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第三十一章

 二人の兵士が、つばめの頭にライフルの銃口を突き付ける。

 つばめは首から下げたお守りを握りしめて震えていた。

 アイシャ達が家を出た後、椿家にPORラボの兵士達が押し寄せてきた。一緒にいたカイムは人の姿になって抵抗したのだが、人数の多さと、銃火器の前に敗走した。カイムは戦闘力が高くない。それに、死んでも守れとはアイシャに言われていない。

 つばめは、わけもわからないままに捕らえられた。

 そして、気が付けば知らない場所に連れてこられて、銃口を突き付けられている。

 初めての経験。現実感がない。つばめは映画でも暴力的なシーンが苦手だ。人を殴ったり、銃を突き付けたり、血が流れたり――苦手だった。もっと、穏やかで優しい話が好きだった。

 まさか、自分がその人質になるなんて、思ってもいなかった。自分は殺されてしまうのだろうか。いや、それよりも、自分が人質なら先に殺されるのはアイシャだろう。そして、次に直巳だろうか――それなら、一番最初に殺して欲しい。直巳が目の前で殺されたりでもしたら、つばめは気が触れてしまうだろうから。

「さて。こういうことだよタカミヤ。Agはツバメのことまで漏れなく話してくれたよ。こんなか弱いお嬢さんを人質にするのは心が痛むがね。我々はナイトでもサムライでもない。手段は選ばないのさ」

 勝利を確信したスミスは得意気に言う。完璧な作戦。偉大なスミスに敗北はない。

「とりあえずは、ツバキ達が降りてくるのを待とうじゃないか。まずは彼ら、次に君達――

ツバメは生かしておいてやろう。研究材料としてな」

 アイシャは何も答えなかった。ただ、目を閉じてじっとしている。

「アイシャ様、少しよろしいでしょうか――」

「動くな!」

 Aがアイシャに近寄ろうとして、兵士に止められた。

「離してもらえますか? 私はアイシャ様にお伝えすることが――」

「黙れ!」

 Aは兵士達に羽交い締めにされながらも、身を乗り出して暴れ出した。

「アイシャ様、あの女に気を取られることはありません! あれが人質!? バカらしい! 人質になるわけがないでしょう! なるわけがない!」

「黙れと言っているだろう!」

 兵士達はライフルにグリップで、Aの頭を殴った。

 Aはうめき声をあげて黙り込む。

 無様な執事の姿を見て、スミスはククッと笑った。

「おやおや……ご自慢のセバスチャンも最初に会った時は、ずいぶん冷静に見えたが……窮地になればそんなものか。タカミヤ、君の執事は、あれが人質にならないと言っているが? どうするのかね?」

 アイシャは、ぐったりとしているAとつばめを交互に見ながら、うーんと考えた。

「――一理あるわね。うん、そうしましょう。スミス、あれは人質にならないわ。切り捨てることにするから、殺すなら殺しちゃって」

 あっさりと言うアイシャ。もういらないと、きっぱりスイッチを切り替えたような態度。

「――タカミヤ、正気か? あれはツバキの姉だろう? あれを見殺しにしたとなれば、ツバキは君達を許さないだろう。いいのか?」

「いいわよ別に。自分達の命の方が大事だもの。つばめだってわかってくれるわ。ね?」

 アイシャが笑顔で話しかけると、つばめは震えながらも、無理矢理に笑顔を浮かべた。

「そ、そうよ……私のことは、気にしないで……いいから……どうせ、そのうち死んじゃうんだから……今、ここで死んでも……あ……でも……」

 つばめは、手に握ったお守りを、ぎゅっと握りしめる。

「最後に……最後にお祈りだけさせてください……それで、大人しくしますから……」

「ですって。処刑する時だってお祈りぐらいするでしょ? させてあげたら?」

 アイシャが、まったく興味がないようにスミスに言う。

 スミスは怒りに震えながら、兵士達をつばめの周りに集めた。

「いいだろう……祈りが済んだら、蜂の巣にしてやる……そのヘタクソな駆け引きの代償……きちんと支払ってもらうぞ……タカミヤ!」

 アイシャは片手を振って、「わかったわかった」と面倒くさそうに返事をした。

「お許しが出たわよ、つばめ。さっさと済ませなさい――震えて間違えないようにね」

 つばめは黙ってうなずくと、アイシャからもらった護符を力強く握りしめた。護符の一部は鋭く尖っており、それが手に食い込んで血が流れる。

 つばめの手から流れる血を見たスミスは、かすかな良心が痛み、目を背けた。これもすべて、アイシャのせいだと自分に言い聞かせながら。

 そして、スミスの耳に、つばめの祈りが聞こえ始めた。


 かの偉大なる王の名を持つ生贄の山羊

 賜った護符にくべる血は煙であり香である

 血は盟約に注がれ、力は盟約に従う


 スミスは自分の耳を疑った。あの女は、何に祈っている? 握っているのは二翼十字で、天使教会に祈りを捧げるのではないのか? スミスでは違和感に気づくまでが限界だった。


 ああ、我が欲するところの56

 ああ、我が欲するところの64

 汝等、かの偉大なる姫の名において、我が前に姿を現わせ

 恐れたり躊躇することなく、一刻も早く


「上出来よ」

 アイシャが、にやりと笑みを浮かべて呟いた。

 そして、つばめが祈りの最後の言葉を叫んだ。

「生贄のソロモンの名を借りて、椿つばめが命ずる! 我が前に姿を現わせ! 56が示すは悪魔グレモリイ! 64が示すは悪魔フラウロス!」

「撃て!」

 祈りが終わると同時に、スミスが処刑の号令を下した。

 辺りが白く輝いた瞬間、銃声が響き、辺りに血が飛び散る。

 光が止む。

 つばめは生きており、何が起きたのかわからず、呆然としている。

 つばめを囲んでいた兵士達は無残な死体となっていた。

 死体の中心には、異常に大きな豹と、甲冑のついたラクダに乗った、赤毛の美女がいた。

 豹は咥えていた兵士の腕をかみ砕くと、地面に吐き捨てた。

「もう少し上手くできないのか。あんな下手な呪文で呼ばれたのは初めてだ」

 豹がつばめに振り向いて、人間の言葉を話した。低い、男の声だった。

「もう、そんなこと言って。上手だったわよ、つばめ」

 ラクダから降りた赤毛の美女が、つばめの肩に手を置いて微笑む。

「な……何が……?」

 スミスは何が起きたかわからず、ただ、肉と血に変わった兵士達とつばめを、交互に見比べるだけだった。

「あんたはやっちゃいけないことをやった。人質の意味がない――嘘はついてないわよ」

 アイシャがスミスに話しかける。満面の邪悪な笑みで。

「つばめが弱点なんてのはね。あたし達が一番良く知ってるのよ。だから、仕込みはしておいたわけ。つばめに召還の呪文を教えて、護符を持たせて。後は魔力が溜まれば、って話だったんだけど――天使降臨があって、直巳も動いてくれた。こんなに上手くいくとはね」

 アイシャは屋上を見上げた。直巳は、Aが渡した壷の意図を理解してくれたようだ。Aが騒いだのは、魔力が溜まったとアイシャに伝えるため。Aは意味もなく騒いだりはしない。

「な……なんなんだ……あれは……お前達は何者なんだ!」

 スミスがアイシャに拳銃を向けて叫ぶ。

 次の瞬間、スミスの拳銃が持っていられないほどの高熱を発する。

「っつ――」

 スミスが拳銃を放り投げると、地面で拳銃が爆発した。高熱により弾薬が爆発したのだ。

 つばめの呼びだした豹が、スミスを睨み付けていた。

「あれはね、悪魔よ。豹の悪魔フラウロスは地獄の業火で敵を焼き、召喚者を守ってくれる。女悪魔はグレモリイ。あれはつばめの世話役にしようと思って。いつまでもAをくっつけておくわけにもいかないし、グレモリイはAと違って元から女だから、つばめも気が楽でしょ」

 グレモリイは72いるソロモンの悪魔の中で、唯一、女性だと記されている。AやBのように女性の姿を取っているわけではなく、本当に女性の悪魔だった。

 アイシャに紹介されると、フラウロスは、アイシャに向かって、大きな頭をゆっくりと下げた。グレモリイは明るく手を振る。

 アイシャは、片手をあげてそれに応えた。

「ま、そういうことよ。途中で詠唱を止めないあたり、ド素人ね、坊や」

 勝ち誇ったアイシャの顔を見て、スミスは血管が切れそうなほどに怒り狂う。

「悪魔……? 悪魔だと!?」

「そうよ。ソロモンの悪魔。それぐらい知ってるでしょ?」

「ソロモンの悪魔だと……? なぜ、貴様等がそんなものを呼び出せる! 同時に2体も!」

「私は、生贄のソロモン――ソロモン王の末裔よ。だから、魔力さえあれば、あれぐらいは呼び出せるってわけ。光栄でしょ? わかったら、靴にキスしなさい」

 アイシャが足を差し出すと、スミスは無線で残りの兵士達をすべて呼んだ。

 あっと言う間に30人ほどが集まり、アイシャ達は取り囲まれる。

「何がソロモンだ……魔術師どもが……その力を独占して……我々人間は、その力を手に入れる! 制御してみせる! 魔術は、新たな人間の叡智になるのだ! 協力するのなら、命は助けてやる!」

 銃口を向けられたAが、アイシャの元へ歩み寄る。

「その執事を撃て!」

 スミスの号令で、Aが背中から撃たれる。

 弾丸はすべて命中し、執事服が焼けて穴が空いた。

「少し待ちなさい」

 Aは発砲した兵士達にそれだけ言うと、何事もなかったかのようにアイシャの隣りに立つ。Aの服に空いた穴から、蛇の鱗のようなものが見えた。魔力がある今、これぐらいはできる。

「アイシャ様。私かBに命じて、悪魔の姿をお与えください。魔力がありますので、問題なく片付けられます」

「おー……げろげろ……にゃー……やる」

 いつの間にかアイシャの足下にいたBも、アイシャの服を引っ張って催促する。

 アイシャはBの頭に手を置くと、二人に向かって言った。

「――私がやるわ。余計に魔力を使うことになるけど、今回ばかりは、どうしても自分でやりたいのよ。ずいぶんと、不愉快な思いをさせられたしね」

 アイシャの言葉に、Aが頭を下げる。Bも離れたところで、アイシャは立ち上がった。

「動くな! 殺して、Agの死体と一緒に研究素材にしてもいいんだぞ!」

 スミスが叫ぶが、アイシャには聞こえていない。どうやら、この男は命乞いの仕方も知らないらしい。プライドを抱えたまま死ぬというのなら、それでもいいだろう。

 アイシャはスカートをまくり上げると、足にくくりつけていた木の杭を、両手で何本もまとめて掴んだ。

「生贄のソロモンが命じる――求める数は、3・8・12・17・25・28・35・50・63――我が意に従い現れよ。恐れたり躊躇することなく、一刻も早く」

「撃てぇ!」

 アイシャが自らの体に、9本の杭を突き立てる。同時にスミスの号令がかかる。


 一瞬。ほんの一瞬だけ、辺りには文字通りの地獄が出現した。

 アイシャが自らに杭を突き立てた瞬間、突然に9体の悪魔が現れて、兵士達を思い思いの方法で虐殺し、すぐに消えた。音も無く、予兆も余波もなかった。

 まばたきの間に、血の海ができあがっていた。死体があるものは幸運だった。中には、死体が消えているものもいた。食われたのか、地獄に連れていかれたのかはわからない。


 アイシャは、体から杭を引き抜くと、疲労のあまり倒れそうになった。

 Aが咄嗟に支える。

「9体とは贅沢な。危ないのも呼びましたね。やりすぎでは?」

「これぐらいやらなきゃ、気が済まなかったのよ……あー、つばめがいたわね。嫌なもの見せちゃったかしら」

 アイシャがつばめの方を見ると、グレモリイが、手でつばめに目かくしをしていた。

「つばめー。見ちゃ駄目よー。向こうに行きましょうねー」

「わ……わかりました」

 つばめは目かくしされたまま、車椅子を押されて、向こうへ行ってしまった。あのまま家に帰らせることにする。何かあっても、フラウロスとグレモリイがいれば大丈夫だろう。

 つばめがいなくなるのと同時に、ビルから直巳達が出てきた。

「アイシャ! 無事――だな」

 広がる血の海を見て、直巳が言葉を詰まらせる。いくら血を見る機会が多くなったとはいえ、ここまで凄惨な現場を見るのは初めてだった。何をしたのか気になったが、聞く気はしない。

「遅かったじゃない。こっちは終わったわ」

「エレベーターが動かなかったからさ。扉を壊して、階段で降りてきたんだ。俺が足を怪我しちゃったから、少し時間がかかって」

 スピードを重視した結果、伊武に抱えられて降りてきたのだが、それはちょっと格好悪いので言いたくなかった。

「直巳はよくやったわ。Agを倒したのも、壷に魔力を入れたのもね。上出来よ。まれーも、よくやったわ。Agが、あそこまで手強いとはね」

「……うん」

 いまいち、納得いかないといった表情で伊武がうなずく。

 Agを倒した。スミス達も倒した。しかし、Agの、Hgの謎は解けていない。

 このまま、彼らの死とともに、何もかも闇の中に消えて終わりなのだろうか。

 アイシャは浮かない表情をしている伊武の背中を、ポンと叩いた。

「帰ったら、また考えましょう。今は勝利を喜んで、さっさと撤収するのがいいわ。A、役に立ちそうなものがあったら、持って帰ってちょうだい」

「はい。かしこまりました。3分でやります。皆様は撤収準備を」

 Aはかかとを血に濡らしながら、辺りの捜索を始めた。血も死体も、まったく気にならないらしい。

「ああ、そうだ。役に立つものと言えば、Agの体に、「聖堂乙女の核」があるはずなんだ。あれは持って帰った方がいいんじゃない? 貴重なものだろうから、役に立つと思う」

 直巳が言うと、Aは片手を上げてそれに答えた。

 捜索を続けるAの背中を見ながら、アイシャが気まずそうに言う。

「そうね……まあ、いいにくいけど、つばめの症状進行を食い止める魔術具ね。あれ、Agから受け取るのは無理そうだから。「青銅乙女の核」は、次のクリエイターとの交渉材料にね」

「――そうだな、次だ次」

 直巳は無理をして明るく振る舞う。これだけの激戦を繰り広げて、望むものが手に入らなかったのだ。だが、落ち込んでいる暇はない。自分がお願いしていることなのだ。まずは自分がやる気にならなければ、アイシャも伊武も付いてきてくれないだろう。

 健気な直巳の姿を見て、アイシャも笑顔を見せてやることにした。

「直巳、なんとかしてあげるから大丈夫よ。今回は、結果的に悪魔を増やせたのだから、決して無駄ではないわ。私の目的が進んだ。次はあなたよ、安心なさい」

「へえ……悪魔、増えたんだ。どこにいるの?」

 つばめがさらわれて殺されそうになったけど、悪魔を呼びだして助かりました。つばめ本人が呼び出しました。これからはでかい豹と、ラクダに乗った赤毛の美女が護衛になります。

 これをどう説明したらいいものか。アイシャは悩んだ挙げ句、

「ああー……家に帰ったら説明するわ。つばめも交えて。二度手間になるから」

「ああ、そう? じゃあ、それで」

 姉が人質に取られたとは想像もしていない直巳は、呑気なものだった。知れば発狂するだろうが、終わった後なら好きなだけ騒げばいいと、アイシャは黙ってうなずいた。

「アイシャ様、ご報告です」

 2分しか経っていないが、Aが戻ってきた。手に何も持っていないのを見ると、アイシャは冷たくたしなめた。

「何? 手ぶら? 最悪でも、「青銅乙女の核」と、スミスの持ち物ぐらいあるでしょう」

 Aは大きく首を横に振った。

「ありません――スミスもAgも――どちらも、死体がありません」



 街中を首の無い壊れた人形が疾走する。ガクガクと痙攣しながら、体から破片をボロボロと落としながら。

 走り回る壊れた人形を目にした人々は、恐怖に叫んだ。

 中には、止めようと思った者もいるが、意外な力強さに振りほどかれ、邪魔をするものは指先で肉が削げるぐらいに引っかかれた。

 落ちている欠片と絶叫、怪我人の姿と血。

 Agは逃げた足跡を、これでもかというほどに残している。

 伊武が追跡するのには、十分だった。

 Agの後を追って、伊武は走る。

 逃げている方向から、彼女がどこへ向かっているのか――もう、わかっていた。

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