13.予期せぬ勧誘
翌日、改めて話があるという事で代理の人間に俺は呼び出された。
指定された場所へ赴くと一台の車が待っている。
「や、キミが黒かな?」
「…」
「沈黙は肯定とみるよ。黒土君の代理を務めることになった珠洲沼だよ。よろしくねぇ」
車窓から顔を覗いている女はニコニコと挨拶をしてくる。
丸っこいメガネに特に手入れのされていない髪は光を受けて怪しく輝いている。
少しやせている頬、ぷくっと丸い唇。
第一印象はどこか地味さが目立つ女。
「ささ、話は車でするから乗ってくれるかな?」
珠洲沼に促されて渋々、助手席へ腰を下ろす。
しばらくして車は走り出す。
車内で珠洲沼は一方的に俺へ話しかけてきていた。
自分は元々、OLだったがホルダーに助けられて彼らを支える仕事に就くことにしたという話や若い子の面倒が見ることが好きなど。
孤児院出身などプライバシーにかかわる話など多岐にわたった。
「ごめんねぇ、雑務が多くて連絡が遅くなっちゃって。聞いたよ。お店の騒ぎはこっちでなんとかしておいたから……ホント、血気盛んな子達ばかりで参っちゃうよ」
「呼び出した用件は?」
「麻薬キャンディーの件についてだよ」
「目下、調査中」
報告なら既にメールで済ませている。
状況の把握なら時間の無駄だと思っていた。なにより、いつまでこの無駄な話は続くのだろうか?
「その件なんだけど、私の子供たちに調べさせようと思うんだよね」
「なに?」
「つまり、なんていえば、いいかな。後は私の子供たちに任せて」
珠洲沼という女は俺達を麻薬キャンディーの調査から外したいようだ。
どういう意図があるのかわからないが担当の人間が別の者になるとこういうことが起こる。
詳しい経緯は知らないが傘下の影が任務を達成するとその功績は担当者のモノになるらしい。逆に問題を起こせば担当者の責任となる。
おそらく、珠洲沼は麻薬キャンディーの調査を俺達にさせたくないのだろう。
「…子供たち?」
珠洲沼の言葉を訊ねかえす。
「そ、私が面倒を見ている子達だよ。キミも既にあっているよ」
既に会っている。
その言い方にもしやと思って聞いてみた。
「あのバンダナ男か」
「うんうん。桧山君達ももう少し冷静さを身に着けてほしいんだけど。まぁ、今回の件もあるから合同というよりかは私の子に任せたいんだ」
「命令なら従う」
「もう、硬いなぁ。短い期間だけど、私の子供と同じなんだから甘えても」
「話はそれだけだな?俺は降りる。おろせ」
これ以上の長居は無用と判断する。
停車したことを確認して降りた。
「今度、夕飯でもどう?どうせなら一緒にいた女の子も」
「結構だ」
提案を一蹴する。
珠洲沼という女がまだしつこく口を開く前に言う。
「俺は命令なら応じる。しかし、それ以外の事に関して従うつもりもない。さらにいえば、そんな関係に興味もない」
俺は車から離れる。
話をしてみて思った。
珠洲沼という女は好きになれない。
人の領域へ無遠慮に踏み込んでくる。
これならまだ黒土の方が百倍マシだ。
アイツはまだそういうことはしない。人に無茶なことをすることはあるけれど。
まだ、アイツの指揮に従っている方がまし。
そんなことを考えていた俺は前方に意識を向けていなかった。
ドシンと小さな衝撃が起こる。
「キャッ!」
続いて悲鳴。
女の子のものだった。
視線を下すと女の子がぺたんと座り込んでいる。
流れるような金髪に白い肌、そして宝石のように青い瞳。
外国人だった。
俺は手短に謝罪をして離れる。
はずだった。
「あ、あの、申し訳ありませんでした」
ぺこりと頭を下げる少女へ俺は言葉を返さず歩みを止めない。
小さな靴音が続く。
俺の不注意とはいえ、少女と関わりを持ってしまった。外国人ということもあるが何か嫌な予感がした。
それは的中する。
少女はどこまでもついてきていた。
自分は迷子だ。
ここはどこ?という事を繰り返している。
フリルのついたワンピースに男物の上着という変わった格好を除き、流れるような金髪、青い瞳は不安そうに揺れていた。
水崎姫香のような人外的な美貌と比べたら劣るが可愛い子の部類に入る。
だからといって進んで接するつもりはなかった
少女の言葉を沈黙で返す。
冷たい人間と考えて去ってくれないだろうか?という俺の願いはことごとく破壊されている。
「本当にごめんなさい!」
何度も繰り返される謝罪。
謝り続けられていることを知れば誰かが関わろうとするだろう。
だが、そんな様子はない。
「あのさ…話している所悪いけど、何を言っているのかわからないんだけど」
「え?」
ぽかんとした表情で少女は首を傾げた。
ため息が漏れる。
それが自分のものだと理解するまでもない。
「英語で話されても俺は理解できないんだよ。しかも早口で何を言っているかわからない。」
何度も謝罪している少女だが話す言葉は全て英語。
近年、英語が授業の科目に入ってきているとはいえ、流暢に話されていては難しい。
最も俺はいろいろな理由から英語はマスターしているから問題ないが厄介ごとの臭いがしていることから理解できていない人間の振りをしている。
このまま無視してやりきろうとしたが流石に無理があった。
どこまでもついてくるような気がした。
だから、わからないということで追い払う事へ切り替える。
そんな時だった。
――ゾクリ。
俺へ突き刺さる殺気で体が硬直する。
一瞬のことで反応が遅れる等というヘマはしない。
横から伸びる手を掴んでそのまま離れていく。
「お前は何をしようとしているんだ」
掴んでいる相手を見下ろす。
俺より頭一つ低く、短い髪をポニーテールにしている女の子。
それを知っている。
「あれ、夜明さん?吹雪は変な女を潰そうと…」
「相変わらず物騒な思考をしているな。お前」
「全ては夜明さんのためです!」
拳を作って力説するのは吹雪。
さっきから感じている視線と殺意は彼女のだったか。
無駄に警戒して損した。
「それで、何でこんなところにいるんだ?まだ授業中のはずだろ」
「夜明さんへ伝えるためにやってきました」
吹雪が携帯のメールを見せた。
中身を見た俺の目が鋭くなる。
「あっちに交番があるからそこで話を聞いてくれ」
交番の近くまで少女を誘導する。
吹雪は無言でついてきた。
交番にいる警官へ任せてその場を離れる。
「あの女は一体、なんだったんですか?」
「知らん」
「そうですか」
「メールの内容、あれは珠洲沼とかいう女からだったのか?」
「はい。吹雪たちで当たるようにとのことです」
「そうか」
「情報は既に集めています。今日、やりますか?」
「あぁ」
手短に打ち合わせをして俺と吹雪は離れる。
▼
俺と吹雪は特殊繊維で作られた戦闘服を身に纏って廃墟となっている病院の前にいた。
既に俺達は掃除屋として意識を切り替えている。
「対象は21:00になると三階にある手術室で人体を切り刻んでいるそうです」
吹雪、ここでは雪が事前に集めていた情報を教える。
俺も端末を開いて情報をチェックしていた。
対象は元々、名を馳せた医者らしいが一回の手術ミスで人生が崩壊。
輝かしい栄光が地に落ちた後は酒や金に溺れる毎日。
大量の借金を抱えた彼は臓器を売り出す闇商売へ転属。
しばらくして能力に覚醒。
手に入れた力で人を拉致して臓器売買に拍車がかかる。
売った臓器の数は底知れず。
今回、彼が武器所持者だということを組織が掴み、指令が下されて代理の珠洲沼が俺達へ命令したという流れだ。
赤いゴーグル型のバイザーで素顔を隠して階段を上がっていく
施設に警報の類は設置されていなかった。
さらにいうと雇われている傭兵や警備の姿もない。
臓器売買というのは金になる。
医療が進歩しているとはいえ、臓器は人間の中に一つだけしかない。それを待っている患者は数多くいる。それを闇で売って購入するだけで問題は解決してしまう。
そう考える人間がいることから臓器売買というのは麻薬の次くらいに高額な取引が多い。
そして、そういう取引がある場所の警備は厳重なものだ。警備もかなり強固で周辺を巡回する警備員の質もかなり高い。
でも、それらしきものも姿もない。
付け加えると無菌室など金がかかることからここまで錆びた場所でやるのは問題がある。
「臓器売買をしている割に警報や護衛はいないんだな」
「雪もそこが気になっています。警戒する必要もないという事でしょうか?」
「あり得るな」
情報からして医師としての技術は高い。最低限の設備があればなんとかなるだろう。さらにホルダーの力に目覚めているのならかなり強敵かもしれない。
同様のバイザーで顔を隠している雪も頷く。
既に三階へ侵入している。
だが、護衛の武装集団や謎の奇怪生物などが待ち構えていることがない。それがますます疑問を膨れ上がらせていった。
――臓器売買を個人でやっているのか?
――それとも大きな組織が関わっていないだけ?
ふつふつと沸き起こる疑問を抱えながらも通路を進む。
狭い通路を進み、ランプの割れた手術室の文字が目に入る。
互いの顔を見た。
「俺が突撃する、後方で待機」「了解しました」という短いやり取り。
扉を足で蹴り飛ばす。
派手な音を立てて扉が吹き飛ぶ。
人が入らなくなって年季が入っているのだろう。あっさりと扉は開く。
室内の構造は頭に入っている。
後は標的がどのような対応をするのかということのみだ。
だが、中へ突入した俺達を待っていたのは想定外なことだった。
「なんだと」
「……あら?」
手術室の中に対象の鬼熊伊地知はいた。
「ぐっ…あ…ぐぁああ」
但し、瀕死の状態という前置きがつく。
血まみれの鬼熊を見下ろしている一人の男。
そこにいる男がやったのだろうと即座に推測を立てる。
だが、コイツは何だ?
無暗に相手へ問いかけるなどということはしない。
服越しからわかるほど鍛え抜かれた肉体。腰にぶら下がっている武骨なロングソード。
目や表情から何を考えているのか読めないがこいつは敵だ。
俺達へ殺気を放っている時点で敵だ。
雷切を実体化させる。
暗闇の中で白銀の輝きを放つ刀を構えると男は腰に刺していたロングソードを静かに抜く。
「お前は下がっていろ」
「嫌です」
フォローへ入ろうとする雪を拒絶する。
「俺一人でやった方が動きやすい」
「私は黒さんの補佐をします。絶対です」
話をしている間に男が突撃してきた。
雷切を牽制のために振るう。
小さな火花が起こる。
鍔迫り合いでロングソードと雷切がぶつかりあう。
打ち負けたのは…俺だった。
「(こいつ、強い!)」
体を揺らしながらゴーグルの奥で顔を歪める。
今まで戦ったイレギュラーホルダーの中で上位クラスだ。
痺れる右手を乱暴にスナップさせながら雷切を握りなおす。
男は正眼にロングソードを構えたと思うと既に間合いへ入り込まれていた。
上からの斬撃を下から対応する。
ガクンとくる衝撃で仰け反りつつ前へ踏み出す。
「いきます!」
「おい!」
横から水晶のような剣が振り下ろされた。
男はロングソードで薙ぎ払おうとするが相手の剣に押し負け、手術台に体を打ち付ける。
衝撃で手が痺れたようで武器が零れ落ちた。
光を受けて輝く大剣を構えて雪が叫ぶ。
「チャンスです」
「くそっ」
雷切を前へ突き出す。
遠くへ武器が離れた以上、相手は防ぐ手段を持たない。
雷で気絶させて回収すれば終わる。
そう思っていた俺達の前で男は信じられない行動に出た。
足元に置かれている鉄パイプ、それを拾ったのだ。
あろうことかそれで刃を受け止める。
「な、なに!?」
はじめて驚愕の叫びを漏らしてしまう。
本来、武器所持者が作り出す武器の見た目は普通の武器と大差ない。だが、構成物質、元素などすべてが未知のもので構成されており、その力が魔物を倒す鍵とされている。
オリハルコンと命名された物質を兼ね備えた武器は通常兵器や壁をいとも簡単に壊すことが可能だ
なのに、目の前の男は鉄パイプで雷切を受けとめたのだ。
これに驚きを隠せない。
只の鉄パイプなら真っ二つに両断できた。
刃を受けた鉄パイプはあろうことか無傷、折れる痕跡もない。
相手もわかっているのか表情に変化がなかった。
破壊できないという事実が動揺を誘う。
――なんだ、こいつは!?
後ろへ下がり、撤退の準備に入る。
力の底が知れない。そんな相手の場合長く戦わず一度、体制を整える。
逃げ切れる保証はない、だがここで戦い続けても勝利する未来が描けなかった。
――最悪、殺される。
伊弉冉を使えばまた違うだろうがあれを無闇に振り回すつもりはない。
「撤退」
「そこまでだよ。アロンダイト」
「はい、我が主≪イエス・マイロード≫」
手術室内に響いた第三者の声に俺達は身構える。
奥の扉が開いて一人の少女が姿を見せた。
少女だと認識したのは相手がふりふりのドレスを着て、凹凸のある体つきをしていたからだ。
頭の殆どが纏っている外套のフードで隠れており顔の半分は奇妙な仮面で隠れている。
だが、わかった。
コイツは俺達が束になって挑んでも勝てない…かもしれない。
そう本能が警告を鳴らしていた。
同じように雪も動きを止めている。
「はじめまして、武器所持者君、武器所持者ちゃん。ワタシの名前はアーサー・アンダーセン、英国支部の支部長にして円卓の騎士王を務める者だ」
「なんだと?」
少女の告げた名前に驚く。
「こんな形の出会いに謝罪をしよう。本当は正式な手続きを踏んでキミ達と会いたかったんだけど、日本支部はそれよしとしないみたいなのでね。影、もしくは掃除屋というのは不便だねぇ。話はストレートにいこう。ワタシはキミ達を勧誘しに来た。我々と共に表の世界で英雄として魔物と戦おうじゃないか」