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三華の覇道 ~辺境の姉妹は、王国の黄昏に理想郷を刻む~  作者: ねこあし


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第29話 鋼の濾過、あるいは不純なる福音

 王都の朝は、かつてないほど「騒がしく」、そして「計画的」だった。


 ルナが地下のアーカイブから帰還してわずか数時間後。彼女はアイゼン商会の全リソースを投入し、王都全域に一つの巨大な通達を出した。それは、魔法文明の歴史を根底から覆す「廃棄物管理条例」の施行だった。


「――今日から、魔法の使用によって生じた『澱み』は、すべて王国の資産として回収します。許可なく廃棄することは、公共物損壊罪に相当すると心得なさい」


 ルナの宣言に、王都の魔導師たちや市民は困惑した。これまで「魔法のカス」や「瘴気」と呼ばれ、不吉なものとして疎まれてきた排棄魔力を、ルナは「資産」と呼んだのだから。


 王都の各街角には、ルナが設計した奇妙な装置が設置され始めた。


 鈍い銀色の光沢を放つ魔鋼製の円柱、通称「マナ・リカバリー・ポスト」。それは、周囲に漂う微細な排棄魔力を自動的に吸い込み、地下に張り巡らされた魔鋼パイプを通じて、あの「深淵の記録室」へと送るための末端装置(端末)だった。


「ルナ姉、これすごいよ! 設置したそばから、街の空気がどんどん澄んでいくのがわかる!」


 フィオナが、巨大なレンチを肩に担いで、設置作業の指揮を執る。彼女の背後では、アイゼンの職人たちが、かつての地下迷宮を「巨大な濾過プラント」へと作り変えるべく、昼夜を問わず魔鋼の溶接を続けていた。


「当然よ。排棄魔力(マナ・ウェイスト)は、ただ放置すれば毒になるけれど、圧力をかけて一定の周波数で振動させれば、これほど安定したエネルギー源はないわ。……要は、使い方の問題なのよ」


 ルナは管制室で、何千というポストから送られてくるデータの流れを監視していた。


 モニターには、王都の地下を血管のように走る「魔力循環図」が青く輝いている。これまで一方通行だった世界のエネルギーフローが、ルナの手によって初めて「(サイクル)」を描き始めたのだ。


 しかし、順風満帆とはいかなかった。


 王都に古くから居座る魔導師ギルドの長老たちが、ルナのやり方に激しく反発したのだ。彼らにとって、魔法とは神聖なものであり、そのカスを再利用するなど、神への冒涜に他ならなかった。


「アイゼンの娘よ、控えよ! 浄化の儀式も経ず、忌まわしき瘴気を弄ぶなど、正気の沙汰ではない。そんな『汚れた力』で灯した火など、災いを呼ぶだけだ!」


 広場に詰めかけた長老たちの前で、ルナは冷徹に、そして静かに眼鏡のブリッジを押し上げた。


「……災い? 貴方たちが言う『聖なる魔法』の結果、この地下がどれほどのゴミで埋め尽くされているか、その目で見たことがあるのかしら?」


 ルナは、地下の記録板から抽出した「汚染データ」を、広場の空中に巨大なホログラムとして投影した。


 そこには、あと数十年で大陸全土を飲み込み、全生命を窒息させるであろう「黒い淀み」のシミュレーションが、残酷なまでに精密に映し出されていた。


「貴方たちが重んじる『伝統』は、未来を食いつぶすための言い訳に過ぎないわ。……私は、神に祈る代わりに、『インフラ』を整備する。汚れた力が嫌いなら、今日から火も水も使わずに、その高潔なプライドだけで生きていきなさい」


 ルナの圧倒的な正論と、投影された「滅びの真実」の前に、長老たちは言葉を失った。


 経営とは、時に耳の痛い真実を突きつけ、不採算な伝統を切り捨てる非情さを伴う。ルナは、王都という巨大な組織の「最高経営責任者(CEO)」として、その責務を完遂したのである。


 そして、運命の瞬間が訪れた。


 地下のリサイクルプラントがフル稼働し、濾過された「再生魔力」が初めて街の基幹網へと送り込まれる。


「……ミリア。最後の一押しは、貴方の仕事よ」


「うん、任せて、ルナ姉!」


 プラントの中心部。ミリアが巨大な共鳴石の前に立ち、優しく歌い始めた。


 彼女の歌声は、機械的な濾過では取り除けなかった「人々の残留思念(ノイズ)」を調律し、激しく荒れ狂う排棄魔力を、穏やかで力強い拍動へと変えていく。


 カチリ。


 王都の街灯が一斉に、これまでの青白い魔法光とは異なる、温かみのある「琥珀色の光」を放った。


 それは、一度は捨てられた力が、新たな命を得て世界を照らした「福音の光」だった。


「……出力安定。エネルギー効率は、従来の純粋魔石と比較して約1.4倍。……勝ったわね」


 ルナがモニターを閉じ、微かに口角を上げた。


 リサイクル魔力は、不純物が含まれている分、火力が強く、持続性も高いという意外な特性を持っていた。


 アイゼン商会は、この日から「資源の輸入国」から、世界唯一の「エネルギー創出国」へと変貌を遂げたのである。

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