第14話:鋼の行軍、旧時代の終焉
アイゼンの正門が開かれた時、そこにいたのはかつての絶望に打ちひしがれた避難民の集団ではなかった。
先頭を行くのは、深みのある青光を放つ魔鋼の全身鎧に身を包んだ五十名の「アイゼン騎士団」。その後方には、重厚な車輪を備えた十門の「アイゼン砲」が、磨き上げられた砲身を鈍く光らせて列を成している。
そして、その中央。白銀の毛並みを持つ魔導馬に跨り、軍旗を掲げる三姉妹の姿があった。
「全軍、前進。目的地は王都、アルフレッド王の玉座よ」
ルナの静かな、しかし凛とした声が早朝の冷気に溶け込む。
それは宣戦布告であり、同時に世界に対する「新秩序」の提示でもあった。
行軍は驚くほど迅速だった。アイゼンで開発された「魔力充填式」の輸送車両が、重い軍需物資を軽々と運び、騎士たちは身体強化の術式を刻んだ魔鋼の具足によって、不眠不休に近い速度で荒野を駆け抜けた。
道中の村々では、人々が震えながらこの「鋼の軍勢」を見送った。だが、略奪も破壊も行わず、ただ整然と、そして圧倒的な輝きを放って進む彼女たちの姿に、ある者は希望を、ある者は時代の変わり目を感じ取っていた。
「……ねえ、ルナ姉。あそこに見える村、カルナに似てるね」
馬を並べるミリアが、街道沿いの痩せた土地を指差した。
「ええ。王都の繁栄の陰で、切り捨てられてきた場所。私たちが目指すのは、一部の貴族が肥え太る国ではなく、すべての民が『アイゼンの熱』を享受できる世界よ」
王都まで、あと半日の距離。
そこで彼女たちを待ち受けていたのは、王国の最後の牙――「近衛魔導軍団」であった。
王都の正面、鉄壁を誇る「アキレウスの城門」の前。千名を超える魔導師たちが幾重にも防御結界を張り巡らせ、空には竜騎士の編隊が旋回している。
「来おったか、アイゼンの反逆者どもめ!」
城壁の上から、包帯を全身に巻いたゼウスが叫ぶ。前回の敗北で重傷を負いながらも、その執念は消えていない。
「この門は王国の建国以来、一度たりとも破られたことはない! 古代の聖遺物で強化された結界の前に、貴様たちの泥臭い技術など、塵に等しいわ!」
ルナは馬を止め、無表情に城門を見上げた。
「フィオナ、ミリア。……古い門ね。壊すには、少しだけ『新しい理』が必要かしら」
「任せてよ、ルナ姉! 私の剣が、その『結界』ごと切り裂いてあげる!」
フィオナが魔鋼の大剣を抜き放ち、地を蹴った。
その体は重力の法則を無視したかのように加速し、城壁の結界へと肉薄する。
「――砕けろっ!!」
大剣が結界に触れた瞬間、フィオナの中に眠る「王血」の魔力と、魔鋼の「魔力中和」の特性が共鳴した。ガラスが割れるような凄まじい轟音と共に、絶対不落と謳われた古代の防壁に、巨大な亀裂が走る。
「ミリア、援護を!」
「了解! ……精霊の風よ、鋼の火を運べ!」
ミリアが放った三条の光の矢が、結界の亀裂を正確に抉り、内部の魔力供給源を爆破した。
そして、仕上げはルナの合図だった。
「アイゼン砲、全門同時斉射。――開門しなさい」
ズドォォォォォォン!!
十門の砲身から放たれた白銀の奔流は、アキレウスの城門をその基部から消し飛ばした。
王都の民衆が耳にしたのは、絶望の叫びではなく、旧時代が崩れ落ちる物理的な「音」だった。
煙が晴れた先には、完全に瓦解した城門と、腰を抜かして座り込む近衛兵たちの姿。
三姉妹とアイゼン騎士団は、抜剣することなく、ただ静かに王都のメインストリートへと足を踏み入れた。
「……そんな、馬鹿な……。建国千年の歴史が……こんな小娘たちに……」
ゼウスの呻き声が虚しく響く。
だが、住民たちの反応は意外なものだった。彼らは逃げ惑うどころか、窓を開け、路地から顔を出し、アイゼンの騎士たちが纏う「光り輝く鋼」を眩しそうに見つめていた。
腐敗し、停滞しきった王都にとって、彼女たちは侵略者ではなく、淀んだ空気を吹き飛ばす「革命の嵐」に見えたのだ。
ルナは王城へと続く大階段の前で、馬を降りた。
見上げる先には、アルフレッド王が君臨する玉座の間がある。
「フィオナ、ミリア。ここからが最後の仕事よ」
ルナは二人の手を握った。
「私たちの『楽園』は、ここを通り過ぎた先にある。……父様が夢見て、私たちが形にした、誰も泣かない世界。それを、私たちの手で完成させましょう」
三姉妹の歩みは止まらない。
王城の廊下に響く彼女たちの足音は、旧い神話の終焉を告げ、新たな「人間の歴史」の第一歩を刻んでいた。
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