89 飛来
オリヴィンが建具師の親方に新しい『雷灯』を頼んでから三日が経過した。
試作品を見に来て欲しいという連絡があって、オリヴィンとモキチは連れ立って工房へ向かった。
「本当に親方は仕事が早くて助かりますね」
「そうだね。この国の人たちは、素晴らしいよ」
「どうしたんですか、旦那? なんか元気が無いような……」
「……じつは、そろそろこの国を出ることになるかもしれないんだ」
「えっ、船が来るのは夏じゃないんですか?」
「……それが早まりそうなんだ」
「そんな……」
詳しいことは何も明かせないが、世話になった人たちにはきちんと挨拶してこの国を離れたいと、オリヴィンは思っていた。
この国を少し早く離れることをデュモン卿に伝えると、意外にも賛成してくれた。『むしろのんびりし過ぎたかもしれん』と言っていた。
デュモン卿にとっては長年の悲願だったわけだし、未だに元妻のミカサさんと会えていないことを考えると、もう未練は断ち切ったということなのだろうか……
いずれにせよ、デュモン卿の心情を推し量ることはできない。
ジェイドと言えば、あの花見の辺りから少し機嫌が悪い。
旅立つのは夏、と思っていたのでそれまでに色々なことを少しずつ準備しようと思っていたらしく、さすがに1週間ではできないということで、すぐにスリ・ロータスのヘリオスとセレさんに連絡をしていた。
実際には1週間後が2週間後になっただけなので、今ジェイドは猛ダッシュで様々なところにそれとなく挨拶に行っている。
さすがに『飛行船』の話はできないので、『最近開発された高速の船』が来る予定と話しているらしい。
今日も “黒曜邸に行ってくる” と伝言が残されていた。
作業場では親方が試作品として作った置き型の『雷灯』を確かめた。
地面に設置する際、場所がずれないよう後ろを尖らせて楔のように地面に埋め込むように工夫されている。
「おお、これはいいですね! 簡単に転がったりしないでしっかり地面に埋め込めます」
こんな工夫まで凝らしてくれて、本当にありがたい。オリヴィンは親方の職人魂に感心する。
「ここのところに縄を通せば、繋げて等間隔に設置することもできるぜ、旦那」
的確に注文通りの仕様にもしてくれている。
「これで二十個ほど繋げたいのですが、どれくらいかかりそうですか?」
「二十か、作業は分業で部品を作ってまとめて組み立てるようにしているから、五日ほどだな。随分急いでいるが、それで間に合うかい?」
「ありがとうございます、十分間に合います。急がせてしまって申し訳ありません」
「繋ぐ縄の長さはどれぐらいにする?」
「それは今日、場所を確認しに行って来ますので、それからまた連絡しますね」
オリヴィンは飛空艇の着陸地点を考えていた。
母船は上空に残し、飛空艇だけを着陸させるつもりだが、場所の選定が難しい。
「旦那、私にはもう隠さないでください……わかってます、言いにくいのは……」
「モキチ……」
「旦那この間、『飛行船』の話をしましたよね。……お迎えって『飛行船』が来るんじゃないんですか?」
「……モキチには、隠しておけないな……その通りだよ。『飛行船』が迎えに来るんだ」
「やっぱりだ! それで着陸地点に『雷灯』が必要なんですね!」
「そうなんだ。目印に『雷灯』を空に向けて設置する」
「なるほど! で、場所はどこなんですか?」
「場所は……まだ決まってないんだ」
「そうですか……それは、どこか見晴らしの良いところがいいですよね。たとえば山の上とか……それでいて人目につかない場所、ですね」
「難しいよな……」
モキチが何か思いついたように、ポンと手を叩いた。
「ひとつ思いつきました!」
モキチの顔がぱあっと明るくなった。
「旦那、あそこがいいですよ!……ほら、翡翠さんのお祖父さんのお宮!」
「……そうか!」
この国に着いたばかりの頃、ジェイドの家族の居場所を探して、ジェイドのお祖父さんが宮司を務める宮に辿り着いたことがあった。山のてっぺんにあるお宮にだったが、そこに少しひらけた場所があったのだった。普段は人があまり寄りつかないような、静かな神社だ。
思えば、その時もモキチが案内してくれたのだ。
「ありがとうモキチ! よく覚えていてくれたね」
オリヴィンとモキチは連れ立って、ジェイドのお祖父さんの神社を訪ねた。
* * *
それから十日後、それは来た。
通信装置で逐一、場所を確認しながら飛行船は海の上を進み、昼間は海岸線を伝って進み、夜は航海士が星を見ながら進む。
目印となる火山を見つけたところで、地上に降りるための小型の飛空艇に乗り換える。
地上では出来上がった新しい『雷灯』が地上に並べられた星のように彼らを迎えた。
飛空艇は黒く塗られていて何の音もしないため、通信装置で通信していなかったら、全く気づけないくらいだった。
等間隔に神社の参道に並べられた『雷灯』の真ん中に、想像していたより大きめの飛空艇が、静かに着陸した。
「ヘリオス!」
「オリィ!」
ヘリオスの金色の瞳が懐かしい。
「セレさん!」
「きゃ〜っ、ジェイド! 髪が伸びたわね!」
久しぶりの再会に、そこにいるみんなが浮き立っている。
「デュモン先生、お久しぶりです。お出迎えいただきありがとうございます」
「ヘリオス、元気そうだな。スリ・ロータスは変わりないか?」
「今のところ、平和です。先生もお元気そうで何よりです」
事前の打ち合わせで、ヘリオスとセレさんは3日ほど、ニッポニアに滞在することになった。ただ飛行船での秘密裏の寄港なので、出島を通さない、いわば『密航』なのだ。
二人には変身石を持参してもらい、黒髪・黒目のニッポニア人になりきってもらう。そのための衣装も用意した。
言葉の不便があるので、滞在は黒曜殿にお願いして館にお世話になることになった。
「親父殿、すまぬな。神聖な宮を騒がせてしまって」
「いいんじゃ、いいんじゃ。こんな年寄りで役に立つなら何なりと言ってくだされ、婿殿」
デュモン卿はミカサの父であるこの神社の宮司に挨拶をして、飛空艇を裏に隠しに行った。
「それにしても! 凄いじゃないか、この石!」
ヘリオスが『雷灯』をまじまじ見て、感激してくれた。
「ぜひ、この石を持って帰りたいな……」




