15.裏切り
金曜日、俺の通う剣山第一高校は土、日が基本の休み。私立の進学校は土曜日も登校することがあるらしいが幸いな事にこの学校は休みだった。
それに加えてしばらく学校は休校となる。ローブの人物の襲撃は組織の情報操作でガス漏れが原因の爆発という事で処理された。
校舎の修繕作業のため一週間の休校が決定する。
私服で俺はある場所へ向かっていた。
年季のある商店街を抜けると少し騒がしい道へ着く。
ポケットから携帯電話を取り出してマップを表示。
道を間違えていないことを確認。
数十分くらいして目的の店についた。
見間違いでないことを確認してから店の扉を開ける。
「いらっしゃいませニャー!」
四方から飛んでくる黄色い声。
一瞬だけ眉間に皺が集まる。
『可愛い子猫ちゃんが集まるメイド喫茶』
店の入り口に書かれていた看板の名前だ。
「いらっしゃいませニャー。一名様かニャ~?」
フリフリのドレスに猫耳と尻尾を付けたメイド少女がやってくる。
ニコニコ笑顔だ。
「い、いえ、先に来ている人がいるかと」
「でしたらお名前を教えてくれるかニャー」
「えっと」
「あぁ、宮本くーん、こっちこっち~」
困惑していた俺へ救いの手が伸びた。
少し離れたテーブル席の一つを陣取ったメガネの青年。
輝かしい笑顔を浮かべている。
一瞬、殺意が湧いた。
「なんとぉ~、黒土さんのお客様でしたか~、すぐ案内しますニャー」
一名様、案内ですニャー!という叫びに周囲からニャーという歓声があがる。
正直、うるさい。
案内された席へ腰かけると猫耳メイドが離れていく、
「やぁ、道は迷わなかったかな?」
「なんだ、ここは」
「そんな怖い顔しないの~。こういうところほど、スパイは少ないものなんだよ」
黒土の言葉に沈黙する。
今日は黒土から呼びされた。
ローブの人物についてメールで報告したところ、この場所で話があるとされた。
「普段からこんなところに通っているのか?」
「うん、僕は可愛い“子猫”が大好きなんだ」
「犯罪の匂いがする」
「失礼な、こうみえてまだ二十代前半なんだよ?そりゃ、十代と二十代は違うみたいなことはいわれるけれど、本気で恋しているわけじゃないんだからさ」
「よくわからん」
力説する黒土から少し離れる。
長くない付き合いだが知らなかった一面で少し驚く。
「それで、話だが」
「お水ですニャー!」
話を切り出そうとしたところで横から水の入ったコップが出される。
ちらりと横を見ると紫髪の猫耳少女が立っていた。
ニコニコと営業スマイルだ。
「やー、ノノアちゃん、今日も可愛いね~」
「にゃ~、もう黒土さんったら相変わらずお世辞がうまいんだから~、にゃにゃ~、この人は友達?」
「そうだよ。僕の大事な友人さ」
「…宮本、夜明だ」
「ノノアだにゃーん、ここでメイドとして働いているニャ、今度から指名よろしくお願いしますニャ!」
差し出されたのは笑顔の写真がプリントされたカラフルな名刺。
ピンクの文字でノノアと記され、その横に素敵な笑顔を浮かべている。
「入店時にメイドさんを指名するとドリンクサービスとか相席してもらえるんだよ」
「給金に関わるからよろしくお願いしますニャ」
「……機会があれば」
さらりと生々しい会話が入ったがスルーした。
なんともいえない空気になったところで黒土を見る。
彼は楽しそうに猫耳メイド達を眺めていた。
はっきりいって気持ち悪い。
胡散臭い所が多かったが、それとはまた別の気味悪さがでている。
「どうやら話は無理そうだな、俺はかえ」
「武器喰い」
席を立とうとしたところで黒土がぽつりと呟いた。
「君が戦った相手の名前だよ…といっても各組織がつけたコードネームに過ぎないけど」
「武器喰い〈ウェポンイーター〉?」
黒土はメガネを元の位置に戻す。
「組織においていくつか表に知られてほしくない案件というものがある…まぁ、影の場合、数えきれないんだけど、その中にあるものとして最重要の位置にあるものが武器喰いさ。コイツが出現した場合、最優先で討伐が命じられる」
「そんなものがいるのか?」
「一部で否定しているからね。ま、今回、実在しているかあやふやだった存在が現れたことからキミの表接触はうやむやにされたんだけどねぇ」
影は表と接触してはならない。
栄光の道を進む表に対して裏で悪事を処理する汚れた連中が接触することは表のイメージダウンに繋がる。
何があろうと影が表に触れてはいけない。
今回、俺は水崎姫香を守るために黒としての姿をさらした。たとえ目の前で殺されることとなっても現れてはいけないのだ。
その鉄の掟を俺は破った。
投獄されてもおかしくはない状況。だが、御咎めがないことが気になっていたがそこは後にしよう。
「武器喰いとは一体、なんなんだ?」
「その前に基礎的なおさらいをしようか。武器所持者を倒すことが出来るものは魔物、もしくは同じ武器所持者だけだね」
「…そうだな」
「もし、その基本を覆すような存在がいたとしたらどう思う?」
「それは」
パニックが起こるだろう。
武器所持者は魔物、もしくは同じ存在でしか倒せない。
だからこそ戦力として重宝される。
通常兵器をものとしない彼らの身体能力を国は最後の希望と叫ぶほど。
もし、その基礎がひっくり返れば。
「世界は大混乱を起こす。最悪、武器所持者は魔物と同じ危険物へ指定される可能性もある」
「その可能性を武器喰いは秘めていると?」
「アイツはね、武器を食べるんだよ。ばっくりと」
「なんだと?」
混乱した。
意味がわからずつい尋ね返す。
それほどまでに黒土の告げた内容は驚愕的なものだった。
武器喰い。存在が確認されたのは魔物と武器所持者の戦いが活発になってきた頃だろうと黒土は推測を述べる。
出自、本名、性別、それら全てが謎に包まれた存在。
わかっていることは強い武器所持者を狙い、所有する武器を食すこと。その後に女性なら肉体的に味わう。
「奴と遭遇した武器所持者は人としての人生が終わっているという事かな、文字通りの終わり、精神崩壊して病棟で永遠に眠り続ける。まぁ、末路しては最悪なものばかりだね。生き残った者もどこか壊れているし」
「なぜ、なぜ、そんな奴が野放しにされている?」
「仕方ないんだよ。どういうわけか奴を組織は追跡できない。特殊な鉱石を所持しているという話もあれば特殊能力で常に姿が見えない透明人間じゃないか………さまざまな説があってどれも確証ありときた。そんなものをどうやって探す?雲をつかむような話だ」
この国において裏の権力を牛耳っているといってもいい組織が捕捉できない人物、武器喰い。
それがどうして、あの場に姿を見せたのか。
「狙いは…なんなんだ?」
「残念ながらそれははっきりしていない。英雄の金城秋人を狙ったのか、新人ちゃんを狙ったのか、はたまた影として名高いキミを狙ったのかもしれない」
ようはわかっていないのさーといいながら黒土はコーヒーを一口。
どこか納得できていない俺も水を含む。
緊張したのか喉がカラカラだった。
「武器喰いはどこかの組織とつながっているのか?」
「残念ながら不明、でもまぁ、大規模組織からここまで逃げ回っているんだから何かの後ろ盾はあると考えた方がいいかもしれないね」
「わかった」
武器喰いの話でこれ以上の収穫は望めないだろう。
席を立ちあがろうとしたところでパンパカーンと音が鳴りだす。
なんだ?と周りを見ていた途端、頭に何かがぱさっと当たる。
「?」
手に取ると小さな花束だった。
「あぁああああああああああああああああああ!!」
「な、なんだ」
目の前の黒土が雄叫びを上げたことで驚いて少し仰け反る。
信じられないものを見るように彼は花束を指していた。
「そんな、どうして……キミに、わたってしまったんだ」
「なんだ?一体何の話をして」
「おめでとうニャ~~~!」
ぶんぶんと横から現れたノノアが手を掴む。
「お兄さんは当店限定のラブラブターイムを見事掴んだ。お人でーす」
突然のことに困惑した表情を浮かべているとノノアがにこにこと説明した。
ラブラブタイムという言葉に不思議と嫌な予感がする。
「ちなみに…そのなんとかタイムというのは?」
「ラブラブターイムとは!この店の人気投票で一位を獲得しているメイドさんと仲良くジュースやケーキを食べ合いっこする楽しい、超絶、最高なイベントなのだ!」
どこかの解説役のように話す黒土、最早別人である。
顔を引きつらしながらメイドへ尋ねた。
「ちなみに、この権利を拒否したり譲渡することは」
「残念ながら人気ナンバーワンのメイドとしてその拒否を拒否させていただくニャ~」
ちなみに人気ナンバーワンは目の前にいるノノアだった。
表情が今度こそ固まる。
手を引かれ、連れていかれる中思った。
――二度とこの店に来ない!
げっそりとした表情で席へ戻る俺に対してノノアはほくほく顔をしていたと記しておこう。
騒ぐ黒土を置いて店の外へ出る。
昼過ぎなのでまだまだ時間が有り余っているが少し疲れた。
マンションへ戻ろうとしたところで後ろからクラックションが鳴らされる。
「あれぇ、宮本君じゃなーい?」
車の窓から顔を出したのは珠洲沼だった。
嫌な奴に出会ったな。
「人違いだ」
「つれない態度をとることないじゃない。まだ、私の監視下にあるんだから、あ、話があるから車に乗ってよ」
徐行しながらついてくる珠洲沼の車。
このまま無視をしていてもついてくるだろう。
最悪、マンションの前までこられたらと考えた所で車に乗り込む。
「うんうん、素直な子は大好きだよ」
頭を撫でようとした手を払いのける。
「つれないなぁ、もう少し可愛くしても」
「話は何だ?」
うんざりしてきたので本題を促す。
「武器喰いの件、調べるつもりかな?」
「……もし、そうだとしたら?」
「存分にやって構わないよ」
俺は珠洲沼へ視線を向ける。
「麻薬キャンディーは追うなといって存在があやふやな奴は追っても構わないか」
「無駄に終わるかもしれないけど、何かあれば報告してよ。そうしたら」
「自分の愛しい子供たちにやらせるか?」
続きの言葉を俺が繋げた。
相手の表情に変化はない。
変化がなさすぎた。
「キミみたいに聡明な子は大好きだよ。私の子供になってほしいくらいだ」
「興味ない。話がそれだけならおろしてくれ。アンタと話していると疲れる」
「正直だね。ますます好きになりそう」
「おりる」
話は終わりというように車から降りる。
「勧誘が多いと大変だねぇ…白の死神さん」
ますます珠洲沼という女が嫌いになった瞬間だった。
「よぉ、待っていたぜぇ」
アパートの入口で四人男子が待ち構えていた。
そのうちの一人が吹雪にボコボコにされたバンダナだとわかる。
「……」
「おいおい、無視すんじゃねぇよ」
横切ろうとしたらわざわざ道を塞ぐように前へ立つ。
「お前達と話す予定はないが?」
「あの小娘はどこだ」
「知らない」
バンダナは吹雪に用事があるようだが、どこにいるかなど知っているわけがない。
「とぼけるなよ。パートナーなら居場所ぐらい知っているだろ?」
「仮にパートナーだからとして逐一、場所を知る必要があるのか?話がそれだけなら失礼する」
マンションへ入ろうとするが取り巻きが乱暴にドアを押し戻す。
いい加減にしてほしいと目で抗議するがバンダナはむかつく笑みを浮かべるだけで動こうとしない。
「ならさ、お前が代わりに受けてくれよ」
「は?」
何をという言葉を発する前にバンダナが拳を繰り出してくる。
その手を受け流す。
「何の真似だ」
「あの女に殴られた分だけ、てめぇを殴る」
「滅茶苦茶だな」
「うるせぇ、俺は男女平等主義なんだよ」
バンダナの言葉は間違いだ。
男女平等と歌うがこの世界に“平等”なんていうものは存在しない。
どこかしら不平等がある。男と女ですら体格、力の差という不平等がある。
バンダナは男女平等といっているが実際は吹雪へやり返したいだけだ。
殴られたから男としてのプライドが許さない。
そんなところだろう。
「小さい」
「……ぁ?」
「小さいな、お前」
バンダナ男の顔が歪む。
どうやら小さいという言葉は奴を傷つけたようだ。
怒りに染まったバンダナ男は掌から武器を取り出す。
ダガーを二本取り出して構える。
奴の武器か。
振るわれる刃をみながら観察する。
繰り出された斬撃を右へ躱して懐へ入った。
手刀でダガーを叩き落す。
「グッ、てめぇっ」
「ここがどこか考えるんだな」
一気に距離を詰めて懐から拳銃を突きつける。
「俺がそのミスをすると思うか?」
「なに」
言葉の意味を理解しようとした直前、背中から殺気が向けられた。
振り返ることなく発砲する。
「つっ!?」
背後から武器を構えようとした男は慌てて下がった。
取り巻き達も槍などの武器を構えている。
「真昼間に武器を構えて大騒動、組織が黙っていると思うか?」
「関係ないね。そもそも、俺達の力は使うことに意味がある。持たない奴らの生み出した法律に意味なんてない!」
落としたダガーを手に取ってバンダナは微笑む。
笑みは力に酔った者が浮かべるもの。
他の連中も似た様なものだった。
どうやら話が通じる相手…ではないようだ。
「次から次へと」
転がってくる厄介ごとにイライラしてきた。
「去ねやぁ!」
槍を構えた男が突っ込んでくる。
単調な動きだ。
繰り出される槍を素手で掴んで腹部へ一撃。
痛みに歪めた顔へ拳を放つ。
横から攻撃を仕掛けた仲間へ槍を持った男を叩きつける。
「舐めた態度とってんじゃねぇ!」
ダガーを構えてバンダナ男が攻め込む。
二本のダガーを交互に、足蹴などを混ぜているが読みやすい。
躱しやすい。
特に能力がないのだろうか?
受け流して対処するか。
バンダナ男の顔に笑みが浮かぶ。
咄嗟に、刃を躱す。
標的を失った刃は近くの草に当たった。
「…毒か」
刃が当たった草が見る間に枯れ果てていく。
「毒刃…俺様の斬撃にちょっとでもかすったらお陀仏だぜ?」
「当たってからいえよ」
「調子に乗るのもこれまでだぜぇ!」
交互に繰り出される刃。
時々、フェイントも入ってくるが…やはり変化に乏しい。
雷切を抜く必要もない。
懐から投擲用のナイフを抜く。
「そんなもん、溶かして」
繰り出されたダガーを受け止める。
「なっ…にぃ!?」
バンダナが目を見開く。
ダガーが眼前で止まる。投擲用のナイフがバンダナの腕に突き刺さりそれ以上の進行を阻んでいる。
「刃に毒が塗られているのか、全体が毒なのか…お前の腕にそれらしき兆候がないことからグリップまで効果はない…おそらく、刃までだろうと察してナイフで受け止めた」
痛むのかバンダナは後ろへ下がる。
ポタポタと血が垂れてダガーは落ちていく。
落下する直前、足でグリップを蹴り飛ばしてダガーを掴む。
ダガーの剣先を向けられてバンダナは下がる。
「仲間を連れてすぐに失せろ。でないと、次は本気を出す」
警告の意味でダガーを地面に突き刺す。
雷切を抜くまでもなくお前達を圧倒できたことで警告が伝わったと思うが、バンダナはどう捉えたのか悔しそうに顔を歪める。
倒れている仲間を促して去っていく。
去っていく連中の姿がみえなくなってから建物の中へ入る。
――疲れた、少し休みたい。
そう考えて扉を開ける。
「夜明さん、話があります」
吹雪が何かを決意した表情でみている。
まだ、厄介ごとが続くみたいだ。
▼
「夜明さん、話があります」
吹雪は開口一番、そういうと俺を部屋へ連れ込んだ。
誤解を招くような言い方だが、俺と吹雪は部屋で住んでいる。いわゆるルームシェア。
といってもそれぞれに個室がありそこへ干渉しないという取り決めがある。
元々、この部屋は一人で住むには広すぎる。
あまり家具を置かない俺とあまり私物を用意しない吹雪とで話し合い、家賃を半分負担するという事で部屋を統一した。
その時の吹雪の顔が一瞬、緩んでいたがまぁ、家賃が浮いたからだろう。
案内されたのは吹雪の部屋。
必要最低限の家具しか置いていない俺の部屋よりも物は多いだろうと思っていた期待を裏切り彼女の部屋も生活する物以外、置かれていなかった。
偏見のある言い方だが、吹雪は女の子だからもう少しファンシーなものがあるだろうと思っていた。
ベッドへ腰かけるように言われ何も言わずに座る。
吹雪が隣へ腰を下ろす。
「話というのは?」
「前に話したことを覚えていますか?」
以前、騎士団から表へ勧誘された際のことだろう。
静かにうなずく。
「その時の私の話、覚えていますか?」
「まぁ、な」
――自分を必要としてくれる者の為に動く、と。
その時、あることを思い出す。
黒土がお節介にもたとえ話をしたこと。
少女Fという子がいた。
その子は幼い頃から不思議な力を宿していたらしい。
掌から生み出す綺麗な結晶。
綺麗な物だとしか考えていなかった。しかし、少女は知らなかった。それがダイヤモンドの原石だという事を。
少女Fは家に居場所がなかった。忌み子ということで住んでいた所で迫害を受けていたそうだ。
“世界が壊れた日”の時も少女だけが生き残り他の人間は死んだ。
必要とされるなら応える。
それをただただ繰り返してきた少女は自分を必要してくれる者の為に動く。
吹雪は俺へ尋ねた。
――吹雪のことを必要としてくれますか?
「あの時、夜明さんは答えてくれませんでした。別に望んでいたとかそういう気持ちはなかった……でも」
何かを堪えるようにして吹雪は顔を上げる。
「教えてください、夜明さんは吹雪のことを」
そこから先の言葉を俺は訊くことが出来なかった。
突如、ドアホンが鳴り出す。
二人だけの時間を壊すようなドアホンの音に驚きながら立ち上がる。
「みてくる」
短く告げて部屋を出た。
少し、
ほんの少しだけ来訪者へ感謝した。
彼女の質問から少しの時間だけ逃げることが出来る。
はっきりいって、吹雪という少女をどう思っているか、答えることが出来ない。
影としての仲間、これは違う。
影という存在は己のみを信じなければならない。仲間なんていうものは足枷でしかない。いつ後ろから襲われるかわからないそんな世界で仲間というものは幻想だ。
そうでしか…ない。
「っち、誰だか知らないが何度もノックをする必要は」
何度も鳴らされるドアホンに苛立ちを覚えながら扉を開ける。
すぐに閉じた。
「なんで」
――なんで、奴がいる!?
扉をしめ切ろうとしたところで隙間から手が入り込む。
本来なら指先の骨が折れるかもしれないというのに相手は気にした様子を見せない。
後ろへ跳ぶ。
ガチャンと音を立てて扉が開き、男が姿を見せる。
「失礼する」
入ってくるだけで室内に重たい空気が広がる。
本人が意図しているのか無意識なのか定かではない。
だが、どうしても身構えてしまう。
そうさせるほどの威圧感をシャルル=アロンダイトは放つ。
ずかずかと侵入した男はそのまま吹雪のいる部屋へ足を運ぼうとする。
「誰だ、アンタ!」
何とか割り込むようにしてシャルル=アロンダイトの前に立つ。
俺とコイツは初対面だ。
黒として奴と対峙しているが素顔は観られていない。
宮本夜明として、アロンダイトと出会っていないのだ。
これは当然の反応だろう。
「何も知らない人間の振りをする必要はないぞ?」
「なんの、ことだ」
「黒、いや、白の死神といえば通じるか?」
「っっ!?」
告げられた名前は俺の影としての識別名≪コードネーム≫。と呼ばれている名前、何故、それを目の前の男が知っている。
困惑してしまった時、後ろの扉が静かに開く。
「お待たせ…しました」
旅行鞄を引いて吹雪が姿を見せた。
「吹雪」
出て来た彼女の姿を見て疑問が浮かぶ。
何故、そんな恰好をしている?
まるでここから出ていこうとするような――。
「夜明さん、今までお世話になりました。吹雪はこれから騎士団の武器所持者として活動します。この人は迎えの為にやってきたんです」
「そう、か」
どうして吹雪が決めたのか。
ここで俺が口を出すべきではない。
吹雪と俺に接点はない。
あったとしても影として短い期間、共に活動しただけ。
そんな俺が邪魔をしてはいけない。
「無理、するなよ」
俺の言葉にびく、と彼女が小さく体を震わせた気がした。
さよならと小さく言って吹雪は部屋から出ていく。
アロンダイトは俺を一瞥する。
その目は失望していた。
「どうやら俺の見込み違いのようだな」
残された言葉は拳のように放たれた。
ぽつりと部屋に立ち尽くす。
『あぁ~、さっき組織の方から正式に騎士団から通達が来てね。日本に住まう西條吹雪という少女を候補生として騎士団へ入れさせるために留学させるときたよ』
黒土から事後報告の連絡がくる。
話によれば吹雪がアロンダイトへ接触していたらしい。
勧誘の話を承諾したと。
『そういえば、キミは吹雪の過去、知っていたよね?』
「だったら、なんだ?」
『あの子は物心つく前から誰からも必要とされていなかった。さらにいえば、力を手にしてからずっと人形のように利用され続けた』
「だから?」
声にイライラが募る。
『自分で決められないんだろう。今まで犯罪組織に利用され。力を使用、ただただ力を求められた哀れな子ども、それが吹雪の人生だったんだから』
これ以上、話を訊きたくなければ電話を切ればいい。
関係ないと思っているのに反応しない。俺の指は動かなかった。
『ただ利用されるだけの人生、それに亀裂を入れた者がいた。彼は組織からの任務で敵を排除するためにそこへやってきただけ、けれど、彼女からどうみえたんだろうね』
電話の向こうの話は続く。
『一寸先は闇、どこまでも続く真っ暗闇、そんな世界に光を照らした男に必要とされたい。淡い恋心を抱くのは当然といえる。傍にいることを望むのは当然…まぁ、初恋というものは総じて儚くほろ苦い。こういう結果になるのは仕方がないと』
「…それと俺に何の関係がある?」
我慢の限界だった。
「確かに俺と吹雪は過去に出会ったかもしれない。だが、俺は覚えていない。彼女を必要としていない事実は変わらない。どれだけアイツが傍にいたいと思っていても俺は」
俺は、何も思わない。
だから、
「吹雪が決めたことなら俺は何も言わない」
小さな溜息が電話の向こうから漏れる。
『キミはもう少し欲張りになるべきだね』
それだけいって電話が切れる。
再度、黒土からかかってくることはなかった。
部屋にいても気分が落ち着かず、外へ出ることにした。
▼
「これでよかったのか?」
シャルル=アロンダイトは向かい側のシートに腰かけている吹雪へ尋ねる。
俯くように下をみている吹雪はあれから一言も発しない。
――当然か。
黒土という男の情報によれば西條吹雪、コードネーム“雪”は“黒”という少年へ淡い恋心を抱いていた。
だというのにあの少年は止めようとしなかった。それどころか見送った。
この事実は彼女の心を傷つけただろう。
最愛の、想い人から何も言われない。「行くな、傍にいてくれ」という言葉すらかけてもらえないのだ。
彼に自分に対する愛情がないと気づかされたら。
誰だってショックを受けるだろう。
アロンダイトは宮本夜明という少年について黒土から訊いていた。
コードネーム黒、幼少の頃から組織の汚い部分で活動している武器所持者。同業者からは白の死神と忌み嫌われている。
対峙した時、彼は誤魔化してきたが。アロンダイトは見抜いた。
――戦いたい。
騎士として、武器所持者として、戦う者であるシャルルは一目見ただけで夜明の実力を察した。
宮本夜明と戦えば自分は隠し持っている本来の剣を抜かないといけないだろう。
魔物との戦い以外で本気で戦える。
その事実に内心、シャルルは興奮を覚えた。
だが、主の命令で騎士団戦力増加の為、今回は自重する。
思考の海へ沈んでいたシャルルは車が急停車する反応に遅れた。
「む!」
「きゃっ!」
突然の衝撃にシャルルは驚きの声を漏らす。
「どうした!」
運転席の男へ声をかける。
「やっほ~」
しかし、聞こえてきた声は運転手の者ではない。
アロンダイトは思考する暇もなく置いてあるグラスを前へ投げつける。
ガラスの割れる派手な音が響く。
「ひっどいなぁ、人が挨拶したらグラス投げるのが英国式あいさつってわけ?」
少しの時間稼ぎにもならない。
怯むことを期待したがアロンダイトは襲撃者の名前を言う。
「武器喰い」
「ハァーイ、みんなのアイドル、武器喰いちゃんでーす」
ふざけた態度をとりながらローブで素顔を隠した武器喰いが嗤う。
「貴様、よく我らの前に顔を出せたな」
「まー、オレッチも最強の一人に真っ向から挑もうなんて考えはないよ」
実はアロンダイトは武器喰いと小さな、されど大きな因縁がある。
新人の武器所持者育成中、突如、現れ新人を次々と屠った敵がいた。
初見で動きに翻弄されてしまい、目の前で多くの新人が命を落とす。
殺戮の限りを尽くした相手が武器喰い、それを阻めなかった自分。
「今度は貴様の好きにさせんぞ」
「やーってみなよ。いっとくけど、俺は戦う気なんてさらさらないけどねぇ」
「なに?」
言葉の意味を察しようとした瞬間、体に衝撃が走る。
「ぬ……あ?」
アロンダイト体から水晶のような剣が姿を見せていた。
「いやぁ、ごくろうさま、ふぶっきー!」
そんな声を最後にアロンダイトは意識を手放す。