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三華の覇道 ~辺境の姉妹は、王国の黄昏に理想郷を刻む~  作者: ねこあし


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第31話 絶望の焦土、あるいはシステムの強制終了

 経済的な「買収」という(から)め手が、ルナという一人の経営者の知略によって完膚なきまでに粉砕されたその夜。ガリア帝国の深部では、数千年の歴史の中で一度も灯されたことのない「紅い灯火」が、狂気と共に燃え上がっていた。


「……愚かな。実に愚かな選択をしたものだ、アイゼンの娘よ」


 帝国の最深部、数多の魔石が脈動する「聖地グラズヘイム」の中央祭壇。皇帝オーガストは、震える手で古の起動キーを操作していた。彼の背後には、ルナに論破され、全てを失ったヴァレリウス伯爵が、幽鬼のような形相で立ち尽くしている。


「陛下、もはや猶予はありません! アイゼンの『循環』が大陸を覆えば、我ら帝国の権威は地に堕ち、魔石を売ることで得てきた莫大な富は紙屑同然となります! ならば……いっそ、この世界の(ことわり)そのものをリセットすべきです!」


 ヴァレリウスの叫びは、敗北者の断末魔だった。自分が勝てない市場(マーケット)なら、市場そのものを破壊してしまえばいい。それは、経営において最も忌むべき、そして最も非情な「焦土作戦」の決行であった。


「――全聖地の封印を解除せよ。貯蔵された全魔力を、無指向性で大気に放流するのだ」


 皇帝の冷徹な命令と共に、グラズヘイムの地下に眠る巨大な魔力貯蔵庫(サイロ)が、凄まじい轟音と共に開放された。


 それは「魔法」ではなかった。ただの、圧倒的で暴力的な「エネルギーの氾濫」である。


 その瞬間、王都の空が、不気味な紫色に染まった。


 天から降り注ぐのは、慈雨ではなく、あまりに濃度が高すぎて生命を蝕む「純粋魔力の霧」。かつてルナが指摘した「不純な魔法のカス」さえも飲み込むほどの、原初の暴力だった。


「……ルナ姉! 大変だよ、マナ・リカバリー・ポストが次々に焼き切れてる! 地下の圧力計が振り切れて、このままだとプラントが爆発しちゃう!」


 フィオナが管制室に飛び込んできた。彼女の腕にある魔導通信機からは、王都各地の職人たちからの悲鳴に近い報告が絶え間なく流れている。


「落ち着きなさい、フィオナ。これは事故ではないわ。……帝国の『投げ売り』よ」


 ルナは、数え切れないほどの警告アラートが真っ赤に点滅するメインモニターを、微塵も動じない瞳で見つめていた。彼女の指先は、まるでピアノを奏でるかのように、緊急コマンドを打ち込み続けている。


「……帝国は、自分たちが独占していた『純粋魔力』という名の在庫を、一気に市場へ垂れ流したのね。世界全体のエネルギー価格を暴落させ、私たちの循環システムをパンクさせるつもりだわ。経営で言えば、競合他社による『超大規模なダンピング』、あるいは『システムの強制シャットダウン』を狙ったテロ行為よ」


「そんなの、めちゃくちゃだよ! 街のみんなが、この霧にあてられて倒れてるんだよ!? お金とかシェアの問題じゃないじゃない!」


 フィオナが叫ぶ。窓の外では、高濃度の魔力に耐えきれない鳥たちが墜落し、街路樹が異常な速度で成長しては枯死していくという、地獄絵図が展開されていた。


「わかっているわ。だからこそ、ここで私たちが引けば、世界は本当に『倒産』する。……ミリア、準備はいいわね?」


「……うん、ルナ姉。すごく怖いけど……でも、聴こえるよ。街のみんなの震える声と、帝国の『寂しい怒り』の音が。……私が、この嵐の『指揮者(コンダクター)』になるね」


 ルナが立ち上がり、全王都、そしてアイゼン全土に最高優先度の指令を飛ばした。


「全ポストを『吸収モード』から『放電・中和モード』へ移行! 各地の地下貯蔵庫のハッチを全開にしなさい。……私たちは、この氾濫を止めるのではなく、『飲み込む』わ」


「えっ!? 飲み込むって、こんな化け物みたいなエネルギーを!?」


「ええ。確かに今のプラントの容量では、このオーバーフローは捌ききれない。……だから、『一時的な負債』として、大陸全土の『土壌』にこれを書き込むのよ」


 ルナが提案したのは、前代未聞の「マナの債務処理」だった。


 アイゼンが開発した「魔鋼製の(パイル)」を大陸の各拠点に打ち込み、そこから溢れる魔力を、大地そのものに分散して「貯蔵」する。それは一時的に大地の生態系を狂わせるリスクを伴うが、何もしなければ世界が焼き切れる。


「フィオナ、貴方は『アイゼン・重装甲騎』を出しなさい。王都の各門に配置されたパイルの安定化が任務よ。衝撃波でパイルが抜けないよう、貴方の力で地面に縫い止めるの!」


「了解! 根性なら、誰にも負けないよ!」


「ミリアは、パイルから流れ込むマナの周波数を、大地の脈動に合わせて『同期(シンクロ)』させなさい。……一人で無理なら、街のみんなの『感謝の響き』を触媒にするの。彼らも、自分の街を守るためなら、喜んで力を貸してくれるわ」


 王都の外縁。フィオナは、暴風のような魔力の嵐の中にいた。


 視界は紫色の霧に遮られ、一歩歩くたびに装甲が(きし)む。だが、彼女は一歩も引かなかった。


「……ここを通したら、ルナ姉の計画が台無しだ! アイゼンの鉄は、折れない、曲がらない、そして……逃げないんだよ!」


 フィオナが巨大な魔鋼の杭を大地の奥深くへと叩き込む。その瞬間、ミリアの清らかな歌声が、通信機を通じて大陸中に響き渡った。


『……聴いて、大地の鼓動を。……怒らないで、受け入れて。……この力は、明日を照らすための光になるから……』


 ミリアの歌声に導かれ、荒れ狂っていた紫色の魔力が、パイルを通じて琥珀色の輝きへと変質していく。それは、帝国の放った「毒」を、アイゼンのシステムが「薬」へと変換し、大地という名の巨大なハードディスクに書き込んでいくプロセスだった。


 数時間後。


 王都を覆っていた紫色の霧は晴れ、そこには見たこともないほどに豊かな、琥珀色の光を(たた)えた大地が広がっていた。


 ガリア帝国の聖地グラズヘイム。


 全魔力を放出しきり、抜け殻のようになった祭壇で、皇帝オーガストは力なく膝をついた。


「……バカな。全ての聖地を開放したのだぞ。この世界が耐えられるはずのない、無尽蔵のエネルギーだったはずだ……。なぜ、世界が滅んでいない……?」


「――それは、貴方がそれを『廃棄物』として放り出したからですよ、陛下」


 祭壇に設置された古い魔導端末から、ルナの冷徹な声が響いた。彼女は帝国のネットワークさえも、すでにハッキングし、その様子を観察していたのだ。


「貴方が捨てたのは、世界を滅ぼす毒ではありません。……アイゼンにとっては、『無償で提供された膨大な資本』に過ぎなかった。貴方が放出したマナは、今や全て私たちのパイルを通じて、大地の奥深くに『将来の資源』として貯蔵されました」


 ルナの声には、微かな勝ち誇りさえも含まれていた。


「陛下、貴方は今日、帝国の全財産を市場にばらまき、それを全てライバル企業であるアイゼンに回収させた。……経営学の言葉で言うなら、これは『自主的な全面降伏による資産譲渡』です」


「……ぐ、ぬぅ……」


「これより、アイゼン商会は大陸全土の『魔力供給公社』を設立します。……貴方たちは、もはや管理する資源も、それを裏付ける権威も持たない。……オーガスト・ガリア。貴方の帝国は、今日この瞬間、正式に『破産』しました」

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