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金色の魔法使い  作者: 小島もりたか
16/18

六月十七日(水) 午後五時十五分

 光と春斗は瑞樹を餌に晴希から逃げるように学校を後にした。そしていつぞやに放課後デートで行った時と同じ場所――桃龍神社に来ていた。影にあるベンチに腰を下ろすと、疲労感が一気に出てきた。


「あー疲れた」

「お疲れ様」

「星野さんの方こそ、お疲れ様」

「私は全然疲れてないよ。まだフルマラソン二回ぐらい完走できるかな」

「冗談に聞こえない……」

「冗談じゃないよー」


 クスクスと笑う光を見る。確かに、彼女ならまだやってのけてしまうかもしれない。


「星野さんって本当に凄いね」

「んー、何が凄いかは分からないけど、まあ、金髪の魔法使いならこれ位は普通だよ――レナルド・ルルージュ(金色の魔法使い)はティルガ・ルルージュ(白銀の魔法使い)より更に魔力が多いから……」


 光は春斗に振り向き、何かを窺うように少し上目遣いで春斗を見つめた。

 そして何かを思案しているのか、何度も視線を逸らす。仕草の可愛らしさに思わず赤面してしまう。夕方で助かったと思った。


「……何?」

「やっぱり……覚えてないんだよね?」

「何のこと?」


 光が転入してきて以来、何か光と約束事などをしてきて忘れたのかと記憶を呼び覚ますが、それに該当する記憶は全くなかった。

 そんな春斗の反応に、もどかしそうに光は身動ぎをする。


「五歳の時のこと」

「へ?」


 春斗の反応に、光は明らかに落ち込んだ。


「――そうだよね」

「ごめん、僕って五歳の時、星野さんに会ったことあるの?」

「そうだよ……」


 肩を落としながら光は頷いた。

 意外な事実に春斗の頭は真っ白になった。春斗にはそんな記憶は微塵もなかったからだ。そんな春斗を余所に、光は心底心配そうに春斗の手を握った。僅かに熱のこもった柔らかい手に、春斗の心臓がドキリと揺れる。


「何が遭ったの?」

「何がって――何が?」

「記憶が飛ぶようなこと」


 春斗は困って頬を掻いた。思い当たる節が全くなかった。そもそも――

「ごめん、小さいの頃の記憶ってそもそもあんまり残ってないのが普通じゃないかな?」


 光は激しく首を横に振った。


「桜井君の場合はそう言う問題じゃない」

「?」


 一対一で話しているのに話についていけない春斗を余所に、光は何かを決意したように春斗の手を両手で強く握った。


「私が桜井君を守るから」


 強い光が、光の目に浮かんでいた。その光に春斗は気押されるが、すぐに立て直して苦笑いする。


「いや、普通逆でしょ?」

「今は私の方が強いもん」


 どこか悲しそうに、それでいて拗ねたように光は返した。


「う……それを言われると何も言えない……」

「とにかく、桜井君の死亡原因は老衰しか許さないから!」

「さっきより言ってること凄くなってないか?」


 光ははにかんだように笑うと、窺うように春斗の顔を覗いた。瞬きをゆっくりとする。長い睫毛がパサリと音をたてた気がした。


「私にはそれができるし、できるだけ桜井君に長生きして欲しい」

「……なんかそういう風に言われると、僕が凄く短命なように思えてくるよ」


 光はしまったとばかりに両手を大きく横に振る。


「はははっ! まさか、そんなことないよ!」

「えっ、そうなの? 星野さんって未来が見えたりとか……」

「死なないし、未来は見えないよ!」


 一度誤魔化したように見えると、なんとなく全てをはぐらかされているように見えてしまい、春斗は怪訝な顔で光の顔を覗く。そうすると、逆に光からも窺うように顔を覗き返された。瞳には悲しみの色が漂っている。


「ねぇ、信じてくれないの?」


 そんな顔でそんなことを言われてしまうと「信じられない」なんて口が裂けても言えなくなってしまう。


「ごめん、信じます……」


 素直に謝る春斗に、光は再び笑いかける。


「なんとなく、魔力が高い魔法使いは未来が見えるとか思ってた?」

「……うん」


 今度は素直に頷く。春斗のそんな子供っぽい仕草をみて、光は小さく笑った。


「いろんな物語でそんな設定あるもんね」

「……確かに、それのせいかも」


 春斗は照れながらも冷静な振りをするために神妙に頷いて見せる。光はそんな春斗の顔を再び覗きながらゆっくり瞬きをした。


「とにかく、どんな病気も怪我も私が傍にいる限り、治してみせるよ」

「あ……ありがとう」


 バグに喰われたクラウドを思い出して、春斗は僅かに顔を俯けた。確かに、あの状態から命を助けられたのだから、ほとんどの病気や怪我も、光なら直せてしまうだろう。


 ――星野さんは、僕にできない多くのことを簡単にやってのけてしまう。だけど僕は……。


「僕は星野さんに何を返せるかなあ……」


 気が付くと口から言葉が小さく漏れていた。光がその言葉を聞いて僅かに目を見開き、少し恥ずかしそうに微笑んだ。


「私は、もう桜井君に沢山貰ってるんだよ」


 意外な言葉に、今度は春斗が目を見開いた。春斗にはそんな記憶は全くなかった。


「え? いつ、何したっけ?」


 本気で思い当たる節がなく、混乱している春斗を見て、光は薄く微笑む。


「今日、助けてくれたこと、もう忘れちゃった?」

「ん?」


 僅かな時間で今日起きたことを思い返すと、何となく、一つ思い浮かんだ。


「中途半端な大きさの蝿――?」

「そう。私の死角から来てたバグを退治してくれたよね」


 嬉しそうに微笑む光に、春斗は後ろめたい気持ちになる。

 あれは――あの魔法は自分が使ったという気がしなかった。

 本当に勝手に身体と口が動いて魔法を使ったのだ。自分の中にもう一人誰かが居て、その誰かが魔法を使った――有り得ないが、感覚的にはそんな感じがした。

 光にそのことを伝えても、光の表情は変わらなかった。


「他にも、今も桜井君から色んな気持ちを貰ってるし、」


 それは僕も同じだと言おうとするが、光の方が言葉が早かった。


「昔にも、桜井君にはとても助けて貰った」

「あ……」


 春斗はこの時初めて、その時の記憶を失っている自分を自覚し、それをとても悔しく思った。

 光は奥に金色を隠した、澄んだ黒い瞳を春斗に向けて微笑み、呟くように言葉を続けた。


「桜井君は私の救世主」

「……いったい、僕はどう星野さんをどう助けたの?」

「うーん、まずは、この変身の魔法を教えてくれたかな」

「変身の魔法?」

「ソフィアヌス・アバンブレっていう呪文。意味は『妖精の悪戯』。更に細かい意味は『細胞変換』。つまりは、身体を細胞から換えちゃう魔法だね」

「そふぃあぬす?」


 聞き覚えのない言葉に、思わず春斗は眉間に皺を寄せた。そんな言葉、本当に自分は光に教えたのだろうか。


「ソフィアヌス・アバンブレ。この魔法はね、隠密魔法ナッカーンっていう、ちょっと特殊な種類の魔法でしかない魔法なんだけど、使い方によっては、魔力を一時的になくせるの――ほら、晴希君が桜井君に魔力測定したでしょ。簡単にいうと、あれで魔力がない様に見せかけることができるの。

 でも、一番効果が大きいのはバグに対して。バグが私の魔力を検知できなくなるの。検知できなくなるというか、単に本当に魔力がなくなるってだけなんだけどね」

「なら、魔法使いはみんなその魔法使えば、バグに狙われなくて済むんじゃないのか?」


 光は苦く笑いながら首を横に振る。


「無理だよ、これを使うには、普通の魔法使いじゃ魔力が全然足りない」

「どのくらい?」

「これで一回変身するのに、晴希君の一日分の魔力が必要かな」


 春斗の魔力指数は二、晴希は三百だったはずだ。そしてその晴希の値でも規格外だと言っていたはずだ。


「……無理だな」

「でしょ?」

「というか、星野さんって、どれだけ規格外なんだ? あの、魔力測るやつだといくつぐらい?」

「六歳のとき測って六万ちょいだったかなぁ……」

「ろ、六万?」


 春斗は桁数の大きさに驚いて気が付いていなかったが、実は光は値をぼやかしてできるだけ少なく聞こえるようにしていた。しかし、どれだけ口で少なく聞こえるように誤魔化しても、魔力が多すぎるのには変わりがなく、通常時にバグに襲われる回数は銀髪である晴希達と比べるまでもない程多かった。そもそも桁数が違った。


「そう、だからこの魔法の呪文を教えてくれただけでも、桜井君は十分、私の救世主。

 だってこの魔法が、バグに襲われっぱなしの私の生活を変えてくれたんだから」


 次はね……と呟きながら、光は服の首に手を突っ込んだ。

 春斗が僅かに目を逸らしていると、光は服の下から細めのチェーンを使った首飾りを引っ張りだした。トップには球状の透明な石がついていた。透明な石の中では、ガス状星雲が織りなす光のベールの様なものが緩やかにはためいている。春斗はその風景に魅入った。


「このペンダントも桜井君に貰ったんだよ」


 光は心底大切そうに指先で首飾りの石を撫でた。


「この石は桜井君が私のために創ってくれた石なの」

「僕が創った?」


 ――この石を、僕が?

 あまりにも意外な言葉に、春斗は思わずもう一度石を覗きこんだ。自分がこの石を創ったなんて、信じられなかった。母の日に良い匂いのする石鹸をプレゼントするのとはわけが違う。


「どうやって?」

「歌って」


 その時の春斗の姿を思い出したのか、光はうっとりとした顔をして言った。

 光とは対照的に、春斗はますます混乱する。科学的な方法で石を作ったのならまだ分かったが、歌を歌ってできたなど、より意味が分からなかった。


「この石はね、バグに知覚されずに魔力を保存しておくことができるの。小さい頃の桜井君はこんな物まで創れるくらい、凄かったんだよ。貰ってから、ずっと肌身離さず着けてるし、使わせて貰ってます。本当に、ありがとう」


 光は真っ直ぐ春斗をみて、感謝を現した。

 春斗は身に覚えのないことへの感謝に、もぞ痒い気分になる。


 ――ん?


 春斗が何か重要なことに気が付きかけたその時、夜の闇を貯め込んだ様に暗くなった神社の松林から、声が掛った。


「光様、そろそろ彼氏様をご帰宅させねば、ご家族を心配させます」


 声を発したのは、大人が手を広げた程の大きさの一匹の紅いドラゴンだった。艶のある細かい紅い鱗が、街灯の光を反射してルビーのように煌めく。

 光が手を出すと、自身の身体以上の大きさの翼を畳んで、そこに降り立った。


「色々と気を利かしてくれちゃって……桜井君?」


 光が春斗を心配して、春斗の顔を覗くが、春斗は驚きのあまり声も発せられずにいた。


「驚かせてしまったようですね。もう私を見てもあまり驚かれないかと思い、姿を出したのですが……まだよろしくなかったようですね」


 そう言って、その紅い生き物は春斗に頭を下げた。


「申し遅れまして、私は光様のお父上の使い魔のサングウィンと申します」

「どうも……」


 春斗はやっとのことで挨拶をする。


「ドラゴンとかも、実在したんだ……」

「まあね」


 光は春斗に向けて薄く笑った後、再びサングウィンに視線を戻した。


「いつ向こうに帰るつもりなの?」

「向こうが落ち着くまでは帰りません。光様を探せとご主人に命令が下っている以上、私は戻れません。ご主人には、見つけても戻るなと言われております」

「どういうこと?」


 春斗は首を傾げる。


 ――星野さんの父親に、星野さんを探せと誰かが命令した?


 春斗のその疑問に答えるように、光は春斗に振り向いた。


「私、今、悪く言うと指名手配中なの。ついでに家出中」

「え? なんで?」


 光は渋い顔で頭を軽く掻く。


「んー。面倒事からちょっと逃げてるんだ」

「指名手配と言っても、犯罪者としてではありませんよ」


 サングウィンも付け加える。


「そうなんだ……。魔法使いもなんか色々大変そうだね……」

「ある程度上位になると人間関係とかねぇ、面倒くさいことこの上ない。お父さんもよくやるよ」


 光は心底面倒くさそうに溜息をついた。


「星野さんのお父さんも強いの?」

「そうだね、『最強の魔法使い(セシル・ルルージュ)』っていう、魔法士の中で一番高位の魔法使いだった」

「だった?」

「今は違う人だからね」

「そうなんだ。通りで星野さんが強いはずだ……」


 元最強の魔法使いの娘なのだから、強いのは妥当なのだろうと春斗は納得する。


「話を元に戻しますが、もう日も暮れてしまいました。ご家族には何もご連絡いたしてないのでしょう、早く帰った方が御賢明ですよ」


 サングウィンが翼を僅かに広げながら言った。

 確かに既に太陽はすっかり西の空に沈んでしまい、西の空の裾に僅かばかりの薄い水色を残しているだけだ。


「そうだね、名残惜しいけど、今日はもう帰ろうか」


 光の言葉に春斗は頷いた。名残惜しいと言われたのが少なからず嬉しかった。


「今日は桜井君の家まで送らせて。どうせ私は寮に帰るのが遅くなっても何も問題ないし、それに、少しでも桜井君と一緒にいたいから」

「いや、でもそれは……」


 断ろうとする春斗に光は更に言葉を重ねる。


「私は大丈夫。ひとっ飛びで寮に帰れるから」


 春斗は覗いた光の瞳に、これは譲らないという強い意思を感じ取った。

 これは自分が折れるべきなのだと悟る。

 それに、自分の家から寮まで本当にひとっ飛びで帰ってしまう光の姿が、容易に想像できてしまった。春斗は薄く笑う。


「じゃあ、申し訳ないけど、送って貰おうかな」


 これじゃあ男女が逆転してるけど、と内心思ったが、あえて口には出さなかった。光の方が恐らく全ての面に置いて、今の春斗より勝っている――自分の身を守ることに対してもだ。

 光は心底嬉しそうに笑って、頷いた。春斗はそんな光の表情を見届けてから、左手を広げて差し出した。


「よかったら、手を繋いでくれたら、嬉しいな」


 言った春斗の顔は赤かったし、それに頷く光の顔も紅くなっていた。


「もちろん」


 重ねられた手は柔らかく、程良くひんやりとしていて心地よかった。変身してしまっているので、本当の彼女とは異なるが、いかにも女の子らしい小さな手を握り、春斗は秘かに、自分も彼女を守れる力が欲しいと思った。

 すっかり暮れてしまった空を見上げ、他愛もない話をしながら二人と一匹は帰路についた。

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