゃんと意識してもらいたかった。
泊りがけの実地訓練の日。
言い方をしくじったせいでララムとケンカをしてしまうというとんでもないミスをしたけれど、なんとか告白することができた。
「ララム。僕はララムのことが好きだよ」
ヘタレなセリクにしては、上出来だったと思う。
だって、その日から、ララムはセリクのことを意識してくれるようになったのだから――。
告白から、一ヶ月という時が流れた。
最近のララムはというと、セリクの姿を見るたび、ほんのりと頬を染めるようになっている。
目が合うとオリーヴグリーンの瞳が潤むし、声をかけるとぴょんと跳びあがる。
なんというか、反応が素直すぎて面白い。
ララムに意識してもらえているのがたまらなく嬉しくて、セリクは学校が休みの日もララムに会いに行くようになった。
今日も、朝からララムの家を訪れる。
「ララム、おはよう! ……あれ、今日は休日なのに、髪を編み込んでるんだね。すごく可愛い。似合ってるよ」
「こ、これは、お姉ちゃんがやってくれただけで。その、寝癖がひどかったから! 別に、セリクのためってわけじゃなくて……」
言い訳をするように口を尖らせて、ララムが言う。その頬は真っ赤に熟れていた。そんなララムが可愛くて、セリクの顔が思わず緩む。
「あ、これ今日の花。ミレディさんにじゃなくて、ララムにあげる花だからね」
「分かってるってば! ……ありがとう」
普段は雑なくせに、セリクが渡す花だけはとても丁寧に扱ってくれるララム。
慣れない様子で一生懸命花を飾る背中に、セリクの胸は熱くなる。
そろそろ、告白の返事が欲しいな――。
「ねえ、ララム。ララムって、どんな男が好きなの?」
セリクはララムの背中に問い掛ける。ララムが驚いたような顔をして振り返った。
「それを聞いてどうするの?」
「それはもちろん、ララムの理想に近づく努力をするよ。僕、ララムに好きになってもらうの、諦めてないからね。……やっぱり強い人が良いの? 性格とかはどんなのが好み?」
質問を重ねると、ララムは拗ねたようにそっぽを向いてしまう。
ああ、これは照れてるな。照れすぎて答えてくれないパターンかも。
セリクはそう思った。けれど、ララムは真っ赤になりながらも、ちゃんと答えてくれる。
「強くなくても良い。私が好きなのは、手先が器用で性格が穏やかな人。ふわふわの金髪で、紫水晶みたいに綺麗な瞳を持ってる。傷の手当ても丁寧で上手、料理だってお手のもの。たとえへっぴり腰になっても、私のことを魔物から守ろうとしてくれる……そういう人だよ」
「や、やけに具体的だね? え、ちょっと待って! 今メモするから!」
セリクはあわあわしながら、何か書くものはと探した。
けれど、今日は鞄を持ってきていない。しかも、ここはララムの部屋なので、勝手に机を漁るわけにもいかない。
「あ、一度家に帰って、メモ取ってくるよ!」
ぽんと手を打って踵を返そうとすると、それより早くララムが突撃してきた。
「この馬鹿ー!」
「ええっ?」
「そんな人、セリク以外にいないでしょー! 私が好きなのはセリクだよー!」
「えええっ?」
ララムに好きと言われて、セリクの心臓が跳ねた。そんなセリクの肩を、ララムはぽかぽかと叩いてくる。
彼女が本気で叩いたら、こんなものではないだろうに。やけに可愛い攻撃に口元が緩んだ。
「あの、本当にララムが好きなのは僕なの? じゃあ、僕と付き合ってくれる? 僕の恋人になってくれる?」
畳みかけるように言うと、ララムは真っ赤に熟れた頬をして、こくりと頷いた。
うわ、すごく可愛い!
セリクは無意識にララムを抱き寄せてしまう。
そして、その勢いのまま、唇を重ねた。
初めて感じた大好きな女の子の唇は、想像以上のものだった。
すごく柔らかくて気持ち良いし、おまけに蕩けるような甘い香りもする。
ずっと、このままこうしていたい――……。
と思ったけれど、ララムがすぐに暴れだし、あっさりと唇は離れてしまった。
「ちょっと、セリク! なな、なにするの!」
「あ、ごめん。ララムが可愛すぎて我慢できなかった」
ララムはへなへなとその場に座り込むと、涙目でセリクを見上げてくる。
「セリクってヘタレのくせに、手だけは早いよね。もう、唇へのキスとか初めてだったのに……よく分からなかったじゃん……」
「え、じゃあ、もう一回する?」
「ばっ、馬鹿ー!」
これ以上ないほど真っ赤になって、ララムはぷいっとそっぽを向いた。
編み込んでいる赤い髪が、さらりと揺れる。
十年間、全く相手にされなくて、随分長く切ない片恋をし続けてきたけれど。
やっと、この想いは実を結んだらしい。
幼い頃から大好きだった幼なじみは、今日から最愛の恋人だ。
嬉しくて嬉しくて頬が緩みっぱなしのセリクに、ララムが小さな声で呼び掛けてくる。
「……ね、セリク」
「ん? なに?」
「告白の返事、一ヶ月も待たせてごめんね。本当は私も、ずっと前からセリクのこと好きだったよ。今までも、これからも、私はセリクのことだけが大好きだから」
ララムはそう言って、甘えるようにセリクに抱き着いてきた。
――ああ、本当に可愛い。こんなに可愛い子を恋人にできたなんて奇跡だな。
まだまだヘタレなセリクだけど、この可愛い恋人だけはしっかり守れるようになろうと心に決める。
幼い頃とは違い、いつの間にか自分の腕の中にすっぽりおさまるようになったララム。
セリクはそんなララムを、大切な宝物のようにぎゅっと抱き締めた。
このお話は、これで完結です♪
読んでくださったみなさま、本当にありがとうございました!
ブックマークとかお星さま、感想など、すごく嬉しかったです♪