【16】ステータス確認とログアウト
緑鬼兵士が棍棒を振り上げると、≪先見の明≫の効果によりこちらの左脇腹へと吸い込まれる一筋の線が浮かびあがった。
視界の右上に表示された数字が細かく動く。
「シールドガード」
こちらのスキル詠唱に応じて、20%と表示された数字が5%に変動する。
「マリーさん、奥から狙われてます!」
何度か接近戦を経験している内こそ便利だなと思っていた≪先見の明≫ではあるのだが、実は反応しない攻撃があった。
「っ……ぅぅ」
咄嗟に小楯を上方向へと弾きあげ、敵との距離を取ろうとするが間に合わず、潜んでいた緑鬼狩人の弓矢が右肩へと打ち込まれる。
痛みと共にチリリと音が鳴り、LPの一割強が減少した。
「グルゥァァッ」
主の危機を感じ取ってか、割り込むように琥珀が突っ込んできた。
緑鬼兵士へと横殴りに体当たりを決めて、強引に地に伏せさせる。相棒が敵の喉元に食らいついたのを確認して、マリーは狩人との距離を詰めた。
「ちょっと痛かったんだからね!」
≪先見の明≫はあくまで攻撃予測を視認化したものであり、こちらが認識していない攻撃には反応しなかった。
視覚外からの遠距離狙撃はもちろんのこと、この感じだと隠蔽などの身を隠すスキルも対象外かもしれない。
薄暗い洞窟の中だと敵が自然と闇に溶け込んでいて、どうしても発見するのが遅れてしまう。
それでも、攻撃の軌道が先読みできるという点に関しては文句の付けようがなかった。
胸元へと狙いを付けた短刀に対して、その軌跡の先へと小楯を合わせて構える。
≪先見の明≫はこの連戦でlv5となった小楯術で覚えた新武技――、シールドパリィと物凄く相性がいい。
「ここっ……!」
この武技は小楯を使って敵の攻撃を弾いてくれる。
ダメージこそ発生しないが、敵の攻撃動作を中断させて隙を作ることに特化していた。
パリィからスマイトへ繋げ、スタン状態の相手に殴打を打ち込み、残った一割のHPへと戦棍を突き立てて削りきる。
「これであらかた片付いたかな」
最も、覚えたアビリティの全てが噛み合っているわけではなかった。
受け止めることと弾くという動作がシステム的に相反しているのか、シールドガードからパリィに繋ぐことは出来ない。
パリィに失敗すればダメージカットが働いていないため、大きなダメージを受けてしまう。
「出来れば便利なのに」
≪先見の明≫やシールドパリィの使い心地を確かめ、マリーは戦棍の握りを緩めた。
光が霧散するのを見送って、片腕をあげてぶんぶんと振る。
「ルチアちゃん、助かったよー!」
当の本人は飛来する岩蝙蝠へと水の刃を当てて、着実にHPを削っている最中だった。
弱点属性なだけあって一撃で七割程削っており、アロマや雅の追撃をもって確実に撃ち落としている。
「ルチアは狙うタイミングといい、筋がいいな」
「えへへ、そうですか?」
「おう、魔法もただ適当に打てばいいってわけじゃないからな……っと」
採掘の終わった雅は後半から約束通りに参戦し、マスケット銃による一撃で敵を屠っていた。
弓と違った銃の最たる特徴の一つは、確か命中補正を犠牲にした一発の威力の高さのはずだが、それを苦にしている様子はない。
「私達も負けてられないね」
片や小さな身体で敵を翻弄する赤毛猫。
片や正確無比な一撃で支援する海賊男。
「グルゥゥゥゥ」
数が多いと言われるだけあって、洞窟の奥からは次々の緑鬼の群れが殺到する。
先輩達の戦いぶりをしっかりと目に収め、マリーは琥珀と共に新たなる襲撃者を待ち構えた。
結局、無事王都の北門へと帰還したのは、木漏れ日の火蜥蜴亭を出発してから二時間後のことだった。
「おかげで今日は助かった」
「いえいえ。こちらこそ防具まで頂いちゃって」
「雅さん。わたしこれ気に入りました!」
ルチアは受け取った羽根つき帽子をさっそく装備していた。
目深となった大きなひさしを持ち上げると、アクセントとして飾り付けられた青羽がつられて動く。
「ふふっ。あと、私はおまけに薬草採取まで」
「そこは持ちつ持たれつだ。帰るついでだし、気にしなくていいぞ」
それに加えてあらかたの敵を片付け、安全地帯となった帰り道で幾つかの薬草類を採取出来た。
不足していた月癒草も手に入ったので、これで幾つかの回復薬も自作することが可能となる。
「また何かあったら、その時はよろしくな」
パーティ解除を知らせるシステム音が鳴り、「じゃあな」と言い残して雅はログアウトした。
「マリーさん。私も今日はこれで」
「明日は映画かあ、あれ評判いいよね」
「はい。もしかしたら夜ログインするかもしれませんけど」
道中の帰り道で、明日の予定については軽く話し合っていた。
何でも友人と映画を観に行くようで、昼間はログイン出来ないらしい。
「私も観に行こうかと思ってたから、今度感想聞かせて欲しいな」
「ネタバレしない感想って難しいですよ」
ぺこりとお辞儀してログアウトするルチアをと見送り、マリーはその場にしゃがんだ。
「琥珀も今日はありがとね」
ざらざらとした体毛を掻き分けるようにして、今日一日付き添ってくれた相棒の喉元を軽く撫でていく。
薬品店を出てからというもの、毒蜂に緑鬼と戦闘三昧だった。
満足感と精神的疲労が程良く全身を包んでいるのを感じて、自然と吐息が零れ出す。
「琥珀は本当に頼りになるね」
くすぐったそうに目を細めていた琥珀が、ゴロゴロと喉を鳴らす。
一通りのスキンシップを終えて満足し、自身もメニュー画面を開いてログアウトボタンを押そうとして、
「一応見ておこうかな。あと装備の変更もして……」
メニュー画面を呼び出して、今日一日で上がった各種スキルレベルを確認することにした。
名前 マリー
Lv 10
装備:【右】初心者の戦棍
【左】初心者の小楯
【頭】なし
【胴】初心者の革鎧 → 銅の胸当て
【飾】( )( )( )
【他】召喚士の腕飾り
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
スキル:【召喚術lv4】【戦棍術lv5】【小楯術lv7】【聖魔法lv5】
【状態異常耐性lv1】【採取lv3】【先見の明lv-】
控え【調薬lv3】【 】
残りスキルポイント13
【戦棍術lv5】殴打/ガードゲイン/パワーゲイン
【小楯術lv6】シールドガード/シールドスマイト/シールドパリィ
【聖魔法lv5】ヒール/キュア/ホーリーライト
スキルレベルが上がったことで新たに覚えた武技・魔法はシールドパリィをはじめとして四つ。
パワーゲインは味方全体の与ダメージを増加させるもので、使い勝手はガードゲインと大差なさそうだったが、中でも注目したいのは聖魔法のホーリーライトだ。
初級攻撃魔法。単対象の相手に向けて聖属性の光弾を放つ。
シンプルに表示されたこの魔法は新たな攻撃手段の確立と、余りがちだったMPの新たな消費先となる。
最も、その分MP管理には気を使わなくてはいけなくなるが、限られたリソースの分配を意識するのは嫌いではない。
「やる気が沸いてくるって感じ」
キュアに関しては眠り・麻痺・混乱・盲目・気絶が対象となった状態異常回復魔法のようだが、現状思い浮かべる限りではいまいち使い所がなかった。
昼間に戦った毒蜂はスタン攻撃であるため効果がないし、毒と呪いは対象外と注意書きまでされている。
役に立つのはレベルと装備を整えて、行動範囲が広がった時になりそうだ。
最後に雅から渡された銅の胸当てを装備する。
小豆色と枯茶で統一されたシックな感じの上衣と胸当て。
なめらかな曲線で胸部から腹部にかけてフィットするそれは、革鎧よりも重量感があり非常に頼もしく感じた。
「そのうち琥珀の装備も考えないとね」
じっとこちらを見上げる琥珀が、間延びした声を上げた。
頬を掻く前脚が上下に動き、その場にぺたんと座り込む。
「今日も一日お疲れ様。また明日も頑張ろう」
マリーは眠そうな表情を浮かべる相棒の頭をそっと撫でて、別れを告げた。
別れ際に「明日一番に屋台の肉料理を買ってあげる」と呟くと、白黒の尻尾をピンと伸ばして反応した。