14.望まぬエンカウント
イギリスの武器所持者を統括する組織は円卓の騎士団と呼ばれている。
国を守るために自らを捧げた集団であり騎士という名の通り所属する武器所持者は騎士の称号を女王から例外なく与えられている。
その中に元犯罪者の武器所持者もいたらしいが全員更生されている。
日本のような影の武器所持者は存在しない。悪事を働こうものなら上位騎士が粛清するらしい。
完璧な上下関係。それが構築されている。
トップに位置する人物がアーサーという名前のホルダーであることだけがわかっている。
代表が表舞台へ中々姿を見せないのだ。
何でも騎士団の最高指導者であり切り札の“彼”を秘匿しておきたいという理由があるらしい。
それが俺の知る円卓の騎士団についての情報。
薄暗い手術室。
俺達の前でロングソードを構えた男とアーサー・アンダーセンという仮面の人物へ警戒心を強める。
「できればそんな警戒しないでもらいたいな」
警戒していることを察したのだろう肩をすくめていた。
「無理があると思うが?」
「そうだね、まーキミ達の仕事を考えたら仕方のない事だろう。だがこちらに敵意はない。証拠にアロンダイト、剣をひきなさい」
「御意」
アロンダイトと呼ばれた男は構えを解き、ロングソードを腰の鞘へ納める。
「これで少しは信頼してもらえるかな?」
「構えを解くな」
後ろの雪へ警戒を緩めないように告げる。
「もう、そこまで警戒する必要ないのにぃ」
「偽の情報…いや、俺達を待っていた理由は?」
「ワタシ達の知り合いと呼べばいいかなぁ…悪事を働く者の動向を掴める仲間がいてねぇ。その子の力を借りたのさ。まぁ、キミ達がくるかどうかは賭けだったんだけど、どうやらそこは勝利できたようで一安心だよ」
小さく笑うアーサーの言葉に嘘偽りのようなものは感じられない。
確保すべきイレギュラーホルダーはここにいた。
情報は正しかった。そのうえで敵を無力化させて俺達を待っていた。その理由は別組織への勧誘。
そこでどうして、俺達なのかという疑問がわく。
「どうして、俺達だ?」
「うん?」
「この世界に俺達以外のホルダー、さらにいえば上の力を持つ者はごろごろいる。なぜだ?」
「簡単な理由だよ」
アーサーは笑顔で言う。
「キミは女王を殺したじゃないか」
後ろで息を飲む音が聞こえる。
内心、俺も驚いていた。
組織の情報操作は完璧。諸外国にも表の英雄が女王を殺したという事で発表されている。
隠された真実を目の前の相手が知っていることが信じられない。
「…俺は倒していない」
「嘘はいけないよぉ?君が鮫の女王を倒した」
「公式の発表は」
「あんなメッキが倒せるわけないじゃん」
アーサーは金城秋人が女王を倒したという報告を否定した。
公式の発表を信じないということの意味は大きい。さらにいえば円卓の騎士団のトップがいうのだ。そのまま国の言葉につながる程の力がある。
「お前はわかっているのか?」
「そっちこそ、ちゃんと理解している?キミは最強の切り札になりうるんだよ?その力があれば世界だって掌握することもって、これじゃあ世界征服の勧誘みたいなものだね。ま、いきなりの勧誘だから戸惑う気持ちもわかるよ」
パンパンと手を叩く。
「さて、ワタシ達はこれで失礼しようか」
突然の事態に俺と雪は動けない。
「ン、今日は顔合わせだけのつもりだったからね。詳しい話は今度しょうよ。アロンダイト、いくよ~」
「イエス・マイロード」
アロンダイトが小さく頷くと二人は去っていく。
追跡…すべきではないだろう。
静かに雷切をおろす。
「急いでここを離れるぞ」
「はい、あの」
戸惑う雪の手を掴んで足早に手術室を抜け出す。
来た道とは別のルートで廃病院から出る。
何回もルート変更を行ったため、予定の時間よりも遅く自宅へ戻った。
戦闘服を脱ぎ捨てる事すら惜しんで携帯電話を起動させる。
数回のコールを待たずして相手はでた。
『やぁ、いきなりだね。悪いけど僕は』
「イギリスの連中が接触してきたぞ」
『あぁ、もう出会ったのか』
「…なんだと?」
黒土の言葉は俺の予想を裏切るものだった。
それと同時にある考えが頭を過る。
「お前が情報を流したのか?」
『人聞きの悪いことをいわないでくれるかい?僕は対価として影の情報を開示しただけに過ぎないよ。いやはやイギリスの騎士団の情報網は本当に恐ろしいね。全く鮫の女王が襲来したと思ったら次は“武器喰い”がやってくるなんて』
「…武器喰い?」
『あぁ、こっちの話だから気にしないでいいよ。それと彼女の提案、どうするつもりだい?』
「断る」
『どうしてだい?素敵な提案だと思うけれど?影でしか存在を見出すことのできないキミが表で活動する。キミのことを馬鹿にしている連中を見返すチャンスだ』
「必要か?」
『わかっていないなぁ、誰よりも有利に、優位に、全てにおいて頂点へ立ちたいという欲望は人間が持っておいて当然の事なんだよ?英雄になれるチャンスだ。それを持とうとしないなんて』
「人間じゃない…か?」
自虐的な笑みが浮かぶ。
――英雄になる?
――人を殺している俺が?
――何も守れないちっぽけな存在。
そんなものが多くを救う英雄?
反吐がでる。
「そうだ。俺は人間じゃない。一度死んでいる。ゾンビと同じ。そんな存在が表へ立ちたい?誰よりも上へ?くだらない。そんなものなど溝に捨ててやる。俺はただ…」
全てを壊す。
奴らを根絶やしにする。
復讐を果たす。
『ま、向こうも急いでいるというわけじゃないからね。しばらく考えればいい。今すぐ答えを出す必要はない……でもね、僕は思うんだよ』
――宮本夜明はいずれ世界を救う英雄たる資格を持っている。
それだけを残して黒土は電話を切った。
再度、問いかけようとしたが電源が入っていないというむなしい声が響くだけ。
奇妙な虚しさに包まれた。
「あの、夜明、さん」
扉が開いてひょこっと吹雪が顔を覗かせる。
既に戦闘服を脱いでおりペンギンがプリントされたパジャマを着ていた。
シャワーを浴びた直後なのだろう頬がほんのりと赤い。
「なんだ?」
「その、落ち着かなくて…少し、吹雪と話をしませんか?」
吹雪の提案に頷いた。
一人で悶々と考えていても気が滅入る。
ならば吹雪と話をして少し気持ちの整理をしよう。
リビングへ足を運んで珈琲を冷蔵庫から取り出す。
「カフェオレでいいか?」
「はい…」
缶を二つ取り出し、一つを吹雪の前に置く。
プルタブをあけて一口。
俺が選んだのはブラックコーヒー。
苦味が口内へ広がる。
「彼らの提案どうするつもりですか?」
「興味がない…でも、少し悩んでいるが正しいのかな」
「夜明さんでも悩むことあるんですね」
「…そうだな、俺も悩むんだ」
自分の変化に少し驚く。
それから彼女へ問いかける。
「吹雪は、どうするつもりだ?」
吹雪はカフェオレを両手で掴んだままうつむく。
「吹雪は、吹雪を必要としてくれる人の為だけに存在しています。自分から進んで英雄や表に立とうとは思いません」
能面みたいに感情が読めない吹雪。
普段から何を考えているのかわからない彼女に対して、本当にわからないと思った。
思えば、俺はこいつについて何も知らない。
どこで生まれて。
今まで何をしてきたのか。
只、同じ掃除屋という理由でともに活動してきた。
それだけの関係だった。
「それは…どういう」
「夜明さん、一人の少女の話を訊いてくれますか?誰かに必要とされたい少女の話」
吹雪はそういうとぽつりぽつりと話し始める。
▼
「よろしかったのですか?」
アロンダイトは静かに主へ問いかける。
深夜を回った国際ホテル。
設置されている浴室の入り口で待機しているアロンダイトが主へ尋ねた。
「彼らの事かい?」
「はい」
他所のホルダーが他国の情勢へ口をはさむことは国際問題へ発展する。しかし、アロンダイトとしては英雄の素質、なにより人を守れる力を持っている彼らがごみ処理役をしていることに少なからず不満を抱いていた。
「キミの気持も理解できるよ。彼らの過去はともかくとして実力だけを見るなら英雄として活躍できるものだ…けどさ、少し気になっているんだよねぇ」
「気になるというのは?」
「男の子の方の目だよ」
「目、ですか?」
主のいおうとしていることがわからず疑問の声を漏らす。
自分の考えが及ばないところを見ているのだろう。
「剣を抜いていないとはいえ、キミと互角にやり合えたことは凄い。正直言って滅茶苦茶欲しい。でも、何かもやもやするんだよねぇ、すぐに手を出したいけれど少し待った方がいいことのあるような…そんなモヤモヤがするんだ」
「では、どうなさいますか?」
「ちょっかいをかけてみようと思うんだ」
「といいますと?」
「例えば…」
アーサーの提案にアロンダイトは静かに頷いた。
主の命令ならば迷わずに従う。
それが騎士である自分の勤め。
故にいつもの言葉を主へ告げる。
自らの忠誠を伝えるために。
「イエス・マイロード」
――英雄になりたくないか?
かつて告げられた言葉が過る。
くだらないと一蹴した。
俺は表で活動するつもりなど毛頭ない。
英雄とは人の為に戦う存在。
人を、世界を滅ぼそうとする害悪から守るために自らの力を振るう。
似合わない。
合わない。
俺は英雄になれない。そんな素質はなかった。
素質があれば?
すぐに首を横に振る。
仮に素質があったとしても誰かを救うことへ力を使う自分が想像できない。
俺は誰かを救うために戦っていない。
誰かを救うことに力を使わないのだ。
あの日からそう、一度死んだ時から誰かを助けようという気持ち、いや、感情が欠けたんだろう。
影として生き続けていられるのも欠けていたからかもしれない。
――あなたのことが好き。
どうして、俺だったのだろう。
武器所持者になるため、血や泥まみれになった日々の中、告げられた言葉。
わからない。
わからない。
愛とはなんだ?
恋とはなんだ?
英雄、恋愛、これらは俺にとって無縁、遠くのもの。
ただ影として生きる。
表沙汰にできない武器所持者を討伐、確保するためだけの人生。
それだけで十分だ。
だから、この話は断る。
俺は英雄にならない。
興味はなかった。
「…あの、夜明君?」
名前を呼ばれて顔を上げる。
心配そうにのぞき込んでいる水崎姫香と目が合う。
「さっきから呼んでいたんですけど、聴いていませんでした?」
「ん、あぁ」
「眠そうですね?昨日は寝られなかったのですか?」
「まぁ、うん」
「何度も仰っていますが体調管理はしっかりしたほうがよろしいですよ」
「そうだな、あぁ」
「保健室で休んだ方が」
「大丈夫、少し寝るだけで戻る」
机に突っ伏した途端に聞こえてくる声。
――クズだの。
――彼女に迷惑をかけるな。
――消えてしまえ。
聴こえてくるのは蔑んだものばかり。
仮に、
もし仮に。
俺が英雄となってこいつらを見返したら?
くることのない未来を一瞬考えて苦笑する。
英雄になって見返す?
そんな考え、人を救う英雄が持つわけがない。
故に英雄へなる資格はない。
只の、どこにでもいる不良の生徒、影としてイレギュラーホルダーを確保する。
それだけでいいのだ。
だからこそ、こんな所で濃厚な殺気がまき散らされることなどありえなかった。
ドサドサドサァと派手な音がする。
「っ!」
体が反応しそうになるのをかろうじて堪える。
ここで動くのは得策じゃない。
けれど、ここまで濃厚なものだ。
――バタン。
普通の人が耐えられるわけがない。
音を立てて倒れる生徒達。
この中でまともに動ける者はホルダーくらいか?
「なんだ、これ!?」
「皆さん、一体…夜明君!」
武器所持者の金城秋人、水崎姫香、そして俺。
この三人だけが濃厚な殺気の中で動くことが出来た。
“英雄”である金城秋人はこの事態を引き越した存在を探すために動きだしたのだろう。
足音が遠ざかっていく。
「姫香はここでみんなの様子を見ていてくれ、俺が調べてみる!!」
残された水崎姫香は困惑しているのだろう、靴音が近づいては遠ざかっていく。
気配が俺の方へ近づいてきた。
「息はある…でも」
頭上から聞こえてくる声、俺を心配しているのだろう。
「夜明君、待っていてください。私もすぐに」
「いけるといいねぇ~」
教室内に響いた声、
無事な人間がいたのか?
そう考えたが間違いだと知る。
水崎姫香は気づいていないだろう。
より濃厚な殺意が室内に漂い始めた。
机越しから伝わってくる小さな震え。
本能的、とまではいかないが頭の隅で彼女も察したのだろう。
――コイツは危険、だと。
「誰…ですか」
「あー、そうかそうか、お前、魔に見初められた者か」
何気なく呟いた言葉に気絶している振りを解きそうになる。
水崎姫香は言葉の意味が分かっていないようで困惑していることが伝わった。
――なんなんだ?こいつは、
俺の頭の中は疑惑と困惑が占めている。
“魔に見初められた者”
この言葉は水崎姫香の人生に大きな意味をもたらす。
だが、彼女はわかっていない。
少し前に魔に見初められた者、それに関わる時間、深くかかわった人間の記憶を失っているのだ。
「うーん、どうすっかなぁ、見初められた者が起きているっていうのは予想外、うーん…もう一人が来る前に楽しもうとするかねぇ?」
不味い。
空気が変わった。
声の主が何かをしようと動きだす。
だが行動に移せない。
ここで動けば声の主は俺の存在に気づく。
殺せるかもしれない。
倒せるかもしれない。
そうすれば俺が武器所持者だということがばれる。
ダメだ。
水崎姫香にばれたらあの記憶がよみがえるかもしれない。
それだけは避けないといけない。
俺自身のためにも。
アイツの…。
待てよ。
なんで、俺はアイツの心配をしているんだ?
なんで…。
どうする?
倒れている振りをしている中で必死に思考を巡らす。
ここで起き上って力を使えば水崎姫香を助けられる。
だが、その代償として今の生活を失ってしまう。
俺は、どうすればいい?
俺は、俺は、俺は!!
「久しぶりに人間を味わうわぁ~」
ずいずいと近づいてくる気配。
タイムリミットが近い。
だというのに俺は。
体は動かない。
「何をやっている!!」
声と同時に響く鉄の音。
英雄は弱者を救うために現れる。
この時だけ、金城秋人に感謝した。
そして、動けない自分を責め続ける。
金城秋人の繰り出したカリバーンを相手は受け止めた。全身を灰色のローブで包んでいて、フードで顔の殆どが隠れていて男なのか女かすらわからない。
振り返ることすらなく置かれていた椅子で防ぐ。
「ン?」
この時になって金城秋人の存在に気づいたらしい。
「ん、あー、残念。本命?がきちゃったかぁ、うんうん、主菜がきちゃったから前菜…もとい、デザートは後で食べるようにしようかぁ」
困惑する秋人の前でローブの存在は持っていた椅子を前に押す。
構えていたカリバーンが押し返された。
教卓に体を打ち付けそうになりながら剣先を相手へ向ける。
険しい表情を浮かべながら秋人は周りを見た。
未だクラスメイト達は意識を取り戻していない。
ここで技を使うことは危険だ。
剣を振るうにしてももしかしたら当たるかもしれない。
秋人は目の前のローブを外へ連れ出すために前へ。
カリバーンを振るう。
相手は椅子で受け止めようとするが凄まじい衝撃で外に放り出される。
「姫香はここにいるみんなを守るんだ!」
「は、はい!」
秋人の叫びに水崎姫香は戸惑いながら盾を展開する。
グラウンドに降り立った二人。
剣先を秋人は向けた。
「お前がこの騒動を引き起こしたのか!?」
「そうだ、といったらお前はどうするの」
「みんなを元に戻させる!!そして、逮捕する!」
「なら、力づくでやらせるしかないだろうね。私は戻すつもりはないからな」
「お前ぇえええええええ!」
軽い挑発。
それに秋人は乗った。
輝く剣を振るう。
この時、秋人の頭の中は元凶を倒して元に戻すという事しかなかった。
もしかしたら目の前の相手は普通の人間かもしれないという考えはない。怪しい力でクラスメイト達を気絶させて、仲間を襲おうとした。
敵だ。
倒さないといけない敵なのだと彼は考える。人間かもしれないという考えはなくなっていた。
仮にあったとしても秋人は止まらなかっただろう。
どちらにしても。
「遅い」
金城秋人は勝てなかった。
過程はどうあれ結末は変わらない。
輝く剣が宙を舞い、秋人は地面に崩れ落ちる。
何が起きたのかわからないまま彼は意識を手放す。
「全く、武器所持者にしては随分と単調な動きだな…この程度の相手なら五万と戦ってきたぞう」
落下する剣を掴む。
主が意識を手放したというのに消えることがない。
にぃぃぃぃぃと彼女は嗤う。
「いっただきまーす!」
三日月のように口が裂けたと思うとそのまま秋人のカリバーンをばりばりと“食べて”いく。
鉄よりも強固なオリハルコンの剣を煎餅のように大きな音を立てながら砕いた。
その光景をみてしまった水崎姫香は混乱する。
――人が武器を食べた。
金城秋人が倒されたという事実を上回る衝撃で彼女の思考は麻痺してしまう。
「うーん、そこそこにおいしかったけれど…見かけの割に強くないなぁ。鍛え方が足りない。ま、一撃で倒していたらそういうところもでてくる。もっと精神と肉体を鍛えて精進する事だね。さて」
デザートを食べようと校舎にいる彼女と目が合う。
次はお前だと案にいわれている事に気づいた姫香はぎゅっと拳を作る。
盾を構えながらグラウンドへ降りた。
「おや、自ら差し出しに来てくれたのかな?随分と潔いね。そういう子は嫌いじゃない。よーし、キミは優しく食してあげよう」
「あ、貴方は、一体、何者なんですか?」
「これから食われる相手が知る必要ないだろ?ま、気になるという事は理解できるけれど、何も知らない方が幸せという事もあるよ?キミの態度からして見初められていたという記憶がないみたいだし」
「さっきから何の」
「ま、あっさりと眠れよ」
水崎姫香の前に立つ。
ローブの裾から覗く白い手が拳になり放たれた。
高速を超えている拳打。
彼女が気づいて盾を構える時間すら与えない。
一撃が当たった時、水崎姫香に待っているのは絶望的な展開。
どれだけ足掻いても逃れられない最悪な運命。
そんな運命を。
「あら?」
彼は認められるわけがない。
繰り出された拳を黒い影が受け止める。
姫香の眼前で拳が止まり、衝撃のみが襲う。
全身を黒衣で身を包み、赤いレンズのゴーグルらしきもので顔の殆どが覆われていて素顔はわからない。
だが、奇妙な懐かしさを姫香は覚えた。
「え?」
水崎姫香をゴーグル越しに一瞥してから夜明は拳を押し返す。
「うわっ、とっとぉ」
ちょっと突いただけなのに大袈裟な反応をとる。
演技、それともふざけているだけなのか判断できない。
「コイツに触れるな」
鞘から抜いた雷切の先をローブへ向ける。
突然の乱入者に水崎姫香も、ローブの相手も驚愕している。
「なんだ、お前?」
「俺が誰かなんて、これから倒される奴に関係あるのか?」
「は、ははははははは!面白いな。お前」
大きく笑った後、冷たい殺意が広がる。
夜明は水崎姫香を守るように立ちながら雷切の剣先を地面へ向けた。
構えのない無防備なスタイル。
まるで攻めてくださいといっているような立ち方にローブは嗤う。
そして、拳を放った。
先ほどよりもキレのある攻撃だ。
光速の拳を夜明は迷わず雷切を上へ振り上げることで阻止する。
獣の唸り声のような音を放った雷切の刃がローブの腕を切り落とした。
「お、おぉぉぉぉ!?」
自らの腕が落とされたというのに悲鳴どころか喜びの声を漏らした。
「凄い凄い!俺の腕を落とすなんてお前が初めてだよ!しかも、何だよその剣!間近でみてみたら途轍もないほど鍛えられているじゃないか!食いたい!てか、食わせろ。食いがいのある武器は久しぶりだぁぁぁぁぁぁ!」
「なんなの…この人」
水崎姫香が怯えた声を漏らす。
自らの腕を斬りおとされているのに悲鳴すらあげず黒衣の相手と戦うことにしか眼中がない。
――狂っている。
こいつは自分と同じ、いや、それ以上の狂気を抱えていると夜明――黒は察する。
ここまで狂った奴をみるのは久しぶりだ。
さっさと切り伏せてしまうのに限る。
雷切を構えたところで横から乱入が入った。
「ダメです!」
「ふっ…」
水晶のように輝く大剣を黒とローブの間へ叩き付けて吹雪が乱入する。
「何の真似だ!」
「ダメです。いくら強くても武器喰いに挑もうなんてしないでください。撤退です。あんな奴を相手にしたら命がいくつあっても足りない!」
「アイツは危険だ。ここで倒しておかないと」
視線を下したところで黒は気づく。
吹雪は怯えていた。
握りしめている手も、瞳も何もかもが恐怖に支配されている。
こんな彼女を見るのは初めてだった。
「あれぇ?」
ローブの向こうで小さな声が漏れた。
視線を戻す。
相手は自分ではなく吹雪を見ていた。
「あ~、どっかでみたような気がするなぁ…思い出せないなぁ、どこでみたっかなぁ?あぁ、喉に骨がささったみたいに気になるぅぅよし!思い出すために帰ろう」
「なに」
「じゃ」
相手はグラウンドから姿を消す。
元々、その場にいなかったかのように影も形もなくなる。
追いかけることが出来なかった。
残された夜明は隣の吹雪へ視線を向ける。
大剣を握りしめている彼女は前をみているようでみていなかった。
これ以上、ここへとどまるのは危険だ。
「あ、あの…」
「警告しておく」
近づこうとした水崎姫香の足元へ雷撃を放つ。
小さな悲鳴を上げる彼女へ冷たく言う。
「俺達のことを詮索するな。ここでみたことも忘れろ。それがお前のためになる」
「私の、ため?」
「そこに倒れている英雄を助けてやれ」
無様に倒れている金城秋人を指す。
水崎姫香が彼を目で追う。
視線を戻すと彼らの姿はなかった。




