18.コイビト
こんな関係もあったって、いいんだ。
今回のお話しもそろそろ終わりがみえてきました。
次くらいで終わる予定です。
薄暗い闇の中、吹雪の前に白い手が伸びる。
不思議と彼女はそれに恐怖を感じなかった。
彼と同じような気がしたのだ。
宮本夜明。
吹雪にとって初恋であり生涯を捧げても構わないという相手。
白い手がどういう目的で伸びているのかわからない。
だが、この手を掴む必要がある。
直感に近いもので吹雪は理解していた。
それ故に、伸ばされた手を迷わずに彼女は掴む。
掴んだ途端、彼女の体は書き換えられる。
武器所持者として、普通の少女には戻れない。
彼の眷属として、全てを捧げなければならない。そして、彼の為に命を捨てる。
彼が死ねといえば死ぬ。生きろと言えば生きる。寄越せといえば捧げる。奪えといわれば奪う。
全てが宮本夜明中心となる。
普通の人間なら嫌がるだろう内容に対して西條吹雪という少女は嫌悪をみせない。それどころか嬉々とした表情だ。
元々、誰かに依存しなければ生きていけない少女。そんな子に提示された条件は素晴らしい以外のなにものでもない。
故に彼女はその契約を受け入れる。
体が作り替えられていくのも彼のためと思えば気にしない。
狂人になりかねないほどの痛みであろうと吹雪は耐えられた。
全ては彼のため。
――もう、迷わない。
苦痛も、狂気も、何もかもを塗り替えられながらも吹雪は一つを残して新たに決意する。
宮本夜明のためだけに生きていこうと。
意識が覚醒する。
口元の呼吸機を退かす。
どうやら病院にいるようだ。
吹雪は体を起こす。
倦怠感があるが動けないというわけじゃない。
周りを見渡した時、彼女の傍にいる人物に気付いた。
「…夜明さん」
ずっと吹雪の傍にいたのだろうか、纏っている服は給水場でみたものだった。
顔や頬に切り傷などが残っている。前からうっすらと残っているものも加えてその姿は手負いの獣のように見えなくもない。
この人は誰も支えてくれる人がいなかった。
たった一人で生きてきた。
自分のように誰かへ依存することもなく。
機械のように仕事をこなしながら誰の力も借りずに。
そんな彼にはじめて必要とされたのが自分だと考えた時、心臓が一際大きな音を立てて、お腹の下あたりがきゅっと締まるような気持ちになる。
体の中で暴れそうになるエネルギーを外へだすように息をしながら吹雪はゆっくりと彼へ手を伸ばす。
――冷たい。
触れた頬は人としてのぬくもりはあるがどこか冷たい気がした。
彼は触れているのに目を覚ます様子がない。
かなり深い眠り…なのかもしれない。
触れたまま彼の顔を眺めていると誰かが姿を見せる。
「おや、お邪魔だったかな?」
黒いスーツにサングラスをかけた男。
吹雪も何度かあっている黒土だ。
彼はサングラス越しだが楽しそうにしている。
「何の用ですか?」
「状況の確認かな、武器喰いに誘拐されたキミが見つかったと聴いて慌ててやってきたんだ」
「それはありがとうございます」
どうやら自分が裏切ったという情報はまだ伝わっていないらしい。それか彼が意図的に伏せているかのどちらかだろうか?
「うんうん、キミの素直さをそこに寝ているふりをしている彼も見習ってほしいくらいだね」
「え?」
黒土の言葉に吹雪が横を見る。
目を瞑っていた夜明が目を開けた。
「よ、夜明さん?」
「性質が悪いねぇ、キミも」
「様態なら安静にしておくよう…薬の服用が義務付けられている。さ、帰れ」
「本当につれないね!?部下の心配でやってきたのに」
「……」
「おや、席を外さないのかい?」
「外す必要があるのか」
「いや、無いけど…まぁいいか、報告もあったからこの場でいうよ」
黒土は空いている椅子へ腰かける。
「まず珠洲沼は組織内で指名手配がかけられた。警察も動き出しているからいずれ尻尾を掴めると思う。配下のホルダーは確保した…何か情報がでればいいけれど、望みは薄いだろうね」
「あ、あの」
「そうか、なら、早く見つかるといいな」
「他人事だね」
「興味ない」
「ばっさりかよ」
「問題あるか?」
「いいや、無駄に動きまわって迷惑かけられるより百倍マシだからいいよ」
夜明の言葉に黒土は苦笑するのみ。
吹雪は彼らのやり取りにみていた。
その顔に怯えの色はない。
もし、自分と武器喰いの関係を伝えたら。
もし、彼に裏切れたら。
裏切り行為をしたら誰もが抱く不安を彼女は抱かない。
抱くことすらなかった。
「残念なことだけど、珠洲沼と少しかかわりを持ったキミ達しばらく仕事お休みだよ」
「そうか」
「さて、僕はこれで失礼するよ」
「茶でも飲んでいけばいい」
「病院でそれはないでしょ?なにより僕は多忙だからね。詰まっているスケジュールを無理やり空けているんだ。それじゃ」
黒土はそういうと病室から出ていく。
残された二人はなんともいえない空気が漂い始める。
しばらくして、吹雪が質問する。
「夜明さん」
「なんだ?」
「どうして、管理官へ吹雪の事を報告しなかったのですか」
「する必要がなかった」
「でも」
「吹雪、もう一度、お前へいっておく」
腕を組んでいた夜明は吹雪をまっすぐにみる。
気のせいか、彼の表情は少し険しい。
緊張しているように見えた。
「俺は、お前の事が大切だ。これからもずっとそばにしてほしい」
「え!?そ、それって」
急に吹雪の顔が赤くなる。
「嫌、か?」
ズキューンという効果音が頭の中で響いた、気がした。
あの夜明が。
どこまでも無表情で。
他人に無関心。
あの女の前でしか笑顔を見せてこなかった彼が!
吹雪の前で不安そうにしている。
それだけで彼女の中の答えは決まった。
宮本夜明の手を掴んで西條吹雪は返事をする。
「はい、吹雪はずっと夜明さんの傍にいます。何があろうと決して離れません」
両手を掴んだまま彼と口づけを交わす。
突然の事に驚いている彼の感情に気付きながらも吹雪は続ける。
呆然としている彼の顔を見た。
――あぁ、こんな顔もできるんだ。
新たな発見に喜びを感じながらも吹雪は彼の顔をもう一度見る。
「大好きです。夜明さん。結婚を前提に付き合いましょう!」
――そうして、あの女の事を忘れさせてあげます。
邪な考えを抱きながらも想いに嘘偽りなく彼女は告白した