天界の依頼
「起きてください、稲森信也さん」
やさしい声に呼ばれて、ゆっくりと目を開ける。
目の前に、神々しい光を放つ美人が5人いた。それぞれが違う色の髪をなびかせ、まるで絵画から抜け出してきたような存在感がある。ふわりと漂う甘い香りと、肌を包む不思議な温かさ。どこか現実離れした白い空間の中で、僕はぼんやりと横たわっていた。
変な夢でも見ているかのようだ。でも悪夢じゃない。むしろこれが夢なら、ずっと覚めなくていい。
「夢ではありませんよ。ここは天界です」
「へっ!」
変な声をあげてしまった。心の中で思ったことが、そのまま伝わってしまったような気まずさがある。というか、まさか本当に心を読まれた……?
「その通りですよ」
にっこりと微笑むブロンドの女性。どうやら本当に読まれているらしい。
「まったく、これだから人間はどん臭いやつが多いんだよ」
赤髪のお姉さんが腕を組み、呆れたようにため息をついた。見た目は華やかなのに、口が悪い。炎のようにはっきりした物言いだ。
「まあまあ、そんなところも可愛いじゃないですか」
対照的に、水色髪のお姉さんはくすくすと笑いながらフォローしてくれる。その笑顔は、澄んだ水面みたいに穏やかだった。
「それより早く決めてくださいまし。わっちは調子の悪い世界樹のお世話に行かないといけないのでね~」
黄緑髪のお姉さんがどこか間延びした口調で急かしてくる。世界樹って何だろう。名前だけで、とんでもなく大きいものの気がする。
「肯定。私のところの地獄門も最近おかしい。治さなきゃ」
黒髪の女の子は短く言って、視線をどこか遠くに向けた。地獄門。かなりスケールの大きい話をしているな。
「まあまあ、少しくらいいいじゃない。どのみち彼についてもやらないといけないですし」
ブロンドのお姉さんが二人をなだめるように言った。
えっ、僕が関係しているの?何が起こっているんだ。
「まあ、それもそうだな。なあ、坊主。お前さんは死んだ」
赤髪のお姉さんがズバッと言い放つ。
「えっ、僕、死んだんですか?」
「そうね。お亡くなりになっているわ」
ブロンドのお姉さんが静かに、しかしはっきりと告げる。
死んだ。僕が。
そういえば、記憶がある。大学の帰り道、横断歩道を渡ろうとしたところまでは覚えている。その後は――何もない。交通事故、だったのだろうか。改めて言葉にされると、じわじわと実感が湧いてくる。痛みはない。体も軽い。でも確かに、何かが終わった感覚がある。
ということはここは黄泉の国ってことかな。
「う~ん、黄泉の国というよりは、その少し前って感じかな」
水色髪のお姉さんが小首を傾げながら答える。
「さっきから気になっていたのですが、心、読んでますよね?」
「うん、読んでるよ。だって私たち、神様だもん」
あっさり言われてしまった。それならこの神々しい光も、空間の非現実感も、全部納得だ。
「ならどうして僕は……?」
「君はね、未練の残し方が非常に強いみたいで、幽霊になっても解決できるような案件じゃないから、転生省から依頼されてね。循環する魂がどうたら、だって」
ブロンドのお姉さんが少し困ったように眉を寄せながら説明してくれる。
未練。そう言われると、心当たりがありすぎる。いつか理想の都市を作りたい。ずっとそれだけを夢見て、建築学を学んで、設計の勉強をして――それが何も形にならないまま終わってしまった。そりゃあ未練も残るというものだ。
つまり、僕は死んでも解決できないような未練を残してしまったせいで転生できず、ここに回されてきたということか。我ながら、なかなかに面倒な死に方をしたものだ。
「その解釈で合ってるわ」
「でも、僕に何をしろと?」
「私たち、今ちょっと開発してほしいところがあるんだけどね。建築家志望で転生できずにいるあなたが選ばれたの。未開の地を開拓してほしいのよ」
「開拓ですか?」
建築家志望、か。確かに僕は大学でそれを学んでいた。でも死んだ後まで設計や開拓をするとは思っていなかった。もっとも、夢を諦めずに死んだのだから、死後も続けるのは筋が通っているような気もする。
「めんどくさいわね。そうだ、依頼内容を君の魂に直接送るわね。ついでにウィンドスキルも」
「えっ!」
赤髪のお姉さんが面倒くさそうに手をかざした瞬間、目の前に光の板のようなものが現れる。
メインクエスト
未開の地・セントラルフォレストを開拓せよ
成功報酬
その世界での永住権と、前の世界との往復が可能になる
同時に、脳内にどっと情報が流れ込んでくる。地図、気候、資源、土地の特性。まるで百科事典を丸ごと頭に流し込まれたような感覚だ。少し頭が痛い。
「わかった?つまり、こういうことよ」
「はい、わかりました」
情報の洪水が引いた後、不思議と頭の中はすっきりしていた。何をすべきか、朧げながら見えてくる気がする。
「みんな~、終わったわよ~」
ブロンドのお姉さんが振り返って他の4人を呼ぶ。それぞれがのそのそと集まってきた。
「あっ、そうだ。自己紹介まだだったわね。私は人の女神ミーラ。文明や知識、技術を司っているわ。まとめ役みたいなものね」
「俺は火の女神フレイヤ。炎と鍛冶と工業が専門だ。よろしくな、坊主」
「私は水の女神ウンディーネ。海や川、雨を司っているの。困ったことがあったら水辺でお祈りしてね。頑張って」
「わっちは自然の女神アーサス。森と大地と生命が担当だ。森で困ったことがあったらわっちに頼むんだぞ。期待してるぞ」
「魔の女神エルクス。魔力と未知を司る。……期待してる。頑張って」
一人ひとり、その担う領域がにじみ出るような個性がある。こういう自己紹介の輪、大学の入学式以来だろうか。なんだか少し、胸が温かくなる気がした。
「僕も自己紹介します。稲森信也といいます。21歳の、元大学生です。専攻は建築学と都市計画でした」
元、という言葉が口をついて出た。死んだのだから当然なのだが、改めて口にするとなかなかに切ない。
「なんかこういうの、久しぶりだな」
思わず呟くと、女神たちがくすくすと笑った。
「あっ、そうだった。忘れるところだったわ。これも渡さなきゃね」
ミーラ様がそっと僕の額に手を触れる。温かくて、柔らかくて、まるで太陽の光に包まれるような感覚だ。ウィンドに新たな表示が現れた。
獲得スキル
女神の祝福【人】
「あの、これは?」
「これはね、君を安全に開拓地へ送るための、私たちなりの愛よ」
ミーラ様が微笑みながら言う。愛、という言葉が思いのほか真剣な響きを持っていて、思わず胸が詰まった。
他の女神様たちも次々と歩み寄り、僕の額にそっと手を触れていく。フレイヤ様の手は熱く、ウンディーネ様の手はひんやりと涼しく、アーサス様の手は土と草の匂いがして、エルクス様の手は不思議な静電気のような感覚があった。触れるたびに、じんわりと体の奥から力が満ちていくような感覚がある。
獲得スキル
女神の祝福【火】【水】【自然】【魔】
スキル覚醒
女神の祝福が統合され、
女神の祝福【全】になります
大幅にステータスが向上します
おお、スキルって進化するんだ。しかも5柱の女神全員分の加護が一つに統合されるなんて、どれだけの力なんだろう。
「私たちの力、使ってね。それと、教会があったらお祈りしてね。信仰が私たちの力になるから」
「はい、わかりました」
女神たちが光の中に溶けていくように遠ざかる。最後にミーラ様が振り返って、柔らかく微笑んだ。その笑顔は、まるで「あとは任せたわ」と言っているようだった。
僕は一人、白い空間に残される。手の中には、まだ女神たちの温もりが残っていた。
セントラルフォレスト。誰も踏み込まない、全種族が見捨てた未開の地。でも流れ込んできた情報の中に、確かにそれを感じた。豊富な水源、巨大な鉱脈、肥沃な土地、古代の遺跡。誰もが危険だと目を背けた場所に、理想の都市を作るための条件が眠っている。
胸の奥で、何かが燃え始めるのがわかった。
こうして、この都市開発物語は幕を開けた。
――それと、なんか色々おまけももらった。それはまた追々。




