【12】王都観光
アンデルと共に作業部屋から売り場へと足を運ぶと、二つの人影が視界に映る。
一つはとんがりハットにローブを羽織った小柄なプレイヤー。
それに加えて傍らに小さな召喚獣。
プレイヤーは誰もいない空間にかすかなおびえを浮かべて商品棚を見上げ、緑髪の召喚獣が物珍し気に周囲をきょろきょろとしている。
あっ、気が付いた。
マリーが優しく手を振ると、アロマが主のローブの裾を引っ張った。
くいくいっと相棒の可愛げある動作に首をすくめて反応し、おそるおそると言った様子で振り向かれ、
「あっ、マリーさん!」
「ルチアちゃん。昨日ぶり」
「はいっ」
とんがりハットを抑えて、「店主さんもこんにちは」とルチアが頭を下げる。
「いらっしゃい。小さな来訪者のお客人……彼女がご友人ですか?」
アンデルの言葉にマリーが相槌で短く返す。
次いで、いつまでも店主と並んでカウンター奥にいるのもどうかと思い、マリーはそそくさと歩を進めて出入り口側へと歩み寄った。
「ごめんねルチアちゃん……待ったでしょ?」
「露店と中央市場を見てたら時間なんてすぐ経ってしまって」
「それに」とルチアがアロマと顔を見合わせ、えへへ、と笑う。
自分の知らないところで何かいいことでもあったのだろうか。
ルチアの背中越しにアロマを見ても、相変わらずと言うべきか表情からは読み取れそうにもない。
マリーは伺いたくなる気持ちをぐっと抑えて、とりあえず店を出ることにした。
「ではアンデルさん、また」
「はい。お待ちしてますよ」
二人してブノワ薬品店を出ると、入り口から少し離れた道端で琥珀が背中をつの字に曲げてぐーっと伸びをする。
「琥珀もお待たせ」
「グルゥゥ……」
「さて、どこから行こっか」
同じくマリーも両手を組み天へと掲げて、んーっと背を伸ばす。
陽の光はすっかり直上から照らし出され、街中はより一層の喧々囂々といった雰囲気に包まれている。
マリーはにっと白い歯を見せてルチアへと視線を落とし、当初の予定である王都観光の名所の幾つかを思い浮かべた。
何せ今日はこんなにも天気がいいのだから。
東区にある天井一面が巨大なステンドグラスで覆われた大聖堂は見ごたえがありそうだし、北区にある森林公園で森林浴なんてのもいい。
他にも何点かあるが、絵を描くのが好きといっていたルチアのことだ。大聖堂や美術館など芸術肌の刺激される場所が好みなのかな、なんて予想を立ててマリーは返答を待っていた。
「……あの……」
小さく沈んだ少女の声。
「冒険者ギルドに行ってみませんか?」
しかし、ルチアから漏れたものはその何れとも違う、意外な言葉だった。
「ギルド?」
「はい。お金を稼ぐならそこが一番いいって教えて頂いたので」
マリーは目を丸くする。なんでまた、とは聞かなかった。
「どうかしました? マリーさん?」
「ん? ううん、なんでもないよ」
上目遣いに身を乗り出し、ルチアの大きな瞳がこちらを窺っている。
「実はですね」
目を細め、ルチアは今日ログインした後の出来事を楽しそうに語りだした。
「これですこれ!」とルチアからメールが転送され、添付された画像データを見ると一丈の杖が映し出されている。
杖の先端はC型に歪曲し、中央に青色の魔石が浮かんでいた。
比較対象として映っている初心者の杖に比べると随分と長さがあるので、一メートルくらいだろうか。
話してみればなんてことはない。ルチアのただの一目ぼれだ。
ああ、なるほど。先ほどのブノワ薬品店でのやり取りはこういうことだったわけだ。
マリーはようやく、ルチアが何を言いたいのかを理解した。
「いくら?」
「3800Gです」
自分とルチアの所持金に大した差はない。となると、素材を何も売り払っていない状態なら現在の所持金は1700G程ということになる。
「いろいろ見ていて思いましたけど、どの商品も高いですよね。お金が必要って言ってたマリーさんの言葉が分かった気がします」
「高いものはそりゃあ、高いんだけどねー」
何も商品が高いのはグリムニールの物価が高いわけではない。
現実とゲーム内時間の流れが違うのだから、初回生産版をやり込んでいる人ほど熟練度は上がり、良い素材が集まり質の良いモノが出来上がる。
初めて一日と経っていない自分たちが資金繰りに苦労しているのは確かだが、先行組と同じ土俵に立つ必要はないのだ。
だからこそゆっくり、マイペースにやろうとマリーは思っていた。
――でも、せっかくのやる気を摘んじゃうのもあれだよね。
『モンスターを退治するのも何かしっくりこなくて』
額面通りにこの言葉を受け取って、ってきりルチアはRPG的要素に興味がないのだと思い込んでいた。
「だめですか?」
「駄目じゃないよ」
ゲームを好きになる一端が一つの武器からだとしても、もちろんいいに決まっている。
前衛寄りの自分と比べれば、後衛職が型に嵌ったルチアは召喚獣を失うリスクも少ない。
最も、マリー自身が前線を崩さなければという前提ではあるのだが……まあ、身の丈にあったクエストであればそこまで心配する必要もないだろう。
ルチアが興味を示したことを無駄にしたくないから、マリーの中で今日の目的は決まった。
しかしそれらを踏まえた上でも、彼女の口からギルドに行こうという言葉は少し意外だった。
なんだか虚を突かれたような感じがして、マリーは「でもね」と言葉を続ける。これはちょっとした悪戯心によるものだ。
「どこ見て回ろうとか昨日の夜いっぱい考えたんだよ。全部無駄になっちゃった」
わざといたずらっぽい笑みを浮かべ、仕返しとばかりにルチアに微笑み返す。
頭の中に描いていた観光名所の一つ一つを口に出して指を折り、こんな場所があるんだよと説明する。
どんな反応をするのかなと窺っていると、ルチアはマリーの顔をじっと見つめ、くすりと笑った。
「マリーさんは勘違いしています」
小走りで駆け出し、距離を取るとマリーの前でくるりと回って見せた。
銀糸を梳いたような髪が僅かに揺れ、ローブの裾がふわりと風をはらむ。
「わたしの知らない場所、知らない世界。この街並みを歩く今だって、素敵な観光ですよ」
その言葉に今度こそ完全に虚を突かれてしまい、マリーの表情が一瞬真顔に戻る。
やがてふつふつとこみ上げてくる感情に耐えきれなくなり、胸を押さえて口を開いた。
「……ふ、ふふっ……確かに」
王城に大聖堂、それらもまたこの王都を彩る景色の一部に違いはない。
マリーの中ではグリムニールは外国のようなもの、という印象だったのだが、どうやらルチアにとってはそれよりも一回り意味を持っていたようだ。
目抜き通りの奥に焦点を合わせて街中を視界に捉え、そして空を見上げる。
「そうだね」
ここは確かに見知らぬ世界であり、見るものすべてが真新しく映っている。
こうして街中をぶらりと見て回り、他愛のない会話に一喜一憂するだけでも心が躍った。
絵を書くことが好きなルチアはもしかすると、感受性が物凄く高いのかもしれない。
マリーはルチアちゃんには負けるなあ、と彼女を見つめて頬を掻いた。
「いいよ、ギルドに行こっか」
「はいっ」
ルチアの顔に、ぱっと花が咲いた。




