【13】毒蜂とスキル熟練度
冒険者ギルドで受けたクエストは『キッカ林道に生息するボイズンワスプ二十匹討伐』というもの。
俗に言う討伐依頼と呼ばれるものだ。
報酬額は2000G。二人で等分しても1000Gに加えて素材+αの金額を得ることが出来る。
同じキッカ林道を焦点に当てたフォレストウルフ十匹討伐が1500G、クロウラー五匹討伐が1300Gであることを考えると、この依頼の報酬額は魅力的だ。
得てしてこういったものには何かしら事情があるべきなのだが、金策をどうにかしたいのもまた事実。
新たなフィールドを選ぶリスクと比べれば見知った場所である分、幾分か安心できる部分があるのも後押しとしては強い。
詳しい内容をギルド職員に聞き出してみると、必要討伐数こそ多いがボイズンワスプ自体の強さはそれ程でもないというもの。
『おすすめですよ』
冒険者であればコンビでも、慣れた者ならソロでも討伐可能なモンスターだと営業スマイルで説明される。
基本的にはギルド掲示板の依頼は早い者勝ちであり、受注した一パーティの成否報告が完了するか、記載された期限を過ぎるまで同一クエストを受けることは出来ない仕様となっているらしかった。
確かあの時、冒険者ギルドに着いたのは昼の一時過ぎだったはず。
お昼時であるにも関わらずギルド内は盛況としており、複数ある対応窓口が無人で途切れることはない。
その上やる気のあるプレイヤーやNPC冒険者は朝早くから訪れ、効率のいいクエストを我先にと求めていくため、
『あなた達は運がいいですね』
なんて言われてしまえば、じゃあ受けようかという流れになるのは仕方がなかった。
『おすすめなら、まあ』
では何故そんな報酬のクエストが残っているのかという話ではあるのだが……。
結論から言うと、見た目が全てだった。
ポイズンワスプの形状はジガバチに近い。
歪曲した複眼を持ち、黒字の頭部と胸部にすらりとした赤色の腹部を蜂型モンスターだった。
全長約四十センチ、人の頭よりも大きな蜂がブウゥゥン、と音を立てて懲りずに襲い掛かってくる。
高々と舞い上がり、戦棍の届かない遥か上空で一度ホバリングし、加速度的に急降下。
腹を突き出し、巨大な毒針がきらりと光る。
シールドガードを発動させながらぎりぎりまで引き寄せ、小楯を前に半身を捻じる。
「2、1……今!」
実に九度目の戦闘。それだけのボイズンワスプと戦えば、自然と対処法もわかってくる。
タイミングを測り、同時に左方へと小さく駆けてすれ違う。
。
羽音特有の不協和音が耳元で鳴り、背筋が疼く。
何度戦ってもこの瞬間だけは思わず「うひぁ!」と叫びそうになるが、奥歯を噛みしめてここは我慢。
毒針と小楯が交差して摩擦音が鳴ると、マリーはそのまま勢いを殺さずに身を翻して反転した。
刺突が空振りに終わり、毒蜂の態勢が崩れて弧の字に沈んでいる。
目配せすると待ってましたとばかりに琥珀が駆け、再び上昇しようとするボイズンワスプの胸部に狙いを定めて前脚が振り下ろされた。
ギイイッと金切りの悲鳴を上げ、巨大な蜂が腐葉土の上に叩き付けられる。
そこへすかさずアロマの草木の足枷で拘束。
草木の足枷は地面と接していなければ発動できないようで、飛行型モンスター相手には使い所が難しい。
十秒という効果時間を活かすため流れるように腹部へスマッシュを叩き込むと、心地よいヒットサウンドを伴ってクリティカル判定が頭上に浮かぶ。
心の中でガッツボーズを決めて、頬がほころんでしまう感覚。
この瞬間は病みつきになりそうだった。
フォレストウルフ戦では緊張から気づかなかったが、どうやら敵モンスターには攻撃前の予備動作が設定されているようだ。
同時に各モンスター毎に弱点も設定されているらしく、その部位を正確に攻撃出来れば大ダメージに期待が持てる。
落ち着いて、まずは観察すること。
一連の攻撃でボイズンワスプのHPは七割程削れている。
「油断しないでくださいよー!」
後ろから投げかけられるルチアの言葉に気を締め直し、逆袈裟にもう一振り。
拘束から解かれた蜂が、追撃を躱して高く舞い上がる。
急旋回し、今度は上空に留まっていた。
毒針の先端を淡い黄色のライトエフェクトで包み、腹部が弓なりに後方へと引かれる。
――ボイズンショットがくる!
「琥珀!」
こちらの意図を読み取ってくれた相棒が高らかに吠える。
鋼虎の咆哮がボイズンワスプに命中し、黄色いライトエフェクトが弱々しく消えた。付属された状態異常アイコンはAM――、つまりこれで敵は二十秒間MPの使用が出来なくなる。
痺れを切らして再降下するボイズンワスプにルチアの水の刃が直撃し、次いでアロマのエアロブラストが炸裂する。
薄暗い樹林の中。横殴りに立木へと叩きつけられ、飛ぶことの出来なくなった毒蜂がずるりと態勢を崩す。
これで十匹目。ようやく折り返し地点だ。
「ヒール」
マリーは戦棍を肩へと担ぎ、連戦で削られたHPを回復させる。
その後、張り詰めた空気を溶かすように息を漏らした。
「ナイスヒット! 二人とも!」
駆け寄ってきたルチアとアロマに「今回もばっちしだったよ」と声を掛け、空いた左手をアロマの頭へと伸ばす。
ふいっ。
器用に跳ね、距離を取られて見事に空振り。アロマはルチアのローブ裏へと半身を隠すように身を潜ませた。
「キンタに続いてアロマまで……ひどいよルチアちゃん」
「わたしに言われても」
ルチアが困ったような、照れた笑みを浮かべる。
「それにしても最初はニ十匹もなんて、どうなるかと思いましたけど、なんとかなるものですね」
「攻撃動作が単純だからかな? でもあの音は嫌、見た目も嫌、ほんと嫌っ!」
『おすすめですよ』と笑顔で応対するギルド職員の顔を思い出し、マリーの眉が吊り上がる。
報酬額の割りにあの時間まで残っていたのは単にボイズンワスプの討伐が不人気クエストであり、初利用で駆け出しなのを良いことにまんまと在庫不良品を押し付けられたわけだ。
リアルさながらの巨大蜂がキチキチと音を立てて襲い掛かってくる様子は、心理的抵抗感が強く出て今でも心臓がばくばくと脈打っている。
「空飛んでるし、大きいし、ブウゥゥンって煩いし」
それがあと十匹も残っていると考えるだけで、次も頑張るぞと気持ちが前のめりになるはずもない。
好き好んでこのクエストを受けるのは余程の無頓着か、胆力がある者だけだろう。
後悔しても既に遅く、後は出来るだけ意識せずに消化するのみだ。
マリーは癒しを求めて琥珀の胴部へと手を回し、その体毛をわちゃくちゃと撫でまわす。
どこかで気分を一新させないとやってられなかった。
「琥珀だけだよ。私を構ってくれるのは」
「ふふっ」
ルチアから微かな吐息が零れるが、マリーは頬を膨らませて彼女を見返し、「はぅ」と息をついた。
ボイズンワスプがリポップするには五分程の時間を要するため、暫し余裕がある。
抱き着くのを一旦止め、琥珀に背を預けてその場に座り込む。
樹冠から零れる陽射しを眺めていると、マリーはおもむろにステータス画面を開いた。
装備欄からスキル構成へと手を滑らせ、詳細情報をタップして一覧を表示させる。
名前 マリー
Lv 5
装備:
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
スキル:【召喚術lv2】【戦棍術lv3】【小楯術lv4】【聖魔法lv2】【状態異常耐性lv1】【採取lv2】【調薬lv3】
控え【 】【 】
残りスキルポイント13
十度の戦闘を終えて、気が付けばレベルも5まで上がり、スキルレベルも同様に上昇していた。
原則的にスキルは使用するほど熟練度が上昇してスキルレベルが上がるはず。
スキルレベルの上昇率にばらつきがあるのはそのためなのだが、見れば状態異常耐性だけはLv1のままとなっている。
耐性系スキルは他のスキルと違って、攻撃を受けないと熟練度が上昇しないらしい。
状態異常耐性はつまるところ、一度状態異常に掛からないといけない。
熟練度を見ると三割程メーターが溜まっているが、これは初戦と二戦目にボイズンショットを受けたためにあがったものだ。
被弾すると五秒間の麻痺毒を喰らい、スタン状態となるため防御も回避行動も取れなくなる。
lv1では10%の確率でしか無効にしてくれず、気休め程度の効果でしかない。
耐性系スキルが大器晩成型に設定されているなら、それこそ地道に上げていくしかないだろう。
今回はあくまで金策。
熟練度稼ぎのためにわざわざ被弾するのもおかしな話なので、割り切るしかなさそうだ。
「んー」
その一方で調薬スキルは使う時が完全に決められている。
基本は街中での使用であり、少なくとも戦闘中に関しては死にスキルと言っても良かった。
控えに移すならここなんだけどなあ、とマリーは習得可能なスキル一覧に手を伸ばす。
現状の戦闘スタイルに不満があるわけではないが、やはり動かすのが自身の肉体であるため取れる行動の選択肢は少ない。
となると、身体能力や感覚系を強化する部分を探してしまうのは自然の流れとも言えた。
攻撃手段を増やすという選択肢もあったが、大前提として殴れる回復職というものがあるので、中途半端にするくらいなら立ち回りや動きに幅が出来る方が良さそうだ。
数多のスキルの中から幾つか候補を絞っていると、琥珀がぴくりと反応する。
「後半戦だね」
「マリーさんに負けないくらい頑張ります!」
「人間、目的があるとやる気が湧き上がるものなんだね。頼もしいよ」
「わたしはアロマと一緒に後方で魔法を飛ばしてるだけですから、気が楽なんです」
「……他人事だと思って」
前方に光の粒子が集まり、新たなボイズンワスプが出現しようとしている。
追加で取るスキルに関してはとりあえず後回しにして、残り十匹、まずは片付けよう。
王都へ帰ったらあのギルド職員にたくさん文句を言ってやるんだと意気込み、マリーは戦棍と小楯を構えて立ち上がった。




