第三十二章
伊武がAgを追い始めた後、残された直巳達は、どう行動するかを迫られていた。
少なくとも、この場は離れないといけない。スミスは押さえていたらしいが、この状況では、さすがに警察やマスコミが動き出してもおかしくないだろう。
「直巳、どうする」
アイシャが直巳に指示を求める。迷っているからではない。アイシャは、直巳の好きにさせようと思っている。
直巳は悩むことなく、全員に伝えた。
「アイシャとBはスミスの追跡を頼む。俺とAは伊武を追う。車、こっちで使っていいか?」
それぞれの追跡に、Aとアイシャを分けたかった。怪我で動けない直巳は、必然的にAの車に乗ることになる。アイシャならば、Bも制御することができるだろう。
「いいわよ。どうせ、運転するのはAなんだから。こっちはなんとかするわ。ちょっと、思い当たることもあるし」
直巳の提案をアイシャは素直に受け入れた。特に問題はない。
「行きなさい。細かい連絡はいらないわ。お互い、上手くやりましょう」
「ああ。また後で、全員で会おう」
「無事に終わったら、パーティーやるから」
アイシャはすれ違いざまに、直巳とハイタッチをした。Bを連れて、この場から走り去る。
「では直巳様。車の方へ」
直巳も、Aの肩を借りて車に乗り込む。後ろで寝ていろと言われたが、直巳は助手席に乗り込んだ。
Aが車を発進させる。直巳に鎮痛剤と水の場所を教えて飲ませる。
最近、ずっと鎮痛剤を飲んでいるなと、直巳は自嘲する。それだけ怪我をしているということだ。
出血と痛み、それから疲労のせいで、顔色が悪い。鎮痛剤は、まだ効いてこない。
「直巳様。希衣様の追跡で構いませんか?」
「伊武のGPSが追えるなら、そうしてくれ」
Aが運転をしながら、タブレット端末を器用に操る。車の運転が滞ることはない。
「いけます。では、追跡を始めます」
Aがアクセルを踏み込む。車はなめらかに加速を始めた。
「まあ……あの状態のAgに、希衣様が負けるとは思えませんが」
Aが言うと、直巳はうなずいた。
「負けるとは思ってないけど……嫌な予感がする」
「そうですね――ただ、いまさらですよ」
Aがアクセルとブレーキを忙しく踏み換えて、カーブを曲がる。乱暴な運転でGがかかる。直巳は踏ん張るために太ももに力を入れてしまい、痛みに苦しんだ。
「……いまさら?」
「ええ。今回は最初からずっと、嫌な予感しかしていません――希衣様にとって、ですが」
Aはそれっきり黙り込んだ。
直巳はカイムの言葉を思い出していた。
過去が邪魔をする。壁のように。




