71.試練の島
週末、俺と吹雪は自衛隊の基地から発進した輸送機の中にいた。
ただし、普通に席へ座っているというわけではなく、貨物コンテナの中だ。
「吹雪たちは荷物という扱いですか」
「あくまで俺達は“連中”の護衛だ。表向きに活動しているのは日本のみ、海外のホルダーの前へ姿を見せるわけにいかないという上の判断だと黒土が言っていただろう」
「そうですけれど、まぁ、吹雪的には夜明さんとぴったりなので幸せですけれど」
「……」
吹雪の言葉に俺は沈黙する。
小さなコンテナの中、俺と吹雪は戦闘服で待機している。
肌と肌が触れ合う、というか吹雪がぴったりとくっついているから相手の心臓音まで聞こえていた。
何故、俺達が輸送機の中で、荷物扱いのようなことになっているのか。
それは世界各国の英雄が集まる会議が今日あるのだ。
ことはほんの少し前、英国が各国に英雄招集という名でメッセージを送ったことが切欠だった。
各国が保有する英雄たちが集まって会議を行う。
それだけをきけば、ただの会議と思うだろう。だが、この英雄招集は過去に二回しか行われていない。
うち一回は各国のホルダー把握のため、最後の二回は最強の女王級討伐における会議だ。
最初はともかく二回目の会議は悲惨なことになったということだけ記しておこうと思う。
とにかく、魔物が現れて短い期間だがこの会議はある意味、大きな騒ぎの前兆とみられている。
なぜなら最強と言われる英雄が一か所に集まるということはその国の防衛が手薄になることであり、それほどの重要性を秘めたものがあるという意味が込められている。
そのため、会議のほとんどは極秘で行われる。
今回、ある議題から彼らは集う事に同意した。
「会議の議題って」
「十中八九、使徒関連だ」
黒土の話によれば日本以外のホルダーも使徒の襲撃を受けたという。
最初に襲撃を受けた英国は使徒を撃退したらしいが、他の国、ロシアやアフリカのホルダーの何人かに被害が出たという。
その国のホルダーの実力がどの程度のものなのかはわからないが、死者が出ていないことから送り込まれた使徒の力が大したものではなかったのか?違う意味があるのかはわからない。
今のところ、使徒の目的はわかっていないのだ。
連中は魔物ではなく、討伐するホルダーを狙いとしている。既に俺達も何度か使徒と交戦しているが連中は魔物など眼中になく俺達ホルダーを殺すことを優先している。
世界を壊しかねない魔物よりも、今の世界を守るホルダーを潰すことで何があるのだろうか?
一説では危険な宗教的思想があるのではないと考えられている。
世界が壊れてからというものの、魔物を危険視する人間がいれば、魔物こそが汚れた世界をクリーンにするという思想を持つ人間がいる。
その為、魔物を狩るホルダーを悪として狙うカルト集団がいた。
使徒はそういう危険な集団が生み出した生物兵器ではないかという考えもある。
しかし、この考えを黒土は否定している。
奴の話によれば、日本に存在するだけのカルト集団で世界規模に発展する脅威を作り上げることは不可能だという。資金面、人員、年数、そのどれを見ても使徒を作れるほどの力はない連中という話。
加えて、世界中のホルダーに攻撃を仕掛けているという点からみてもカルト集団ではないのが意見だった。
ならば、使徒というのは一体、何者なのか?
その謎を含め、魔物に続いて姿を見せる使徒という驚異は見過ごせないということで各国は重たい腰を上げたという事だ。
今回、日本から向かう英雄は金城秋人、水崎姫香の二人。
その二人を護衛、現れた使徒の撃退のために俺と吹雪が派遣された。
日本の方は来栖とノノアがいるから問題はないと思う。
もし、問題があるとすれば、
「アイツらの事だな」
最後まで泣きじゃくったキリノと淡々と頷いたゼリノア。
あの二人が俺の部屋に残っている。
念のため、ノノアに監視を任せているがキリノがしびれを切らして彼女に襲い掛からないかという不安がある。
キリノは俺以外の人間を受け入れない。
幼い故か、長い殺人技術の教育によるのか、アイツは大切な人が一人だけいれば大丈夫と考えている。
それ以外は敵、もしくは自分を傷つける可能性のある存在としかみていない。
考えを治そうと試みているが今のところうまくいっておらず、余計に俺以外は敵とみることが多くなった。
そんなキリノと何を考えているのかわからず、淡々と家の手伝いをしているゼリノア。
彼女がもし殺しあうことになれば、確実にキリノが殺される。
だが、ゼリノアは自分から手を出すという事はしない、らしい。彼女によると自分の主の家族に手を出すなどプライドが許さないという。
「まぁ、大丈夫か」
「その通りです。大丈夫なんです。ここには吹雪と夜明さんの二人っきり、しかも誰もいない貨物室。どれだけ暴れても問題はありません」
「……」
「さ、少しの息抜きに!」
俺が勝手に漏らした言葉で独自解釈した吹雪がこちらへ襲い掛かってくるという問題が起こったが、さして重要ではなかった。
「酷いです。吹雪の頭を殴るなんて、彼女としての扱いが最近雑に」
「任務中だ。意識を切り替えろ」
淡々と返して俺は目を閉じる。
隣で吹雪が文句を言っていたがやがて頭をこちらへ傾けた。
愛しい人のぬくもりを感じることで我慢しているのだろう。
「すまないな」
吹雪は俺の中で大切な人だ。
そんな彼女を嫌っているわけじゃない。
ただ、今は少し距離を置かせる必要がある。
あのノワールが動き回っている。それを考えたらいつ吹雪へ手を出すかわからない。
油断ができない状況下にある中で大切な人を遠ざけないといけない。それは普通の人なら苦しいことだろう。
だが、あのノワールに奪われてしまうくらいなら遠ざけることなど問題にならない。
「もう、あの時のようなことを繰り返したくない」
例え奴に殺されることになったとしても俺は吹雪達を守る。
聞こえてくる寝息に隣を見た。
騒ぎ過ぎたのか、慣れない輸送機の中で疲れが出たのか吹雪は眠っている。
俺は彼女に手を伸ばす。
黒い手袋越しだが頭を撫でる。
くすぐったいのか吹雪は小さな声を漏らす。
もうしばらくしたら目的地へ到着する。
何が起きるのか。
蛇が出るか邪がでるか。
これから先の事を考えて少し憂鬱さを感じながら今は隣の吹雪の枕替わりになることとした。
「緊張している?」
君塚が声をかける。
輸送機の中で水崎姫香は景色が見える窓から視線を外す。
「少し」
「そうよね、英雄招集なんてありえない事態だもの、緊張して当然ね」
「でも、金城君は」
「彼は一度、経験しているからね」
少し離れた席でのんびりしている金城秋人をみて君塚は苦笑する。
「各国のホルダーが集まるなんて、大変なことが起こるってことですよね」
「会議の内容によりけりだけれど、今より悪化させないための会議でもあるわ。前の会議で現れた魔物の討伐も失敗はしたけれど、意味があったわ」
「……そう、ですか」
「今回の会議は彼が率先して行うから姫香ちゃんは質問されたときに答えたらいいわ。大丈夫、いずれ誰もが通る道が少し早まったと思えばいいだけだから」
「はい」
君塚の励ますような言葉に姫香は頷いた。
彼女から視線を外して外を見る。
空の女王が討伐されたことで航空のルートは大きな警戒をする必要がなくなった。
一時間もすれば目的地へ着くだろう。
「あのぉ、会議の場所って、どこなんですか?事前に聞かされていなかったと思うんですけど」
「そうね、どうせだから教えておこうかしら」
姫香は寒気を感じた。
よくわからないが機内の空気が変わった気がして君塚を見る。
「これから行く先は日本の……いえ、世界が抱える大きな汚点ともいえる場所」
「汚点?」
「その場所の名前は試練の島といわれている」
「試練の、島?」
話をしている君塚は思い出したくもないというように顔を歪めている。
その島で何かがあったことが彼女の態度からわかった。
「どうやら着陸態勢へ入ったみたいね。島の外を見ればわかる。どうして、あそこが汚点といわれているのかね」
機内アナウンスが聞こえてきて、君塚は自分の席へ向かう。
大きく揺れることもなく輸送機は目的地へ着陸する。
「これ……」
輸送機から出た姫香は言葉を失う。
空は分厚い雲に覆われて日の光が差し込んでいない。
海に囲まれていることと自然が多いことだけならバカンスに向いているかもしれなかっただろう。
そうならない理由が姫香の目の前に広がっている。
「なに、これ」
「あれはこの島で命を散らした者達の墓標よ」
各所のいたるところに突き刺さっている刀や剣、切断されたような岩、針山のように崖の近くに存在する武器の山。
全ての武器に年季が入っていることがわかり、半ば朽ちているものばかり。
「ここは各地から集められたホルダー達のデータを集めるために用意された試験会場であり、集まったホルダー達、全てが命を散らした場所」
――それが試練の島。