【11】調薬
伊万里と別れを告げ、そのまま中央市場を抜けて当初の目的であるブノワ薬品店の前に着く。
木製の扉を開けるとカウベルの音がカランと鳴った。
一声かけて店内へ踏み入るが中は薄暗く、カウンターには誰もいない。
不思議に思いながらも室内を注視していると、四方を囲む古風なランプからぼんやりとした灯火が室内を照らしていることに気が付いた。
幻想的で落ち着いた雰囲気の中、仄かに香るミントの匂い。
遅れて、カウンター奥にある部屋からはゴリゴリと何かを擦る音を耳が拾う。どうやら無人というわけではないらしい。
少しの間を開けて、奥から眼鏡を掛けた中年男性が姿を見せた。
「これはこれは、いらっしゃいませ」
「あなたが店主さん?」
「ええ、私がブノワ薬品店の店主、アンデルです」
こちらに気づいたアンデルがにこやかな表情を見せる。
店内には様々な薬が並んでいた。HP回復薬、HP高位回復薬、MPやSPを回復する丸薬のようなもの。毒消しや麻痺消しの飲み薬から原材料の薬草、そして目当てにしていた道具を発見する。
乳鉢、乳棒、携帯鍋を一括りにした初心者調薬セット――、1000G。
「せ、1000Gかぁ……」
もしかしたら始めたばかりで買うような品物じゃないのかもしれない。
マリーが商品棚の前で唸っていると、アンデルが声を掛けてきた。
「調薬に興味がおありで?」
「一応調薬スキルは持っています。けど、やったことがなくて」
「そうですか。スキル持ちで未経験……そうですね。少し手伝って頂けませんか?」
【生産クエスト:アンデル薬品店のお願い ※必要条件:スキル『調薬』】
突如、鐘を鳴らしたような音が鳴る。視界の端で半透明の小窓が浮かび上がっていた。
「急ぎの用事でもおありで?」
「……拘束時間にもよりますけど、先にお話を伺ってもいいですか?」
本来薬品店には調薬用の道具を買うために来たはずなのだが、何やら話は面白そうな方向に進んでいた。
確か、PSTにおいてクエストには二種類あったはずだ。
今はまだギルドの建物すら見てはいないが、NPCも利用するギルドの掲示板を利用したギルドクエスト。
そしてプレイヤーに向けたもの。今回のようにランダムに発生するイベントクエスト。
突発的なイベントクエストは純粋にワクワクする。
この際に店主であるアンデルから受けた説明はこうだ。
それまで冒険者や狩人、王国騎士団に向けて定期的に販売していたアンデル薬品店の在庫は新たに来訪者という顧客を得て品薄状態となっていた。
手作業で作るには限界があるから、スキルで量産出来る来訪者の方に手伝って欲しい。
「ん?」
マリーは首を傾げた。
「アンデルさんはスキルによる作成は出来ないんですか?」
「生憎、私は調薬の加護には恵まれませんでしたので」
「加護?」
「あなた方で言うところのスキルのことです。持っているのが薬師の心得でして」
聞けば、薬師の心得は制作した回復薬、状態異常回復薬の品質を一段階上げるというものらしい。
「我々ウラドの民で望んだ加護に恵まれるのは一部の者だけです。そういう意味では、私は運が良い方ですが……同時にあなた方が羨ましく思うこともあります」
アンデルは「話が逸れました」と言葉を区切り、話の流れが途切れたことを謝罪する。
それに対する報酬は二つ。
まずは制作過程で得られるHP回復薬のレシピ。
そしてHP回復薬四本or初心者調合セットのどちらかを差し上げますというものだ。店頭に並んでいるHP回復薬は一本250Gなので、どちらを選んでも損はない。
――もしかして、結構美味しいイベントでは?
スキルで作るためには一度正規の工程を踏まないといけない。となると、問題は作成時間だ。
「約一時間といったところでしょうか」
「そりゃあ、そうですよねー」
合流する時間を明確に決めてなかったのは失敗だったかもしれない。
「昼過ぎにログインするかなあ」なんて曖昧に伝えていたせいで、合流にも一苦労しそうだ。
現実での二十分がこちらでは一時間の経過なのだから、待ち合わせるならどちらかの時間軸に合わせなければいけない。
少し考えれば分かりそうなものであるのだが。
「テンションが上がりすぎて失念してただなんて」
「お客人、今なんと?」
「いえ、こちらの話です……」
久々のゲームと食事の楽しさからすっかり失念していた。
とりあえず、今後誰かと待ち合わせるなら時間軸と時刻の指定は必須として。
見たところ、ルチアからの連絡はまだない。そして、何時まで待てばいいのかも分からない。
ここで断ることのメリットとデメリットを両天秤に掛け、マリーは暫し悩んだ。
「……お受けします。受けさせてください」
結局、欲に目が眩んで受けることにした。
琥珀は作業部屋の匂いが気に入らないのか、店外で地に伏せお昼寝中。
招き猫ならぬ招き虎……ということになるわけもなく、陽の光を浴びて呑気に欠伸を欠いてる姿を最後に見たのが五十分前のこと。
お願いされた回復薬を作る工程は比較的簡単だった。
少し赤みのある光癒草を手で千切って小さくし、乳鉢の中に入れて乳棒でムラなく擦り潰す。
黄白色の月癒草は刻んでそのまま鍋へ。中火で沸騰するのを待ち、その後擦り潰した光癒草を投入する。
最後に小魔茸の粉末を入れ、粉末が沈んだところで浮かんだ灰汁を綺麗に取っていく。
灰汁を取りきる頃には、見慣れた黄緑色の液体になっていた。
これを空き瓶の中に入れてコルクで栓をすると回復薬(品質C)が一個完成する。
この量だと、携帯鍋で作れるのは一回辺り三個分といったところだろうか。
【HP回復薬をレシピ登録しますか?】
完成すると同時にメッセージが表示された。
YESを選択し、マリーは一息つく。
『薬品店でクエスト受注しちゃった。あと二十分くらい掛かると思う……』
『南区にある薬品店ならゆっくり歩けばいい感じに着きそうですね』
『ほんとごめん!』
『いえいえ、気にしないでください。遅れたのは私の方ですから』
現在の時刻は十二時半。
作成過程でルチアから「今ログインしました」とフレンドチャットで連絡を受けてから十分が経過していた。
――なんとか間に合いそうかな?
視線をアンデルへと向ければ、彼は作業を続けており、薬研で丁寧に光癒草を擦り潰していた。
時たまカウベルの鳴る音で客の来店を知らせる時以外はずっとここ、カウンター奥にある作業部屋で薬を作り続けている。
実際に作ってみて分かったことだが、携帯鍋で作れる数に限りがある以上、プレイヤーメイドの回復薬は出回る総数が確かに少なそうだ。
高品質の薬草が揃う薬品店でこれなのだから、一個人が自給自足で作れるものには限界がある。
「アンデルさん。スキルで量産しますよ?」
「ええ、お願いします」
言葉通りにとりあえず、まずは様子見で一つ生成する。
すると作業台の上に一本の回復薬が淡い光とともに出現する。
見た目は手作業で作ったものと同一だったが、予想通りというべきか、品質だけが(D)と表示されていた。
――時間を掛ける方がいい品が出来るのはどこの世界も同じってことかな。
「んー、品質Dが出来ましたけど大丈夫ですか?」
「やはりそうですか。以前お願いした他の皆さんの時も低品質のものが出来上がってたのですが……今は数を揃えることを優先したいので、それで構いません」
「安心しました。では五十個作らせて頂きますね」
片手でメニュー画面を操作し、光癒草と月癒草、小魔茸を選択。
ポンポン、と回復薬がリズミカルに作業台へと並べられていく。このうち七個は既存の物と同等の品が出てきたのだが……残りの三つはなんだか淀んだ色をしている。
詳細情報をタップすると失敗したらしい。毒物、HPダメージ(小)と表示されていた。
成功品のみを取り分けて指定の木箱へ。更に追加で十個作成するが、相変わらず成功品は七個だった。
「また三個失敗……」
「何事も練習です。手作業もスキルによる作成も、そこは変わりませんよ」
無駄にした材料が勿体ないなと思う中、アンデルは十五束程の光癒草を薬研に投入し、黙々と作業を続けている。
ムラのない粉末が箱堀の淵へと広がっていくのは流石に本職というべきか、動作に迷いがない。
「気になりますか?」
「こうしてみると手作業の方が堅実だなあ、と思いまして」
「……ほぅ。あなたは面白い人だ」
スキルによる大量生産か、手作業による堅実な一級品か。
どちらも一長一短あるため優劣は付け難い。マリーにとっては率直な感想だったのだが、アンデルにとっては以外だったのか、彼の頬が僅かに吊り上がる。
「私、変なこと言いました?」
「いえ、調薬そのものに興味を持つことはいいことだと思いますよ」
微妙に的を得ていない返答にもやもやしながらも、新たに八個のHP回復薬が作業台に出現する。
何故だか成功品が一個増えたと思っていると、どうやら調薬のレベルが一つ上がっていたらしい。
となると、スキルレベルで影響するのは純粋に成功率ということだろうか。
その後もアンデルと多少の会話を続けながら、スキルによる作成を続けること七回。
ようやく五十個のHP回復薬が木箱に収まり、並べられる。
【生産クエスト:アンデル薬品店のお願い Clear 】
と同時に視界の端で半透明の小窓が再度浮かび上がる。ゲーム上はこれでクエストクリアと言うことになるのだろう。
五十個を作り終える頃には調薬レベルは3にまであがっていた。
「アンデルさん。終わりました!」
「お疲れ様です。そして助かりました」
「いえいえ、こちらにも十分利点のあるお仕事だったのでまたお受けしたいくらいです」
「その時はまた歓迎しますよ」
使用する薬草が薬品店持ちなのが何よりも美味しい。
使用した調薬セットはそのまま頂けるということなので、自身のインベントリに仕舞いこむ。
マリーが最後に作業台を乾拭きしていると、
「お茶でも飲んでいかれます?」
「友達が待っているので、私はこれで」
薬草を扱う職人が出すお茶に惹かれるものがあるのは確かだが、今はルチアを待たせている。
「そうですか。ではお茶は次の機会に取っておきましょう。とびっきりの物をご用意していますよ」
「あはは、それはぜひお手伝いに来ないといけませんね」
小さくお辞儀をすると、アンデルが手を差し伸ばす。
握手を交わしてマリーが「また来ます」と笑顔で応えると、カウベルの音がカランと鳴った。




