51.決闘ー吹雪VS秋人ー
「いってきます」
吹雪が立ち上がる。
最強の英雄といわれる金城秋人、その次の相手は西條吹雪、雪、セイヴァー02である彼女が戦う。
外へ出ようとしていた吹雪は扉へ行くかと思えばそのまま夜明に近づいていく。
顔と顔が触れ合う距離、バイザーを外して素顔をさらす。
「カメラがある。素顔を見られることは」
「アイツ、殺してはダメ、なんですよね」
わかりきっていることを吹雪は問いかける。
あまりに小さな声で他の者は聞こえていないだろう。
表情を変えずに小さく口を動かす。
「そうだ、一応、あいつらも味方だからな」
「今だけ、ですね?」
「さぁな」
吹雪が何を考えているのかわからない。
だが、ここで釘を刺しておかないと金城秋人をやりかねなかった。
「俺が許可を出すまで殺すなよ…絶対だ」
「わかっています」
吹雪は小さく微笑みより顔を近づける。
夜明の視界は彼女で一杯になる。
「吹雪は夜明さんのものです。夜明さんの指示に従います…だから」
――忘れないでください。
吹雪は囁く。
「吹雪の事を忘れないでください。他の女にうつつを抜かさないでください。貴方の一番は吹雪だということを絶対に、忘れないでください…でないと」
そこから先を吹雪はいわなかった。
瞳はどす黒くて、底が見えない。
まるでそれが彼女であるかと錯覚させるほどだ。
彼女の深淵を覗いた気分になる。
ニコニコと微笑んで吹雪は出ていく。
「気を付けてね~」
残された夜明は訓練場を見た。
少し、嫌な予感がする。
「やぁ、遅かったね」
「待たせたのなら謝ります。申し訳ありません」
機械的に謝罪して吹雪、02に対して金城秋人は笑みを浮かべる。
金城秋人は一部の人間を除いて敵対心を持つことがない。
彼が許さないのは悪意ある者、人を傷つけることに躊躇いを見せない人達だけだ。実際、彼が問題を起こした時、相手はほとんどが犯罪に片足を突っ込んでいるような者達ばかり、助けようとした人間に悪い部分はなかった。
根っからのヒーロー気質。
それが金城秋人。
人間は皆、手を取り合えるなんていうおとぎ話みたいなことを本気で信じている。
「(反吐がでます)」
顔の殆どを隠しているから表情にでても問題ないが、吹雪としては今すぐにでも視界から金城秋人を排除したかった。
模擬戦をこれからはじめることからそれはできない。
ならば、すぐに戦いを終わらせよう。
可能なら抹殺してやりたいがそれをしたら夜明に負担が行く。
あってはならないことだ。
吹雪にとって夜明は全て。
「(あの女さえいなければ)」
訓練場の外、そこにいる銀髪の女を睨む。
視線で殺せればどれだけ楽だろう。
手短に挨拶を済ませて黒月を取り出す。
巨大な大剣を見て金城秋人は驚いている様子だが、どうでもいい。
――初撃で終わらせたい。
吹雪は構える。
金城秋人も聖剣、カリバーンを取り出す。
きらきらと輝く聖剣をみていると余計に気分が悪くなった。
あれをみるくらいなら夜明の雷切や伊弉冉を見ている方が何倍もいい。
洗練された刀と剣。
あれをみていると夜明の覚悟というものが嫌でもわかる。
――敵対するものは容赦しない。
――自分から奪うものを許さない。
アロンダイトとの戦いを経てからより彼の意思は刀に出ていた。
その彼に仇名す者がいるのなら。
開始のブザーが鳴り響く。
思考に沈んでいた吹雪へ攻め込むように金城秋人が剣を振り下ろす。
「ふん」
繰り出される剣を黒月で軌道を無理やり変えさせる。
そのままがら空きの胴体へ拳を一突き。
肉体強化が発動している今なら意識を刈り取るのに充分だ。
しかし、それはしない。
今の自分なら確実に相手を倒せる。
本来ならすぐに終わらせるだろう。だが、来栖が先勝していることから相手へ花を持たせる必要が出てきた。
次の夜明は確実に相手へ勝利する。
ならば、自分が敗北することで相手と自分達は同程度の実力を持っていると錯覚させておく。
今の所…は。
吹雪は相手の足を見る。
金城秋人は情報によると剣道を少し齧っているそうだ。
故に足さばきは剣道のもの。
「(わかりやすい)」
手に取るように相手の動きが予測できる。
戦い方という教本があれば金城秋人はその通りに動く。
自分がどうすれば負けるか。考えやすい相手だ。
繰り出される剣戟を躱して、距離をとる。
好機!とみたのだろう。
金城秋人が攻める。
大剣と長剣がぶつかりあう。
荒い息を吐きながら吹雪が一撃を繰り出す。
金城の一撃とぶつかった。
派手な音を立てて黒月が地面へ落ちる。
「…降参です」
剣を突きつけられる前に吹雪は手を挙げた。
勝者が決まったブザーが鳴り響く。
この模擬戦の勝利をもぎ取ったのは金城秋人だ。
「良い勝負だった」
称えようというのだろうか?金城秋人はこちらへ手を出してくる。
本来ならその手を弾き飛ばしている。
今回はその手を掴もう。
夜明以外のものと触れたくないというのが本音だが、そこは堪える。
表向きは友好的な態度をとる。
「(時が来るまでですけどね)」
表情を出さずに彼と握手をした。
それだけで、金城秋人は破顔する。
見知らぬ人間でも握手をしたら友達になれると考えているのだろうか?
ますます――。
「(吐き気がする)」
基本的に夜明以外を敵とみなしている吹雪にとって金城秋人の態度、一つ一つが殺意を増徴させる原因にしかならなかった。
彼女は必要とされるなら誰にでも愛想をふるまう。
夜明から奴らを殺せという指示が来るまで。
その時が来るまでは演技を続けよう。
バイザーの奥で吹雪は小さな、けれど、どす黒い闇を抱えた笑みを浮かべる。
その目は訓練場へ入ってくる水崎姫香に向けられていることに誰も気づかなかった。
「アイツ」
訂正しておくと夜明は気づいていた。
バイザー越しだが吹雪が水崎姫香を睨んでいることに。
殺意をだしていないからわかりにくいが、吹雪は彼女を敵視している。一歩間違えば殺してしまいそうになるほど。
どうして、そんな殺意を持ってしまうのか未だにわからないが注意する必要があるのかもしれないと考えていた時だ。
「さぁて、これからが見ものだ」
「まるでこれがメインディッシュのような言い方だな」
すぐ傍で黒土が楽しそうに言う。
対して夜明は半眼で睨む。
おそらく黒土は対戦組み合わせに何か細工を施している。
でなければこんなことが起こり得るわけがない。
「運命っていうのは本当に不思議だね」
「うるさい」
そこから先をシャットアウトして夜明は外に出る。
吹雪へ労いの言葉を投げて訓練場へ足を踏み入れた。
相手も同じタイミングで入ってくる。
赤と白の戦闘服、光り輝く銀髪の少女。
対して、黒一色、素顔を隠した謎の男…たる自分と少女が対峙する。
水崎姫香と宮本夜明の模擬戦だ。