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金色の魔法使い  作者: 小島もりたか
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六月十七日(水) 午後四時十五分

「おい、逃げんなよ」


 春斗は帰りのショートホームルームが終わるなり、颯爽と帰宅しようとしたが、晴希の一言で簡単に阻まれてしまった。

 尚も逃れる術を考える春斗に、晴希は更に釘を刺す。


「どーせ今日逃げても、毎日顔合わせんだからな。意味ないだろ。それとも不登校になるなり、転校してみるか?」


 あまりの言い様に思わず春斗も腹が立ったが、言い返す前に横槍が入った。


「私も、桜井君に用があるんだけど……」


 黒髪の大人しそうな女子生徒――光が、眼鏡を僅かに光らせながた静かな口調で言った。


「俺が先に捕まえたから、俺が連れてく」

「どうせ本人が知りもしないことを、尋問するだけでしょ?」

「――う」


 晴希はどうやら図星を突かれたようで、悔しげに押し黙った。


「日本最年少の上級魔法士さん。それより事後処理をしましょう」


 凪のように静かだが、有無を言わせない声だった。



 ***



 体育祭が終わっても尚残る、興奮した雰囲気の中に一人だけ、体育祭とは別の熱に浮かされた女子生徒が教室に取り残されていた。


「こんにちは」


 全く見覚えのない生徒に声を掛けられて、瑞樹は何度も目を瞬かせた。


「あれ、聡子は?」


 今度は隣から、覚えも新しい声が掛る。名前を呼ぼうとして口を開くが、その時になって名前も知らなかったことに思い至り、結果的にしどろもどろに言葉を発してしまう。


「あ、あの時の……えっと……」

「そーいや、俺は笹川さん知ってたけど、笹川さん俺のこと知らないよね。俺はDクラの筑紫田晴希。晴希って呼んでな。んで――」


 晴希は春斗の腕を引っ張って瑞樹の前に連れ出す。


「こいつも同じくDクラの桜井春斗な」

「どうも……」


 春斗は恥ずかしそうに軽く頭を下げた。つられて瑞樹も軽く頭を下げる。気がつくと教室には四人の姿しかなかったが、瑞樹も春斗もそんなことには気がつかない。


「私はFクラスの笹川瑞樹です。あの時は、ありがとうございました」

「無闇に高価そうなものを拾うから、あんな目に会うんだぞ」

「反省してます……」


 晴希に叱責させる。正論を言われると、瑞樹は反省することしかできない。

 気まずい空気を紛らわせるように、春斗が口を開く。


「あ、彼女は星野光さん。見た目はあの時と違うけど、同じ人だよ!」

「え……?」


 瑞樹は本人も無意識の間に光の顔を、身体をまじまじと見ていた。


 ――あの金髪の外国人の女の子……?


 戸惑いを隠せないでいる瑞樹に光は笑う。


「これも魔法だよ」

「あ~」


 言われてやっとそのからくりに思い至る。


「魔法ってこんなこともできるんだー!」

「そうそう」


 胸を張って見せる光を瑞樹は改めてまじまじと見る。太陽のように輝いていた髪は、今は夜空のように黒く染まっている。全体的に顔以外のサイズが小さくなり、顔は欧米人のような彫りの深い顔からアジア系に多い平面的な顔になっている。


「でも、あの時のままの方が絶対モテるかなぁ……」


 素直な感想が零れてしまった。

 瑞樹の意外な発言に春斗は固まり、晴希と光は噴き出した。三人の様子を見て、瑞樹はやっと自分がズレた発言をしたことに気がつく。


「ごめんなさい、変なこと言った?」

「いいよいいよ笹川さんのそんなとこ、聡子からよく聞くから」

「待って、聡子からよく聞くからと言って、それが許されるかどうかは別だから!」

「笹川さんって、おっとりしてるけど結構スッパリ言うんだね」


 言われた光本人もおかしそうに笑う。二人が落ち付いた所で、瑞樹は気になっていたことを口にした。


「なんで星野さんは変身してるの?」

「あんまり目立ちたくないからかなぁ。どうしても外国人って目立っちゃうし」


 ふと瑞樹の脳裏に『運命の人』と言って春斗に抱きついた女子生徒がいたことを思い出した。そしてその人物と、光の本来の姿が重なる。


「あ! 『運命の人』の人!」

「あ、そうだ、あの時のお礼言い忘れてた!

 あの時はパッキーを片付けるの手伝って頂き、ありがとうございました」

「いえいえ、そんな……」


 光に頭を下げられて、反射的に頭を下げ返す。下げた頭を元に戻すと、光と目が合った。


「そっか、そういうことだったんだ……!」


 瑞樹は自分の中で新たな世界が広がっていくのを感じた。光の瞳から、自分の胸に金色の光が流れ込んできた気がした。


「そういえば、桜井君も魔法使いなの?」

「最近晴希に魔法使いの見習いにさせられた」


 どこか不服そうな春斗の物言いが引っかかった。


「させられたって、魔法使いになるの嫌なの?」

「こいつも変な奴でな、魔法使いなんて普通じゃないって言って嫌がるんだぜ」


 僅かに晴希を睨みながら、春斗は苦笑いをする。

 瑞樹はそんな春斗を羨ましく思った。


「え~、面白そうなのに」

「お、興味ある?」

「あるよ~。魔法使いなんて夢のまた夢の世界だと思ってたもん!」

「魔法使いになれるのなら、なりたい?」

「もちろん!」


 即答で、頬を紅潮させて瑞樹は激しく頷いた。その姿をみて、晴希はこれが一般的な姿だぞと春斗に一瞥して伝えると、笑って瑞樹に頷き返した。


「なら、こいつと一緒に魔法使い目指すか」

「え?」


 意外な言葉に瑞樹の思考が一時的にフリーズしてしまう。そんな瑞樹に晴希は諭すように言う。


「笹川さんも魔法使いの才能があるから。寧ろ勉強しないと危ないんだ」


 さらに固まること十秒、瑞樹は自分の意思の元、大きく頷いた。


「うん!」

「よし、なら明日から放課後一緒に勉強な」

「うん!」


 頷く瑞樹の瞳は、夢見る子供のように煌めいていた。


 ――まさか、私も魔法使いに!


 自分の大好きなファンタジーの漫画を思い出す。自分もあの漫画の主人公のように魔法が使えるかもしれないのだ。瑞樹は無意識のうちに全身を縦に揺らして喜びを表現していた。


「あ、笹川さん」


 思わぬ方向から声が掛って、瑞樹は思わず大きく振り向く。


「はい! なんでしょう?」

「これ、まだ預かってて」


 光が取りだしたのは、今回の事件の元凶でもある見覚えのある美しい装飾品だった。


「おい、危ないだろ」


 晴希が非難の声を上げるが、光はそれを無視して瑞樹に女神のピアスだった物を手渡す。


「大丈夫。マーキングしたし、そもそもこれはピアスにして耳に着けないと意味がないものだもの」

「そういう問題じゃないだろ」


 晴希は言外にそれでも盗まれた時の危険性や、それを所有する瑞樹の安全を非難するが、光はそれを気に留めなかった。


「笹川さんには申し訳ないけど、私達以外には認識されない魔法使ってるから。誰かに見せても興味持って貰えないよ」

「ありがとう……!」


 瑞樹は受け取ったイヤホンジャック――女神の雫がついたピアスを見つめる。初めて拾った時から変わらず、石の中で星達が瞬いている。


「でもなんで――?」


 瑞樹の疑問に、光は口角を僅かに上げながら人差し指を軽くした唇に当てた。


「それはご想像におまかせします」

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